向日葵畑で手を繋ごう

舞々

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第一話 最悪な再会

最悪な再会③

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 悠介に連れられ母親の実家についた俺を、祖父母は嬉し涙を浮かべて歓迎してくれた。俺を歓迎してくれたのは何も祖父母だけではない。悠介の両親に、彼の祖父母まで顔を出してくれたのだ。


「隣組の人たちも顔を出してくれるって言ってたんだけど、それはさすがに勘弁してもらったんよ」
 そう笑うのは悠介の母親であり、俺の母親の親友、千尋さんだ。俺が小さい頃秩父に遊びに来た時には、悠介と兄弟のように俺を可愛がってくれたのを覚えている。よく悠介と二人で悪戯をして、千尋さんに怒られたっけ……。
「琥珀君、大きくなったね」
「本当に遠くからよく来てくれた。疲れただろう?」
 たくさんの人たちに歓迎された俺は、圧倒されてしまう。それでも秩父の人たちの温かさに、柄にもなく目頭が熱くなってしまった。


「こうちゃん、とりあえず今日はお風呂に入って休みな」
「うん。ありがとう、ばあちゃん」
「いいんよ。ばあちゃんもじいちゃんも、こうちゃんに会えて嬉しいんだから。本当に大きくなったから、びっくりしたんよ」
 祖母に言われるままに風呂を済ませた俺は、一番奥にある客間に通される。祖父母の家はとても古く、昔は養蚕業を営んでいたらしい。部屋が一つ一つ襖で区切られており、迷子になりそうな程広い。
 俺が使うように言われた和室のすぐ脇には縁側があり、風鈴が吊るされていて、風に揺れる度に涼やかな音色をたてている。蚊取り線香の香りがより懐かしさを感じさせた。


「あ、琥珀。ここに布団敷いてやれって頼まれたから敷いておいたけど、大丈夫かな? こんだけ部屋が広いとどこに敷いたらいいかわかんないよ」
「あ、うん。悠介まだいてくれたんだ?」
「うん。琥珀のばあちゃんたちに布団を敷かせるのは可哀そうだし。最後に琥珀に、おやすみって言っておきたかったら」
「そうか……。ありがとう」
「縁側の窓は閉めとくけど、雨戸は閉めなくてもいいだろう?」
「あ、うん。大丈夫。雨戸を閉めなくても、熊とかは入ってきたりしないだろう?」
「熊? あははは! さすがに熊はここまでは来ないよ。でも狸やハクビシン、猪はたまにくるけどね。あ、それから猿をよく見かけるかもしれないけど、猿には気を付けてね。あいつらは物凄く気が荒いから」
「わ、わかった……」
「大丈夫だよ。何かあった時には、俺が助けてあげるから。だからいつでも呼んでね」
 悠介はいつも俺に向って優しく笑ってくれる。そんな悠介の笑顔を見るとひどく安心してしまう。


「じゃあ、俺はそろそろ帰るから」
「え? 帰っちゃうの?」
「うん。また明日顔出すからさ」
「そっか……」
 外を眺めると漆黒の暗闇が広がっている。秩父の夜は物音ひとつしないし、この世界に一人取り残されてしまう、そんな恐怖心すら覚えた。


「悠介、行かないで」
「え?」
「このまま一人になったら、あの暗闇に吸い込まれちゃいそうだ」
「暗闇に?」
「うん。暗闇も、一人きりになるのも、俺……怖くて仕方がない」
 気が付いたときには、俺は悠介のシャツを掴んでいた。不思議そうな顔で俺の顔を覗き込む悠介を見てハッと我に返った俺は、慌ててシャツを離した。


「琥珀、どうした? なにかあったの?」
「な、何でもない。今のは聞かなかったことにして……」
「慣れてない場所で、いきなり一人はやっぱり不安かな?」
「そ、そんなことねぇよ。ガキじゃないんだから」
「本当に?」
「俺は大丈夫だから、悠介はもう帰って寝てくれ」
「うーん、でも……」
 悠介が顎に手を当てて少し考えた様子を見せた後、何かを思いついたかのようににっこりと笑う。それはまるで、子供が悪戯を思いついた時のような顔だった。


「じゃあ、俺が自分ん家から布団を持ってくるから一緒に寝よう!」
「はぁ⁉ 別に一人で大丈夫だって!」
「いいから、待っててよ。俺ん家、あの畑挟んですぐ向こうだからさ」
 そう言い残すと、悠介は楽しそうに行ってしまう。取り残された俺は、そんな悠介の後ろ姿を茫然と見送る。
「なんだか疲れたなぁ」
 今日は本当に色々なことがあった。どっと疲れを感じた俺は、今にも気を失ってしまいそうだ。
 その晩は、俺と悠介で布団を並べて寝た。でも悠介が一緒にいてくれると、暗闇も怖くなんてない。


「修学旅行みたいで楽しいね」
「あぁ、そうだな。でも蛙の鳴き声がうるさい」
「蛙たちもお嫁さんが欲しくて必死なんだよ」
「そっか。みんな一人ぼっちは寂しいもんな」
 俺の隣で、悠介が静かに言葉を紡ぐ。その低くて耳ざわりのいい声色が眠気を誘った。
「琥珀、もう寝よう。俺、眠くて限界。おやすみ……」
「うん。おやすみ」
「また明日ね」


 今にも眠ってしまいそうな顔で悠介が笑う。悠介の笑顔を見る度に、鼓動が速くなるのを感じる。すごく安心するのに、ひどく照れくさい。頬が火照って仕方がないし、体中がムズムズして落ち着かなくなってしまうのだ。
「なんなんだよ、これは……。本当にいけ好かない奴だなぁ」
 俺は雑念を振り払うかのように布団を頭から被って、無理矢理目を閉じたのだった。 


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