狼と兎の幸福論【第一部】

舞々

文字の大きさ
9 / 36
第一章 狼が兎に恋する時

兎視点⑧

しおりを挟む
 ついに、ついに……、この時が……。


「嫌だ!嫌だ!」


 俺は十九歳になる年まで、発情期を迎えたことがなかった。
 もしかしたら、このまま発情なんか起こらずに、一生を終えることができるのではないか……とさえ感じていたのだ。
 なのに、なんでなんだよ……!!
 所詮、自分はΩだった。
 自分の甘っちょろい考えに、心底が腹がたって仕方ない。


「嫌だ、嫌だよぉ!!」


 体も心もしんどくて、体を丸くしてただただ全身の熱さに耐える。
 全身が痙攣し、口からは子供のように涎が溢れ、目からはボロボロと涙が零れる……こんな無様な姿を寛太になんか見られたくない。


 それなのに、気持ちとは裏腹に、全身から溢れ出すΩ特有の甘ったるい匂い。このフェロモンで、自分の意志とは裏腹にαを誘惑してしまうのだ。
 必死に体を起こし、這ってでも寛太の家から出ようとした瞬間。  


「航!! 大丈夫か!?」


 真っ青な顔をした寛太に抱き起こされる。


「お願い……だから、さ、触らない……で」
 息も絶え絶えに呟けば、
「バカが、放っとけるわけねぇだろうが!?」
 情けないことに、俺はヒョイッとお姫様抱っこをされ、寛太の寝室に担ぎ込まれた。
 ベッドに寝かされ、不安そうな顔で覗き込まれる。その瞳からは再び大粒の涙が溢れていて。
  

 また泣いてるのか……? 意外と泣き虫なんだなぁ。


 そんなことを冷静に思う。
 半ば呆れている俺の頭を、心配そうにそっと撫でてくれた。


「大丈夫か……? 調子が悪いのか?」


 ごめん、心配かけて。
 でも早く何とかしないと、お前まで発情ラットしちゃう……それだけは、何としてでも防がないと。


「寛太。悪いんだけど、リュックのポケットの中に薬が入ってるから、それを取ってもらってもいい?」
「え? あ、うん。これ?」
「うん、それ。サンキュー」
 寛太が取り出してくれた薬を、意を結して口に放り込んだ。
  

 それは、いつ発情が起きても対処できるよう、発情の症状を軽減させてくれるΩにしたら必需品の薬だ。
 俺も、もしもという時のために必ず携帯していた。それが、こんな形で役にたつなんて……。  
 本当に皮肉だよなぁ……。


 生まれて初めて飲む薬に少しだけ戸惑いながらも、とにかく狂ってしまいそうな欲情と熱さから逃れたいと思った。
 口に薬を放り込めば一瞬で溶けてしまい、口内に苦い薬の味が広がる。
  

「大丈夫、大丈夫だ。薬が効いてくれば治まるはずだ」
 自分で自分に言い聞かせ、ただただ辛い現状を耐え凌ぐ。
  

 それでも、いくら鈍感な俺でも自分の体に起こる変化を感じていた。
 αを受け入れる秘部は熱くなり、トロトロと蜜が溢れ出している。αを誘惑するためのフェロモンの匂いはどんどん濃くなって行った。


 寛太にだけは襲いかかるなんてことがないように。どうか最後に残された理性よ、頑張ってくれ。
 寛太には、絶対嫌われたくない。
 絶対に、嫌われたくないんだ。
     

 俺は、ベッドに綺麗に敷かれたシーツを鷲掴みにして、初めて感じる発情に……必死に抗ったのだった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

とろけてまざる

ゆなな
BL
綾川雪也(ユキ)はオメガであるが発情抑制剤が良く効くタイプであったため上手に隠して帝都大学附属病院に小児科医として勤務していた。そこでアメリカからやってきた天才外科医だという永瀬和真と出会う。永瀬の前では今まで完全に効いていた抑制剤が全く効かなくて、ユキは初めてアルファを求めるオメガの熱を感じて狂おしく身を焦がす…一方どんなオメガにも心動かされることがなかった永瀬を狂わせるのもユキだけで── 表紙素材http://touch.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=55856941

トップアイドルα様は平凡βを運命にする【完】

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

二人のアルファは変異Ωを逃さない!

