あなたのお気に召すままに

舞々

文字の大きさ
94 / 149
Episode18 月が綺麗ですね

月が綺麗ですね②

しおりを挟む
「なんかさ、水瀬って月下美人みたいだよな」
「月下美人? それって花ですよね?」
 今度は俺が首を傾げる番だった。
 俺と花。明らかに違うフィールドに存在するものだ。俺が花のわけがない。


「だって、月下美人は一晩で花が散ってしまう。お前だって、もうすぐ俺の前から姿を消しちまうだろう? そんで、次に職場で会った時には上司と部下だ」
「……え? それってどういう意味……」
「帰るなよ。一緒にいろよ。なぁ、水瀬……」
「え? 成宮先生、聞こえない……」
 成宮先生が照れくさそうに言葉を紡いだ瞬間、強い風が吹いてその言葉が掻き消されてしまう。
 普段飄々としている成宮先生のこんな表情を見たことがなかった俺は、その言葉を知りたくて、咄嗟に成宮先生の腕を掴んでしまった。
「今、なんて言ったんですか?」
「なんでもねぇ」
「教えてください」
「嫌だ」


 結局、悪戯な風のせいで、成宮先生が俺に何を言いたかったのかはわからなかった。
 成宮先生は悔しがる俺に向い「べぇ」と舌を出して見せるけれど、その頬は林檎のように赤い。 
 伸びた髪がサラサラと成宮先生の整った顔にかかり、それを煩わしそうに掻き上げる仕草も悔しいくらい様になっていて……俺は泣きたくなってしまった。
 なんでこんなに好きになっちゃったんだろう……。
 心が締め付けられるように痛む。俺は俯いたまま、溢れ出してくる涙が零れ落ちないよう、唇を噛み締めた。
 

「お前が月下美人ならさ……俺はお前を照らしてやりたい」
 切なそうに、でもどこか幸せそうにはにかむ成宮先生に、余裕のない俺は、気付くことさえできなかった。
 冷たい夜風からは、春の匂いがする。
 時の流れは早くて、もう三月だ。成宮先生、もうすぐ寒い冬が終わりますね。


「今日は半月なんだね」


 公園に植えられている梅の花が、一つまた一つと咲き始め、桜の蕾が膨らんでいた。
 昼間は温かい日もあるのに、夜になると途端に冷え込んでくる。三寒四温とはよく言ったものだ。
 でも確かに春はすぐそこまで近付いてきている。
 今日も飽きもせず、成宮先生の部屋のベランダから夜空を眺める。いつもみたいに膝を抱えて。
 俺の心にもいつか春が来るんだろうか……と不安になってしまった。
 空には星が瞬いていて、ビルの明かりがまるで宝石のようにきらきらと輝いて見える。
 その全てが、まるで自分のもののように思えてくるから不思議だ。


 そして、そんな光景の中で一際目を引く月。
 月って本当に凄いと思う。
 こんなにも広い世界を、あんなに淡い光で照らし出すのだから。そんな月を眺めていたら、何だか眠たくなってきた。


「餅米は蒸かせたかい? 満月になっちゃうぞ」
 月にいる兎に話しかけてみたけど、余程満月に向けての準備が忙しいらしく、返事は返って来なかった。
「無視すんなよ、泣きたくなるじゃん」
 俺はゴロンと床に寝転んだ。床のヒンヤリとした感覚と、適度な硬さが心地良い。
 そのままそっと目を閉じる。
 成宮先生に怒られたら帰ればいいや。「明日も仕事なんだから」と俺を叱責するのであれば、俺も素直に部下へと戻ろう……そんな覚悟はできていた。
 あー、今日も仕事で疲れなぁ。
 そんなことを考えているうちに、少しずつ意識が遠退いていった。


