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第参章
DAY7 -真実の開示–
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神妙な面持ちで話すスズカに対し、皆は静寂で応答した。時計が時を刻む音だけが鳴り響く。張り付いている反面穏やかな空間が皆の思考をクリアにしていた。
「まず、学院が襲われたその理由。これは前回ザナルカ丘で話したわね。」
「ああ。人は周りよりも優位に生きようとする生物的本能のままに生き、栄華を極めようとするみたいな話だったかと。」
「ええ。勿論、力あるものが玉座を陥れ、その地位を奪おうとする行為は昔からよくある話。今回の一件もこの理由がないわけではないと思うわ。けど、敵にはそれよりももっと重要な狙いがある。」
ジャックが普段飲まないコーヒーを啜りながら、会話を壊さないよう静かに戻した。その顔は複雑で、とても心境が読めなかった。
「敵の狙いは『モジュレーション』。創生時代にリーシャが作り出したロストマジックよ。」
「もじゅ、、なにそれ?ロストマジックってことは失われてるんじゃないの?」
「ええ。ロストマジックはその通り失われた魔法よ。けどそれが現在まで水面下で存在してるの。そしてそのモジュレーションはね、あらゆる生命体に対して適性を満たすように調律する器とでも言いましょうか。」
「もーっと優しく教えて。」
「まあとても難しい理論で構成された、超常的な力だから仕組みとかは割愛させてもらうわ。ともかくこのモジュレーションを使用することでタクトの受け渡しが可能になるの。」
「タクトの受け渡し?!」
「待ってくださいスズカさん。タクトって二つも同時に扱えるものなんですか?」
「ええ。単純にフォニムの生成器官が二つになっているだけだから問題はないわ。」
「でもタクトって確か、移植することは出来なかったはず…。各個人で作りあげられたタクトは起動する際の構成が複雑で、本人の体でしか応答しないって授業で習いました。」
「そうよ。だけどモジュレーションがあればその部分を調律しタクトを起動させることができる。」
「まーじか。それって単純にフォニム2倍のとんでも魔法士が誕生するってことだよね?!」
「待ってルーク。そんなことないんじゃないかな?現にルークの目はアコルト現象に侵されている。それって有り余ったフォニムが原因でしょ?フォニムが多すぎると身体にかかる影響までもが膨れ上がり身を滅ぼすだけじゃないかしら。」
「ユウナは聡明ね。その通りよ。膨大なフォニムは使用者の体を蝕む。それがこの世界の理よ。」
「じゃあなんの意味も…あ、まさかモジュレーションってやつがその点も上手にまかなうとか?」
「いいえ。あくまでモジュレーションは適性を満たすためのもの。フォニム侵食を防ぐことは出来ないわ。」
「じゃあやっぱ意味ないじゃん。」
「ところがそうでもないのよ。ユウナ。フォニム侵食の具体的な原因は知ってる?」
「え、はい。フォニムは赤と青がそれぞれ引き合う性質を持っています。だから人が魔法を使う時、多少なりとも外界のフォニムと引き合いや反発を生じます。」
「あー、だから感知できるんだね。」
「ええ。ある程度の力なら問題はないのですが、その量が膨大になると引き合いや反発の力も計り知れません。そして一定のラインを超えると体を構成する組織へフォニムが流れ込んでしまいます。それが生命活動に支障をきたし、最終的にタクトの破損に繋がると教わりました。」
「その通りよ。詰まるところ、フォニムの引き合いや反発の作用が問題なの。だからその性質を消すことができれば、どれほど強大なフォニムを扱っても問題ない。」
「でもその性質を消すことなんてできません。フォニム学を極めた過去の研究者達がそう結論付けているはずです。」
「ええ。普通はね。タクトを二つ所持するなどという離れ業くらいしなければ到底無理よ。」
「どういうことですか?」
「青と赤。それぞれ別種のタクトを持つということか?」
「その通りよボブ。青と赤のタクトを別々に所持していれば、体内でフォニムの引き合いは相殺される。そうなれば外界に干渉されることなく強大な魔法を使うことができる。そして出来上がったのが、世にも奇妙な紫のフォニム。」
