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天使の延命
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心電図の音がする。
医療ドラマでよく聞いた音が、今の自分にとっては全く別の意味に聞こえた。
白い部屋とベッド、木製の台、体に繋がれた電極とチューブ。息をするたびに曇る酸素マスク。窓の外すら射光で白い世界に見える。
この年齢にしては重い瞼を開けると、対面には白い肌と服の少女が座っていて、無表情にこちらを見ていた。折角の綺麗な肌なのに、虚ろな目が残念だった。
『いま、どんな気分?』
少女の声がした。透き通った、耳によく残る声だ。
今の自分はどんな気分か、考えてみれば、どう言葉にしたものだろう。
複雑な気持ちなのは嘘ではない。それを上回って主張してくるこの気持ちは、恐らくは寂しさだ。
『寂しいの? 私がここにいるのに?』
確かにそうだ。少女、いや君はここにいる。
でも、残念ながら、重い言葉だろうけど、死ぬ時も一緒の人間なんてこの世に誰もいない。どれだけ仲睦まじい夫婦でも、どちらかが先に死んで、置いていってしまうのが世の常だ。
きっと今の自分の目は、君よりも諦念で澱んだ色をしていることだろう。
『難しいんだね、ニンゲンって』
他人事のように君は呟いた。
君が話すたびに声に反響が生まれて、部屋も心なしか白に染まっていっている気がする。
そして、あれだけ重く苦しかった体が軽くなってきているような幻覚を感じた。
それについて考える暇もなく、君は思考を遮らせるように喋り出した。
『後悔はないの?』
あるとも。
だが、何を後悔しているのかと問われれば、例は特に思いつかない。
だから、自分は今まで生きていられたとは思う。
何かを後悔して、欲して、苦しんで、喜んで、感動して、泣いて、笑って・・・。その無秩序な集合体が、人を生かしてきたのだと思う。
そう言うと、君はひと言「そうなんだ」とだけ言って、初めて無表情を解いた。それは恋人のような、母のような、友のような、自分を慈しみ誘うような笑みだった。
『・・・君は、死ななければならない』
あゝ、そうだ。自分は死ななければならない。自分が悪人だからとか、そんな自虐ではない。我が身は、病魔に殺されなければならないのだ。
事故や事件よりも避け難い宿命に、自分は身を委ねなければならないのである。
だのに君は、決して悲しそうな目はしなかった。
『でも、それよりも私は生きなきゃいけないと思う』
その言葉を理解はできなかった。
薄々勘付いていた。君は自分を天上に引き上げる使者なのだと。
翼は見えないが、きっと君はそうなのだ。
しかし、君は死ぬ以外に道がない自分に「生きなければ」と言った。
どうしようと言うのだろう。聖母のように奇跡でも起こすつもりなのか。
君は椅子から立ち上がり、自分の枕元まで来たかと思えば、そっと額に接吻を落とした。
零と白に近付いていた身体と意識が重力に引っ張られる。そして一瞬の白飛びの後、自分は医者達に囲まれていた。自分の体に巣食っていた悪魔達が消えたと云うのだ。
信じられないような目で心電図やカルテを見る医者達を尻目に、自分は窓の外を見た。
外はくっきりと鮮やかな下界が存在している。蜘蛛の少ない空、大小色全てが違う家々、数キロ先を横切る川。
それらが霞んで背景になってしまうほどに、君はそこに在った。白い翼と体を宙で翻して、その小さな、されど人を尊び尊ばれるべき純粋さの化身として、そこに在った。
自分の体を繋いでいた鎖達は、もう必要なくなっていた。
医療ドラマでよく聞いた音が、今の自分にとっては全く別の意味に聞こえた。
白い部屋とベッド、木製の台、体に繋がれた電極とチューブ。息をするたびに曇る酸素マスク。窓の外すら射光で白い世界に見える。
この年齢にしては重い瞼を開けると、対面には白い肌と服の少女が座っていて、無表情にこちらを見ていた。折角の綺麗な肌なのに、虚ろな目が残念だった。
『いま、どんな気分?』
少女の声がした。透き通った、耳によく残る声だ。
今の自分はどんな気分か、考えてみれば、どう言葉にしたものだろう。
複雑な気持ちなのは嘘ではない。それを上回って主張してくるこの気持ちは、恐らくは寂しさだ。
『寂しいの? 私がここにいるのに?』
確かにそうだ。少女、いや君はここにいる。
でも、残念ながら、重い言葉だろうけど、死ぬ時も一緒の人間なんてこの世に誰もいない。どれだけ仲睦まじい夫婦でも、どちらかが先に死んで、置いていってしまうのが世の常だ。
きっと今の自分の目は、君よりも諦念で澱んだ色をしていることだろう。
『難しいんだね、ニンゲンって』
他人事のように君は呟いた。
君が話すたびに声に反響が生まれて、部屋も心なしか白に染まっていっている気がする。
そして、あれだけ重く苦しかった体が軽くなってきているような幻覚を感じた。
それについて考える暇もなく、君は思考を遮らせるように喋り出した。
『後悔はないの?』
あるとも。
だが、何を後悔しているのかと問われれば、例は特に思いつかない。
だから、自分は今まで生きていられたとは思う。
何かを後悔して、欲して、苦しんで、喜んで、感動して、泣いて、笑って・・・。その無秩序な集合体が、人を生かしてきたのだと思う。
そう言うと、君はひと言「そうなんだ」とだけ言って、初めて無表情を解いた。それは恋人のような、母のような、友のような、自分を慈しみ誘うような笑みだった。
『・・・君は、死ななければならない』
あゝ、そうだ。自分は死ななければならない。自分が悪人だからとか、そんな自虐ではない。我が身は、病魔に殺されなければならないのだ。
事故や事件よりも避け難い宿命に、自分は身を委ねなければならないのである。
だのに君は、決して悲しそうな目はしなかった。
『でも、それよりも私は生きなきゃいけないと思う』
その言葉を理解はできなかった。
薄々勘付いていた。君は自分を天上に引き上げる使者なのだと。
翼は見えないが、きっと君はそうなのだ。
しかし、君は死ぬ以外に道がない自分に「生きなければ」と言った。
どうしようと言うのだろう。聖母のように奇跡でも起こすつもりなのか。
君は椅子から立ち上がり、自分の枕元まで来たかと思えば、そっと額に接吻を落とした。
零と白に近付いていた身体と意識が重力に引っ張られる。そして一瞬の白飛びの後、自分は医者達に囲まれていた。自分の体に巣食っていた悪魔達が消えたと云うのだ。
信じられないような目で心電図やカルテを見る医者達を尻目に、自分は窓の外を見た。
外はくっきりと鮮やかな下界が存在している。蜘蛛の少ない空、大小色全てが違う家々、数キロ先を横切る川。
それらが霞んで背景になってしまうほどに、君はそこに在った。白い翼と体を宙で翻して、その小さな、されど人を尊び尊ばれるべき純粋さの化身として、そこに在った。
自分の体を繋いでいた鎖達は、もう必要なくなっていた。
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