3 / 18
第一話 最悪な再会
最悪な再会③
しおりを挟む
悠介に連れられ母親の実家についた俺を、祖父母は嬉し涙を浮かべて歓迎してくれた。俺を歓迎してくれたのは何も祖父母だけではない。悠介の両親に、彼の祖父母まで顔を出してくれたのだ。
「隣組の人たちも顔を出してくれるって言ってたんだけど、それはさすがに勘弁してもらったんよ」
そう笑うのは悠介の母親であり、俺の母親の親友、千尋さんだ。俺が小さい頃秩父に遊びに来た時には、悠介と兄弟のように俺を可愛がってくれたのを覚えている。よく悠介と二人で悪戯をして、千尋さんに怒られたっけ……。
「琥珀君、大きくなったね」
「本当に遠くからよく来てくれた。疲れただろう?」
たくさんの人たちに歓迎された俺は、圧倒されてしまう。それでも秩父の人たちの温かさに、柄にもなく目頭が熱くなってしまった。
「こうちゃん、とりあえず今日はお風呂に入って休みな」
「うん。ありがとう、ばあちゃん」
「いいんよ。ばあちゃんもじいちゃんも、こうちゃんに会えて嬉しいんだから。本当に大きくなったから、びっくりしたんよ」
祖母に言われるままに風呂を済ませた俺は、一番奥にある客間に通される。祖父母の家はとても古く、昔は養蚕業を営んでいたらしい。部屋が一つ一つ襖で区切られており、迷子になりそうな程広い。
俺が使うように言われた和室のすぐ脇には縁側があり、風鈴が吊るされていて、風に揺れる度に涼やかな音色をたてている。蚊取り線香の香りがより懐かしさを感じさせた。
「あ、琥珀。ここに布団敷いてやれって頼まれたから敷いておいたけど、大丈夫かな? こんだけ部屋が広いとどこに敷いたらいいかわかんないよ」
「あ、うん。悠介まだいてくれたんだ?」
「うん。琥珀のばあちゃんたちに布団を敷かせるのは可哀そうだし。最後に琥珀に、おやすみって言っておきたかったら」
「そうか……。ありがとう」
「縁側の窓は閉めとくけど、雨戸は閉めなくてもいいだろう?」
「あ、うん。大丈夫。雨戸を閉めなくても、熊とかは入ってきたりしないだろう?」
「熊? あははは! さすがに熊はここまでは来ないよ。でも狸やハクビシン、猪はたまにくるけどね。あ、それから猿をよく見かけるかもしれないけど、猿には気を付けてね。あいつらは物凄く気が荒いから」
「わ、わかった……」
「大丈夫だよ。何かあった時には、俺が助けてあげるから。だからいつでも呼んでね」
悠介はいつも俺に向って優しく笑ってくれる。そんな悠介の笑顔を見るとひどく安心してしまう。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るから」
「え? 帰っちゃうの?」
「うん。また明日顔出すからさ」
「そっか……」
外を眺めると漆黒の暗闇が広がっている。秩父の夜は物音ひとつしないし、この世界に一人取り残されてしまう、そんな恐怖心すら覚えた。
「悠介、行かないで」
「え?」
「このまま一人になったら、あの暗闇に吸い込まれちゃいそうだ」
「暗闇に?」
「うん。暗闇も、一人きりになるのも、俺……怖くて仕方がない」
気が付いたときには、俺は悠介のシャツを掴んでいた。不思議そうな顔で俺の顔を覗き込む悠介を見てハッと我に返った俺は、慌ててシャツを離した。
「琥珀、どうした? なにかあったの?」
「な、何でもない。今のは聞かなかったことにして……」
「慣れてない場所で、いきなり一人はやっぱり不安かな?」
「そ、そんなことねぇよ。ガキじゃないんだから」
「本当に?」
「俺は大丈夫だから、悠介はもう帰って寝てくれ」
「うーん、でも……」
悠介が顎に手を当てて少し考えた様子を見せた後、何かを思いついたかのようににっこりと笑う。それはまるで、子供が悪戯を思いついた時のような顔だった。
「じゃあ、俺が自分ん家から布団を持ってくるから一緒に寝よう!」
「はぁ⁉ 別に一人で大丈夫だって!」
「いいから、待っててよ。俺ん家、あの畑挟んですぐ向こうだからさ」
そう言い残すと、悠介は楽しそうに行ってしまう。取り残された俺は、そんな悠介の後ろ姿を茫然と見送る。
「なんだか疲れたなぁ」
今日は本当に色々なことがあった。どっと疲れを感じた俺は、今にも気を失ってしまいそうだ。
その晩は、俺と悠介で布団を並べて寝た。でも悠介が一緒にいてくれると、暗闇も怖くなんてない。
「修学旅行みたいで楽しいね」
「あぁ、そうだな。でも蛙の鳴き声がうるさい」
「蛙たちもお嫁さんが欲しくて必死なんだよ」
「そっか。みんな一人ぼっちは寂しいもんな」
俺の隣で、悠介が静かに言葉を紡ぐ。その低くて耳ざわりのいい声色が眠気を誘った。
「琥珀、もう寝よう。俺、眠くて限界。おやすみ……」
「うん。おやすみ」
「また明日ね」
今にも眠ってしまいそうな顔で悠介が笑う。悠介の笑顔を見る度に、鼓動が速くなるのを感じる。すごく安心するのに、ひどく照れくさい。頬が火照って仕方がないし、体中がムズムズして落ち着かなくなってしまうのだ。
「なんなんだよ、これは……。本当にいけ好かない奴だなぁ」
俺は雑念を振り払うかのように布団を頭から被って、無理矢理目を閉じたのだった。