「…!!ジジイのフォニムか!」
「ルドルフ校長はモジュレーションの所持者。だから人外の力を手にしていたの。納得したかしら?」
「う、うん。それで、その強大すぎる力を敵は欲しているわけか。」
「恐らく。そして厄介なことにこのモジュレーション受け渡しがとても簡単なの。」
「え?そんなヤバイ力なのに?」
「モジュレーションの受け渡す方法は2つある。一つは正式な手順を踏んで、任意の相手に譲渡する方法。そしてもう一つは所持者を殺すこと。」
「また物騒な話だな…。」
「だから所持者であるルドルフ校長は細心の注意を払ってこれまで生きていた。次代にこの力を継げるように。」
「そんな強大な力が原因で争いが起こるなら、無くした方がいいんじゃないの?」
「ルーク。まさにその通りなの。現にこのモジュレーションを巡った争いは数多く起こっている。歴史に顔を覗かせていない理由は継承者が新たな争いを生まないために、世界からモジュレーションを忘れさせようとしたためよ。」
「なら、その継承者が誰にも殺されることなく穏やかに亡くなればモジュレーションも消えるのでは?」
「それがそうもいかなかった。過去の継承者が実践したけれど、モジュレーションは無くならずその継承者の使用人に継承されたの。つまり、継承者が死ぬ直前に関わったものにモジュレーションは継承されてしまったの。」
「なんとも厄介なものをリーシャは作り出したんだな…。」
「てことはこの戦争なんとしてもジジイの命を守らなければってこと??」
「いいえ。ルドルフ校長はすでにモジュレーションを譲渡しているわ。それも恐らく戦争中にね。」
「え?!なんで!?」
「多分守りきれないと判断したんでしょう。だから安全な場所にモジュレーションを避難させた。」
「何故そうだと言える。根拠はあるのか。」
「根拠はこの子達のフォニムよ。最初にあった時、貴方達から別種のフォニムを感じた。きっとルドルフ校長が具現した封印魔法の鍵。でも貴方達の中にあるフォニムは青の性質を示している。」
「なるほど。紫のフォニムでなくなっていることが根拠か…。ならモジュレーションは今誰の手に?」
「…ジャックよ。」
「ジャックだと?!」
声を上げたのはボブだけだった。ルークとユウナは静かにその言葉を聞いていた。
「お前ら、知っていたのか?」
「確信はなかったですけど、私たちが空間転移する直前、ジャックだけは校長と額を合わせていました。その姿がどうにもリーシャとジークに重なって…。」
ユウナはシュタルクの授業で習った絵画、リーシャがジークにダルセーニョをかけた瞬間を描いたそれを想像しながら語った。
「ここまでのスズカさんの話を聞いていたら自ずとそうじゃないかなって…。」
「おれはユウナほど理論的じゃないけど、今までのジャックを見てきたら思い当たる節はいくつかあったから。」
「むぅ…。言われてみれば確かにそうだな。」
「てな訳で俺がリーサルウェポンとなったわけよ!」
ジャックは無理に作ったであろう笑顔を振りまきながら強気の言葉を添えた。その姿はルークとユウナからは見るに耐えない姿であった。
「だが、ジャックのフォニムは赤いままだろ?渡されたタクトは青ではなかったのか?」
「ええ。ルドルフ校長は赤のタクトを渡したようね。時間稼ぎのため…あわよくば隠し通そうとしたのかもしれない。」
…あるいは私にジャックを殺させようとしたか。
ルドルフの意思はそこにあったのかもしれないとスズカは思い浮かべていたがそのことはとても口にできなかった。
「まあ敵の目的がこのモジュレーションなら見逃すなんて事はないと思うけどね。」
「ええ。ジャックの言う通りよ。つまりこの戦争ジャックがやられた瞬間私達の負けになる。」
「じゃあジャックは連れて行かない方がいいんじゃないの?」
「いいえ。それだとジャックが星だとバラすようなものだし、守ることもできない。それにそもそも戦力が足りてないと言う現実もあるの。」
「そーそー。ここまで修行したのにそりゃないってもんだぜルーク。」
「だがリスクはデカいな。」
「そもそもこの戦争は劣勢。多少のリスクはやむを得ないでしょう。」
