出来損ないの花嫁は湯の神と熱い恋をする

舞々

文字の大きさ
58 / 69
九、湯祭り

湯祭り④

しおりを挟む
「よかったぁ! 花火間に合ったみたいだな」
「あぁ。でも其方の言う花火が良く見える場所というのが、まさか湯花神社の屋根の上とは思わなかったがな」
「あはは! ごめん。でも、ここから見える花火はとても綺麗なんだ」
「確かに……綺麗だな」


 凪が湯玄を連れてきたのは湯花神社の屋根の上だった。湯花神社の屋根に上るには、かなりの身体能力が必要だが、近くに生えている大きな桜の木を伝えば何とか辿り着くことができるのだ。
 こんな所に登っていることが親や村人たちにバレでもしたら「この罰当たりめが!」と叱られてしまうことだろう。だから、凪はいつもこっそりとここに登り、一人で花火を堪能しているのだ。ここは、凪だけが知っている秘密の場所だった。


 凪と湯玄が歩く度に、瓦がカチャカチャと音をたてるものだから、瓦がずれてしまわないよう慎重に歩を進めていく。屋根の中央に座り花火を眺めると、先程まで見上げていた花火が目線の高さとなった。


「あ、上がったよ! 湯玄様!」


 鼓膜を震わせるような大きな音と共に、夜空に大輪の花火が開いた。そのあまりの迫力に、心臓がぎゅっと締め付けられるような思いがする。
 打ち上がった花火は原型を留めることはなく、一瞬で火の粉に姿を変え、パラパラと暗い地上へと落ちていく。しかしそんな光景を物悲しいと思う間もなく、次から次へと花火が夜空へと打ち上げられていった。


「綺麗だな」
「え?」
「花火がとても綺麗だ」


 頬杖を付きながら湯玄がポツリと呟く。
 打ち上がる花火と同じ色に湯玄の頬が染まり、それがとても綺麗だと凪は思う。少しの間、凪は花火ではなく湯玄に見とれてしまった。


「実は、私は湯祭りの花火なんて見たことがないのだ」
「は? そうなのか?」
「あぁ。湯祭りの日は村人がどんちゃん騒ぎをするから、その声がうるさくてな。だから今までは申し訳ないと思いつつも遠出をしていたんだ」
「本当に? じゃあ俺たちは、湯玄様のいない神社でお祭りをしていたってこと?」
「ふふっ。そうなるな」


 湯玄の言葉を聞いた凪は肩の力が抜けてしまう。この話を聞いた村人たちは、さぞやがっかりすることだろう。主のいない空っぽの神社でお祭りをしていたなんて、馬鹿らしいにも程がある。


「でもこうやって見る花火は本当に美しい。見てみろ。あの花火は、其方の瞳のように綺麗な青色をしている」
 花火が大きく開くのより一呼吸遅れて、ドンという大地を震わすような音が辺りに響き渡る。そして、夜空には青色の花火が打ち上がった。
「本当に綺麗だな」
 幸せそうに微笑む湯玄を見て、凪の心にさざ波が立つのを感じる。湯玄の肩にそっと手を置いて、その顔を覗き込むと、湯玄が驚いたように凪のほうを向いた。


「あのさ、湯玄様。俺、あんたに聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと? なんだ? そんなに改まって」
「うん、ずっと気になってることがあって……」
 いざ口を開いたものの、躊躇いを感じた凪は静かに俯く。そんな凪を見た湯玄が心配そうに髪を撫でてくれた。


「え? なんで?」
 自分の頭を撫でる湯玄の手を見た凪の呼吸が一瞬止まる。思わず湯玄の手を握り締めた。


「湯玄様の腕……透き通ってる……」
「あぁ、これか。いよいよ神力が弱ってきたせいか、この体を保つことが難しくなってきたのかもしれない」
「そんな……湯玄様、このまま消えちゃうの?」
「かもしれないな」


 寂しそうに笑う湯玄に、凪の心が張り裂けそうになる。なんでそんなこと言うの? と湯玄に縋りつきたい衝動を必死に堪えた。


「私の神力が尽きてきたせいで、あの巫女は普通の人間と同じくらいしか生きることができなかったんだろう。可哀そうなことをした。もう源泉も、この私も、枯れていく運命なのかもしれないな」
「そんなの、嫌だ! 嫌だよ、湯玄様!」
「仕方ない。それが運命だ」


