あなたのお気に召すままに

舞々

文字の大きさ
2 / 149
Episode1 ハイスペックな彼氏

ハイスペックな彼氏①

しおりを挟む
「あのさぁ、水瀬みなせ。お前はいつになったら採血がまともにでるようになんの? それでも医者なわけ?」
「うっ……す、すみません」
「子供の血管は細いんだから、これって決めたら絶対外すな。それに何回も痛い思いをさせたら可哀想だろうが」
「すみません……」
「ったく、世話が焼けんなぁ」


 俺、水瀬葵の横で大きな溜息をつくのは、芸能人も御用達の某有名総合病院、小児科の若きエース、成宮千歳なるみやちとせだ。サラサラの長い髪を耳にかけながら、俺を軽く睨み付ける姿は悔しいくらいイケメンで。『綺麗』という形容詞が、この人には一番ピッタリ当てはまる言葉だと思う。
 モデルみたいにすらりとした長い手足に、人形のように整った顔立ち。色素の薄い髪がサラサラと揺れて、切れ長の瞳はいつも慈愛に満ちている。


 加えて、成宮先生がいるだけで、その場は爽やかなミントの香りに包まれたような感覚に陥るから不思議だ。
 廊下ですれ違う看護師や患者さん、同性までもが頬を赤らめて振り返り、甘い溜息をつく。みんなが望む全ての物を兼ね備えた、実力派若手医師。
 誰にでも物腰柔らかく接し、患者やスタッフからの信頼も厚い。
 頭脳明晰で容姿端麗。人望まであるなんて、全く非の打ち所のない人間なのだ。だから、悔しいけど、俺は何も言い返せない。


「で、何号室の誰の採血ができないの?」
「506号室のさきちゃんです」
「はぁ? お前、この前もあの子の採血できなくて俺に泣きついてなかったっけ?」
「は、はい。すみません」
「すみませんじゃねぇよ。ったく。ほら行くぞ」
 成宮先生は俺に背を向けると、さっさと病室へ向かって歩き出してしまう。
「あ、待ってください!」
 必死に成宮先生をついて行くのだけれど、リーチの長さが全然違う俺は、ほぼ走って追いかけることになってしまう。 
 そんな俺たちを見た看護師さんたちが、「カルガモの親子みたいで可愛い」とクスクス笑っている。それを見た俺は、心底情けなくなってしまった。


 なんでなんだろう……なんで、成宮先生は俺だけにこんなに冷たくて厳しいんだろう。
 みんなに向ける笑顔や優しさが、俺に向けられることなんてない。いつも怒られてばかりで、褒められたことなんか一度もないし。
 今だって、必死に成宮先生を追いかけている俺を気にする素振りなんて全くなく、どんどん歩いて行ってしまう。まるで俺の存在なんて、成宮先生には見えていないようだ。
 どんなに頑張ってついて行こうとしても、距離は離れて行くばかりだった。


「咲ちゃん。何回も針を刺してごめんね? よく頑張った。いい子だね」
「うん! 咲、頑張ったよ!」
 俺が苦戦した採血を、いとも簡単に終わらせてしまった成宮先生が、笑顔を浮かべながら咲ちゃんの頭を撫でている。
 それが余程嬉しいのか、咲ちゃんはニコニコしていた。ついさっきまで泣きべそをかいていたのに……。咲ちゃんの右腕には、俺が失敗した採血の跡が痛々しく残されていた。
「咲ちゃんは本当に強い子だよ」
「えへへっ」
 そんな二人のやり取りを見ていた俺は、目頭が熱くなるのを感じる。自分の不甲斐なさに泣きたくなった。


「ほら、この検体、至急で出しといて。あと検査項目も追加しといたから」
「あ、はい」
 病室を出た途端に、血液の入ったスピッツを押し付けられる。咲ちゃんに向けられていた笑顔は、すっかり消えてしまっていた。
「こんなんで、俺の手を煩わせんな」
「す、すみません……」
 今にも泣き出しそうな俺を残して、成宮先生は行ってしまう。ポツンと取り残された俺は、自分が情けなくて、悔しくて、唇をギュッと噛み締めた。


