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空腹なれど食欲なし

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「ふ~ん、大変だったわね」


 同卓で牛テールシチューを食べているバヨネッタさんの対応が冷たい。



 シンヒラー戦から一夜明けて、何とか生き残った俺は、ボロボロで宿屋の自室のベッドに横になると、そのまま夜まで眠っていた。


 何日でも寝ていられるくらいくたくただったのだが、食欲には勝てずに一階に下りてくると、宿屋の主人から、オブロさんからメッセージが届いているとの伝言とともに、手紙を渡される。


 開けば、今日の町役場は休業するので、疲れを取って休みに充ててください。との事。ありがたいと思いつつも、既に外が夜になっている事に溜息を吐く。そこに丁度バヨネッタさんたちが町の外のダンジョンから帰って来たのだった。



「かーっはっはっはっはっ! ハルアキよ! 万事上手くいったのだから、そんなうつむくな! 私も大暴れ出来て楽しかったぞ!」


「はあ」


 同じ卓を囲むのは俺にバヨネッタさん、ミカリー卿にデムレイさん、そしてリットーさんだ。ダイザーロくんとカッテナさん、武田さんは別卓で俺の話を耳にして青ざめている。


 話題はもちろん昨夜の一件である。ジオがバトルロイヤルと宣言してからが酷かった。VIP席でジオ&エルデタータとボッサムたちとの衝突が起こる中、観客席ではボッサム派とベイビードゥが送り込んだ刺客たちが戦い始め、そこに巻き込まれた一般客たちは、逃亡するなり(ジオが結界を張っているから逃げられないけど)、大人しくするなりするのかと思ったら、俺とシンヒラーとの闘いの結末に相当不満があったのだろう。誰彼構わず近くの奴らと戦い始めたのだ。


 そしてやはりその矛先として真っ先に向けられる対象は俺な訳で、観客席からボッサム派も一般客も、フェンスを乗り越えて舞台へと下りてきては、俺へと攻撃してくるのだから、たまったものではない。


 観客たちに囲まれ、更にボッサム子飼いの闘士たちまで加わり、逃げ場をなくし、それでも奮戦していたが俺だったが、数の暴力に万事休すとなったところへ、助けに現れたのがリットーさんだった。既にレベル五十を超えていたリットーさんと愛竜ゼストルスは、新たに覚えたスキル『人騎一体』によって暴れまくり、まさに一騎当千の強さで舞台の魔物たちを屠っていった。その陰で俺もコソコソ戦ってレベル上げしていたけど。


 それでも戦いは長期戦となった。ジオとボッサムはほぼ同格の強さで、様々な魔法を操るジオに対して、肉体強化系のボッサムは耐えながら近付き、闘技場を破壊する程の一撃をジオにお見舞いするのだ。


 それを瞬間移動で避けながら、ボッサムに必殺の魔法を的確に当てていくジオ。それに引かない頑強なボッサム。この両者の戦いによって、闘技場は十分程で更地に変わり、まるでこの世の終わりのような場所で、俺とリットーさんは互いに背中を預けながら奮戦したのだ。


 そうして俺とリットーさんが向かってくる敵を全て倒しきったところで、ベイビードゥからの刺客たちもボッサム派の排除を済ませ、エルデタータもボッサムの部下を倒した事により、一人生き残ったボッサムは、ジオ派に周りを囲まれ、逃げ場がなくなった。


「た、助けてくれ! ちょっとした出来心だったんだ! この町から手を引く! 今後一切手出ししないと約束する! だから命だけは助けてくれ!」


 己の命が窮しているが為に、必死になって命乞いをするボッサム。対するジオの中で今回の幕引きは既に決めていたのだろう。ジオは地面に膝を突いて手を合わせて懇願するボッサムに対して、慈愛の笑顔で近付いていく。