「ジャックを守り抜きつつ、敵勢力を排除する…か。言葉では簡単だが、事をなすには存外難しい話だな。」
「ボブ!その言い草はないんじゃないか?!」
ルークは声を荒げたが、スズカが手を出しながら静止した。
「酷な話だけど、ジャックがターゲットだと敵が理解していたなら、相手はジャックを消すことがメインになる。そうなればボブの言う通り非常に困難な戦いになるわ。」
誰もがその言葉を理解したくはなかった。けれど、その事実は皆が心のどこかでは理解できた。ジャックのみが標的となり、それを消すためだけに動かれたら、こちらの戦力では対応しきれない。トータルで戦争を優勢に持っていくだけでも難しい現状では、スズカの発言はは紛れもない真実であった。
「…まあまだ俺がターゲットになっているかもわからない現状だよ!スズカさんみたいにずば抜けたフォニム感知がなければ難しいって!」
ジャックはまたも無理に笑顔を作っていた。
「それに学院が解放されれば、味方になってくれる勢力もいるはず。完全に制圧される前にルドルフ校長が手を打っているこの現状を生かし切らなければ我々に勝利はないわ。」
「具体的な作戦はあるの?」
「ええ。それじゃあ、作戦について話す…と言いたいところだけどそれは全てこの後クロアに伝えるわ。」
「クロアってあのせまてぃなんとかの??」
「そうよ。クロアのセマティックスキャンを使えば瞬時に作戦は理解できるはず。その方が効率的だし、情報が漏れる心配も少なくなる。」
「漏れるって…。そんな俺たちがバラすわけないし、スパイの可能性だってないでしょ。」
「例えそうであっても、念には念を重ねるものよ。あらゆる可能性を排除し、残されたピースが限られた状態でなければ博打は打てない。」
「それになルーク、誰かが捕虜になる可能性もあるんだ。情報はどこから漏れるかわからない。そんなこともあって、指示系統が確実であれば俺たちは駒として動いた方が効果的なんだ。少なくとも、こんな出来合いのチームではな。」
「だけどそれでは私たちの気持ちの整理や準備が…。」
「ええ。だから作戦の最初と最後は伝えるわ。まず学院には二人ペアの3チームで動く。近接戦と遠距離戦の両方を鑑みて、チームはルークとシャルル、ボブとジャック、私とユウナでいくわ。明日は二人で連携の打ち合わせなどを行って。あくまで決戦の準備が最優先だから、フォニム消費は程々にね。」
ペアとなった二人は互いに一度だけ顔を見合わせた。どれもが真剣な表情でその後皆スズカに向き直った。
「序盤の注意点はとにかく生き残ること。学院生の3人は敵からすれば皆モジュレーション候補。一人でもやられれば標的はどんどん絞られる。かといって奥手に回れば、総出を上げて1チームごとに潰されるわ。だから撹乱のためにも攻撃の手は休めず、生き残って。」
「フォニム消費も気を付けろよ。特に初陣の連中はしょっぱなで使いすぎる傾向がある。慣れるまでは各チームの成人に任せとけ。」
「特にユウナ。貴方は作戦の最後に大仕事がある。フォニム消費は極限まで避けて私を頼りなさい。」
「…はい。」
「学院は封印魔法を壊すために敵に囲まれているはず。つまり学院に着いた瞬間戦闘が始まると思って。敵を掃討しつつ隙を見て封印を解除。そこから本番が始まるというイメージね。」
「ってことはー、私とルークが鍵開け担当ってこと??」
「そうねシャルル。貴方達は機動力がある。序盤から終盤まで相手を撹乱し続けることが勝利への一歩ね。」
「あいあいさー!…序盤はフォルテなんてつかっちゃダメよ?」
「わかってるって。その点は上手にやるよ。」
「そして終盤についてだけれど、詰まるところ戦争は頭を叩けば勝ちとなる。だけど敵の頭が何者なのかは絞り切れていないのが現状。候補として上がるのは…」
「レイナとヴォルフ。」
「ええ。だけど個人的にヴォルフとは昔から関係があってね。このようなことをしでかす人間ではないと今でも思ってる。」
「スズカ。個人的な感情を挟むのは無しだ。」
「確かに感情に流されることは足元をすくわれるきっかけになる。けどこれは戦争を勝ち抜く情報と捉えてほしい。」
「…話してみろ。」
「ヴォルフは一度、ルドルフ校長を殺そうとしたことがある。明確な理由を持ち、ある目的のためにね。」
「余計やばそうなんだけど…本当に大丈夫?」
