出来損ないの花嫁は湯の神と熱い恋をする

舞々

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一、湯の神との出会い

湯の神との出会い⑥

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 凪が湯玄と出会ってから二年の月日が経った。
 あれ以来、凪が湯玄と再会することはなく、赤色と青色の狛犬が動き出すこともない。あの美しい湯の神との出会いは、夢だったのだろうか? あまりに変わり映えもなく続いていく生活に、凪はそう思ってしまうくらいだ。


 しかし、湯玄に会った時の胸の高鳴りや、温かくて逞しかった腕を凪は忘れることができずにいた。
 それでも凪はあの頃よりも大分背も高くなり、顔つきも大人っぽくなった。


「あー! 今日もいい天気だ」
 大きな暖簾を持ち、深く深呼吸をする。


 いつもと変わらず腐った卵の匂いがするのと同時に、甘い香りが凪の鼻腔をくすぐった。甘い香りの正体は、宿屋の玄関の近くに咲いている姫椿おとめつばきだ。
 寒い時期に薄紅色の可愛らしい花をつける姫椿は、この旅館の名物でもある。昨日降った雪の綿帽子を被り、朝日にきらきら輝くその姿はとても可憐だ。凪はそんな姫椿を見て思わず目を細める。
 寒い時期にも関わらず、こんなにもたくさんの花をつける姫椿の木が、とても頼もしく感じられた。


「よし、今日も頑張るぞ」
 凪が呟いた瞬間。腰のあたりに違和感を感じ、ぞわぞわっと虫唾が駆け抜けていった。
「凪、おはようさん。今日もべっぴんさんだなぁ」
「ちょ、ちょっと、いきなり何すんだよ⁉」


 宿の入口に暖簾を掛けている凪の腰をいやらしい手つきで撫でるのは、数件先にある呉服屋の店主をしている和助わすけだ。だらしなく垂れさがった和助の目尻を見るだけで、その気色悪さに吐き気がこみ上げてくる。
 凪は和助の手を払い除けながら睨みつけた。


「俺はあんたの孫くらいの年だろう? そんな俺の体を触るなんて、本当に根性が曲がってんなぁ!」
「いやいや、お前さんは本当に綺麗な面をしているからな。できたらワシの小姓にしたいくらいだ」
「はぁ? ふざけんなよ。気色悪ぃ……」
 懲りずに体に触れようとするものだから、背中を寒気が走り抜けていく。「変態じじぃが!」と思わず声を荒らげてしまった。
 そんな凪を見た和助が、心外だ……と言わんばかりに眉を寄せる。


「凪は黙っていれば天女様のようにべっぴんなのに、どうしてそんなに口が悪いんだ? その気の強さが、お前の全てを台無しにしちまってるよ」
「黙れ! 勝手に人の体を触っておいて、それはねぇだろうが?」
「はぁ……お前にもう少し可愛げでもあれば、金を工面してやってもいいんだぞ?」
「金? なんだよ、それ……」
「最近は源泉も枯れてきて、湯量も減り、どんどん温泉もぬるくなっちまってる。そんなんじゃ、椿屋も客足が遠のく一方だろう? だからこのワシが、潰れそうな椿屋を立て直してやろうっていうんだよ」


 凪は大きな目を見開いて、再び和助を睨みつける。そんな凪を見た和助が厭らしく唇を吊り上げた。
 その仕草はまるで舌なめずりをしているかのようで、凪は顔を引き攣らせる。


「凪よ。お前は本当にべっぴんさんだなぁ」
「どこまでも気色の悪いじじぃだ……」
「悪いようにはせんから、大人しくワシの言う通りにせい」


 凪は湯滝村でも有名な美丈夫だ。絹糸のように細い銀の髪は朝日にきらきらと輝き美しい光を放つ。肌は蝋のように白く透き通り、真ん丸な瞳はよく晴れた日の空のように青い。
 その姿は、まるで絵物語から飛び出してきた天女のようだ……村人達はそう噂している。
 そんな美しい凪を一目見ようと、わざわざ椿屋に足を運ぶ者さえいるほどだ。今や凪は椿屋の看板のような存在でもある。


「どうだい、凪。今夜あたり……痛いッ!! 何をするんだ‼」
「薄汚い顔を近付けんな、狸じじぃが。俺は死んでもあんたなんかに体を許さねぇよ」
「なんだと……」
「それに、源泉はまた蘇る。湯玄様がいる限り、源泉が枯れることなんかねぇよ。俺は湯玄様を信じてる」


 そう自分に言い聞かせるように呟いてから、凪は少し離れた小高い丘を見つめる。
 凪の視線の先には古びた神社がひっそりと佇んでいた。

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