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Episode11 野良猫みたいな恋
野良猫みたいな恋⑩
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「俺と成宮は付き合ってたんだ。この病棟に配属されてすぐくらいから」
「……あ、やっぱり……」
一番聞きたくなかった橘先生の言葉に、一瞬で目に涙が溜まったのを感じた。目頭が熱くて、鼻の奥がツンとなる。
体が小刻みに震えて倒れそうになるのをかろうじて耐えた。
「先に恋をしたのは俺。成宮は医学部でもとにかく目立ってたから」
橘先生が懐かしそうに、でも切なそうに微笑む。きっと、その当時のことを思い出しているのだろう。
「でも、あいつはとにかく男遊びが派手で……真剣に恋をするようなタイプじゃなかったんだ。そんな奴に関わりたくない……そう思っていたのに。いつの間にかハマってた。狂おしい程に恋して、何度も何度も告って……」
橘先生が大きな溜息をつきながら、髪を搔き上げる。そんな姿も悔しいくらい様になってる。
このシーンを切り取って雑誌に載せたら、とても綺麗だろうなって思う。
「俺も、それまで男なんて選びたい放題で、自分から誰かを追いかけることなんてなかったんだ。なのに……本当に馬鹿みたいだよな」
「それで、成宮先生は?」
「『橘、負けたよ』って笑いながらOKをくれた。その瞬間、イキまくった時みたいに気持ちよくて……本当に嬉しかった」
「…………」
その言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になり膝がガクンと崩れ落ちそうになる。
全ての音が遥か遠くに聞こえた。
「でも、遊んでた割には、真面目に付き合ってくれたんだ。浮気なんてしなかったし、愛されてるな……っていつも感じてた」
「そう、ですか……」
俺は上の空で答える。
こんな話聞きたくなんてないのに、その場に根っこがはえてしまったかのように、動くことさえできない。
「でも、安心しな? 俺がフラれたんだから」
「え?」
「俺がフラれたの。成宮に」
「そ、そうなんですか!?」
俺が嬉しそうな顔をしてしまったらしく、橘先生が呆れた顔をした後プッと吹き出した。
「水瀬君は本当に正直だね? 君は、今、成宮と付き合ってるんでしょ?」
「え? あ、あの、それは……」
「だって、キスしてるところも目撃しているし。成宮が君に向ける特別な視線だって気付いてるよ」
「す、すみません」
「え? 謝っちゃうの? 俺が惨めになるからやめてよ」
橘先生が大きな溜息を付きながら少しだけ俯く。
長い睫毛が影を落とし、とても艶っぽく見えた。
この人は、俺が持っていないものをたくさん持っている……。
そう突き付けられた気がして、泣きたくなる。
俺には、あんな色気も無ければ、医師としてのスキルやキャリアもない。しかも、見た目だって平々凡々だ。
ウズラは、どう背伸びをしても鳳凰には勝てない。
「でもさ。この病棟に戻ってきたのは、医師不足だからっていうのは勿論あるけど……」
橘先生が窓の外を眺めながら静かに息を吐く。今日はとても寒かったから、もしかしたら雪が降るかもしれない。
黒い雲が空一面を覆い始めた。
「それだけの為に、わざわざ自分の病院を放ったらかしにするわけがないじゃん」
「じゃあ、まだ橘先生は……」
「そう。未練タラタラ……もしかしたらヨリを戻せるかもって期待してた」
「やっぱり……」
「なのに、久し振りに会った成宮の傍には、いつも水瀬君がいて……、本当に腹立たしかった。こんなに過去を引きずっていたのは自分だけだったんだって……」
その瞬間、俺には橘先生が今の空のように泣き出しそうに見えた。
「でもチャンスがあれば、成宮を君から奪ってでも取り戻したいって思ってる」
「……え?」
「例え汚い手段を使ってでも……ね」
「…………」
そんなことはしないでください……! そう言おうとした瞬間、廊下に聞き慣れた声が響いた。
「橘!」
咄嗟に俺達は声がするほうを振り返る。そこにいたのは成宮先生だった。
「あ、どうした? 成宮」
「緊急入院OPEが何件か入りそうなんだ。分担してもらえるか?」
「別に構わないよ」
それまでは気付かなかったけど、成宮先生を見る橘先生の表情はとても優しいものだった。あぁ、恋をしているんだな……って思う。
「じゃあ今すぐERに一緒に行ってくれないか……あ、水瀬もいたのか」
俺の姿を見つけた瞬間、成宮先生の顔が明るくなる。
それを見た橘先生の顔が逆に曇った。
「三角形だ……」
俺はそう思う。
でも、三つの尖った頂点のひとつに俺もいる。
成宮先生を取り巻く空気が、痛いくらいに張り詰めているような気がした。
これが、本当の修羅場ってやつなのかもしれない。
「水瀬、俺達が抜けてる間、病棟を頼む」
「はい」
「遅くなるような、先に帰って構わないから」
「わかりました」
俺はそう言い残すと、その場を走るように逃げ出す。三人でいることが辛くて仕方なかった。
やっぱり成宮先生が頼りにしているのは俺じゃなくて橘先生なんだ……ということを改めて思い知らされた瞬間でもあった。