「だけどそれは未遂で終わったの。ルドルフ校長がヴォルフの望みをを別角度から叶えたことによってね。そしてヴォルフが全てを賭けて手に入れようとした望みは今後もルドルフ校長がいることによって保証されているの。逆に言えば今ルドルフ校長が殺せばその望みを自ら捨てることになる。」
「心境が変わったとかそういうことはないの?」
「勿論可能性としてはあるわ。だけど命を賭けてまで望んだものを自ら捨てるとは考え難い。何か別の要因に依存していると思うの。それが何かは残念だけど特定はできない。けどうまく立ち回ればヴォルフは味方になり得る。」
「その辺はまあ私に任せてよ。私のキュートな魔法で目を覚まさせてあげるから❤︎」
戯けた発言ではあったが、シャルルの目は笑っていなかった。
「そうね。そこはシャルルに任せて、当面の頭はレイナに絞る。どこで姿を現すかは分からないけど、見つけ次第掃討に当たって。勿論十分に警戒しつつ、セマティックスキャンを大いに活用してね。」
「レイナ先生か…。確かにあの日途中から行方くらましてたもんな。」
「今伝えられる作戦はこれくらいかしら。何か質問はある?」
「あ、それならスズカさんの魔法とか戦闘スタイルを教えて欲しいかな。なんだかんだでスズカさんだけはよく知らないから。」
「あー、それはね。えーっと…私は気弾で戦うの。」
「え、気弾って一昨日くらいに森でやらされたあの…しょぼいやつ…?」
「そうね。誰もが簡単に扱える下等魔法よ…。」
「え、スズカさんって…もしかして…魔法苦手とか?」
「そんなわけないだろう。スズカの使う気弾は練度が違う。巷では鬼弾のスズカと言われるほどの腕前だ。」
「鬼…か。…こわい。。」
「味方なんだからだいじょーぶだって!…敵に回したらおっかなすぎるけど…。。」
「後は空間転移魔法も使うかな。」
「そーだった。。超高等魔法使えるんだったね。。」
「まあ大体その二つを主軸にして戦うわ。詳しいことはまたセマティックスキャンでわかるはずよ。」
「おっけー。だいたい理解できた。」
「それじゃあ、今日はこのくらいにしましょう。みんな少しでも休んでね。」
おもむろに立ち上がり、それぞれの部屋へと戻っていった。決戦まで残り2日。目前に迫るその日を、肌で感じつつ暖かい布団へと身を埋めた。
「まず、学院が襲われたその理由。これは前回ザナルカ丘で話したわね。」
「ああ。人は周りよりも優位に生きようとする生物的本能のままに生き、栄華を極めようとするみたいな話だったかと。」
「ええ。勿論、力あるものが玉座を陥れ、その地位を奪おうとする行為は昔からよくある話。今回の一件もこの理由がないわけではないと思うわ。けど、敵にはそれよりももっと重要な狙いがある。」
ジャックが普段飲まないコーヒーを啜りながら、会話を壊さないよう静かに戻した。その顔は複雑で、とても心境が読めなかった。
「敵の狙いは『モジュレーション』。創生時代にリーシャが作り出したロストマジックよ。」
「もじゅ、、なにそれ?ロストマジックってことは失われてるんじゃないの?」
「ええ。ロストマジックはその通り失われた魔法よ。けどそれが現在まで水面下で存在してるの。そしてそのモジュレーションはね、あらゆる生命体に対して適性を満たすように調律する器とでも言いましょうか。」
「もーっと優しく教えて。」
「まあとても難しい理論で構成された、超常的な力だから仕組みとかは割愛させてもらうわ。ともかくこのモジュレーションを使用することでタクトの受け渡しが可能になるの。」
「タクトの受け渡し?!」
「待ってくださいスズカさん。タクトって二つも同時に扱えるものなんですか?」
「ええ。単純にフォニムの生成器官が二つになっているだけだから問題はないわ。」
「でもタクトって確か、移植することは出来なかったはず…。各個人で作りあげられたタクトは起動する際の構成が複雑で、本人の体でしか応答しないって授業で習いました。」
「そうよ。だけどモジュレーションがあればその部分を調律しタクトを起動させることができる。」
「まーじか。それって単純にフォニム2倍のとんでも魔法士が誕生するってことだよね?!」
