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第一話 最悪な再会
最悪な再会①
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「ねぇ、琥珀。もうすぐ夏休みになるけど、一学期はもう学校無理そう?」
「あ、うん。ごめんだけど、まだ無理かも……」
「そっかぁ。別にいいよ。単位さえしっかり取れてれば、問題ないよー! それに若いんだから、誰にだって躓くときはあるだろうし」
俺は高梨琥珀、高校二年生。東京でシングルマザーの母親と二人で生活をしている。
そんな俺は、あることがきっかけで、今は所謂不登校になってしまっている。一時期は食事も喉を通らなくなり、眠れなくなってしまった。それを心配した母親が心療内科に連れて行ってくれて、医師からは自宅で療養するように言われている。
それから学校に行くこともなく、ずっと自宅に引き籠り、もうすぐ一カ月が経とうとしていた。食事はなんとか摂れるようになったけれど、夜は眠れないし、体が鉛のように重たい。いつも憂鬱だし、何をしても楽しいと感じることなんてない。
何より、一人でいることが怖くて仕方がなかった。特に夜になると強い不安に襲われてしまう。この暗闇が永遠に続くのではないか……。そう考えると怖くて仕方がなかった。
そんな自分が情けなくて、更に憂鬱になってしまうのだ。
母親の彩希は俺と違い、明るく社交的な性格をしていて、女手一つで俺を育ててくれている。学校に行くことのできない俺を責めることもしなかったし、理由を聞きだそうともしない。いつもこうやって笑ってくれていた。
アパートのベランダのプランターに植えられた花に、鼻歌を口ずさみながら水をやっている。俺はこんな性格の母親に何度も励まされているし、感謝もしている。でも、素直じゃない俺は「ありがとう」の一言さえ言えないでいた。
「あのさぁ、琥珀。夏休みにずっと家にいるのも息が詰まるだろうしさ、夏休みの間だけおじいちゃんの所に行ってみたら? 気分転換になるかもよ?」
「はぁ⁉ じいちゃんとこ!?」
「そう。この前電話したときに琥珀の話をしたら、『琥珀に会いたい』って、おじいちゃんもおばあちゃんも大喜びしてたよ?」
「でも、じいちゃん家って……」
「まぁまぁ、そう言わず。向こうに行けば私の幼馴染の千尋もいるし。千尋の一番上の子が琥珀と同級生で、時々遊んでたでしょ? 覚えてない? 町田悠介君」
「悠介のことは覚えてるけど……」
「ママは仕事があるから行けないけど、琥珀一人で大丈夫でしょ? 行っておいでよ。きっと自然に触れ合えば元気になるよ。だって見て、お花ってこんなに可愛いもん」
花に向かい満面の笑みを浮かべる母親を見た俺は、大きく息を吐く。
じいちゃん家は幼い頃何度も母親に連れられて行ったことがある。たった一人しかいない孫の俺を、じいちゃんとばあちゃんは可愛がってくれた。
それに、さっき会話に出てきた悠介のことだって覚えている。悠介は華奢な俺に比べて体格もよく、太陽みたいに笑う奴だった。朝早くから、暗くなるまで一緒に遊んだっけなぁ……。
「だから琥珀、行っておいで。嫌になったら途中で帰ってきてもいいんだし。もしかしたら、大冒険ができるかもよ。ふふっ、楽しそうじゃない?」
「大冒険なんて……」
俺は興味がない、と言いかけた言葉をグッと呑み込む。学校に行けなくなってしまった俺を責めることもなく、こんなにも優しく接してくれる母親を、これ以上心配させたくなかった。
「……わかった。行ってみる」
「え? 琥珀、今なんて言ったの?」
「だから、行くって言ったの」
「本当? よかった! じゃあ、おじいちゃんと千尋に連絡しておくからね」
「うん」
そう話す母親は今にも泣き出しそうな顔をして笑う。きっと表に出さなかっただけで、俺のことをずっと心配してくれていたのだろう。
「でも、じいちゃん家はなぁ……」
ソファーに寝転んだまま外を眺める。遠くにはショッピングモールが見えるし、その周りには高層マンションとビルがいくつも建っていた。
