狼と兎の幸福論【第一部】

舞々

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第一章 狼が兎に恋する時

兎視点④

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 桜の花弁がヒラヒラと揺れて、穏やかな日差しに思わず目を細めた。
 寛太の腕の中に捕らえられてしまった俺は、どうしたらいいのかわからず、フリーズしてしまう。
 今日朝起きて、卒業式に出席して……今までの中で、どこをどう間違えば寛太に抱き締められるシチュエーションがやってくるのだろうか。


「駄目だ、わかんねぇ……」


 顔を真っ赤にしながら呟いた瞬間、少しだけ寛太から体が離される。
 頭の中が真っ白で、心臓だけがトクトクと甘く拍動を打つ。


 そんな中、目の前で寛太が笑った。
 まるで暖かな春の木漏れ日のように……。


 真っ黒な髪は綺麗に整えられ、日差しを受けて艶やかに輝いていた。
 切れ長で、意思の強そうな瞳に、ふっくらと柔らかそうな唇。
 凄くイケメンって訳ではないのに、人を惹きつける何かを持っている寛太は、性別問わず誰からも好かれた。
 俺よりも、十cm以上高い身長が羨ましい。
 そんな寛太が……俺は、ずっとずっと好きだった……。


「なぁ、航……」


「え?」


「俺は、航がずっと好きだった」


「……え? ……いま、なんて……?」


 胸に突き刺さる、愛の告白。
 涙が出るくらい嬉しいはずなのに……なのに。
 俺の中の悲しいΩが、その告白を真正面から受け止めようとしてくれないんだ。


 俺にまともな恋愛ができるわけないだろう……。
 だって俺は下等なΩだ。


「な、何、冗談言ってんだよ?」

「冗談でこんな事言うかよ。俺は、本気だ」


 その真っ直ぐな眼差しを見れば、それが本気だって言う事が痛い位伝わってきた。
 でもそれと同時に、寛太から高貴なαの匂いが漂ってくるのも感じる。
 気高き、狼のような魂を……。
   

 俺は十八歳になったにも関わらず、発情を体験したことはない。けど、俺が最も恐れている発情期は必ずやってくるだろう。
 発情期を迎えたΩは、その性欲の強さから普通の生活すらままならない。
 定職に付くことさえ難しく、Ωができる仕事と言ったら、自分の体を売る事くらいなのだ。
 それゆえ、社会的に下等と位置付けられてしまった。


 けど仕方ないな、って思う。だって運命には逆らえない。
 俺は……俺は、Ωだ。


 それに、俺には見える。
 寛太は将来、お前と同じ優秀なαの番と結婚して、その才能を受け継いだ子供達に恵まれるんだ。
 いいなぁ。絵に描いたような幸せな家庭だ。
 寛太には、きっと輝かしい未来が待ってる。


 だから、だからさ……。


「ごめんね。俺はお前のことを恋愛対象には見られないよ」

「そ、そっか……そうだよな。ごめん!」


 俺の目の前で、手を合わせて頭を下げる寛太を見て、涙が零れそうになったから、それを必死に我慢した。
「今のは忘れてくれ」
 寛太は子供みたいに微笑んだけど、その瞳に涙が一杯たまっていたのを、俺は見て見ぬフリをした。


「じゃあね、寛太……」


 俺の大好きな人。
   

 でもね、こんな俺にも夢があるんだ。
 それは、大好きな人に俺の初めてをあげること。そしてその人と:番(つがい)になること。
 その人の子供を身籠れたら、本当に素敵だね。


 こんなの、本当にバカらしい夢物語かもしれないけど……俺は信じてるんだ。
 だって何かに縋っていなければ、Ωとしての運命を抱えて、生きてなんかいけないから。


 だから寛太は、俺なんかのことは忘れて、立派なαとしての幸せを掴んでほしいんだ。
 大好きだからこそ『さよなら』しなきゃいけない。
 俺なんかを好きになってくれてありがとう。
     

 大好きだったよ……。


「バイバイ、寛太!」


 俺は精一杯の笑顔で、少しずつ離れて行く寛太に手を振った。




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