あなたのお気に召すままに

舞々

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第二章 貴方へと向かう新しい一歩

貴方へと向かう新しい一歩⑤

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 虎太郎君を病室まで送り届けてから、白衣でそっと涙を拭う。
 子供って本当に可愛い。その無邪気さに未熟者の俺は、いつも救われてきた。


 廊下に出れば、近くの病室から成宮先生の声が聞こえてくる。その病室には、数日前に喉の手術をした六歳の女の子が入院していた。その子の名前は宮崎日葵みやざきひまりちゃん。まだ傷が治っていないせいで飲み物を飲み込むときに強い痛みを感じてしまうらしく、泣いている姿を度々見かけた。


 俺は成宮先生と日葵ちゃんの会話が気になって、病室の前で思わず足を止めた。


「大丈夫だよ、すぐよくなるからね」
「成宮先生、本当? あたし、またご飯食べられるようになる?」
「絶対になるよ、大丈夫。もう少しの辛抱だからね」


 成宮先生は日葵ちゃんの前にしゃがみ込んで優しく微笑む。それからそっと日葵ちゃんの肩に手を置いた。


「痛いの痛いの遠くのお山に飛んでいけ……」
「あ、少し痛くなくなった気がする。成宮先生凄いね! まるで魔法みたい」
「でしょう? 日葵ちゃんは痛いのを我慢して強い子だね。でもあまりにも喉が痛かったら、看護師さんに言ってほしいな」
「わかった。でもあたしね、成宮先生の笑顔を見ると元気が出るんだよ。だって、成宮先生は絶対に病気を治してくれるって信じてるから」
「本当かい? それはすごく嬉しいなぁ」


 先程泣いていたのに、日葵ちゃんはもう笑っている。
 成宮先生は凄い……。


 痛いの痛いの飛んでいけ、なんておまじないは、エビデンスに沿った治療ではないなんて明白だ。でも、そんなおまじないが子供たちにはちゃんと効いている。
 それはきっと、子供たちが成宮先生を信頼しているからだろう。


 裏を返せば、それほどまでに真摯な姿勢で成宮先生が患者さんと向き合っている成果の現れだ。それを思えば、成宮先生の偉大さを感じずにはいられない。


 成宮先生に頭を撫でられて気持ちよさそうに目を細める日葵ちゃん。さっきまで泣いていたのが本当に嘘のようだ。成宮先生が患者さんの頭を撫でている姿は、よく見かける光景でもあった。
 俺と接するときとは全く違うその姿に、心の中がザワザワする。


 なんだこれは……。


 俺は無意識に自分の胸のあたりを鷲掴みにした。自分には素っ気ない成宮先生が、他の人には優しい笑顔を向ける光景を目にする度に心にさざ波が立つのを感じる。
 これがなんでかなんてわからないけれど、面白くなくて……俺は眉を顰めた。


 次の瞬間、日葵ちゃんの病室から出てくる成宮先生と廊下で思いきり視線があってしまう。やばい……そう思ったけれど、体が氷りついてしまったかのように動かなくなってしまった。そんな俺に、成宮先生が冷ややかな視線を向ける。


「水瀬、患者との会話を盗み聞くなんて悪趣味だな?」
「ち、違います! ただ、先生が痛いの痛いの飛んでいけ、なんてちょっと意外だな……と思って」
「うるせぇよ。馬鹿が」
「す、すみません!」


 俺は慌てて頭を下げて謝罪をする。そんな俺に背を向けて成宮先生は足早にナースステーションに戻っていく。


 ……でも、俺は気付いてしまった。そんな成宮先生の蝋のように透き通った肌が、ほんのり赤く色付いていたことに。


 それを見た俺は戸惑いを隠しきれない。普段俺に対して素っ気ない態度をとる成宮先生と、小児科医として患者さんに慕われている成宮先生。一体どちらが本当の成宮先生なのだろうか。


 俺は成宮先生の知らない一面をもっと知りたい……そう思った。
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