俺、何しに異世界に来たんだっけ?

右足の指

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第2章

大人しい人ほど怒ると怖い

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わたくし、不知燈汰(しらず・とうた)は突然に異世界へと転生させられた。
現在、不穏な新メンバー候補ユキノと一緒にダンジョン攻略の真っ最中である。


─────────────────────


「お、おい!アレそうなんじゃないか!?」

初心者ダンジョンの地下3階層に来た時であった。
モンスターらしき魔獣が群れを成して、階層を占拠していた。

「うひゃあ…すんごい数ね。
アリんこみたい。」

エレナには、目の前のモンスターがアリ程度に見えるらしい。
でも、なるほど。
これだけ数が増えていたら、初心者だけではこのダンジョンに行けなくなるわけだ。
見渡すだけでも、40から50はいそう。

チリも積もれば何とやら…である。

「ユキノ!怖かったらムリすんなよ!
後ろに下がっていいぞ!!」

俺は少し前を行くユキノに声をかけた。
地下3階層に来るまでユキノの戦いを見ていたが、典型的な魔法使いのそれである。
俺でもわかるくらいに魔力操作が上手で、必要最小限の魔法で処理している…という感じだった。
使える属性も、メチャクチャ幅広い。

ただ、ハッキリ言ってステータスほどの力を感じなかったのが正直な感想だ。
エレナほどの、他を蹂躙するほどの圧倒的な魔法やスキルはまだ見てない。
実際に、使っている魔法も今の俺でも会得できる程度の初期魔法である。

考えてみれば、まだ子どもなのだから過度な期待をするのは良くなかった。
試験とはいえ、子どもに前を歩かせるのもどうかしていたかもしれない。

まぁ、年齢も今の俺達と大差はないのだろうが。

「いえ!これくらい大丈夫です!!
2人とも!私の戦いから目を離さないでくださいね!」

快活に返事をしたユキノは、目の前に群がっていたモンスターに対して魔法攻撃をしかけていた。

「それにしても凄い数だな…。
ちょっと冒険者が入らないとこんなことになるのか?」

「うーん…。
ダンジョンは自然発生的にモンスターが出るとは聞いてたけれど、それにしても異常ね。」

エレナの意見に俺も賛同する。
自然発生的にこれだけのモンスターが出るのなら、腕の良い冒険者がこのダンジョンに常駐しておかなくてはいけないレベルだろう。

さすがに、たかが数週間程度でこれは多すぎる。
少し様子がおかしいように感じた。

「見ていますか!
2人とも見てくれていますか!!?」

「あぁ!見てるよ!!
ユキノは凄いな!」

ユキノが人間と魔族のハーフだという話を聞いてから、彼女が少しだけこちらに歩み寄ってくれている気がした。
実際に、言葉の使い方もより親しみのあるものになっている。
彼女が、俺達に心を少しだけ開いてくれた証拠だと思う。

ただ、俺はまだ心のドアを一切開いていない。
なぜなら、彼女を合格にするつもりは全くないからである。

話を聞いた直後は、確かにやっぱりメンバーでも構わないかも、と思った。
でも、すぐに俺はドアのカギを締めてチェーンロックを3重ほどにしたのである。
名高いセキュリティ会社であっても、俺の心のドアは開けられないはずだ。
もちろん、こういう態度を取るのにもきちんと理由は存在する。

ただ単純に、彼女が怖いからである。

彼女は、明らかに自分の内面に潜む狂暴性に皮を被せて、俺達に接触してきている。
先刻の俺に対する態度で、それがハッキリとわかった。
危うく、俺はまた小便を漏らしかけたのだから。

俺は腕組みをして考える。
真剣に考える。

あの真っ赤に燃えるような目で凝視されると、まるでメデューサに見つめられたかのように身体の上から下まで身動きが取れなくなってしまった。
まさしく、蛇に睨まれたカエルである。

あの、人を伺うような観察眼にも似た表情は、きっと彼女が過酷な人生をここまで送ってきた証拠でもあるように感じるのだ。
人の顔色を窺って生きてきたからこそ、俺達に対するああいう態度もわかるし、他人が自分のことを裏切ることに対してコンプレックスを抱えているのだと俺は推察した。
だからこそ、俺達は彼女の側にはいられない。

