一年限りの伯爵令嬢

栫井

文字の大きさ
1 / 1

プロローグ

しおりを挟む
「……レナ、招待状が届いたよ」
「まあ、どなたからかしら」

レナ・ディモルフィスはふんわりと柔らかなドレスに身を包み、さらりと流れる美しい黒髪を癖のない所作で耳にかけた。
わずかに気まずそうに視線を逸らす父の様子を不思議に思いながら、差し出された封書へと目を落とす。そこには、封蝋の上に押された王家の紋章が刻まれていた。


グラティエル王国は、大陸全土にその名を轟かせる大国である。
優れた魔法の才を持つ者が次々と生まれ、その育成と発展は他国の追随を許さない。肥よくな土地と穏やかな気候にも恵まれ、飢えや戦に悩まされることもほとんどなかった。

この豊かな国において最も重んじられてきたものは、王家の血筋である。
不思議なことに王家に連なる者は皆、生まれつき子を授かりにくい体質を持つ。その一方で、生まれてくる子は必ず男子であった。
その血を絶やさぬため、第一王子が成人すると後宮が設けられるのだ。
王家より招待状を受け取った貴族の令嬢たちは、一定期間宮殿で生活することを求められる。対象となるのは、婚約者を持たぬ十六歳以上の貴族の令嬢であり、彼女たちは適齢期を迎えると高い確率で王宮からの招待状を受け取ることになる。

宮殿へ迎えられた令嬢は、王家の血統を未来へと繋ぐため王子と共に子を授かるよう尽力しなければならない。
そして子を授かった令嬢は後宮を離れ、王族の住まう宮殿へと移される。そこから先、王子と令嬢は王国の未来を担う存在として、大きな権力と責任を与えられることとなる。
それがこの国における常識であった。


レナが手にした封書には、件の王家から貴族令嬢への招待状が丁寧に収められていた。震える手で中の書状を開き、流れる文字を追う。
そこには、王家の血筋を未来へと繋ぐため、謹んでお招き申し上げる旨が記されていた。来訪を期待している旨も添えられているが、その実この封書が届いた時点で断ることなど到底かなわない。

レナは手紙を握る右手に思わず力を込めた。
彼女には長年の片思いの末、ようやく心を通わせた殿方がいた。平民の出であるため結婚など容易に許されず、婚約に向けて父を説得している段階である。
父がようやく諦めの色を滲ませ始め、陥落もそろそろかという矢先のことだった。

「うぅ……ひどいっ、ひどいです……」
「レナ、断れぬことはお前も重々承知しているだろう?……わずか一年だ。一年を宮殿で過ごせば、戻ってきて彼と婚約すればよい」

手紙にポツリポツリと涙が落ちる。
彼との婚約を許す言葉を、もっと早く聞きたかった。なぜ父は、その言葉を一日でも早く口にしてくださらなかったのか。なぜ王家は、こんな折に招待状を送ってくるのか。
小さな手の中で涙に濡れた手紙は震え、視界の端で文字が揺れる。

「すまない、レナ。我が伯爵家を存続させるためだと、どうか理解してくれ」

娘を抱きしめながら父が呟いたその言葉が、頭の中でぐるぐると回り続ける。
十七歳のレナにとって、一年という歳月はあまりにも長く耐え難いものであった。もし宮殿へ行っている間に彼が他の女性に心を奪われでもしたらと、想像するだけで胸が張り裂けそうになる。

嗚咽を漏らさぬよう唇を噛み締めるレナの脳裏をかすめたのは、幼い頃に書庫で見つけたある魔術書であった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

囚われた白薔薇

望乃
恋愛
皇女アリスティーネはある日夢を見る、それは弟であるエドモンドに殺されてしまう夢を見る······そこから弟をさけていると

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~

二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。 彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。 そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。 幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。 そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...