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Episode3 意地悪なのに優しい人
意地悪なのに優しい人③
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バラバラバラバラ。
小児科病棟に勤務してから数日後。屋上に一台のドクターヘリが降り立った。その瞬間、物凄い風圧に吹き飛ばされそうになる。
つい先程飛び込んだ、急患受け入れの要請。時刻はもうすぐ日勤帯が終わる時間に差し掛かっており、明らかに受け入れられる状況ではなかった。
きっと、今晩の緊急当番の病院に任せて断るんだろうな……可哀想に……。
ドクターヘリを使うくらいだから、きっと命に関わる状況なんだろう。もしうちが断ったら、最悪手遅れで死んでしまうかもしれない。
そう思って唇を噛み締めた瞬間、
「はい。受け入れ可能です」
「え?」
「患者さんの情報いただけますか? はい、はい……」
成宮先生がドクターヘリの受け入れを、躊躇いもなく承諾したのだ。
搬送元の医師から聞いた患者の状態を、メモしている。
「はい、ありがとうございます。お待ちしてます」
電話をきった成宮先生が、次に色々な所に電話をし始めた。
「もしもし小児科医師、成宮です。輸血をお願いしたいのですが。それと……」
「すみません、これからドクターヘリが来るので手術室を使います。対応できる麻酔科の先生いらっしゃいますか?」
「これから十分後にドクターヘリが来るんですが、MRIの撮影をお願いしたいのですが……」
そのあまりにも手早い対応に、呆気にとられてしまう。
でも良かった……成宮先生が受け入れてくれて。
俺は心からホッとして泣きたくなった。
そして、数分後、準備が整ったところでドクターヘリが到着した。
ヘリコプターの扉が開くと、搬送元の病院の医師に看護師、それと泣き叫ぶ母親が降りてくる。
次いでストレッチャーに乗った、まだ小さな小さな男の子が降ろされた。
その子は村上優太君。一歳八ヵ月。お昼ご飯を食べた後、元気に遊んでいたらしい。大人しく玩具で遊んでいたと思ったら声がしなくなったため、母親が様子を見に行ってところ、口から泡を吹いて倒れていた……とのことだ。
優太君はグッタリしており、全身が浮腫んで皮膚が紫色に変色している。揺れるストレッチャーの上で、優太君の小さな体も力なく揺れていた。
「明らかに手遅れだ……」
咄嗟にそう感じる。
それと同時に、俺は強い恐怖を感じた。
俺だったら、この子に何をしてあげられるだろうか。
「成宮先生……」
「ん?」
俺は咄嗟に成宮先生の白衣を掴んだ。
「大丈夫……ですか?」
「そんなんわかんねぇよ」
「え?」
「ただ、やれるだけの事をやるだけだろ?」
その真っ直ぐな瞳を見た瞬間、俺の胸がまた甘い不整脈を打ち始める。
トクン……トクン…。
「水瀬、良く見とけ。小児科ってのはな、風邪を引いたくらいの子供ばっかじゃない。この世に生を受けて、『これからまだまだ続いて行かなければならない命』を守る為の戦場なんだ」
「これから、まだまだ続いて行かなければならない命……」
「あんまりopeが長引くようなら先に帰ってろ」
それだけ言い残すと、成宮先生は俺に背中を向ける。
あ、行っちゃう……。
「成宮先生!!」
「あ?」
俺の声にに成宮先生が迷惑そうな顔で振り向いた。
「頑張ってください!!」
何で自分が成宮先生を引き止めたのかはわからなかったけど、涙が溢れて来てしまった。
だって、貴方……かっこ良すぎでしょう。
「お前に言われたくねぇんだよ! バァカ!」
口が悪い割には、凄く優しく笑ってくれる。その笑顔で俺の甘い不整脈はどんどん悪化して行き……呼吸も苦しくなってきてしまう。
なんだよ、これ……。
俺は、意味の分からないこの不快な症状に、これ先苦しみ続けることになるなんて……その時の俺は、思っても見なかった。
