出来損ないの花嫁は湯の神と熱い恋をする

舞々

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八、酔った過ち

酔った過ち①

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 疫病神が椿屋を去り、泰富に虎徹、佐之助が来て以来、日に日に椿屋の客は増えていった。
 泰富が振舞う料理の評判は上々だし、その料理目当てに訪れる客さえいるほどだ。
 宿の中には「いらっしゃいませ!」という虎徹の元気いっぱいの声が響き渡り、可愛らしい子狐が椿屋の中庭を飛び回っている。


 宿の裏にある畑では、見事に実った白菜や大根の収穫に、佐之助を中心とした使用人たちが大忙しだ。こんなに立派な作物ができたのは何年ぶりだろうか? 歓喜のあまり涙ぐむ者さえいるほどだ。
 突然訪れた神々の力で、椿屋だけでなく湯滝村も少しずつ以前の活気を取り戻しつつある。ただ一つ、源泉の湯量が増えないことを除いては……。


 日に日に湧き出る湯量が減っていく源泉を見ていると、凪は泣きたくなってくる。
 湯玄だって体が辛いだろうに、そんな顔を一切凪には見せてくれない。それが返って凪を不安にさせた。


 湯玄は裏山や中庭から積んできた花々を大きな瓶に手際よくいけている。湯玄は物を美しく見せるという能力に長けていて、宿の中は様々なものが綺麗に飾られている。そのおかげで宿の中は華やかな雰囲気だ。
 最近湯玄は、湯滝村の硝子細工の店に出向き、そこで手に入れた置物を玄関に並べては、宿に来る者の心を癒している。それは、湯の神らしい客へのもてなしのように感じられた。


「神様たちが椿屋に来てくれるようになってから、この宿も大分華やいだね」
「父さん。体調はいいのか?」
「あぁ。今日は大分いい気がする。すまないね、凪。お前には世話をかけっぱなしだ」
「そんなことないよ。今は湯玄様たちがいるんだから、無理することないし」
「いやいや。神様を働かせておいて、店主が寝ているなんて……そんな申し訳ないことはできないよ」
 そう笑う父親の顔は以前に比べて明るいものの、顔色は優れない。長年床に臥せっていた影響がまだ残っているようだった。体に鞭を打って店に出てきているのがわかってしまう分、痛々しさを感じてしまう。


「でも、私は嬉しいよ。椿屋が以前のような賑やかさを取り戻してくれて」
「本当だね」
 父親の視線の先には黙々と仕事をこなす湯玄がいた。


「凪、もうすぐ湯祭りだ。湯玄様を盛大に祀って差し上げようではないか」
「うん。盛大な湯祭りにしたいね」
 凪は父親の背中を優しく擦りながら、頷いたのだった。


◇◆◇◆


「じゃあ、父さんいってきます」
「毎日すまないね。気を付けていってくるんだよ」
「うん。わかってる。父さんも体調が悪いなら、寝てても大丈夫だからね」
 凪は玄関で自分を見送る父親に向かい、手を振った。


 湯滝村には湯花神社の他に、もう一つ隠れた名所がある。それは村人たちから「延命の水」と呼ばれる湧き水で、夏でも冷たい水が滾々と湧き出している。その水は竹筒を通り大きな木の桶に溜められていた。
 延命の水は誰でも飲めるようになっており、この水を飲むと万病に効くと古くから言い伝えられている。そんな延命の水を求めて、全国各地からやってくる旅人も少なくはない。


 凪は父親の為に、延命の水を毎日汲みに行くことが日課となっていた。
 水汲み場は椿屋からかなり遠い場所にあるため、一度にたくさんの水を持ち帰ることができない。それでも、父親に元気になってほしい……そんな思いで、凪は大きな瓶を抱えて足繁く水汲み場へと通ったのだった。


「あれ? ……気のせい、か……」
 凪は、最近この場所に来ると誰かからの視線を感じるようになる。その視線はただ凪を見ているというよりも、ねっとりと舐めまわされている……といったとても不快なものだ。
 誰かに監視されているような、つけられているような……。
 ハッとして辺りを見渡してみるが、そこには誰もいないのだ。
「気持ちが悪いな」
 寒気を感じた凪は慌てて水を汲み、家路を急いだのだった。
 


 
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