 これを見たボッサムは、己の命だけは救われると思ったのだろうか、それとも笑顔で近付くジオをチョロいとでも思ったのだろうか。一瞬ジオに見えないように顔を伏せたボッサムの顔は、醜い笑顔を象っていた。


 それを知ってか知らずか、ポンッとジオがボッサムの左肩に右手を載せる。これで許された。とでも思ったのだろうか。ボッサムは晴れ晴れとした顔でジオの方を見上げるが、その時点でジオは既に後ろを向いており、まるでさよならでもするように、ボッサムの肩に載せた右手を振って、その場を後にする。そしてそれに続くように解散していくジオ派の面々。


 瓦礫まみれの更地と化した闘技場に残されたのは、ボッサムと俺とリットーさんだけ。ボッサムは生き残れた喜びで何度も両手を握り締め、「良し! 良し!」と命が繋がった事を噛み締めていたが、俺は何とも釈然としない思いで、朝焼けの中で喜ぶボッサムを眺めていた。


「ハルアキ! 事はもう済んだのだ! 私たちも帰るぞ!」


 リットーさんの大声でハッとした俺は、政治的にこう言う結末もあるか。と自分を納得させて、踵を返してその場から立ち去ろうとしたのだが、


「待て」


 それを許さない者が一人いた。ボッサムだ。


「はあ……、何か?」


 これから起こる事を想像して嫌々振り返ると、こちらを恨みがましく睨み付けるボッサムの姿に辟易してしまう。


「貴様はここで殺す」


「この町には一切手を出さないのでは?」


「貴様は別だ。貴様は余所者。ここの関係者じゃないからな」


 いや、俺、この町で副町長しているんですけど? と俺が更に溜息を吐こうとした時だった。ボッサムの様子がおかしい事に気付いた。ボッサムの左肩から、何やら紫黒の靄が揺らめき、立ち上っているのだ。


「ふ、どうした? これから己が殺される恐怖に、言葉も出ないか?」


 いや、確かに言葉は出なかったが理由は違う。紫黒の靄はどうやらジオが右手を載せた場所から出ているようで、その場所に紫黒の痣が出来ていた。そしてその痣がドンドンとボッサムの身体を蝕んでいく。


「ふふふ。どう調理してやるかな。楽には殺さん。貴様の全身の骨を折り、その両手両足を引き千切り、絶叫と命乞いを楽しみながら、最後に頭骨を踏み潰してくれる」


 などと宣い醜い笑顔をこちらへ向けるボッサムだったが、俺がその間もしきりに奴の左肩を指差していたのが気になったのか、自分で左肩を見ると、そこでは既に身体の左上部を覆う程に巨大化した痣から、大量の靄が噴き出していた。


「な!? 何だこれは!? ゴフッ!」


 自身の身体の異常に、今更ながら気付いたボッサムは、吐血しながらも、その靄を振り払おうと空いた右手で左上部を叩くが、今度は叩いた右手に痣が出現し、またそこから紫黒の痣が広がっていく。


「ゴフッ! ゴフッゴフッ! な、何なんだ、これは……、!! まさかジオの奴……、私の身体に何か仕掛けたな!」


 どうやらジオはボッサムの所業を許した訳ではなかったらしい。全身を巡る紫黒の痣に止まらない吐血。のたうち回るボッサムは、助けを求めるようにこちらへ手を伸ばしてくるが、あれに触られた俺まであんな状態になるのは目に見えているし、恨みはあっても恩はない。伸ばされた手を無視して状況を見詰めていたら、ものの数分でボッサムの身体は完全に紫黒に染まり、そのまま動かなくなったかと思えば、べちょりと粘性の高い液体となって瓦礫に染み込み、その命を終えた。



「はあ……。最後にあんなもの見たせいで、腹が減っているのに食欲が湧かない」


 卓に置かれたオートミールを前に溜息を吐く俺の横で、同じ光景を見たはずのリットーさんが、オークステーキをガツガツ食べていた。流石は俺とは潜り抜けてきた戦場の数が違う。

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