世界⇔異世界 THERE AND BACK!!

西順

文字の大きさ
269 / 643

天秤と軽重

しおりを挟む
 サリィでは至る所で煙が上がり、爆発が散発していた。悲鳴と叫声がない交ぜとなり、そこが日常ではなく戦場だと告げていた。これを未然に防げなかった事に焦燥感が募り、肌が粟立ち、それでいて身体が芯から熱くなるような、感覚も感性も情緒も不安定になるのが、心の陥穽かんせいに落ちるようでとても怖かった。


「私は塔を立ててくるから、闘技場で落ち合いましょう。それまでに用事を済ませておきなさい」


 こんな時でも冷静なバヨネッタさんは、自分が今何をするべきなのか理解している。そのままサリィの端へと飛んでいくバヨネッタさん。きっとこのサリィ全体を塔で囲うつもりなのだろう。


「僕は伯爵邸を見てくる!」


 一緒にサリィ上空まで来たジェイリスくんは、その声音に動揺を隠さず、飛竜に乗せてくれた竜騎士に頼んで、直ぐ様ベフメ伯爵家別邸に向かった。


「私も家の様子が気になります!」


 後に続くように、ミウラさんが飛んでいく。


 残されたのは、俺と武田さんとアネカネと複数名の竜騎士たち。


「ひとまず商会に向かおう。あそこが落とされたら不味いだろ?」


「そうですね」


 武田さんの提案に、俺は力なく同意する。先程『聖結界』を使い過ぎたためだろうか? 全力疾走後のような倦怠感と靄がかかったような思考の低下を感じる。いや、人と人が、一般人と一般人が殺し合いをしていると言う状況に、身体と脳が拒否感を抱いているのかも知れない。



 幸いな事に商会は無事だった。と言うよりも、周辺住民の避難場所となっていた。商会のある建物に、結界が張られているからだ。何かあった時の為に、オルさんが気を回してくれていたのだ。しかし商会の中にいる住民たちは悲しそうに外を見ていた。外で暴れている住民たちを。


「大丈夫ですか!?」


 飛竜から降りて商会に駆け寄ると、男性社員が一人窓へ駆け寄ってきた。


「社員は全員無事です。ですが……」


 彼が見詰める先は、俺を通り越して、暴れている住民たちを見ていた。窓に反射して、暴れている住民たちと男性社員や店内の人たちが重なる。


「知り合いですか?」


「この界隈の方々には、懇意にさせて頂いておりますから」


 悔しそうに手を握り、歯噛みする男性社員。


「そうですか。ならちょっと待っててください。荒療治だけど」


 そう告げた俺は、暴れている住民たちへと振り返る。武田さんとアネカネ、付いてきてくれた竜騎士たちが、こちらへ住民たちがやってこないように防いでくれている横を、するりとすり抜けて、止められない狂気に支配された住民たちと対峙する。


「うらあッ!!」


 襲い掛かってくる住民たち。武器は包丁やら角材やらレンガやらそんなところだ。だが侮れはしない。全員手袋を付けているからだ。


 ここは魔法が存在する世界だ。だが魔石を加工した、インクや魔道具がなければ一般人は魔法を使えない。だから一般人たちは、必要に迫られた時にいつでも魔法が使えるように、魔石インクで魔法陣の描かれた手袋を常時持ち歩いている。だがそれは、決してこのような場面で使う為ではない。


 俺は住民たちの攻撃を躱しながら、右手に『聖結界』を展開する。そしてそれで住民を殴れば、グジーノの『狂乱』が霧散した。


 続けざまにその場で暴れている住民たちを、どんどん殴っていくと、暴力に慣れていない住民たちは、もんどり打って道路に倒れ込んでいく。


「さあ、今の内にこの人たちを商会の中へ」


 俺の指示で、皆で商会の中へと動けなくなった住民たちを押し込んでいく。商会の中の人たちも運ぶのを手伝おうとしてくれたが、それは危ないのでお断りして、ポーションを渡して、中へ入れた人たちの傷の手当てをお願いした。外にいた人たちは、皆俺が攻撃する前から、互いに傷付け合って傷だらけだったからだ。


「これで、ひとまず周辺で暴れていた人たちは回収出来たかな?」


 商会の中をぐるりと見回すと、まるでテレビで観た震災の避難所のような有り様だった。


「戸田さんは?」


 俺は近くにいた社員に、転移門が使える社員の居場所を尋ねる。


「丁度今、日本に戻っているところなんです。後一時間は戻ってきません」


 タイミング悪いな。転移門こと『超空間転移』もそれなりにレアだ。店に何人も常駐させるのは難しい。ここだけならともかく、他の国にも展開しているので尚の事だ。ここでこの人たちだけでも、俺の転移門で日本に連れて行くべきだろうか? しかしそれをすると、『聖結界』に割く魔力リソースがなくなる。


「あのッ!」


 俺が思考の海に沈んでいると、いきなり声を掛けられてビクッとなり、声の方を振り向けば、女性住民が真剣な表情をしてこちらを見詰めていた。


「何でしょうか?」


「ありがとうございます!」


「え?」


「夫を助けてくださり、ありがとうございます!」


 予想外の言葉だった。俺からしたら同郷の尻拭いだ。礼を言われるなんて思っていなかった。だが事情を知らない彼女からしたら、俺のお陰で彼女の夫が助かった。だから礼を述べるのも当たり前なのかも知れない。だが、それがとても心苦しかった。