なぜなら、俺もエレナもいざという時には平気で他人を見捨てる人間だからである。

その掌を返す速度は、まさしく歴史を分けた小早川秀秋ですら驚くに違いない。
俺とエレナの御旗の2文字は【復讐】だ。
そんなことに彼女を付き合わせるのはよくない。

というのは完全に建前で。

そういう御旗だから…とかいう理由で通じるのは俺とエレナの間だけであり、そこに赤の他人が介入すると事情は全く変わるだろう。
万が一にでもこの繊細そうなユキノを裏切るようなことがあると、本当に殺されるんじゃないか?と気が気でならないのだ。

わかっている。
これは俺の単なる想像であり被害妄想である。

しかしユキノの、まさしくあの地獄の底から這いあがってきたような真っ赤な眼を見ると、俺に対して如実に彼女の真意が語りかけてきたように感じたのだ。

『裏切ったら殺しますよ?』

と。
しかも、その言葉はきっとこう続くはずだ。

『でも、殺すのはお前だけね。』

と。

なぜなら、エレナは単純に強すぎて殺せないからである。

つまり、死ぬのは俺なのだ。俺だけなのだ。
彼女を仲間に引き入れて、酷い目に合うのは絶対に俺なのである。
純度100%でそうに違いないという、確信があった。

確かに、彼女を仲間に引き入れることで甘酸っぱい生活が始まるかもしれない。
そういう期待もして良いのかもしれない。

ただ、残念ながら俺にはそんな感情はない。

ユキノは、確かに一見すると超美少女だ。
きっと、ファンタジーが大好きでこの異世界に転生した俺と同じような境遇の人達は、彼女の見た目や柔らかな物腰に好意を持ったり、恋をしたりするのだろう。

それは、おそらくこの異世界の人達も同じなのだと感じる。

魔族なんて素性を知らない人からすると、彼女はとても魅力的な美少女に見えるからだ。
俺も、男だからわかる。
パーティにいたら華やかな感じになるかも…などと淡い期待を抱くかもしれない。
実際に、ユキノは良い匂いもする。

でも、俺はこういうタイプは全くストライクゾーンではないのである。

俺は、諸々の経緯があって性的に同年代や年下に全く興味が持てない。
おかげで、こういう美少女が泣き脅しをしてきても全く心は動かない。
だからこそ、俺の心に残るのは単なる恐怖心だけなのである。

そのうえで、彼女は完全に不合格だと断言できる。

今の俺は、なるべく彼女をおだてて怒らせないようにして、そのうえで気持ちよく別のパーティに行ってもらうための準備をしているだけのマシンである。
というか、面倒な役割は既にエレナだけで十分であり、お腹一杯なのだ。

俺は、張り付いた笑顔でとにかくユキノに気持ちよくなってもらうことだけを考えていた。

「あははははは!!!!!!あっはっはっは!!!!!!!!!!
きゃぁあはははははははは!!!!!!!!」

テンションがおかしくなり始めているユキノを見て、俺は見て見ぬふりをしていた。
さながら、カエルのケツに花火を仕込んで、ハジけ飛んでいる姿を見て笑っているガキ大将である。

あの豹変ぶりは、俺の嫌な予感をより加速させた。
気持ちよくなってもらおうとは思っていたが、気持ちよくなり過ぎでは?

「ユキノ、楽しそうね…。
微笑ましい光景だわ。」

エレナが、何だか満足した笑顔で彼女の活躍を見守っている。
俺は何一つ理解できない感情で、この奇想天外な空間を真顔で凝視していた。

そもそも、エレナが共感している時点でユキノは落第だ。
これも当然の判断で、エレナがまともではないからである。

その基準でも、ユキノの性質が極めてオカシイものだと判断できる。
エレナと同様、隠していたであろうユキノの本性が化粧のように剥がれ落ちてきたようにしか見えなかった。

エレナもそうだったが、化けの皮が剥がれるのが早すぎる。

やっぱり、あの狂気や暴力性こそが魔族の本質なのではないだろうか?
あの姿を見ると、かつて人類が魔族に対して成す術も無かったのが少しだけわかる気がする。

なぜエレナは、こういう時に何も感じないのだろうか?
お互いにこういう部分の感情は共有できているはずなのに。
脳のシナプスが交通渋滞を起こしていて、そのまま多重事故を起こしている…とかそういうことなのだろうか。