「待ってルーク。そんなことないんじゃないかな?現にルークの目はアコルト現象に侵されている。それって有り余ったフォニムが原因でしょ?フォニムが多すぎると身体にかかる影響までもが膨れ上がり身を滅ぼすだけじゃないかしら。」
「ユウナは聡明ね。その通りよ。膨大なフォニムは使用者の体を蝕む。それがこの世界の理よ。」
「じゃあなんの意味も…あ、まさかモジュレーションってやつがその点も上手にまかなうとか?」
「いいえ。あくまでモジュレーションは適性を満たすためのもの。フォニム侵食を防ぐことは出来ないわ。」
「じゃあやっぱ意味ないじゃん。」
「ところがそうでもないのよ。ユウナ。フォニム侵食の具体的な原因は知ってる?」
「え、はい。フォニムは赤と青がそれぞれ引き合う性質を持っています。だから人が魔法を使う時、多少なりとも外界のフォニムと引き合いや反発を生じます。」
「あー、だから感知できるんだね。」
「ええ。ある程度の力なら問題はないのですが、その量が膨大になると引き合いや反発の力も計り知れません。そして一定のラインを超えると体を構成する組織へフォニムが流れ込んでしまいます。それが生命活動に支障をきたし、最終的にタクトの破損に繋がると教わりました。」
「その通りよ。詰まるところ、フォニムの引き合いや反発の作用が問題なの。だからその性質を消すことができれば、どれほど強大なフォニムを扱っても問題ない。」
「でもその性質を消すことなんてできません。フォニム学を極めた過去の研究者達がそう結論付けているはずです。」
「ええ。普通はね。タクトを二つ所持するなどという離れ業くらいしなければ到底無理よ。」
「どういうことですか?」
「青と赤。それぞれ別種のタクトを持つということか?」
「その通りよボブ。青と赤のタクトを別々に所持していれば、体内でフォニムの引き合いは相殺される。そうなれば外界に干渉されることなく強大な魔法を使うことができる。そして出来上がったのが、世にも奇妙な紫のフォニム。」
「…!!ジジイのフォニムか!」
「ルドルフ校長はモジュレーションの所持者。だから人外の力を手にしていたの。納得したかしら?」
「う、うん。それで、その強大すぎる力を敵は欲しているわけか。」
「恐らく。そして厄介なことにこのモジュレーション受け渡しがとても簡単なの。」
「え?そんなヤバイ力なのに?」
「モジュレーションの受け渡す方法は2つある。一つは正式な手順を踏んで、任意の相手に譲渡する方法。そしてもう一つは所持者を殺すこと。」
「また物騒な話だな…。」
「だから所持者であるルドルフ校長は細心の注意を払ってこれまで生きていた。次代にこの力を継げるように。」
「そんな強大な力が原因で争いが起こるなら、無くした方がいいんじゃないの?」
「ルーク。まさにその通りなの。現にこのモジュレーションを巡った争いは数多く起こっている。歴史に顔を覗かせていない理由は継承者が新たな争いを生まないために、世界からモジュレーションを忘れさせようとしたためよ。」
「なら、その継承者が誰にも殺されることなく穏やかに亡くなればモジュレーションも消えるのでは?」
「それがそうもいかなかった。過去の継承者が実践したけれど、モジュレーションは無くならずその継承者の使用人に継承されたの。つまり、継承者が死ぬ直前に関わったものにモジュレーションは継承されてしまったの。」
「なんとも厄介なものをリーシャは作り出したんだな…。」
「てことはこの戦争なんとしてもジジイの命を守らなければってこと??」
「いいえ。ルドルフ校長はすでにモジュレーションを譲渡しているわ。それも恐らく戦争中にね。」
「え?!なんで!?」
「多分守りきれないと判断したんでしょう。だから安全な場所にモジュレーションを避難させた。」
「何故そうだと言える。根拠はあるのか。」
「根拠はこの子達のフォニムよ。最初にあった時、貴方達から別種のフォニムを感じた。きっとルドルフ校長が具現した封印魔法の鍵。でも貴方達の中にあるフォニムは青の性質を示している。」
「なるほど。紫のフォニムでなくなっていることが根拠か…。ならモジュレーションは今誰の手に?」
「…ジャックよ。」
「ジャックだと?!」
声を上げたのはボブだけだった。ルークとユウナは静かにその言葉を聞いていた。
「お前ら、知っていたのか?」