「いえ、こちらは当然の事をしたまでですから」


「そんな事ないよ!」


 その声に振り返れば、店のそこここから住民たちがこちらを見ていた。


「ありがとう! お陰で息子を失わずに済んだよ!」 


「ああ! どれだけ感謝してもしきれない! 私の妻と生きて再会出来ただけでも奇跡のようだ!」


「お父さんを助けてくれて、ありがとう!」


「ありがとう!」


「ありがとうございます」


「ありがとうございました!」


 その場が感謝の言葉で包まれる。俺はこんな温かい言葉を受けられる人間じゃないのに。心が温かくなって、涙がこぼれそうだった。


「泣きそうになっているところ悪いけど、ここが無事だと分かったのだから、そろそろ出発しましょう」


 俺が感涙を我慢しているところで、アネカネが冷静に声を掛けてきた。


「行ってしまわれるのですか?」


 先程の女性は、俺がこの場から立ち去るのを不安に思ってか、胸の前で手を握り締めている。いや、女性だけでなく、この商会に逃げ込んだ全員が不安そうな顔だ。


「大丈夫よ。ハルアキは今からこのサリィを正常に戻しに行くんだから。すぐにこんな異常事態改善するわよ」


 俺が言葉に詰まっていたところで、アネカネがそう言って住民たちを諭す。


「流石は神の子だわ!」


「もう安心ね!」


 口々に安堵を漏らす住民たちの中、


「本当に? わたしのお父さんとお母さんにも会える?」


 俺を見上げてそう尋ねてきたのは、小さな女の子だった。


「その子の両親も、今外にいるんです」


 それはキツイな。俺はしゃがんでその子と視線を合わせる。


「ああ、すぐに会えるさ」


 不安そうだった女の子が、少しだけ笑顔になった。


「ああっ!」


 窓を指して女性が声を上げた。皆が窓を振り向くと、新たな住民たちが皆それぞれ武器を持ってこちらへと向かってきていた。


「良かったわね! お父さんもお母さんもまだ生きている!」


 女性が女の子を抱き締める。


「本当に!?」


 そう言って女の子が、女性の腕を振り解いて窓へと駆け寄った次の瞬間だった。いくつもの銃声とともに、外の住民たちの身体が穴だらけにされたのは。


 身体から血を撒き散らし、ゆっくりと倒れていく住民たち。そこに駆け寄るのは、冬季迷彩を着込んだ兵隊たちだった。彼らは何がそんなに楽しいのか、倒した住民たちを踏みつけにして、勝鬨を上げていた。


「ふうううう、はああああ」


 冷静になるには深呼吸が一番だ。俺は深呼吸を続けながら店の扉を開け、住民たちを倒して喜んでいるアンゲルスタの兵隊たちへと近寄っていく。


「アニン」


『良いのか?』


「踏みつけにされている人たちはまだ生きている」


『自分への誓いを破る事になるぞ?』


「お前から、そんな台詞を聞くとは思わなかったよ。…………覚悟は決まっている」


「…………そうか」


 そしてアニンは黒剣へと変化した。



 闘技場で冬のくすんだ空を見上げていると、バヨネッタさんが飛んでくるのが見える。バヨネッタさんは闘技場の中央に立つ俺たちを見付けると、ゆっくりと俺の十メートル程前方に降り立った。


「…………そう」


「何も言ってくれないんですね」


 今の俺は血塗れで、周囲は兵隊たちの死体に溢れ、右手には血を滴らせるアニンの黒剣を握っている。だと言うのに、バヨネッタさんはそんな事を気にも止めず、俺へと近寄ってくる。


「あなたが決心して、自らの意志で実行したのでしょう? ならば私はその全てを受け容れるわ」


「そうですか。…………俺だって、命の天秤と軽重は分かっているつもりです。つもりでした。つもりだっただけです。俺は…………!」


 そこで俺はバヨネッタさんに抱き締められた。


「誰かの為に、何かの為に戦った男が、なんて顔しているのよ」


 そこで何だか分からない感情が溢れ出しした俺は、泣きじゃくる事しか出来なかった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活

髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。 しかし神は彼を見捨てていなかった。 そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。 これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。

捨てられた貴族六男、ハズレギフト『家電量販店』で僻地を悠々開拓する。~魔改造し放題の家電を使って、廃れた土地で建国目指します~

荒井竜馬@書籍発売中
ファンタジー
 ある日、主人公は前世の記憶を思いだし、自分が転生者であることに気がつく。転生先は、悪役貴族と名高いアストロメア家の六男だった。しかし、メビウスは前世でアニメやラノベに触れていたので、悪役転生した場合の身の振り方を知っていた。『悪役転生ものということは、死ぬ気で努力すれば最強になれるパターンだ!』そう考えて死ぬ気で努力をするが、チート級の力を身につけることができなかった。  それどころか、授かったギフトが『家電量販店』という理解されないギフトだったせいで、一族から追放されてしまい『死地』と呼ばれる場所に捨てられてしまう。 「……普通、十歳の子供をこんな場所に捨てるか?」 『死地』と呼ばれる何もない場所で、メビウスは『家電量販店』のスキルを使って生き延びることを決意する。  しかし、そこでメビウスは自分のギフトが『死地』で生きていくのに適していたことに気がつく。  家電を自在に魔改造して『家電量販店』で過ごしていくうちに、メビウスは周りから天才発明家として扱われ、やがて小国の長として建国を目指すことになるのだった。  メビウスは知るはずがなかった。いずれ、自分が『機械仕掛けの大魔導士』と呼ばれ存在になるなんて。  努力しても最強になれず、追放先に師範も元冒険者メイドもついてこず、領地どころかどの国も管理していない僻地に捨てられる……そんな踏んだり蹴ったりから始まる領地(国家)経営物語。 『ノベマ! 異世界ファンタジー:8位(2025/04/22)』 ※別サイトにも掲載しています。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

処理中です...