成宮先生が手術室に入って、もうすぐ六時間が経過しようとしていた。
成宮先生は「先に帰ってろ」って言ってくれたけど、こんな状況で帰れるはずなんてない。
だって、優太君のご両親は手術室の前で、『手術が成功しますように……』と祈り続けていることだろう。
先生だって長時間の手術だから、きっと疲れきっているはずだ。そんな人達を置いて、自分だけ呑気に帰るなんて……できるはずがない。
俺は、そんな手術室から少し離れたベンチで、ずっと成宮先生が戻って来るのを待っていた。
「先生! 優太は、優太は!?」
手術室の扉が開いた瞬間、優太君の両親が成宮先生に縋りつく。そんな両親を、成宮先生はそっと受け止めた。
「やれるだけのことはやりました。一命は取り留めましたので、今後も治療を続けていきましょう」
その優しい声と表情に、母親が床に泣き崩れる。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
壊れた玩具のようにそう繰り返す両親を見て、俺の胸は熱くなる。
こんなの、映画やドラマだけのお話だと思っていたから。
「はぁ……」
成宮先生が、ずっと被っていた手術用の帽子のせいで、乱れた前髪を搔き上げながら大きなため溜息を付く。そんな姿も、凄く様になった。
「成宮先生」
「ん?」
そっと背後から声を掛ければ、成宮先生が立ち止まって俺を振り返った。
その表情は酷く疲れ切っているのに、とても穏やかだった。
「お疲れ様でした」
「あ、うん。お前、まだいたの?」
「はい。成宮先生が心配だったので……」
「お前が心配する側なんだな?」
成宮先生が眉を顰めた後、ククッと喉の奥で笑う。
「なぁ、遅くなったついでに、ちょっと付き合えよ」
「え? 何にですか?」
「オリエンテーションの続きだよ。まだ案内してない場所があるんだ」
悪戯っぽく笑った成宮先生に手招きをされたから、俺は慌てて後を追いかける。
こんな時間にどこへ行くのかなんて全然想像がつかなかったけど、ドキドキして仕方ない。
そんな俺は、また、あの甘い不整脈と息苦しさを感じていた。
小児科病棟に勤務してから数日後。屋上に一台のドクターヘリが降り立った。その瞬間、物凄い風圧に吹き飛ばされそうになる。
つい先程飛び込んだ、急患受け入れの要請。時刻はもうすぐ日勤帯が終わる時間に差し掛かっており、明らかに受け入れられる状況ではなかった。
きっと、今晩の緊急当番の病院に任せて断るんだろうな……可哀想に……。
ドクターヘリを使うくらいだから、きっと命に関わる状況なんだろう。もしうちが断ったら、最悪手遅れで死んでしまうかもしれない。
そう思って唇を噛み締めた瞬間、
「はい。受け入れ可能です」
「え?」
「患者さんの情報いただけますか? はい、はい……」
成宮先生がドクターヘリの受け入れを、躊躇いもなく承諾したのだ。
搬送元の医師から聞いた患者の状態を、メモしている。
「はい、ありがとうございます。お待ちしてます」
電話をきった成宮先生が、次に色々な所に電話をし始めた。
「もしもし小児科医師、成宮です。輸血をお願いしたいのですが。それと……」
「すみません、これからドクターヘリが来るので手術室を使います。対応できる麻酔科の先生いらっしゃいますか?」
「これから十分後にドクターヘリが来るんですが、MRIの撮影をお願いしたいのですが……」
そのあまりにも手早い対応に、呆気にとられてしまう。
でも良かった……成宮先生が受け入れてくれて。
俺は心からホッとして泣きたくなった。
そして、数分後、準備が整ったところでドクターヘリが到着した。
ヘリコプターの扉が開くと、搬送元の病院の医師に看護師、それと泣き叫ぶ母親が降りてくる。
次いでストレッチャーに乗った、まだ小さな小さな男の子が降ろされた。
その子は村上優太君。一歳八ヵ月。お昼ご飯を食べた後、元気に遊んでいたらしい。大人しく玩具で遊んでいたと思ったら声がしなくなったため、母親が様子を見に行ってところ、口から泡を吹いて倒れていた……とのことだ。