「確信はなかったですけど、私たちが空間転移する直前、ジャックだけは校長と額を合わせていました。その姿がどうにもリーシャとジークに重なって…。」
ユウナはシュタルクの授業で習った絵画、リーシャがジークにダルセーニョをかけた瞬間を描いたそれを想像しながら語った。
「ここまでのスズカさんの話を聞いていたら自ずとそうじゃないかなって…。」
「おれはユウナほど理論的じゃないけど、今までのジャックを見てきたら思い当たる節はいくつかあったから。」
「むぅ…。言われてみれば確かにそうだな。」
「てな訳で俺がリーサルウェポンとなったわけよ!」
ジャックは無理に作ったであろう笑顔を振りまきながら強気の言葉を添えた。その姿はルークとユウナからは見るに耐えない姿であった。
「だが、ジャックのフォニムは赤いままだろ?渡されたタクトは青ではなかったのか?」
「ええ。ルドルフ校長は赤のタクトを渡したようね。時間稼ぎのため…あわよくば隠し通そうとしたのかもしれない。」
…あるいは私にジャックを殺させようとしたか。
ルドルフの意思はそこにあったのかもしれないとスズカは思い浮かべていたがそのことはとても口にできなかった。
「まあ敵の目的がこのモジュレーションなら見逃すなんて事はないと思うけどね。」
「ええ。ジャックの言う通りよ。つまりこの戦争ジャックがやられた瞬間私達の負けになる。」
「じゃあジャックは連れて行かない方がいいんじゃないの?」
「いいえ。それだとジャックが星だとバラすようなものだし、守ることもできない。それにそもそも戦力が足りてないと言う現実もあるの。」
「そーそー。ここまで修行したのにそりゃないってもんだぜルーク。」
「だがリスクはデカいな。」
「そもそもこの戦争は劣勢。多少のリスクはやむを得ないでしょう。」
「ジャックを守り抜きつつ、敵勢力を排除する…か。言葉では簡単だが、事をなすには存外難しい話だな。」
「ボブ!その言い草はないんじゃないか?!」
ルークは声を荒げたが、スズカが手を出しながら静止した。
「酷な話だけど、ジャックがターゲットだと敵が理解していたなら、相手はジャックを消すことがメインになる。そうなればボブの言う通り非常に困難な戦いになるわ。」
誰もがその言葉を理解したくはなかった。けれど、その事実は皆が心のどこかでは理解できた。ジャックのみが標的となり、それを消すためだけに動かれたら、こちらの戦力では対応しきれない。トータルで戦争を優勢に持っていくだけでも難しい現状では、スズカの発言はは紛れもない真実であった。
「…まあまだ俺がターゲットになっているかもわからない現状だよ!スズカさんみたいにずば抜けたフォニム感知がなければ難しいって!」
ジャックはまたも無理に笑顔を作っていた。
「それに学院が解放されれば、味方になってくれる勢力もいるはず。完全に制圧される前にルドルフ校長が手を打っているこの現状を生かし切らなければ我々に勝利はないわ。」
「具体的な作戦はあるの?」
「ええ。それじゃあ、作戦について話す…と言いたいところだけどそれは全てこの後クロアに伝えるわ。」
「クロアってあのせまてぃなんとかの??」
「そうよ。クロアのセマティックスキャンを使えば瞬時に作戦は理解できるはず。その方が効率的だし、情報が漏れる心配も少なくなる。」
「漏れるって…。そんな俺たちがバラすわけないし、スパイの可能性だってないでしょ。」
「例えそうであっても、念には念を重ねるものよ。あらゆる可能性を排除し、残されたピースが限られた状態でなければ博打は打てない。」
「それになルーク、誰かが捕虜になる可能性もあるんだ。情報はどこから漏れるかわからない。そんなこともあって、指示系統が確実であれば俺たちは駒として動いた方が効果的なんだ。少なくとも、こんな出来合いのチームではな。」
「だけどそれでは私たちの気持ちの整理や準備が…。」
「ええ。だから作戦の最初と最後は伝えるわ。まず学院には二人ペアの3チームで動く。近接戦と遠距離戦の両方を鑑みて、チームはルークとシャルル、ボブとジャック、私とユウナでいくわ。明日は二人で連携の打ち合わせなどを行って。あくまで決戦の準備が最優先だから、フォニム消費は程々にね。」
ペアとなった二人は互いに一度だけ顔を見合わせた。どれもが真剣な表情でその後皆スズカに向き直った。