室内に差し込む日差しは思わず目を覆いたくなるほど強いし、少し窓を開けただけでムワッとした空気が入り込んでくる。
もう夏本番。そして、夏休みが始まる。
◇◆◇◆
「じゃあ、行ってくるね」
「うん。琥珀、気をつけてね。駅についたら悠介君が迎えに来てくれるって千尋が言ってたから」
「そっか。わかった」
俺は大きなリュックサックを背負いながら、母親のほうを振り返る。もうしばらく会うことはないと思うと、少しだけ寂しさを感じた。
「あと、これ。お守りに持っていって。駅についたら、すぐにリュックサックにつけるのよ」
「はぁ? 何だよ、このデッカイ鈴……」
母親から手渡されたのは大きな鈴だった。鈴、というよりアニメとかで牛が首から下げているような大きな鈴。なんでこんなものを……と、俺は首を傾げた。
「熊除けだよ! 今熊が出没してるってニュースでやってたから。いい? 熊を見かけたら、背中を見せずに静かに立ち去るのよ。わかった?」
「あ、うん。よくわからないけど、わかった」
「じゃあ、行ってらっしゃい!」
満面の笑みを浮かべる母親に肩を叩かれて、俺は自宅を出発したのだった。
使い慣れた自宅の最寄り駅から電車に乗ると、俺の気持ちとは関係なく電車はどんどん進んで行く。しばらくこんな景色を見ることなんてない。不安で胸が圧し潰されそうになる。
それでも、いつまでも甘えてられないんだ――。そう自分に言い聞かせて唇を噛み締めたのだった。
「なんだよ、この電車。めっちゃ揺れる」
電車をいくつか乗り継いでいるうちに、高層ビルは姿を消し、俺の目の前には大自然が広がった。あまりにものどか過ぎる光景に、異世界へと転生してしまったような錯覚さえする。目的地までもうすぐだ。
つい先程、母親の親友である千尋さんから『悠介が迎えに行くから、〇〇駅まできたらメールしてね』と連絡がきた。すぐに『わかりました』と返信しようとしたのだけれど、電車があまりにも揺れてスマホを使うことさえできない。
俺が何より驚いたのは電車が急停車したときに、「ただいま線路を狸が通過したため、緊急停車させていただきました」というアナウンスが入った。それを聞いた俺は、言葉を失ってしまう。
「あ、もうすぐ駅につく」
俺は手早く荷物をまとめると電車を降りた。
「あ、うん。ごめんだけど、まだ無理かも……」
「そっかぁ。別にいいよ。単位さえしっかり取れてれば、問題ないよー! それに若いんだから、誰にだって躓くときはあるだろうし」
俺は高梨琥珀、高校二年生。東京でシングルマザーの母親と二人で生活をしている。
そんな俺は、あることがきっかけで、今は所謂不登校になってしまっている。一時期は食事も喉を通らなくなり、眠れなくなってしまった。それを心配した母親が心療内科に連れて行ってくれて、医師からは自宅で療養するように言われている。
それから学校に行くこともなく、ずっと自宅に引き籠り、もうすぐ一カ月が経とうとしていた。食事はなんとか摂れるようになったけれど、夜は眠れないし、体が鉛のように重たい。いつも憂鬱だし、何をしても楽しいと感じることなんてない。
何より、一人でいることが怖くて仕方がなかった。特に夜になると強い不安に襲われてしまう。この暗闇が永遠に続くのではないか……。そう考えると怖くて仕方がなかった。
そんな自分が情けなくて、更に憂鬱になってしまうのだ。
母親の彩希は俺と違い、明るく社交的な性格をしていて、女手一つで俺を育ててくれている。学校に行くことのできない俺を責めることもしなかったし、理由を聞きだそうともしない。いつもこうやって笑ってくれていた。
アパートのベランダのプランターに植えられた花に、鼻歌を口ずさみながら水をやっている。俺はこんな性格の母親に何度も励まされているし、感謝もしている。でも、素直じゃない俺は「ありがとう」の一言さえ言えないでいた。
「あのさぁ、琥珀。夏休みにずっと家にいるのも息が詰まるだろうしさ、夏休みの間だけおじいちゃんの所に行ってみたら? 気分転換になるかもよ?」
「はぁ⁉ じいちゃんとこ!?」
「そう。この前電話したときに琥珀の話をしたら、『琥珀に会いたい』って、おじいちゃんもおばあちゃんも大喜びしてたよ?」
「でも、じいちゃん家って……」
