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第三章 鳥居の向こう側
鳥居の向こう側①
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智晴は、こっそり律の部屋に入り込んで護符を取り出す。
余程大切なものなんだろう。律が昔、嫁入り道具として持ってきたと話していた古い鏡台の中に大切にしまわれていた。
「律さん、これ借りるからね」
それをリュックサックに詰め込む。平安時代に行くために必要なものなんてわからなかったから、とりえず少しの食料とジュースを台所から持ち出した。一体どうやって平安時代に行くんだろう……。それすらもわからないまま、とりあえず準備を進めた。
居間で縫物をしている律の姿を見ると、少しだけ決心が鈍る。本当に自分はここに帰って来れるのだろうか……という不安を消し去ることなんてできないから。
「あのさ、少しの間友達の家に泊まりに行ってくる。何日か戻らないかもしれないけど心配しないでね」
「そう。もしかして、我鷲丸ちゃんも一緒に行くの?」
「え? あ、うん。一緒に連れてくよ。勿論、友達の前では狐の姿になってもらうけど」
「そう。気を付けて行ってきてね」
「うん、わかった。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
そう微笑む律の顔を正面から見ることができなかった。全てを見透かされてしまいそうな気がしたから……。
これから我鷲丸と平安の地へと出向き、鬼と戦ってくるなんて、口が裂けても言えるはずがない。年老いた律に心配をかけたくはないのだ。それに、こんな昔話みたいな物語を果たして信じてもらえるのだろうか。
「行ってくるね」
ニコニコ笑いながら手を振る律を見るのが辛くて、後ろ髪を引かれながらも障子を閉めて背を向けた。
◇◆◇◆
「あ、ここ……」
「そうだ。ここは俺とお前が初めて会った神社だ。ここに今の時代と、俺や武尊が暮らしていた平安の地を行き来できる時空の歪が存在している。黒羽の封印が解けたことで、平安の地で暮らしていた妖怪共もここからこっちに来れるようになったってことだ」
「そんな……」
「妖怪がこれ以上、現代で暴れ出す前に、黒羽をなんとかしないとな。おい、お前にはあれが見えるか?」
我鷲丸が指さす先には、今にも朽ち果てそうな鳥居がひっそりと佇んでいる。あまりにもボロボロで傾いているし何色だったのかさえわからない。
「あんな鳥居あったっけ……」
「いや、普通の人間には見えない。あの鳥居の向こう側が時空の歪だ」
「あれが……。じゃあ、あの向こうに武尊が生きていた都があるのか?」
「そうだ。妖力が弱っていた俺は、こっちに来るだけで力を使い果たして低級な奴等にやられちまったがな。でも、お前なら大丈夫だろう」
「だろう? なぁ、俺は生きて帰ってこれるのか?」
「さぁな。それはわからん」
我鷲丸が全く悪びれる様子もなく話す言葉に、思わず目を開いた。
「なんだよそれ! 随分無責任じゃないか!?」
「本当にお前はギャーギャーうるさい奴だな。さっさと護符で時空の歪の扉を開けてくれよ」
「え、俺が?」
「お前しかいねぇだろうが?」
煩そうに眉を顰める我鷲丸に、イライラしてしまう。
状況を受け止めることさえできていないのに、一体自分に何をしろって言うんだ……そう詰め寄りたい衝動をグッと抑える。
大きく深呼吸をして改めて鳥居を見つめると、初めてのはずなのに既にやり方を知っている、そんな不思議な感覚に襲われた。俺はあの先を知っている……。心地よい楽器の音色や、貴族たちが楽しそうに談笑する声が聞こえてくるようだ。
「よしッ」
護符を指に挟み目の前でパンッと両手を合わせた。
時空の歪とか、扉なんて全くわからないけど……。護符を手に取った瞬間、自分の中でまた何かが覚醒するのを感じるのだ。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前。我の為に扉よ開け。我を導き給え。急急如律令」
手に持っていた護符がシュッと塵となり空に舞いがった瞬間、智晴の目の前に満開の桜が広がった。小さくて可愛らしい花弁が温かな春風に舞い……。そんな美しい光景に目頭が熱くなった。
誰かが笑顔で自分に向かって手を振っている。
「なんだろう、これ知ってる。凄く懐かしい……」
白い光に包み込まれ時空の移動が始まったようだが、智晴は意識を保っていることができない。そんな智晴を我鷲丸が抱き寄せてくれた。