それにしても嫌な予感だけは、何故か恐ろしいほどに当たる。
早くテントに帰りたい。

──そんな現実逃避を始めていたところであった。

「あ…!
ちょ、ちょっとトータあれ!!」

突然、エレナが洞窟の奥を指さした。
そこから、何と巨大なクモのようなモンスターが這い出てきていた。

俺の身長のゆうに5倍はありそうなその巨大なモンスターは、天上に張り付きながら俺達の行動を観察しているようにも見えた。

「げぇ…!な、なんじゃありゃ!!?
気持ち悪っ!!」

その巨大なクモは、自分の股下から次々とモンスターを生み出していた。
なるほど、コイツが洞窟内のモンスター繁殖の原因らしい。

「エレナ!
アイツ倒せそうか!?」

「私なら余裕だけど…それより前に行ったユキノが…!」

前を確認すると、ユキノが高笑いをしながらモンスターに取り囲まれていた。

「おいユキノ大丈夫か!?
今エレナが助けに行くからそこでジッとしていろ!!」

「大丈夫!!私なら大丈夫ですよ!!!」

何が大丈夫なのかさっぱり理解できない…。
まさしく、砂糖に群がるアリのようにユキノはモンスターに囲まれているのだ。

その状況で、ケタケタと壊れたゼンマイ仕掛けの人形のように笑っていた。

「見てください2人とも!コイツらを!!
1人相手に群がる雑魚ども!!!
1人相手に何もできない無能ども!!!!!
有象無象が私に勝てると思っているのですよ!!!!!」

ユキノさん…?
もはや、あの優しく愛らしくて純情そうだった彼女はそこにはいなかった。
いや、最初からいなかっただけなのかもしれないが…。

「いやいや!俺の話を聞けって!!
危ないぞユキノ!!!」

俺は既に彼女を置いてこの場から逃げようかどうかを、真剣に考えていた。

「そう!!やっぱり私はこうなのですよ!!!
こうなる運命なのです!!!!
集まるのはいっっっつもこんな奴らです!!!!!!

群れて絡んでくる貧弱ども!
勝てないと思ったら陰口を叩くゲスども!!
友達だと言ったくせに私から逃げるカスども!!!
なんて卑怯で愚劣で存在価値のない連中なのですかね!!!!」

まるで桃太郎を返り討ちにした鬼のような笑みで、意味不明なことをユキノは叫んでいた。
もう俺のことなど眼中にないらしい。

さすがのエレナもこれには引くしかなかった。

「あれあれ…ちょっとちょっとユキノさん?
大丈夫?アナタ何を言って……。」

───直後、まさしく悪魔が降臨したかのようなドス黒い魔力に周囲が包まれた。
いや、支配されたと言っても過言ではない。

重力が10倍になったかのような重い魔力にダンジョン内が支配され、その発現した黒い魔力に周囲の視界が奪われるほどだった。

その中心にいるユキノは、何事かの詠唱を既に唱えているようだった。

「おいおいおいおい!!
ちょっと待てユキノ!!!
お前何する気だ!?ここ地下3階だぞ!!!
わかってるのか!!?」

膨大な魔力で揺れるダンジョン内の地響きに、俺の声はもはや彼女に届かない。

「お前らみたいなクズどもは、コチラから願い下げなのですよ!!!
まとめて死ね!!!!!

終焉の《ダーク・ボム》!!!!!!!!」

彼女が言い放った魔法名と共に、どす黒い炎が周囲を包み、はじけ飛んだ。
モンスターをあっという間に飲み込み、あの巨大なクモですら成す術なくただ焼かれるだけであった。

そしてその炎は当然、俺達の元にも迫っていた。

「ぎゃああああああああああああ!!!!!!!!!!!
に、逃げるぞエレナ!!!!!!!!」

「あっつぅううううううううい!!!!!!!!!!
お尻が!!!!私のお尻がぁあああああ!!!!!!!!」

何の準備もしていなかった俺とエレナは、普通に黒い炎に巻き込まれた。
そして、崩れ落ちる地下3階層を涙ながらに逃げ回るようにして、ダンジョン脱出を図るのであった。
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