「隣組の人たちも顔を出してくれるって言ってたんだけど、それはさすがに勘弁してもらったんよ」
そう笑うのは悠介の母親であり、俺の母親の親友、千尋さんだ。俺が小さい頃秩父に遊びに来た時には、悠介と兄弟のように俺を可愛がってくれたのを覚えている。よく悠介と二人で悪戯をして、千尋さんに怒られたっけ……。
「琥珀君、大きくなったね」
「本当に遠くからよく来てくれた。疲れただろう?」
たくさんの人たちに歓迎された俺は、圧倒されてしまう。それでも秩父の人たちの温かさに、柄にもなく目頭が熱くなってしまった。
「こうちゃん、とりあえず今日はお風呂に入って休みな」
「うん。ありがとう、ばあちゃん」
「いいんよ。ばあちゃんもじいちゃんも、こうちゃんに会えて嬉しいんだから。本当に大きくなったから、びっくりしたんよ」
祖母に言われるままに風呂を済ませた俺は、一番奥にある客間に通される。祖父母の家はとても古く、昔は養蚕業を営んでいたらしい。部屋が一つ一つ襖で区切られており、迷子になりそうな程広い。
俺が使うように言われた和室のすぐ脇には縁側があり、風鈴が吊るされていて、風に揺れる度に涼やかな音色をたてている。蚊取り線香の香りがより懐かしさを感じさせた。
「あ、琥珀。ここに布団敷いてやれって頼まれたから敷いておいたけど、大丈夫かな? こんだけ部屋が広いとどこに敷いたらいいかわかんないよ」
「あ、うん。悠介まだいてくれたんだ?」
「うん。琥珀のばあちゃんたちに布団を敷かせるのは可哀そうだし。最後に琥珀に、おやすみって言っておきたかったら」
「そうか……。ありがとう」
「縁側の窓は閉めとくけど、雨戸は閉めなくてもいいだろう?」
「あ、うん。大丈夫。雨戸を閉めなくても、熊とかは入ってきたりしないだろう?」
「熊? あははは! さすがに熊はここまでは来ないよ。でも狸やハクビシン、猪はたまにくるけどね。あ、それから猿をよく見かけるかもしれないけど、猿には気を付けてね。あいつらは物凄く気が荒いから」
「わ、わかった……」
「大丈夫だよ。何かあった時には、俺が助けてあげるから。だからいつでも呼んでね」
悠介はいつも俺に向って優しく笑ってくれる。そんな悠介の笑顔を見るとひどく安心してしまう。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るから」
「え? 帰っちゃうの?」
「うん。また明日顔出すからさ」
「そっか……」
外を眺めると漆黒の暗闇が広がっている。秩父の夜は物音ひとつしないし、この世界に一人取り残されてしまう、そんな恐怖心すら覚えた。
「悠介、行かないで」
「え?」
「このまま一人になったら、あの暗闇に吸い込まれちゃいそうだ」
「暗闇に?」
「うん。暗闇も、一人きりになるのも、俺……怖くて仕方がない」
気が付いたときには、俺は悠介のシャツを掴んでいた。不思議そうな顔で俺の顔を覗き込む悠介を見てハッと我に返った俺は、慌ててシャツを離した。
「琥珀、どうした? なにかあったの?」
「な、何でもない。今のは聞かなかったことにして……」
「慣れてない場所で、いきなり一人はやっぱり不安かな?」
「そ、そんなことねぇよ。ガキじゃないんだから」
「本当に?」
「俺は大丈夫だから、悠介はもう帰って寝てくれ」
「うーん、でも……」
悠介が顎に手を当てて少し考えた様子を見せた後、何かを思いついたかのようににっこりと笑う。それはまるで、子供が悪戯を思いついた時のような顔だった。
「じゃあ、俺が自分ん家から布団を持ってくるから一緒に寝よう!」
「はぁ⁉ 別に一人で大丈夫だって!」
「いいから、待っててよ。俺ん家、あの畑挟んですぐ向こうだからさ」
そう言い残すと、悠介は楽しそうに行ってしまう。取り残された俺は、そんな悠介の後ろ姿を茫然と見送る。
「なんだか疲れたなぁ」
今日は本当に色々なことがあった。どっと疲れを感じた俺は、今にも気を失ってしまいそうだ。
その晩は、俺と悠介で布団を並べて寝た。でも悠介が一緒にいてくれると、暗闇も怖くなんてない。
「修学旅行みたいで楽しいね」
「あぁ、そうだな。でも蛙の鳴き声がうるさい」
「蛙たちもお嫁さんが欲しくて必死なんだよ」
「そっか。みんな一人ぼっちは寂しいもんな」
俺の隣で、悠介が静かに言葉を紡ぐ。その低くて耳ざわりのいい声色が眠気を誘った。
「琥珀、もう寝よう。俺、眠くて限界。おやすみ……」
「うん。おやすみ」
「また明日ね」
今にも眠ってしまいそうな顔で悠介が笑う。悠介の笑顔を見る度に、鼓動が速くなるのを感じる。すごく安心するのに、ひどく照れくさい。頬が火照って仕方がないし、体中がムズムズして落ち着かなくなってしまうのだ。
「なんなんだよ、これは……。本当にいけ好かない奴だなぁ」
俺は雑念を振り払うかのように布団を頭から被って、無理矢理目を閉じたのだった。
3
あなたにおすすめの小説
僕は何度でも君に恋をする
すずなりたま
BL
由緒正しき老舗ホテル冷泉リゾートの御曹司・冷泉更(れいぜいさら)はある日突然、父に我が冷泉リゾートが倒産したと聞かされた。
窮地の父と更を助けてくれたのは、古くから付き合いのある万里小路(までのこうじ)家だった。