「だから風邪ひくって言ってんじゃん」
 夢現に、誰かに抱き寄せられた気がした。


 真夜中にふと目を冷ますと、温かい何かに包まれていて……無意識にそれに頬擦りをした。
「……ん?」
 ふと目を覚ますと、目の前にはこの世のものとは思えない程の美青年がいる。俺は驚愕してしまい、言葉を失ってしまった。
 なんだ、このシチュエーションは……。
 全身の血が、一斉に引いていくのを感じた。
 俺は成宮先生に腕枕をされていて、一つの毛布に二人でくるまって眠ってしまっていたようだ。予想もしていなかった展開に、俺はひどく狼狽えてしまう。
 ドキドキとうるさいくらいに鳴り響く心音が、鼓膜に響いてうるさくて仕方がない。
 一体どうすればいいんだ……⁉ 俺は静かにパニックを起こしてしまった。


「なぁ、水瀬」
 ふと名前を呼ばれたから、俺は慌てて顔を上げた。
「成宮先生、起きてたんですか?」
「うーん、今目が覚めた」  
 視線の先には、照れくさそうに笑う成宮先生がいた。
 本当は、口から心臓が飛び出るんじゃないかっていうくらい緊張しているくせに、それを悟られたくなくて平然を装う。
 俺は、精一杯強がった。
 だって、この思いがバレてしまったら、俺はこうしてこの人の傍にいられなくなってしまうから。
 だから、絶対気付かれたらいけないんだ。


「お前、俺のこと好きだろ?」
「好き……?」
「そう、恋愛的な意味で」
 今度こそ心臓が止まるかと思った。それでも俺は、ポーカーフェイスを貫くこうと足掻き続ける。
「そ、そんなことあるわけないじゃないですか?」
「へぇ、否定するんだ?」
 成宮先生が意地悪く口角を吊り上げた。
「当り前です。俺は、成宮先生のことを上司以上には思っていませんから」
 「そっか。でも、こうやってくっついているのは嫌じゃないんだな?」
「だ、だって、今日は寒いから……」
「ふふっ。そうか。でも水瀬が傍にいるとあったかいよ」
 今俺に言える最高の言い訳をした後、成宮先生の胸に顔を埋めた。そんなことをしたら嫌がられるかな、って少しだけ不安だったけれど……拒絶はされない。


 勘のいいこの人に、これ以上色々詮索されるのが怖くて仕方がない。
 だから、この想いがバレないように、静かに呼吸を整えた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

守り守られ

ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師 患者 瀬咲朔 腸疾患・排泄障害・下肢不自由 看護師 ベテラン山添さん 準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん 木島 尚久 真幌の恋人同棲中

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

たとえば、俺が幸せになってもいいのなら

夜月るな
BL
全てを1人で抱え込む高校生の少年が、誰かに頼り甘えることを覚えていくまでの物語――― 父を目の前で亡くし、母に突き放され、たった一人寄り添ってくれた兄もいなくなっていまった。 弟を守り、罪悪感も自責の念もたった1人で抱える新谷 律の心が、少しずつほぐれていく。 助けてほしいと言葉にする権利すらないと笑う少年が、救われるまでのお話。

【完結】君の手を取り、紡ぐ言葉は

綾瀬
BL
図書委員の佐倉遥希は、クラスの人気者である葉山綾に密かに想いを寄せていた。しかし、イケメンでスポーツ万能な彼と、地味で取り柄のない自分は住む世界が違うと感じ、遠くから眺める日々を過ごしていた。 ある放課後、遥希は葉山が数学の課題に苦戦しているのを見かける。戸惑いながらも思い切って声をかけると、葉山は「気になる人にバカだと思われるのが恥ずかしい」と打ち明ける。「気になる人」その一言に胸を高鳴らせながら、二人の勉強会が始まることになった。 成績優秀な遥希と、勉強が苦手な葉山。正反対の二人だが、共に過ごす時間の中で少しずつ距離を縮めていく。 不器用な二人の淡くも甘酸っぱい恋の行方を描く、学園青春ラブストーリー。 【爽やか人気者溺愛攻め×勉強だけが取り柄の天然鈍感平凡受け】

病弱の花

雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...