俺、何しに異世界に来たんだっけ?

右足の指

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第3章

天使の思惑

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「…は?天使?
お前、いま天使って言ったのか?」

どうやら、目の前にいるのが領主カターユを裏切った人物であるらしい。
その人物は、自分のことを天使だとのたうち回っている。

どれだけ自分に自信があるのか。

それにしても、カターユは大丈夫なのだろうか?
時間経過的に、このスパイと一緒に半日以上は軟禁されていたはずである。

ここに来るまでに見た未来的な建造物も、この巨大な地下ドームも、後ろのなんだか魔法障壁っぽいもので守られている少女も全部気になるが、とりあえず最優先はカターユの救出だ。

「はい。
あなた達のような人間とは異なる、上位の存在です。」

「新興宗教でもやってんのか?
羽はどこだ?天使の輪っかは?綺麗なお姉さんは?」

実際に、俺は転生前に綺麗なお姉さん天使を見ている。
コイツの風貌は、それとは程遠い。

「うふふ…天使とは神により生み出されたアーキタイプでございます。
世界を憂い、ヒトを導く存在として地上へと遣わされました。
自我を獲得するためのクオリア…ワタクシ達が必ず導きましょう。」

…そういうお年頃なのかな?
源義経が実はモンゴルに逃げていた、とかいう主張くらい意味がわからない。
何の脈絡があるんだ?

比喩ではなく、本当に自分を天使だと信じ込んでいるヤバイ奴かもしれない。
自分の世界に入っちゃってる。

ただでさえ、混乱しているところにさらにわけのわからない事情が俺に押し寄せてくる。
いい加減に、混乱を通り越して腹が立ってきた。

「自我?クオリア?
お前はいったい何を言っとるんだ?
ここに来るまで、俺はメチャクチャ苦労してイライラしてんだ。
これ以上、わけわからんことで俺をイライラさせんな。
今回の件、全部お前のせいなんだろ?」

「まぁ、それはそれは。
そんな苦労をしてまで、私に会いに来てくれたのですね?」

会話になりゃしない。
使用人として会話をしていたスパイ…つまりリルは、一切笑顔などは見せなかった。

しかし、今目の前にいるこの少女はずっと気持ちの悪い笑顔が張り付いている。

「館の人達は無事なんだろうな?
カターユさんと皆を解放しろ。
誰かと仲良くしたいんなら、俺が今からたっぷり話をしてやる。」

「そんなに、私とお話がしたいのですか?
うれしいです。」

この子は、人の話が耳に届いていないのだろうか?
…まぁいいや。

「俺がここまで来られた理由、気にならない?
お前も、ビックリしてただろ。」

「多少、気にはなりますね。
長い時間をかけて、きちんと準備をしてきたはずなのですが。」

もちろん、全部が全部何をしたかは知らない。
でも、大まかなことは俺にもわかった。

だいたいは、エレナのおかげなんだけど。

「じゃあまずは、俺の話を聞いてくれよ。
で、俺が言っていることが正解かどうかを教えてくれ。
ヒトを導いてくれるんだろ?
天使さん。」

そう提案すると、リルが不気味な笑みで応えた。

「…トータ様は、本当に面白いことをおっしゃいますね。
構いませんよ。」

「ありがたいね。
じゃあ、さっそく。」

俺は、躊躇することなく彼女に語りかけた。

「館の人達が消えたのって、魔法陣の効果だろ?」

「……。」

リルは、何も言わない。

「このメンドクサイ魔法陣の展開の準備期間に、ここで働いていた期間を使った。
で、お前が最終段階で使ったカギはコレ。
違うか?」

俺は、手に持っていたモノを彼女に見せた。
それは、【香水】だった。

「俺さ、テラスに行った時からオカシイと思っていたんだよ。
嗅いだことがある匂いがしたから。
最初は、単純に高級な館の部屋だからそうなのかな?って思ったけど。」

「………。」

「でもさ、よくよく考えてみたら、それはありえないんだよ。
この匂いってさ、街でもほとんど嗅いだことないんだよね。
実際に、俺がこの匂いを嗅いだのって【女性は絶対に来られない場所】だから。
カターユさんが、あんなところに行くとは思えないし。」

「…………。」

リルは、張り付いた笑顔で黙って俺の表情を見つめていた。
反論はないらしい。

「俺の周りの女性陣からすると、この匂いはよくわからん匂いらしい。
良い匂いだけど、女の人の匂いっぽいし、食べ物の匂いっぽいし。
まぁ何が言いたいかっつーと、この香水は一般的なものじゃないってことだ。」

「…そんな珍しいものを利用するなんて、さぞその方はこだわりが強いのでしょうね。」

「そんなこだわりのあるものを、使わないといけない事情でもあったんじゃないの?」

俺も、余裕の笑みで返答した。
かくいう俺も、この香水を見たうえでエレナがメッセージで答えを書かなかったことで、ここらへんの事情を察しただけなのだが。

ようは、あの女神は文字通り、俺に気を使ってくれたのだ。

俺が《記憶の館》に行った後、エレナはそのことを黙ってくれると言っていた。
もしかしたら、今エレナの周りにはユキノを含めて他の使用人達もいるのかもしれない。
そんな中で、《記憶の館》を連想させるワードを言わないようにしてくれたのだと思う。

その気遣いで、俺はこの匂いのことを思い出した。

「匂いがしたのは俺達がテラスに行った時で、それまでは何もなかった。
ってことは、お前がこの香水を置いたのは一緒に俺達とテラスに行った時だな?」

「…さぁ、どうでしょうか。」

余裕なのか、ずっと同じ笑顔で俺に応対してくる。

「なんだ?
ハッキリと答えを言った方がいい感じか?」

「はい、遠慮せずにどうぞ。」

「そう?
んじゃあ、言うけどさ。
俺達、初対面じゃないよな?
“お姉さん”。」

そういうと、明らかに彼女の表情に変化が見られた。
少しだけ、さらに笑顔が薄くなったように見えたからだ。

「…トータ様は、とても愉快なことをおっしゃいますよね。
初めて出会った時から、面白い要望を私に伝えておりましたので印象に残っておりました。」

「だろ?
俺も、素敵で素晴らしいお姉さんだと思っていたよ。
心の底から、あの時は感謝したんだぜ?
おかげで、アンタに膝枕をしてもらっている夢を見ちゃったんだから。」

俺は、確信をもって彼女に言い放った。

「アンタ、《あの場所》で俺を担当してくれたお姉さんだな?」

「はい。その通りでございます。」

また、丁寧に頭を下げてきた。
そう。
つまりそういうことだ。

俺は、ここに来る前からこの女と出会っていたのだ。
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