薄れていく意識の中、智晴は夢を見る。それはひどく懐かしいものに感じられた。
余程大切なものなんだろう。律が昔、嫁入り道具として持ってきたと話していた古い鏡台の中に大切にしまわれていた。
「律さん、これ借りるからね」
それをリュックサックに詰め込む。平安時代に行くために必要なものなんてわからなかったから、とりえず少しの食料とジュースを台所から持ち出した。一体どうやって平安時代に行くんだろう……。それすらもわからないまま、とりあえず準備を進めた。
居間で縫物をしている律の姿を見ると、少しだけ決心が鈍る。本当に自分はここに帰って来れるのだろうか……という不安を消し去ることなんてできないから。
「あのさ、少しの間友達の家に泊まりに行ってくる。何日か戻らないかもしれないけど心配しないでね」
「そう。もしかして、我鷲丸ちゃんも一緒に行くの?」
「え? あ、うん。一緒に連れてくよ。勿論、友達の前では狐の姿になってもらうけど」
「そう。気を付けて行ってきてね」
「うん、わかった。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
そう微笑む律の顔を正面から見ることができなかった。全てを見透かされてしまいそうな気がしたから……。
これから我鷲丸と平安の地へと出向き、鬼と戦ってくるなんて、口が裂けても言えるはずがない。年老いた律に心配をかけたくはないのだ。それに、こんな昔話みたいな物語を果たして信じてもらえるのだろうか。
「行ってくるね」
ニコニコ笑いながら手を振る律を見るのが辛くて、後ろ髪を引かれながらも障子を閉めて背を向けた。
◇◆◇◆
「あ、ここ……」
「そうだ。ここは俺とお前が初めて会った神社だ。ここに今の時代と、俺や武尊が暮らしていた平安の地を行き来できる時空の歪が存在している。黒羽の封印が解けたことで、平安の地で暮らしていた妖怪共もここからこっちに来れるようになったってことだ」
「そんな……」
「妖怪がこれ以上、現代で暴れ出す前に、黒羽をなんとかしないとな。おい、お前にはあれが見えるか?」
我鷲丸が指さす先には、今にも朽ち果てそうな鳥居がひっそりと佇んでいる。あまりにもボロボロで傾いているし何色だったのかさえわからない。
「あんな鳥居あったっけ……」
「いや、普通の人間には見えない。あの鳥居の向こう側が時空の歪だ」
「あれが……。じゃあ、あの向こうに武尊が生きていた都があるのか?」
「そうだ。妖力が弱っていた俺は、こっちに来るだけで力を使い果たして低級な奴等にやられちまったがな。でも、お前なら大丈夫だろう」
「だろう? なぁ、俺は生きて帰ってこれるのか?」
「さぁな。それはわからん」
我鷲丸が全く悪びれる様子もなく話す言葉に、思わず目を開いた。
「なんだよそれ! 随分無責任じゃないか!?」
「本当にお前はギャーギャーうるさい奴だな。さっさと護符で時空の歪の扉を開けてくれよ」
「え、俺が?」
「お前しかいねぇだろうが?」
煩そうに眉を顰める我鷲丸に、イライラしてしまう。
状況を受け止めることさえできていないのに、一体自分に何をしろって言うんだ……そう詰め寄りたい衝動をグッと抑える。
大きく深呼吸をして改めて鳥居を見つめると、初めてのはずなのに既にやり方を知っている、そんな不思議な感覚に襲われた。俺はあの先を知っている……。心地よい楽器の音色や、貴族たちが楽しそうに談笑する声が聞こえてくるようだ。
「よしッ」
護符を指に挟み目の前でパンッと両手を合わせた。
時空の歪とか、扉なんて全くわからないけど……。護符を手に取った瞬間、自分の中でまた何かが覚醒するのを感じるのだ。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前。我の為に扉よ開け。我を導き給え。急急如律令」
手に持っていた護符がシュッと塵となり空に舞いがった瞬間、智晴の目の前に満開の桜が広がった。小さくて可愛らしい花弁が温かな春風に舞い……。そんな美しい光景に目頭が熱くなった。
誰かが笑顔で自分に向かって手を振っている。
「なんだろう、これ知ってる。凄く懐かしい……」
白い光に包み込まれ時空の移動が始まったようだが、智晴は意識を保っていることができない。そんな智晴を我鷲丸が抱き寄せてくれた。
薄れていく意識の中、智晴は夢を見る。それはひどく懐かしいものに感じられた。
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