 プルルルルル。
 その瞬間、胸ポケットに押し込まれているPHSが鳴って、俺は一気に現実に引き戻される。
「はい、水瀬です。はい、はい、はい……わかりました。すぐに行きます」
 患者さんの急変を知らせるcallに、俺は大きな溜息をつく。落ち込んでいる暇なんてない。俺にはやらなきゃいけない事がたくさんあるんだ。
 そう言い聞かせて、自分を奮い立たせた。


◇◆◇◆


「はぁ……終わったぁ……」
 今日一日の業務を終えた俺は、倒れ込むようにナースステーションに椅子に座り込んだ。
 いつの間にか窓の外は真っ暗で、看護師さんの数がやけに少ないことに気付く。
「あ、もう夜勤帯かぁ」
 結局、昼食もまともに食べられなかった俺は、カロリーメイトにかじりつく。糖分が一気に体に染み込んで行くように感じられて、ホッと胸を撫で下ろした。


「水瀬先生、お疲れ様です」
「あ、お疲れ様です」
「こんなに遅くまで大変ですね」
 夜勤の看護師さんが声をかけてきてくれる。
 自分と同じ年くらいだろうか。優しそうで、可愛らしい子だ。きっと、こんな子と結婚したら幸せになれるんだろうなぁ……ってボンヤリと思う。
「でも、水瀬先生の指導係は研修医時代から変わらず、あの優しい成宮先生ですから。本当にラッキーでしたよね」
「あはは、本当にラッキーでしたよ……」
 彼女の純粋な言葉に、つい頬が引きつってしまう。乾いた笑いが口をついた。


 『優しい』成宮先生、かぁ……。


 俺は、一緒に働いていて、成宮先生のことを優しいだなんて一度も思ったことがない。そもそも、優しくされたことがないんだから。
「顔も良くて頭もいい。おまけに性格までいいなんて……ああいう完璧な人は、天使みたいな人と結婚するんでしょうね?」
「へぇ、天使ですか……」
「そう、天使です。きっと可愛らしくて優しくて、家柄も良くて、スタイルも抜群!  
 そういう人と結婚するはずです」
「そうでしょうか……」
「絶対そうですよ!」
 キラキラした顔でそう話す彼女の言葉が、空っぽの自分の胸に鋭い刃となって突き刺さる。苦しくて、切なくて、無意識に胸を鷲掴みにした。




 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

守り守られ

ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師 患者 瀬咲朔 腸疾患・排泄障害・下肢不自由 看護師 ベテラン山添さん 準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん 木島 尚久 真幌の恋人同棲中

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

たとえば、俺が幸せになってもいいのなら

夜月るな
BL
全てを1人で抱え込む高校生の少年が、誰かに頼り甘えることを覚えていくまでの物語――― 父を目の前で亡くし、母に突き放され、たった一人寄り添ってくれた兄もいなくなっていまった。 弟を守り、罪悪感も自責の念もたった1人で抱える新谷 律の心が、少しずつほぐれていく。 助けてほしいと言葉にする権利すらないと笑う少年が、救われるまでのお話。

【完結】君の手を取り、紡ぐ言葉は

綾瀬
BL
図書委員の佐倉遥希は、クラスの人気者である葉山綾に密かに想いを寄せていた。しかし、イケメンでスポーツ万能な彼と、地味で取り柄のない自分は住む世界が違うと感じ、遠くから眺める日々を過ごしていた。 ある放課後、遥希は葉山が数学の課題に苦戦しているのを見かける。戸惑いながらも思い切って声をかけると、葉山は「気になる人にバカだと思われるのが恥ずかしい」と打ち明ける。「気になる人」その一言に胸を高鳴らせながら、二人の勉強会が始まることになった。 成績優秀な遥希と、勉強が苦手な葉山。正反対の二人だが、共に過ごす時間の中で少しずつ距離を縮めていく。 不器用な二人の淡くも甘酸っぱい恋の行方を描く、学園青春ラブストーリー。 【爽やか人気者溺愛攻め×勉強だけが取り柄の天然鈍感平凡受け】

病弱の花

雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...