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六、神様との喧嘩
神様との喧嘩③
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空が真っ赤に染まり、一番星が瞬き始める。椿屋の玄関に吊るされている大きな提灯にも火が灯された。
「湯玄様、結局戻ってこなかったな……」
凪はかじかむ手に「はぁ」と息を吐きかけながら、湯花神社を見つめた。すぐに機嫌を直して戻ってくるだろう、などと考えていた自分が甘かったことに気付かされる。
「このまま帰って来なかったらどうしよう」
宿の中からは、宴会がはじまるのだろう、賑やかな声がする。
泰富は一生懸命料理を作ってくれているし、虎徹は宴会場に完成した食事をせっせと運んでいた。神様をこんな風に働かせて罰が当たらないだろうか……と不安にもなるが、楽しそうに働いている泰富と虎徹を見ていると、止めることなどできるはずがない。
それどころか、椿屋が徐々に活気づいているのが伝わってくるのだ。
「これが神様の力なのかな」
凪はそっと呟く。また雪を降らせてきた空を一瞬見上げてから、玄関に掛けてある暖簾を下ろした。
「凪、元気ないね? どうしたの?」
「ん?」
足元で声がしたものだから凪が視線を移すと、不安そうな顔をした虎徹がいた。大きな瞳を揺らしながら凪の着物の裾をぎゅっと握り締めている。今にも泣き出しそうな顔をしているものだから、その場にしゃがみ込んで虎徹の頭を撫でてやった。
「ううん。そんなことないよ」
「……もしかして、ボクが椿屋にいることが迷惑だって思ってる?」
「迷惑?」
「うん。何の役にもたてないボクのことを邪魔に感じてるのかなって、不安になったの。ごめんね、ボク何の役にもたてなくて……」
虎徹の瞳から大粒の涙がぽろぽろと溢れ出す。凪は慌てて虎徹の涙を拭ってやった。
「そんなことない。虎徹は仕事を頑張ってくれてるから助かるって、皆が言ってるよ」
「本当?」
「本当だよ。それに、虎徹と泰富様が来てくれてから、椿屋が一気に活気づいた気がするんだ。俺はそれがすごく嬉しい。ありがとう、虎徹」
「うん!」
目にたくさんの涙を浮かべながら笑う虎徹は本当に無邪気だ。凪は虎徹を見ていると、いつの間にか心が穏やかになっているように感じられる。たわしのように硬い虎徹の髪を、もう一度撫でてやった。
「じゃあ、なんで凪は元気がないの?」
「俺、そんなに元気がないように見える?」
「うん。すごく寂しそうだよ」
虎徹に言われるまで、凪は自分が寂しそうな顔をしていることに気が付かなかった。そう言われてみたら、先程からため息ばかりついているような気がする。
「あのさ、俺、知り合い? 友達、かなぁ? ……と喧嘩しちゃったんだ。だから元気がなかったのかもしれない」
「そっか」
「ごめんな、心配かけて。じゃあ、宴会の準備に行こうか?」
凪が立ち上がって宿の中へ戻ろうとした時、虎徹に手を掴まれる。なんだ? と虎徹を見ると、今度は頬を膨らませて怒ったような顔をしていた。
「凪、その人が大事なら仲直りしなくちゃ駄目だよ。ちゃんと『ごめんなさい』って言わなくちゃ」
「はぁ? 仲直り? でもなんで俺が謝らなくちゃいけないんだよ?」
「凪、喧嘩は両成敗だよ。仲直りしたいなら意地を張ってたら駄目だ!」
「でも……」
「でもじゃない!」
これではどちらが子供かわからない。それでも真剣な瞳で自分の顔を見つめる虎徹を見ているうちに、凪の心が揺れ始める。
――そっか。俺は、湯玄様に戻ってきてほしいんだ。
凪は自分の気持ちに気付くと同時に、湯玄と仲直りしたい……と感じていることにも気付かされた。でも、自分から謝るなんて癪だし、なんだか悔しい。だけど湯玄に椿屋に帰ってきてほしい……。
「あー! もうどうしたらいいんだよ」
凪の心が振り子のように大きく揺れる。
「凪、謝っておいでよ。凪が戻ってくるまで、ボクがお仕事頑張るから!」
「でも……」
「凪、頑張って!」
「……わかった。ありがとう、虎徹」
「うん! ボク、笑ってる凪が好きだよ!」
その笑顔を見た凪は思う。虎徹は本当に幸せを呼び込む神様だと。