「俺は……橘先生には敵わない……」
涙が滲んできそうだったから、白衣でそれをゴシゴシと拭った。
「……あ、やっぱり……」
一番聞きたくなかった橘先生の言葉に、一瞬で目に涙が溜まったのを感じた。目頭が熱くて、鼻の奥がツンとなる。
体が小刻みに震えて倒れそうになるのをかろうじて耐えた。
「先に恋をしたのは俺。成宮は医学部でもとにかく目立ってたから」
橘先生が懐かしそうに、でも切なそうに微笑む。きっと、その当時のことを思い出しているのだろう。
「でも、あいつはとにかく男遊びが派手で……真剣に恋をするようなタイプじゃなかったんだ。そんな奴に関わりたくない……そう思っていたのに。いつの間にかハマってた。狂おしい程に恋して、何度も何度も告って……」
橘先生が大きな溜息をつきながら、髪を搔き上げる。そんな姿も悔しいくらい様になってる。
このシーンを切り取って雑誌に載せたら、とても綺麗だろうなって思う。
「俺も、それまで男なんて選びたい放題で、自分から誰かを追いかけることなんてなかったんだ。なのに……本当に馬鹿みたいだよな」
「それで、成宮先生は?」
「『橘、負けたよ』って笑いながらOKをくれた。その瞬間、イキまくった時みたいに気持ちよくて……本当に嬉しかった」
「…………」
その言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になり膝がガクンと崩れ落ちそうになる。
全ての音が遥か遠くに聞こえた。
「でも、遊んでた割には、真面目に付き合ってくれたんだ。浮気なんてしなかったし、愛されてるな……っていつも感じてた」
「そう、ですか……」
俺は上の空で答える。
こんな話聞きたくなんてないのに、その場に根っこがはえてしまったかのように、動くことさえできない。
「でも、安心しな? 俺がフラれたんだから」
「え?」
「俺がフラれたの。成宮に」
「そ、そうなんですか!?」
俺が嬉しそうな顔をしてしまったらしく、橘先生が呆れた顔をした後プッと吹き出した。
「水瀬君は本当に正直だね? 君は、今、成宮と付き合ってるんでしょ?」
「え? あ、あの、それは……」
「だって、キスしてるところも目撃しているし。成宮が君に向ける特別な視線だって気付いてるよ」
「す、すみません」
「え? 謝っちゃうの? 俺が惨めになるからやめてよ」
橘先生が大きな溜息を付きながら少しだけ俯く。
長い睫毛が影を落とし、とても艶っぽく見えた。
この人は、俺が持っていないものをたくさん持っている……。
そう突き付けられた気がして、泣きたくなる。
俺には、あんな色気も無ければ、医師としてのスキルやキャリアもない。しかも、見た目だって平々凡々だ。
ウズラは、どう背伸びをしても鳳凰には勝てない。
「でもさ。この病棟に戻ってきたのは、医師不足だからっていうのは勿論あるけど……」
橘先生が窓の外を眺めながら静かに息を吐く。今日はとても寒かったから、もしかしたら雪が降るかもしれない。
黒い雲が空一面を覆い始めた。
「それだけの為に、わざわざ自分の病院を放ったらかしにするわけがないじゃん」
「じゃあ、まだ橘先生は……」
「そう。未練タラタラ……もしかしたらヨリを戻せるかもって期待してた」
「やっぱり……」
「なのに、久し振りに会った成宮の傍には、いつも水瀬君がいて……、本当に腹立たしかった。こんなに過去を引きずっていたのは自分だけだったんだって……」
その瞬間、俺には橘先生が今の空のように泣き出しそうに見えた。
「でもチャンスがあれば、成宮を君から奪ってでも取り戻したいって思ってる」
「……え?」
「例え汚い手段を使ってでも……ね」
「…………」
そんなことはしないでください……! そう言おうとした瞬間、廊下に聞き慣れた声が響いた。
「橘!」
咄嗟に俺達は声がするほうを振り返る。そこにいたのは成宮先生だった。
「あ、どうした? 成宮」
「緊急入院OPEが何件か入りそうなんだ。分担してもらえるか?」
「別に構わないよ」
それまでは気付かなかったけど、成宮先生を見る橘先生の表情はとても優しいものだった。あぁ、恋をしているんだな……って思う。
「じゃあ今すぐERに一緒に行ってくれないか……あ、水瀬もいたのか」
俺の姿を見つけた瞬間、成宮先生の顔が明るくなる。
それを見た橘先生の顔が逆に曇った。
「三角形だ……」
俺はそう思う。
でも、三つの尖った頂点のひとつに俺もいる。
成宮先生を取り巻く空気が、痛いくらいに張り詰めているような気がした。
これが、本当の修羅場ってやつなのかもしれない。
「水瀬、俺達が抜けてる間、病棟を頼む」
「はい」
「遅くなるような、先に帰って構わないから」
「わかりました」
俺はそう言い残すと、その場を走るように逃げ出す。三人でいることが辛くて仕方なかった。
やっぱり成宮先生が頼りにしているのは俺じゃなくて橘先生なんだ……ということを改めて思い知らされた瞬間でもあった。
「俺は……橘先生には敵わない……」
涙が滲んできそうだったから、白衣でそれをゴシゴシと拭った。
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