出来損ないの花嫁は湯の神と熱い恋をする

舞々

文字の大きさ
11 / 69
二、伝説の巫女

伝説の巫女④

しおりを挟む
「俺が湯玄様の花嫁になる」
「なんだと……」


 その言葉に、一斉に自分に視線を向けられたのを感じる。その視線が痛くて、凪はその場から逃げ出したくなる衝動を必死に堪えた。
 自分がどんな無謀なことを言っているのかなんてわかりきっている。「馬鹿なことを言うな!」と罵倒されることが怖くて、凪はぐっと奥歯を噛み締めた。


 凪だって花嫁になることが不安で仕方がない。なぜなら凪は男だし、まだ十三歳になったばかりの子供だ。
 それでも、自分が生まれ育った村を守りたかったし、湯玄にも会いたかった。
 遠くには、目を見開き「信じられない」といった顔をしている父親がいる。その場が一瞬でどよめきだした。


「お、俺は男だけれど女みたいに綺麗だってよく言われるから、もしかしたら湯玄様に気に入ってもらえるかもしれない……」
 言葉を紡ごうとするのだが、唇が震えて言葉にできないし、呼吸も上手くできなくて息苦しい。凪は着物の袖を力いっぱい握り締めた。
「だから俺が花嫁になる。そして、俺が湯滝村を、椿屋を守ってみせる。絶対に湯玄様に気に入られてみせるから!」
 凪は目にいっぱいの涙を浮かべて、その場にいる村人たちを見渡したのだった。


「馬鹿なことを言うな! 凪は男だし、まだ子供だぞ! それこそ湯玄様のお怒りを買ってしまう」
「……いや。確かに凪は男だが、この村で一番美しいと言っても過言ではない。もしかしたら湯玄様も凪を気に入ってくれるかもしれない」
 その時、そのやり取りを黙ってみていた湯滝村の長老が口を開く。村人たちの視線は一斉に長老へと向けられた。
「凪を花嫁にしよう」
 もう一度、その言葉を噛み締めるように長老が言葉を紡いだ。


「そうだ! 凪を花嫁にしよう!」
「凪に決まりだな!」


 長老の言葉に、皆が一斉に賛同した。長老の意見に反旗を翻すことができる者など、この村にはいないのだ。
 そんな中、凪はそっと父親に視線を移す。凪は花嫁に志願することを父親に全く相談などしていなかったから、こんな話は寝耳に水だったことだろう。今更ながら申し訳ない思いが込み上げてきた。
 凪の父親は目を見開いて呆然としている。
 しかしここまできて「いや、我が家の一人息子を花嫁になんてできない!」などと言えるはずがない。誰かが犠牲になることでしか湯滝村を守れない今、誰かが花嫁になるしか残された道はないのだ。


「父さん、ごめん」
 凪はきゅっと唇を噛み締める。あまりにも強く噛んだものだから、少しずつ血の味が口の中に広がっていった。
 凪の父親は最近体調が優れず、使用人に店を預け臥せっていることが増えてきている。いつも顔色が悪く、少しずつ痩せてきてしまっている姿が痛々しい。


 きっと、父親の体調が優れない原因は、源泉の湯量が減ってきてしまったからだと凪は感じている。次第に遠退いていく客足に心を痛めた父親が、精神的に参ってしまった……そう思えてならない。
 だから、また源泉からお湯が沸きあがるようになれば、椿屋にも客が戻ってくる……そうしたら、きっと父親はまた元気になるはずだ、と凪は願っていた。


「よし、花嫁は凪に決まりだな」
「頼んだぞ、凪」
「……わかった」


 村人たちからの視線を痛いほどに感じながら、凪は大きく頷いたのだった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】ホットココアと笑顔と……異世界転移?

甘塩ます☆
BL
裏社会で生きている本条翠の安らげる場所は路地裏の喫茶店、そこのホットココアと店主の笑顔だった。 だが店主には裏の顔が有り、実は異世界の元魔王だった。 魔王を追いかけて来た勇者に巻き込まれる形で異世界へと飛ばされてしまった翠は魔王と一緒に暮らすことになる。 みたいな話し。 孤独な魔王×孤独な人間 サブCPに人間の王×吸血鬼の従者 11/18.完結しました。 今後、番外編等考えてみようと思います。 こんな話が読みたい等有りましたら参考までに教えて頂けると嬉しいです(*´ω`*)

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

【完結】雨降らしは、腕の中。

N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年 Special thanks 表紙:meadow様(X:@into_ml79) 挿絵:Garp様(X:garp_cts) ※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

雪を溶かすように

春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。 和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。 溺愛・甘々です。 *物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています

溺愛王子様の3つの恋物語~第2王子編~

結衣可
BL
第二王子ライナルト・フォン・グランツ(ライナ)は、奔放で自由人。 彼は密かに市井へ足を運び、民の声を聞き、王国の姿を自分の目で確かめることを日課にしていた。 そんな彼の存在に気づいたのは――冷徹と評される若き宰相、カール・ヴァイスベルクだった。 カールは王子の軽率な行動を厳しく諫める。 しかし、奔放に見えても人々に向けるライナの「本物の笑顔」に、彼の心は揺さぶられていく。 「逃げるな」と迫るカールと、「心配してくれるの?」と赤面するライナ。 危うくも甘いやり取りが続く中で、二人の距離は少しずつ縮まっていく。

処理中です...