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当て馬

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「おはよう……」


「おはようございます」


 翌日、町役場の執務室に行くと、既にオブロさんは働いていた。一日休みがあったからか、亡霊だと言うのに、なんだか溌剌として見える。


「意外と落ち込んでいないねえ?」


 俺の発言の意図を汲み取ってか、オブロさんがしてやったりと片方の口角を上げてみせた。


「事前に何か起きると思って、一昨日は闘技場に近付きませんでしたからねえ。上手く負けを回避出来ました」


 腕を組んで得意顔のオブロさん。ここの住民は皆アンデッドだから、あの闘技場で死んでも復活するけど、まあ、君子危うきに近寄らずと言うからなあ。危険に巻き込まれない方が良いか。


「逆に友人たちは散々な目に合ったみたいですね。忠告はしておいたんですけど、やはりシンヒラー様の活躍を観る絶好の機会を逃すのを惜しんだみたいで。そのせいでお金と命の両方を失ったんだから、馬鹿な話ですよ」


 それはご愁傷様で。それにしてはオブロさんの顔が悪い笑顔になっているが、いや、深くはツッコまないでおこう。


 俺が執務机の椅子に座ったところで、コンコンコンと執務室の扉がノックされた。誰だろうか? とオブロさんと顔を見合わせた後、オブロさんが返事をすると、


「お時間よろしいでしょうか?」


 扉の向こうから聞こえてきたのは、ジオの秘書であるキーヤさんの声だった。なんだろうか?



「ハルアキ、君たちが開発して良いブーギーラグナ様の領地が決まったぞ」


 キーヤさんの呼び出しで隣室のジオのところへ行ってみると、開口一番そんな話がジオの口からもたらされた。


 決まってなかったんだ。それが俺の最初の感想だ。てっきりこの地上界のすぐ下が開発地域になるものだと思っていたけど、そうじゃなかったんだな。


「どこだと思う?」


 何がそんなに嬉しいのか、笑顔で問い掛けてくるジオ。


「どこも何も、ボッサムが治めていた国でしょう? 今回の一件であいつは取り返しのつかない失敗をしましたから。たとえブーギーラグナにボッサムを復活させられるスキルがあったとしても、王の座からは失脚でしょうし」


「まあ、それくらいは理解の範疇か。ちなみにブーギーラグナ様はボッサムを復活させず、奴の一族と今回の件に関わった者たちは全員処分なされた」


 怖っ! 一族郎党全員皆殺しかよ! ブーギーラグナ的には他の配下への見せしめでもあるのだろうけど、連座で殺される人たちはたまったものじゃないな。せめて安らかに。決して俺を恨んで化けて出ないでください。悪いのは全部ボッサムなので。


「現在ボッサムの国では、国政に関わっていた者たちを中心とした国軍と、国王と言う御旗を失ったボッサムの国土を奪おうとする周辺国とで戦争だ」


 それはまたまた恐ろしい話題で。ブーギーラグナ的にはそれはアリなんだろうか?


「これが中々に入り乱れた混戦でな。ボッサムが治めていた国内にも反ボッサム派がおり、そいつらが敵対国と内通していて、敵軍を国内に呼び寄せたり、はたまたボッサム派と懇意にしていた隣国が、そこへ横槍を入れたり、事態を静観しつつ、ボッサムの国や周辺国へスパイを潜らせ、情報操作で上手く利益を得ようとする国など、しばらくはボッサムの国周辺は荒れる事になるだろう」


 うへえ、近寄りたくない。と言うか、


「それだと、安全に魔石採掘が出来なくて、数ヶ月後の魔王軍との戦争に間に合わないんですけど」


「だろうな」


 だろうな。って、他人事だと思って。


「そう睨むな。ブーギーラグナ様もそこら辺は既に手を打っておいでだ。ボッサムの国の一部を既にブーギーラグナ様の直轄地として確保してくださっている。いくら国を治める王たちでも、ブーギーラグナ様の直轄地に手は出さないさ」


 ほっ。それなら安心だ。


「まあ、ボッサムの国は、この世界からブーギーラグナ様の住まう地までの間にあるから、ハルアキたちがブーギーラグナ様に直接お伺いしに行くのは、困難になってしまったがな」


 マジかー。ボッサムの国は避けて通りたいところだけど、周辺国と戦争しているとなると、それも避けないといけなくなる。ブーギーラグナに会いに行くには、相当遠回りしないといけなくなるぞ。


「くっ、ふふふふふ」


 俺が今後どうするか考えを巡らせていると、不意に眼前の執務机越しに、椅子に身体を預けるジオが笑い出した。


「何か可笑しな事が?」


「いやあ、ハルアキの顔がコロコロ変わるのが面白くてね。その顔芸はわざとかな?」


「生まれつきです」


「だろうね」


 くう。自分が百面相な事くらい、自分が良く分かっているよ。良いじゃん、少しくらい顔に出たって。これくらい愛嬌ってものだろ。見ればオブロさんもキーヤさんもクスクス笑っているし。何か恥ずかしいから、話題を逸らそう。


「そう言えば、思っていたんですけど……」


「何かな?」


 にやにやしながら俺の言葉に耳を傾けるジオ。腹立つー。


「何で、カヌス……様もブーギーラグナ様も、俺たちに力を貸してくれるような事をされているのですか? 関係的には、俺たちは勇者側で、あなた方は魔王側だ」


 俺の発言が虚を突くものだったからか、核心を突くものだったからか、ジオのにやにや顔が真顔に戻る。


「ふむ。まあ、ハルアキたちからしたら、我々の行動は善意のように見えるか」


 これに頷く俺。見えるだけで善意ではないのだろうけど。


「今回の魔王が、これまでの魔王と同程度の魔王であったなら、我々もそこまで口出ししなかった」


 これまでと同程度なら、か。確かに、六人の魔王が合体しているような魔王は、普通の魔王とは言えないな。普通の魔王が何か知らんけど。


「そして今回の魔王は、勇者コンソールを二つ手に入れる事を宣言している」


 この世界の勇者であるシンヤと、まだ所在のわからない地球の勇者のコンソールか。


「それは魔王を超える大魔王への足掛かりとなる一手なのだ」


「魔王を超える大魔王への一手……」


 確か地下界、無窮界は大魔王の支配地域で、魔王たちは大魔王から割譲された支配地域を治めているんだったな。そこに新たに大魔王が誕生するとなると、それは確かに他人事ではなくなるな。しかもその発生源はここなのだから、尚更だ。


「成程。カヌス様やブーギーラグナ様的には、今回の地上の戦争に関して言えば、勇者側に勝利して欲しい訳ですか」


「勝てると思っているのか?」


 あれえ? 違うの?


「お前たちは善戦するだけで良い。その間に無窮界の大魔王軍が準備を整え、大魔王になる前の弱ったノブナガを叩く」


 それって俺たち当て馬って事?


「…………もし、俺たちが魔王軍に勝利したら?」


「ふふ。それならばカヌス様の支配地域の範疇の事だ。あの方の采配によるな」


 う~ん。これまで地上界で何があっても手を出してこなかったカヌスだ。俺たちが勝利すれば、大魔王軍と戦争にならずに、歴史の下でぬくぬくした生活を続行する可能性大かなあ。だと良いなあ。

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