しかし助けるにあたり、更を万里小路家の三男の嫁に欲しいという条件を出され、更は一人で万里小路邸に赴くが……。
初恋の君と再会し、再び愛を紡ぐほのぼのラブコメディ。
キャロットケーキの季節に
秋乃みかづき
BL
ひょんな事から知り合う、
可愛い系26歳サラリーマンと32歳キレイ系美容師
男性同士の恋愛だけでなく、ヒューマンドラマ的な要素もあり
特に意識したのは
リアルな会話と感情
ほのぼのしたり、笑ったり、時にはシリアスも
キャラクターの誰かに感情移入していただけたら嬉しいです
【完結】禁断の忠誠
海野雫
BL
王太子暗殺を阻止したのは、ひとりの宦官だった――。
蒼嶺国――龍の血を継ぐ王家が治めるこの国は、今まさに権力の渦中にあった。
病に伏す国王、その隙を狙う宰相派の野心。玉座をめぐる見えぬ刃は、王太子・景耀の命を狙っていた。
そんな宮廷に、一人の宦官・凌雪が送り込まれる。
幼い頃に売られ、冷たい石造りの宮殿で静かに生きてきた彼は、ひっそりとその才覚を磨き続けてきた。
ある夜、王太子を狙った毒杯の罠をいち早く見破り、自ら命を賭してそれを阻止する。
その行動をきっかけに、二人の運命の歯車が大きく動き始める――。
宰相派の陰謀、王家に渦巻く疑念と忠誠、そして宮廷の奥深くに潜む暗殺の影。
互いを信じきれないまま始まった二人の主従関係は、やがて禁じられた想いと忠誠のはざまで揺れ動いていく。
己を捨てて殿下を守ろうとする凌雪と、玉座を背負う者として冷徹であろうとする景耀。
宮廷を覆う陰謀の嵐の中で、二人が交わした契約は――果たして主従のものか、それとも……。
【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話
日向汐
BL
「好きです」
「…手離せよ」
「いやだ、」
じっと見つめてくる眼力に気圧される。
ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26)
閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、
一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨
短期でサクッと読める完結作です♡
ぜひぜひ
ゆるりとお楽しみください☻*
・───────────・
🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
・───────────・
応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪)
なにとぞ、よしなに♡
・───────────・
僕の王子様
くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。
無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。
そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。
見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。
元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。
※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。
諦めた初恋と新しい恋の辿り着く先~両片思いは交差する~【全年齢版】
カヅキハルカ
BL
片岡智明は高校生の頃、幼馴染みであり同性の町田和志を、好きになってしまった。
逃げるように地元を離れ、大学に進学して二年。
幼馴染みを忘れようと様々な出会いを求めた結果、ここ最近は女性からのストーカー行為に悩まされていた。
友人の話をきっかけに、智明はストーカー対策として「レンタル彼氏」に恋人役を依頼することにする。
まだ幼馴染みへの恋心を忘れられずにいる智明の前に、和志にそっくりな顔をしたシマと名乗る「レンタル彼氏」が現れた。
恋人役を依頼した智明にシマは快諾し、プロの彼氏として完璧に甘やかしてくれる。
ストーカーに見せつけるという名目の元で親密度が増し、戸惑いながらも次第にシマに惹かれていく智明。
だがシマとは契約で繋がっているだけであり、新たな恋に踏み出すことは出来ないと自身を律していた、ある日のこと。
煽られたストーカーが、とうとう動き出して――――。
レンタル彼氏×幼馴染を忘れられない大学生
両片思いBL
《pixiv開催》KADOKAWA×pixivノベル大賞2024【タテスクコミック賞】受賞作
※商業化予定なし(出版権は作者に帰属)
この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。
https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる