素直になれなくて、ごめんね

舞々

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EPISODE5 帰り道

「てか、本当に迎えに来るなんて思いもしなかった」
「ふふっ。だって迎えに行くって約束しただろう?」
「あんなの、俺をからかってるだけだと思ってたから」
「なんだよ、それ」
 章人が心外だ、と言いたそうに唇を尖らせている。あ、こいつこんな子供みたいな顔もするんだ……そう思いながら、自分より背の高い章人を見上げた。


 俺も身長は高いほうだけど、悔しいことに章人には敵わない。章人は筋骨隆々だし、俺なんかより男らしい体つきをしている。 
 もし俺たちが付き合うとしたら、俺が女の子役なのかな……。は? ちょっと待て、今俺は一体何を考えていたんだ……。
 ふと頭の中を過ぎった考えに、思わず自分で突っ込みを入れてしまう。俺が女の子役って、俺は章人と何をしようと考えていたのだろうか。
 心臓が少しずつ速く拍動を打ち始めたのを感じた。


「俺は付き合うからには真剣に付き合いたいと思ってる。声かけられることも多いし、それでチャラく見えるかもしれないけど、俺は真面目なんだ」
「ご、ごめん」
「だから、俺は凪を大切にしたい」
 優しく手を握られてから、指を絡ませられる。同じ男の手なのに、章人の手はゴツゴツしていて力強い。
 自分にはない男らしい章人の体に、ドキドキしてしまった。
「おい、男同士で手なんか繋いで、誰かに見られたらどうするんだよ」
「別に他人にどう思われようが関係ないよ。だって俺はこんな風に手だって繋ぎたいし、その先もしてみたい」
「その先って……」
「キスとか、色々?」
「え?」
「凪はキスとか、もっと先までしたことある?」
「…………」
 学校から少し離れた場所まで来ると、街灯なんてほとんどない田んぼ道が広がっている。辺りは怖いくらいに静まり返っていた。


「凪はキスしたことある?」
「……ない」
 俺は耳まで真っ赤にしながら、小さく首を振る。「経験あるよ」って言いたいところだけど、こんな嘘、すぐにバレてしまうだろう。
「えー、女の子にモテるから、そういうの経験豊富かと思った」
「だって、好きじゃないのにそんなことできねぇもん」
「好きじゃない?」
「そう。告白してくれた子が可愛ければ付き合ってみるけど、好きになったことなんかない。だから結局フラれちゃう。キスなんかする暇もないくらい、あっという間に」
「凪は真面目なんだね。好きな子以外とキスできないなんて」
「はぁ? お前は誰とでもキスすんのかよ?」 
やっぱりこいつは軽い男だ。そう感じた俺は、思わず眉を寄せる。男の俺と付き合うくらいだから、きっと遊び人だとは思っていたけど……なんでだろう。胸が痛くなった。


「俺だって、好きな子としかキスなんてしないよ」
「絶対嘘だ」
「本当だよ。好きな子としか、キス、したことない」
 真剣な顔をした章人が俺を見つめてきて……薄暗い外灯の下で視線が絡み合う。冷たい風が章人の髪をサラサラと揺らした。
 あぁ、やっぱりこいつはかっこいい。そんな光景を見て、素直にそう思えた。
「でも俺は、凪とキスしてみたいと思うし、それから先もしてみたいと思ってるんだよ」 首筋に章人のゴツゴツした指先がそっと触れただけで、小さく体が跳ね上がった。思わず全身に力をこめた。
「そんなに怖がらないで。凪が嫌がることはしないから」
「神谷……」
「俺は章人。章人だよ」
「……章人……」
 そっと名前を呼べば嬉しそうに微笑む。それから右の頬に優しいキスをくれた。


「凪の家もうすぐなんでしょ? じゃあ凪、また明日ね」
「え、章人ん家、この近くなのか?」
「ううん、隣町。ここから駅まで戻って電車に乗るよ」
「え……お前、隣町って……じゃあなんでここまで一緒に来たんだよ? わざわざ俺の家の近くまで一緒に来て…」
「そんなの決まってるでしょ? 凪と少しでも一緒にいたかったからだよ」
 そう笑いながら章人がそっと手を離す。俺は突然離れていった温もりが恋しくて、その手を視線で追いかけた。
「じゃあまた明日」
「……うん」
 最後に頭を撫でられて、俺たちは別れた。「俺と一緒にいたいからって、馬鹿じゃん」
 初めて垣間見た章人の優しさに、鼻の奥がツンとなる。今まで章人と一緒にいたことが、未だに夢のように感じる。だって、俺たちはあんなに犬猿の仲だったんだ。
 それでも、初めて恋人と下校した……。そんなことで、俺の心はフワフワしていた。 


 家に戻ってすぐに「無事に家に着いた?」と章人からメールが届く。女の子じゃないんだから……とも思ったけど、何気ない優しさが嬉しかった。
 それから少しだけメールをして、「おやすみ」ってメッセージを送って眠りにつく。心が温かくなって、思わずスマホを抱き締めた。
 ――あ、これ罰ゲームだったんだ……。
 そう思い出した瞬間、胸が張り裂けるほど痛くなった。


◇◆◇◆


「凪ぃ、屋上でお弁当食べよう」
「あ、待ってて」
 教室の入口から章人が声をかけてくる。昼休みは一緒に弁当を食べる、部活が終わったら一緒に帰る……それが、俺たちの当たり前になりつつあった。
 はじめのうちは、友達に冷やかされたり、女子生徒の黄色い声援を浴びていたけど、周囲もそれが当たり前になりつつある今、誰も何も言わなくなった。
「見慣れてはきたけど、イケメン二人が一緒にいると圧がすげぇよな」
「本当だよ。可愛い凪にかっこいい神谷……お前ら無敵だろ?」
 そう笑いながら送り出してくれる友人たち。俺は急いで鞄から弁当を取り出した。
「なぁ、凪。もうキスとかした?」
「は?」
「だって一応罰ゲームでも付き合ってるんだろう? やっぱりそういうこともすんのかな……って」
 そんなくだらない好奇心に、ほとほと嫌気がさしてくる。もちろん、俺たちはキスなんてしたことがないし、今は恋人と言うより、仲のいい友達といった関係だ。
 きっと今がこれなら、この先も、キスなんてすることはないだろう。
「馬ぁ鹿。章人はお前らと違って、そんなことばっか考えてねぇよ。それにあいつとは友達だし。これからもキスなんかしねぇよ」
「マジで?」
「マジで。じゃあ行ってくる」
 意外そうに目を見開く友人を残し、俺は章人のもとへ向って走った。


 温かな冬の日差しが差し込む屋上が、俺と章人の居場所になっている。屋上は高い場所にあるから、少しだけ風が強い。そんな冷たい風も心地よく感じられた。 それにこの屋上は、罰ゲームといえども、俺が章人に告白をした場所でもある。あんな始まり方だったけれど、俺と章人の関係は良好だった。それに案外気も合う。
 章人に出会った頃のイメージは最悪だったけど、今は優しい一面もたくさん知っている。
 何より、「性格以外は完璧」と言われている俺が、素を出しても嫌な顔ひとつしない章人は、本当に凄い奴だと思う。
 まるで意図して俺と出会った……そう感じるほど、章人と過ごす時間は心地いい。


「あ、章人。ピーマン食って」
「こら、駄目だろ。ピーマンは体にいいんだから」
「でも苦いから嫌いだ」
「まぁまぁ、そう言わずに」
 弁当に入っていたピーマンを、章人の弁当箱に放り込めば、想像通りお叱りを受けてしまう。章人はそんなピーマンを箸で器用に掴むと、俺の前に差し出した。
「凪、ほら、あーん」
「嫌だ、ピーマン嫌い」
「ほら、いい子だから」
「……あー」
 渋々口を開けば、章人が口にピーマンを入れてくれる。思い切って口にあるピーマンを咀嚼すると、苦い味が口中に広がっていった。
 それを飲み込んでから、「どうだ」と言わんばかりに章人を睨み付ける。そんな俺を見た章人は、嬉しそうに笑った。
「凪はいい子だね。よく頑張った」
「ふん! 俺だってピーマンくらい」
「うんうん、偉い偉い。じゃあご褒美に、俺の鶏の唐揚げ一個あげるね」
「え? マジで?」
 もう一度口を大きく開ければ、鳥の唐揚げを放り込んでくれる。それがめちゃくちゃ美味しくて、思わず微笑んでしまった。
「美味しい?」
「うまぁい。章人の母ちゃん、料理うまいな」
「本当に? なら今度家にご飯食べにおいでよ?」
「え!  行く行く!」
「ふふっ。凪は可愛いなぁ」
 そう笑いながら、頭を撫でくれる。

 
 章人が優しくしてくれると凄く嬉しくて、心が温かくなって、心臓がドキドキした。
 涙が出るくらい幸せを感じるのに、「これは罰ゲームだ」と思い出す度に、心を鷲掴みされたように苦しくなる。それと同時に、自分はなんて愚かなことを……と罪の意識に苛まれた。
 あんな記憶、消し去りたい。目頭が熱くなった。


◇◆◇◆

 
 ある日の帰り道。辺りはすっかり真っ暗で、吹き抜ける風は冷たい。「寒くないように」って章人が手を繋いでくれた。それが何だか擽ったい。
 いつものように、他愛のない話をしながら、並んで田んぼ道を歩く。


 ――まるで、本当の恋人みたいだ。


 時々そんな錯覚に陥る。でも俺はその考えを即座に否定する。だって、これはただの罰ゲーム。章人がそれを知ったらきっと怒って、この関係は簡単に終わりを迎えるだろう。
 だから、章人を本当に好きになったらいけない。好きになったら、負けだ。
 すぐ脇を、バイクに乗ったおじさんが通り抜けて行ったけど、章人は繋いだ手を離そうとはしない。凄く恥ずかしかったけど、嬉しかった。
「なぁ、俺のこと好き?」
「ん?」
「付き合ってるくらいだから、俺のこと好きなんたろ?」
 勇気を振り絞って章人に問いかける。手を繋いだまま立ち止まった俺を、驚いたような顔で章人が振り返った。
「なぁ、章人。俺のこと好き?」
「凪……」
 なんて答えがかえってくるんだろう……考えるだけで怖くて仕方がない。
 大体、俺はなんでこんなことを章人に聞いたんだろうか? 好きって言ってほしいから? もし好きって言われたら、困ってしまうことなんてわかりきっているのに。
「凪、秘密だよ」
「え?」
「それは、秘密」
 目の前にいる章人が寂しそうに笑う。その顔が困っているようにも見えたから、俺は内心焦ってしまった。
「気持ち悪い質問してごめんな。今のは忘れて」
「……凪、ごめん」
「別に謝るなよ。ほら早く帰ろう」
「うん」
 もう一度、寂しそうに笑う章人を見たら、胸がズキンズキンと痛んだ。
 

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