「まぁまぁ、そう言わず。向こうに行けば私の幼馴染の千尋もいるし。千尋の一番上の子が琥珀と同級生で、時々遊んでたでしょ? 覚えてない? 町田悠介君」
「悠介のことは覚えてるけど……」
「ママは仕事があるから行けないけど、琥珀一人で大丈夫でしょ? 行っておいでよ。きっと自然に触れ合えば元気になるよ。だって見て、お花ってこんなに可愛いもん」
花に向かい満面の笑みを浮かべる母親を見た俺は、大きく息を吐く。
じいちゃん家は幼い頃何度も母親に連れられて行ったことがある。たった一人しかいない孫の俺を、じいちゃんとばあちゃんは可愛がってくれた。
それに、さっき会話に出てきた悠介のことだって覚えている。悠介は華奢な俺に比べて体格もよく、太陽みたいに笑う奴だった。朝早くから、暗くなるまで一緒に遊んだっけなぁ……。
「だから琥珀、行っておいで。嫌になったら途中で帰ってきてもいいんだし。もしかしたら、大冒険ができるかもよ。ふふっ、楽しそうじゃない?」
「大冒険なんて……」
俺は興味がない、と言いかけた言葉をグッと呑み込む。学校に行けなくなってしまった俺を責めることもなく、こんなにも優しく接してくれる母親を、これ以上心配させたくなかった。
「……わかった。行ってみる」
「え? 琥珀、今なんて言ったの?」
「だから、行くって言ったの」
「本当? よかった! じゃあ、おじいちゃんと千尋に連絡しておくからね」
「うん」
そう話す母親は今にも泣き出しそうな顔をして笑う。きっと表に出さなかっただけで、俺のことをずっと心配してくれていたのだろう。
「でも、じいちゃん家はなぁ……」
ソファーに寝転んだまま外を眺める。遠くにはショッピングモールが見えるし、その周りには高層マンションとビルがいくつも建っていた。
室内に差し込む日差しは思わず目を覆いたくなるほど強いし、少し窓を開けただけでムワッとした空気が入り込んでくる。
もう夏本番。そして、夏休みが始まる。
◇◆◇◆
「じゃあ、行ってくるね」
「うん。琥珀、気をつけてね。駅についたら悠介君が迎えに来てくれるって千尋が言ってたから」
「そっか。わかった」
俺は大きなリュックサックを背負いながら、母親のほうを振り返る。もうしばらく会うことはないと思うと、少しだけ寂しさを感じた。
「あと、これ。お守りに持っていって。駅についたら、すぐにリュックサックにつけるのよ」
「はぁ? 何だよ、このデッカイ鈴……」
母親から手渡されたのは大きな鈴だった。鈴、というよりアニメとかで牛が首から下げているような大きな鈴。なんでこんなものを……と、俺は首を傾げた。
「熊除けだよ! 今熊が出没してるってニュースでやってたから。いい? 熊を見かけたら、背中を見せずに静かに立ち去るのよ。わかった?」
「あ、うん。よくわからないけど、わかった」
「じゃあ、行ってらっしゃい!」
満面の笑みを浮かべる母親に肩を叩かれて、俺は自宅を出発したのだった。
使い慣れた自宅の最寄り駅から電車に乗ると、俺の気持ちとは関係なく電車はどんどん進んで行く。しばらくこんな景色を見ることなんてない。不安で胸が圧し潰されそうになる。
それでも、いつまでも甘えてられないんだ――。そう自分に言い聞かせて唇を噛み締めたのだった。
「なんだよ、この電車。めっちゃ揺れる」
電車をいくつか乗り継いでいるうちに、高層ビルは姿を消し、俺の目の前には大自然が広がった。あまりにものどか過ぎる光景に、異世界へと転生してしまったような錯覚さえする。目的地までもうすぐだ。
つい先程、母親の親友である千尋さんから『悠介が迎えに行くから、〇〇駅まできたらメールしてね』と連絡がきた。すぐに『わかりました』と返信しようとしたのだけれど、電車があまりにも揺れてスマホを使うことさえできない。
俺が何より驚いたのは電車が急停車したときに、「ただいま線路を狸が通過したため、緊急停車させていただきました」というアナウンスが入った。それを聞いた俺は、言葉を失ってしまう。
「あ、もうすぐ駅につく」
俺は手早く荷物をまとめると電車を降りた。
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