優太君はグッタリしており、全身が浮腫んで皮膚が紫色に変色している。揺れるストレッチャーの上で、優太君の小さな体も力なく揺れていた。
「明らかに手遅れだ……」
咄嗟にそう感じる。
それと同時に、俺は強い恐怖を感じた。
俺だったら、この子に何をしてあげられるだろうか。
「成宮先生……」
「ん?」
俺は咄嗟に成宮先生の白衣を掴んだ。
「大丈夫……ですか?」
「そんなんわかんねぇよ」
「え?」
「ただ、やれるだけの事をやるだけだろ?」
その真っ直ぐな瞳を見た瞬間、俺の胸がまた甘い不整脈を打ち始める。
トクン……トクン…。
「水瀬、良く見とけ。小児科ってのはな、風邪を引いたくらいの子供ばっかじゃない。この世に生を受けて、『これからまだまだ続いて行かなければならない命』を守る為の戦場なんだ」
「これから、まだまだ続いて行かなければならない命……」
「あんまりopeが長引くようなら先に帰ってろ」
それだけ言い残すと、成宮先生は俺に背中を向ける。
あ、行っちゃう……。
「成宮先生!!」
「あ?」
俺の声にに成宮先生が迷惑そうな顔で振り向いた。
「頑張ってください!!」
何で自分が成宮先生を引き止めたのかはわからなかったけど、涙が溢れて来てしまった。
だって、貴方……かっこ良すぎでしょう。
「お前に言われたくねぇんだよ! バァカ!」
口が悪い割には、凄く優しく笑ってくれる。その笑顔で俺の甘い不整脈はどんどん悪化して行き……呼吸も苦しくなってきてしまう。
なんだよ、これ……。
俺は、意味の分からないこの不快な症状に、これ先苦しみ続けることになるなんて……その時の俺は、思っても見なかった。
成宮先生が手術室に入って、もうすぐ六時間が経過しようとしていた。
成宮先生は「先に帰ってろ」って言ってくれたけど、こんな状況で帰れるはずなんてない。
だって、優太君のご両親は手術室の前で、『手術が成功しますように……』と祈り続けていることだろう。
先生だって長時間の手術だから、きっと疲れきっているはずだ。そんな人達を置いて、自分だけ呑気に帰るなんて……できるはずがない。
俺は、そんな手術室から少し離れたベンチで、ずっと成宮先生が戻って来るのを待っていた。
「先生! 優太は、優太は!?」
手術室の扉が開いた瞬間、優太君の両親が成宮先生に縋りつく。そんな両親を、成宮先生はそっと受け止めた。
「やれるだけのことはやりました。一命は取り留めましたので、今後も治療を続けていきましょう」
その優しい声と表情に、母親が床に泣き崩れる。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
壊れた玩具のようにそう繰り返す両親を見て、俺の胸は熱くなる。
こんなの、映画やドラマだけのお話だと思っていたから。
「はぁ……」
成宮先生が、ずっと被っていた手術用の帽子のせいで、乱れた前髪を搔き上げながら大きなため溜息を付く。そんな姿も、凄く様になった。
「成宮先生」
「ん?」
そっと背後から声を掛ければ、成宮先生が立ち止まって俺を振り返った。
その表情は酷く疲れ切っているのに、とても穏やかだった。
「お疲れ様でした」
「あ、うん。お前、まだいたの?」
「はい。成宮先生が心配だったので……」
「お前が心配する側なんだな?」
成宮先生が眉を顰めた後、ククッと喉の奥で笑う。
「なぁ、遅くなったついでに、ちょっと付き合えよ」
「え? 何にですか?」
「オリエンテーションの続きだよ。まだ案内してない場所があるんだ」
悪戯っぽく笑った成宮先生に手招きをされたから、俺は慌てて後を追いかける。
こんな時間にどこへ行くのかなんて全然想像がつかなかったけど、ドキドキして仕方ない。
そんな俺は、また、あの甘い不整脈と息苦しさを感じていた。
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