「序盤の注意点はとにかく生き残ること。学院生の3人は敵からすれば皆モジュレーション候補。一人でもやられれば標的はどんどん絞られる。かといって奥手に回れば、総出を上げて1チームごとに潰されるわ。だから撹乱のためにも攻撃の手は休めず、生き残って。」
「フォニム消費も気を付けろよ。特に初陣の連中はしょっぱなで使いすぎる傾向がある。慣れるまでは各チームの成人に任せとけ。」
「特にユウナ。貴方は作戦の最後に大仕事がある。フォニム消費は極限まで避けて私を頼りなさい。」
「…はい。」
「学院は封印魔法を壊すために敵に囲まれているはず。つまり学院に着いた瞬間戦闘が始まると思って。敵を掃討しつつ隙を見て封印を解除。そこから本番が始まるというイメージね。」
「ってことはー、私とルークが鍵開け担当ってこと??」
「そうねシャルル。貴方達は機動力がある。序盤から終盤まで相手を撹乱し続けることが勝利への一歩ね。」
「あいあいさー!…序盤はフォルテなんてつかっちゃダメよ?」
「わかってるって。その点は上手にやるよ。」
「そして終盤についてだけれど、詰まるところ戦争は頭を叩けば勝ちとなる。だけど敵の頭が何者なのかは絞り切れていないのが現状。候補として上がるのは…」
「レイナとヴォルフ。」
「ええ。だけど個人的にヴォルフとは昔から関係があってね。このようなことをしでかす人間ではないと今でも思ってる。」
「スズカ。個人的な感情を挟むのは無しだ。」
「確かに感情に流されることは足元をすくわれるきっかけになる。けどこれは戦争を勝ち抜く情報と捉えてほしい。」
「…話してみろ。」
「ヴォルフは一度、ルドルフ校長を殺そうとしたことがある。明確な理由を持ち、ある目的のためにね。」
「余計やばそうなんだけど…本当に大丈夫?」
「だけどそれは未遂で終わったの。ルドルフ校長がヴォルフの望みをを別角度から叶えたことによってね。そしてヴォルフが全てを賭けて手に入れようとした望みは今後もルドルフ校長がいることによって保証されているの。逆に言えば今ルドルフ校長が殺せばその望みを自ら捨てることになる。」
「心境が変わったとかそういうことはないの?」
「勿論可能性としてはあるわ。だけど命を賭けてまで望んだものを自ら捨てるとは考え難い。何か別の要因に依存していると思うの。それが何かは残念だけど特定はできない。けどうまく立ち回ればヴォルフは味方になり得る。」
「その辺はまあ私に任せてよ。私のキュートな魔法で目を覚まさせてあげるから❤︎」
戯けた発言ではあったが、シャルルの目は笑っていなかった。
「そうね。そこはシャルルに任せて、当面の頭はレイナに絞る。どこで姿を現すかは分からないけど、見つけ次第掃討に当たって。勿論十分に警戒しつつ、セマティックスキャンを大いに活用してね。」
「レイナ先生か…。確かにあの日途中から行方くらましてたもんな。」
「今伝えられる作戦はこれくらいかしら。何か質問はある?」
「あ、それならスズカさんの魔法とか戦闘スタイルを教えて欲しいかな。なんだかんだでスズカさんだけはよく知らないから。」
「あー、それはね。えーっと…私は気弾で戦うの。」
「え、気弾って一昨日くらいに森でやらされたあの…しょぼいやつ…?」
「そうね。誰もが簡単に扱える下等魔法よ…。」
「え、スズカさんって…もしかして…魔法苦手とか?」
「そんなわけないだろう。スズカの使う気弾は練度が違う。巷では鬼弾のスズカと言われるほどの腕前だ。」
「鬼…か。…こわい。。」
「味方なんだからだいじょーぶだって!…敵に回したらおっかなすぎるけど…。。」
「後は空間転移魔法も使うかな。」
「そーだった。。超高等魔法使えるんだったね。。」
「まあ大体その二つを主軸にして戦うわ。詳しいことはまたセマティックスキャンでわかるはずよ。」
「おっけー。だいたい理解できた。」
「それじゃあ、今日はこのくらいにしましょう。みんな少しでも休んでね。」
おもむろに立ち上がり、それぞれの部屋へと戻っていった。決戦まで残り2日。目前に迫るその日を、肌で感じつつ暖かい布団へと身を埋めた。
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