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【第三章 海へ】第一節 江浙の旅
仏桑花の咲く庭
しおりを挟む嘉靖二十六(一五四七)年初夏。
庭の仏桑花が一度に十輪も咲いた。
真紅の大きな花は明日にはしぼんでしまうのだ。あでやかに燃えて全てを出し切り、いまを鮮やかに生きようとしているかのようにみえる。
花蓮は、澄んで高い青空を背景にしてまぶしく輝く花々をぼんやりとみながら、長いため息をついた。
――遠くへゆきたい。
このところ、ふと気づけばそんなことを考えている。
もう何年も田州のそとに出ていないのだ。
周辺国を攻めることもない。明朝の命を受けて他省へ叛乱討伐の軍旅を催すこともない。両広総督への交渉のために花蓮がみずから梧州へ赴くようなこともない。
国内外の情勢が安定しており、それは摂政である花蓮の手腕の結果なのだから喜ぶべきことなのだが、岑猛とともに戦塵のなかを駆けた日や、観戦のために江西にいったこと、田州安堵の交渉のために梧州や南寧へと奔走したことが懐かしく思い出される。
とはいえ、それだけが理由で旅をしたいと思っているわけでもなかった。
岑芝は嘉靖十六(一五三七)年に十二歳で土官判官に就き、それからもう十年が過ぎた。当初は摂政である花蓮が国政全般を担った。しかし芝は十年のあいだに知州へと昇任し、年齢も二十歳を越えたので。花蓮は軍事のみを受けもち、その他の政務は極力芝に任せるようにした。
ところが芝は、その後もことあるごとに花蓮に伺いを立てる。それはそれでかわいくもあり、必要とされるのは悪い気のすることではないのだが、このままではいけない、早く独り立ちさせなくてはならない、とも思うのだった。
ある日岑栄に、
「花蓮さまが政務にいろいろ口を出すから芝さまが萎縮し、そのためいつまでたってもご自身でものごとを決めることができない」
といわれた。
芝が相談をもちかけてくるから諸々の助言を与えているだけのつもりだった。しかし岑栄にいわれて、このままでは芝は自立できない、いっそのことしばらく田州から離れるべきではないか、と思い始めたのだった。
仏桑花の庭をみながら物思いにふける花蓮の背中に岑栄が声を掛けた。
「ぼんやりとして、いかがされました」
「みればわかるでしょ。花をみているのよ。花をみてきれいだなって思ってるのよ。悪い?」
と、花蓮は不機嫌にいった。
「失礼いたしました。でも安心しました。なんだか塞ぎ込んでおられるようにみえたので」
花々に目をやったままで応えずにいると、
「あれ、やはりなにか嫌なことでもありましたか」
花蓮はぽつりといった。
「海が見たいなぁと思って」
「海?なんですか。急に」
「私、海をみたことがないのよ。海はすごく広いというけれども、みたことがないからわからない。水平線というのをみてみたいわ。ねえ、そう思わない?」
「はあ――」
気まぐれでいっていると思う岑栄は、気のない返事をした。
「海の水ってすごく塩辛いそうよ。表面はいつでもうねっていて、嵐のときには魔物と見紛うほどに大きなうねりになるとか」
「そうらしいですね。私も知りませんが――」
「あなた、もう六十年以上も生きてきて海もみたことないの。いいの?それで」
岑栄は過去に朝貢のために遥か北京まで旅をしたこともあるが、ほとんどの行程は内陸河川を利用し、海には出ていない。
「まあ、いいんじゃないでしょうか」
「海の向こうには無数に国があるというじゃない。遥か彼方から海を越えてやってくるという佛狼機に会ってみたい。身の丈は私たちの二倍くらいもあって、顔は真っ赤で、体は毛で覆われているそうよ。武器がすごいと聞いたわ。すごく興味がある」
佛狼機とはヨーロッパ人のことで、主にはポルトガル人のことを指す。なお、ヨーロッパ製の大砲も佛狼機と呼ばれた。
「海を越えてくるといえば、いま倭人が朝貢を求めて寧波沖に来ているそうですよ」
「倭人?倭国は確か、東の島国だったかしら。いえ。東の島国は琉球だったわね」
「倭国は琉球より東にある島国です。島の広さは琉球より広い」
「ふぅん。聞いたことがあるような、ないような」
「数十年前に寧波で大騒動を起こした国です。ご存知ないですか」
「ああ、それなら聞いたことがあるかも」
数十年前の大騒動とは、一五二三年に大内氏と細川氏がそれぞれ主催した遣明使が衝突し寧波や紹興の民衆を巻きこみ多数を死傷させた、いわゆる〝寧波の乱〟のことである。