 どんなに泣いてすがったところで、湯玄の命を伸ばすことができないことくらい、凪にもわかっている。
 自分が湯玄の花嫁になることを拒否したばかりに……凪は自分で自分を激しく責め立てた。唇を強く噛み締めると、じんわりと血の味がする。
 凪は意を決して湯玄を見上げた。


「湯玄様、俺、もう一度あんたの花嫁になる。俺の生力をあげるから、だから消えないでくれ」
「凪……」
「口付けだって何度だってするし、抱いてくれても構わない。だからお願い、消えないで……」
 子供のようにポロポロと涙を流す凪を見た湯玄が、ふっと笑う。その笑みさえも透き通って見えて、凪の心が悲鳴を上げた。


「其方はうるさくて敵わん。今までの花嫁はもっとしとやかだったぞ?」
「だって、このままじゃ湯玄様が消えちゃう……」
 凪は肩を震わせて泣く。このままお別れなんて、納得できるはずがない。


「仕方がない。これも運命だ」
「嫌だ、絶対に嫌だ!」
「困ったなぁ……」
 湯玄が困惑したように顔を顰めてから、凪をそっと抱き寄せてくれる。凪はその温かな腕の中に体を預けた。


「もし、今私が命を取り留めたとしても、神と人間の寿命は遥かに違う。だから、私と凪は永遠に一緒にいることはできないのだ」
「そんな……」
「遅かれ早かれ、いつか悲しい別れは来るんだよ。これから先、其方ともっと時間を共にしたら、私はきっと其方のことを今まで以上に愛しいと思ってしまうだろう。そうしたら、私は其方と別れることなんてきっとできない。新しい花嫁なんて、もっての外だ……」


 宥めるように凪の髪を撫で続ける湯玄。
 心臓を叩くように大きな音で上がり続ける花火の音が、凪の世界から消えていくような気がする。


「だから、私たちはこれで終わったほうがいいのかもしれない。今まで気づくことなんてなかったが、湯の神は花嫁のことを本気で愛してはいけなかったのだ」


 花火に映し出される湯玄は綺麗なのに、とても儚く感じられる。今の凪には、湯玄の存在が全てのように感じられた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】ホットココアと笑顔と……異世界転移?

甘塩ます☆
BL
裏社会で生きている本条翠の安らげる場所は路地裏の喫茶店、そこのホットココアと店主の笑顔だった。 だが店主には裏の顔が有り、実は異世界の元魔王だった。 魔王を追いかけて来た勇者に巻き込まれる形で異世界へと飛ばされてしまった翠は魔王と一緒に暮らすことになる。 みたいな話し。 孤独な魔王×孤独な人間 サブCPに人間の王×吸血鬼の従者 11/18.完結しました。 今後、番外編等考えてみようと思います。 こんな話が読みたい等有りましたら参考までに教えて頂けると嬉しいです(*´ω`*)

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

【完結】雨降らしは、腕の中。

N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年 Special thanks 表紙:meadow様(X:@into_ml79) 挿絵:Garp様(X:garp_cts) ※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

雪を溶かすように

春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。 和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。 溺愛・甘々です。 *物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています

溺愛王子様の3つの恋物語~第2王子編~

結衣可
BL
第二王子ライナルト・フォン・グランツ(ライナ)は、奔放で自由人。 彼は密かに市井へ足を運び、民の声を聞き、王国の姿を自分の目で確かめることを日課にしていた。 そんな彼の存在に気づいたのは――冷徹と評される若き宰相、カール・ヴァイスベルクだった。 カールは王子の軽率な行動を厳しく諫める。 しかし、奔放に見えても人々に向けるライナの「本物の笑顔」に、彼の心は揺さぶられていく。 「逃げるな」と迫るカールと、「心配してくれるの?」と赤面するライナ。 危うくも甘いやり取りが続く中で、二人の距離は少しずつ縮まっていく。

処理中です...