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
★お気に入り1200⇧(new❤️)ありがとうございます♡とても励みになります! 表紙絵、イラストレーターかな様にお願いしました♡イメージぴったりでびっくりです♡ 途中変異の男らしいツンデレΩと溺愛アルファたちの因縁めいた恋の物語。 修験道で有名な白路山の麓に住む岳は市内の高校へ通っているβの新高校3年生。優等生でクールな岳の悩みは高校に入ってから周囲と比べて成長が止まった様に感じる事だった。最近は身体までだるく感じて山伏の修行もままならない。 βの自分に執着する友人のアルファの叶斗にも、妙な対応をされる様になって気が重い。本人も知らない秘密を抱えたβの岳と、東京の中高一貫校から転校してきたもう一人の謎めいたアルファの高井も岳と距離を詰めてくる。叶斗も高井も、なぜΩでもない岳から目が離せないのか、自分でも不思議でならない。 そんな岳がΩへの変異を開始して…。岳を取り巻く周囲の騒動は収まるどころか増すばかりで、それでも岳はいつもの様に、冷めた態度でマイペースで生きていく!そんな岳にすっかり振り回されていく2人のアルファの困惑と溺愛♡

アルファのアイツが勃起不全だって言ったの誰だよ!?

モト
BL
中学の頃から一緒のアルファが勃起不全だと噂が流れた。おいおい。それって本当かよ。あんな完璧なアルファが勃起不全とかありえねぇって。 平凡モブのオメガが油断して美味しくいただかれる話。ラブコメ。 ムーンライトノベルズにも掲載しております。

生き急ぐオメガの献身

雨宮里玖
BL
美貌オメガのシノンは、辺境の副将軍ヘリオスのもとに嫁ぐことになった。 実はヘリオスは、昔、番になろうと約束したアルファだ。その約束を果たすべく求婚したのだが、ヘリオスはシノンのことなどまったく相手にしてくれない。 こうなることは最初からわかっていた。 それでもあなたのそばにいさせてほしい。どうせすぐにいなくなる。それまでの間、一緒にいられたら充分だ——。 健気オメガの切ない献身愛ストーリー!

オメガ大学生、溺愛アルファ社長に囲い込まれました

こたま
BL
あっ!脇道から出てきたハイヤーが僕の自転車の前輪にぶつかり、転倒してしまった。ハイヤーの後部座席に乗っていたのは若いアルファの社長である東条秀之だった。大学生の木村千尋は病院の特別室に入院し怪我の治療を受けた。退院の時期になったらなぜか自宅ではなく社長宅でお世話になることに。溺愛アルファ×可愛いオメガのハッピーエンドBLです。読んで頂きありがとうございます。今後随時追加更新するかもしれません。

氷の支配者と偽りのベータ。過労で倒れたら冷徹上司(銀狼)に拾われ、極上の溺愛生活が始まりました。

水凪しおん
BL
※この作品には、性的描写の表現が含まれています。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。 オメガであることを隠し、メガバンクで身を粉にして働く、水瀬湊。 過労と理不尽な扱いで、心身ともに限界を迎えた夜、彼を救ったのは、冷徹で知られる超エリートα、橘蓮だった。 「君はもう、頑張らなくていい」 ――それは、運命の番との出会い。 圧倒的な庇護と、独占欲に戸惑いながらも、湊の凍てついた心は、次第に溶かされていく。 理不尽な会社への華麗なる逆転劇と、極上に甘いオメガバース・オフィスラブ!

「出来損ない」オメガと幼馴染の王弟アルファの、発情初夜

鳥羽ミワ
BL
ウィリアムは王族の傍系に当たる貴族の長男で、オメガ。発情期が二十歳を過ぎても来ないことから、家族からは「欠陥品」の烙印を押されている。 そんなウィリアムは、政略結婚の駒として国内の有力貴族へ嫁ぐことが決まっていた。しかしその予定が一転し、幼馴染で王弟であるセドリックとの結婚が決まる。 あれよあれよと結婚式当日になり、戸惑いながらも結婚を誓うウィリアムに、セドリックは優しいキスをして……。 そして迎えた初夜。わけもわからず悲しくなって泣くウィリアムを、セドリックはたくましい力で抱きしめる。 「お前がずっと、好きだ」 甘い言葉に、これまで熱を知らなかったウィリアムの身体が潤み、火照りはじめる。 ※ムーンライトノベルズ、アルファポリス、pixivへ掲載しています

処理中です...