「それからしばらく倭国は明との交易が禁じられ、国と国との関係は疎遠となりました。七年前にようやく許され入貢しましたが、再び騒動が起こることを懸念する朝廷は、倭国の入貢を十年に一度に制限しています」
「あれ、どういうこと。十年に一度しか来ちゃいけないのに、七年で来ちゃったってこと?」
「そうです。だから倭国の船は寧波への入港を認められず、寧波の近くの小さな島に留め置かれ、そこで貢期が至るのを待たされているようです」
「待つっていっても、あと三年もあるじゃない」
この遣明使節は日本の歴史上最後の遣明船である。前回の入明から十年が経っていないことから上陸を拒否され、その後舟山諸島の小島、嶴山に逗留する。ただ、浙江巡撫の朱紈の裁断により八ヶ月後の嘉靖二十七(一五四八)年三月に上陸が許可され、翌年四月に北京に到着し、入貢を果たすことになる。
「寧波に上陸できればその後の経費は全て明朝が負担しますが、上陸までは自分たちで食料その他を調達しなければなりません。どうするのでしょうね。倭国から持ってきたものを売って食いつなぐのでしょうかね」
「倭人はなにを売るの。なにか珍しいものでもあるのかしら」
「どうでしょう。彼らの特産がなんであるか知りませんが、ただ、彼らは非常に好戦的で、兵は死を恐れず極めて強いそうです。国のなかでひたすら戦争を繰り返していると聞きますので、武器類も研究されているでしょう。だから武器類などは明より発展しており、それを売るのかもしれませんね」
日本の戦国時代が応仁の乱に始まるとすれば、日本はこの時点で既に八十年ものあいだ戦乱の世にあることになる。
花蓮の目が輝いた。
「われら田州の兵より強いのかしら」
「どうでしょう。倭国は戦争に明け暮れているようですから少なくとも戦には慣れているでしょう。強いというよりも、獰猛とか、兇暴という噂もあります」
「武器は?どんな武器をもっているの」
と、花蓮はたたみかけて訊いた。
「彼らの剣は、折れず、曲がらず、よく切れると聞いたことはあります」
「折れないのに曲がらないなんて、あり得ないわ。鉄は硬ければ曲がらないけれども折れやすくなる。柔らかければ折れにくくても曲がりやすいはず」
「まあ、誇張されて伝わっているのかもしれませんが。私が自分でみたり触ったりしたわけではありませんので――」
「決めたわ」
「は?」
「決めたわ。寧波にいく」
「なんと?」
「いくわよ、寧波に。倭人に会ってみたい。わが兵より強いのか、確かめてみたい。その武器もみてみたい。売りに来たんだったら私が買うわ。それに寧波は海のすぐそばでしょう。海もみられるし。私、もう決めたわ。決めたからには実行あるのみ」
「い、いや。南寧ではなく、寧波ですよ。一字しか違わなくても、ここからの距離は五千里違います」
「わかってるわよ、そんなこと」
「簡単にいわないでください。片道だけで二ヶ月近くかかるでしょう。何か月も国を空けなくてはなりません。その間の政務はどうされるのですか」
「そのくらい私がいないほうがいいんじゃないの」
「あ、いや、それはどうでしょう――」
と、岑栄は詰まりながらいった。
「あなた、芝の政務に口を出すなといわなかったっけ」
「いえ、出すなとはいっていません。口を出しすぎるのはよくないのではないかな、と――」
「遊びにいくわけではないわ。海をみたいという理由だけで国を何日も空けるんじゃないわよ。外国の優れた武器を買い付けにいくの。戦術も研究できるかもしれない。ね、そうでしょう」
「いや、そうだとしても、花蓮さまがわざわざいかなくても――」
「もう、グダグダいわないでよ。私が数ヶ月のあいだ国にいないとどうしても困ることがある?」
「まあ、以前とは比べものにならないほどに国は安定していますから、数ヶ月でどうしても困るということもなさそうですが――」
花蓮は岑栄のことばに被せていった。
「なら決まり。寧波かぁ。どんなところかなぁ。海で泳げるかしら。お魚が美味しそうね。杭州は西湖が有名よね。きれいだろうなぁ。あ、浙江といえばお茶よね。お茶お茶、いっぱい買って帰ろう。あははは、楽しみ、楽しみ」
花蓮はキャッキャッと少女のようにはしゃいだ。
その声に誘われたかのように庭から暖かな風が吹いてきた。
その風に乗って仏桑花の花びらが舞い踊った。
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