虎徹は凪が見えなくなるまで手を振りながら見送ってくれたのだった。
「湯玄様、結局戻ってこなかったな……」
凪はかじかむ手に「はぁ」と息を吐きかけながら、湯花神社を見つめた。すぐに機嫌を直して戻ってくるだろう、などと考えていた自分が甘かったことに気付かされる。
「このまま帰って来なかったらどうしよう」
宿の中からは、宴会がはじまるのだろう、賑やかな声がする。
泰富は一生懸命料理を作ってくれているし、虎徹は宴会場に完成した食事をせっせと運んでいた。神様をこんな風に働かせて罰が当たらないだろうか……と不安にもなるが、楽しそうに働いている泰富と虎徹を見ていると、止めることなどできるはずがない。
それどころか、椿屋が徐々に活気づいているのが伝わってくるのだ。
「これが神様の力なのかな」
凪はそっと呟く。また雪を降らせてきた空を一瞬見上げてから、玄関に掛けてある暖簾を下ろした。
「凪、元気ないね? どうしたの?」
「ん?」
足元で声がしたものだから凪が視線を移すと、不安そうな顔をした虎徹がいた。大きな瞳を揺らしながら凪の着物の裾をぎゅっと握り締めている。今にも泣き出しそうな顔をしているものだから、その場にしゃがみ込んで虎徹の頭を撫でてやった。
「ううん。そんなことないよ」
「……もしかして、ボクが椿屋にいることが迷惑だって思ってる?」
「迷惑?」
「うん。何の役にもたてないボクのことを邪魔に感じてるのかなって、不安になったの。ごめんね、ボク何の役にもたてなくて……」
虎徹の瞳から大粒の涙がぽろぽろと溢れ出す。凪は慌てて虎徹の涙を拭ってやった。
「そんなことない。虎徹は仕事を頑張ってくれてるから助かるって、皆が言ってるよ」
「本当?」
「本当だよ。それに、虎徹と泰富様が来てくれてから、椿屋が一気に活気づいた気がするんだ。俺はそれがすごく嬉しい。ありがとう、虎徹」
「うん!」
目にたくさんの涙を浮かべながら笑う虎徹は本当に無邪気だ。凪は虎徹を見ていると、いつの間にか心が穏やかになっているように感じられる。たわしのように硬い虎徹の髪を、もう一度撫でてやった。
「じゃあ、なんで凪は元気がないの?」
「俺、そんなに元気がないように見える?」
「うん。すごく寂しそうだよ」
虎徹に言われるまで、凪は自分が寂しそうな顔をしていることに気が付かなかった。そう言われてみたら、先程からため息ばかりついているような気がする。
「あのさ、俺、知り合い? 友達、かなぁ? ……と喧嘩しちゃったんだ。だから元気がなかったのかもしれない」
「そっか」
「ごめんな、心配かけて。じゃあ、宴会の準備に行こうか?」
凪が立ち上がって宿の中へ戻ろうとした時、虎徹に手を掴まれる。なんだ? と虎徹を見ると、今度は頬を膨らませて怒ったような顔をしていた。
「凪、その人が大事なら仲直りしなくちゃ駄目だよ。ちゃんと『ごめんなさい』って言わなくちゃ」
「はぁ? 仲直り? でもなんで俺が謝らなくちゃいけないんだよ?」
「凪、喧嘩は両成敗だよ。仲直りしたいなら意地を張ってたら駄目だ!」
「でも……」
「でもじゃない!」
これではどちらが子供かわからない。それでも真剣な瞳で自分の顔を見つめる虎徹を見ているうちに、凪の心が揺れ始める。
――そっか。俺は、湯玄様に戻ってきてほしいんだ。
凪は自分の気持ちに気付くと同時に、湯玄と仲直りしたい……と感じていることにも気付かされた。でも、自分から謝るなんて癪だし、なんだか悔しい。だけど湯玄に椿屋に帰ってきてほしい……。
「あー! もうどうしたらいいんだよ」
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「凪、謝っておいでよ。凪が戻ってくるまで、ボクがお仕事頑張るから!」
「でも……」
「凪、頑張って!」
「……わかった。ありがとう、虎徹」
「うん! ボク、笑ってる凪が好きだよ!」
その笑顔を見た凪は思う。虎徹は本当に幸せを呼び込む神様だと。
虎徹は凪が見えなくなるまで手を振りながら見送ってくれたのだった。
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