狼と兎の幸福論【第一部】

舞々

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第三章 狼の涙が枯れた時

狼視点①

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 強い強い狼だって、愛する兎を想い涙を流すことだってある。
 涙が枯れる程泣いて泣いて、その涙が枯れた時……。
 愛し合う狼と兎には何が待ってるんだろうか。


 俺はそれが知りたい。
 怖くて仕方ないけど、どうしても知りてぇんだ。


🐺🐺🐺


 眩しい日差しに目を覚ます。
 どれくらい寝たんだろうか。体は鉛のように重く、泣き腫らした目は上手く開けることさえできない。
「ダリィなぁ」
 小さく呟いて頭を掻きむしる。
  

 隣で穏やかな寝息をたてて眠る:航(わたる)を、もう一度強く抱き締めた。
 手離したくなかったから。
  

 首に痛々しく残る噛み跡……その傷には、まだうっすらと血が滲んでいた。それはΩが番と深い絆で結ばれた証拠。
「そんな傷、見たくねぇよぉ」
 また涙がこぼれそうになるのを、必死に我慢した。唇を精一杯噛み締めて、もっともっと強く航を抱き締めた。


 番なんかに、こいつを渡してたまるかよ。
 運命なんか、俺がぶっ壊してやる。


 精一杯虚勢を張ってみるものの、涙が次から次へと頬をつたった。
 もう泣かないって決めたのに。


「寛太、寛太……泣かないで」


 優しい優しい航の声。
 目を覚ました航が、心配そうな顔で俺を見つめていた。


「泣かないで……俺は寛太が大好きだよ」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の心をかろうじて支えていた何かが、ポキッと音をたてて崩れ去っていくのを感じる。
「航……航……しんどいよぉ……めちゃくちゃ辛い……!!どうしたらいいんだよ……!! 航……」
 涙はまるでどしゃ降りの雨のように流れ落ち、嗚咽すら我慢できない。
 子供のようにしゃくり上げながら、航を抱き締めた。離したらどこかに行ってしまいそうで……。
 離したらいけないと、本能が警笛を鳴らす。


「寛太……泣かないで?」
 腕の中の航が、俺の背中を優しく擦ってくれる。
 優しい優しい航。


 なんでこんなことになっちまったんだよ…どうしてもこの疑問に戻ってしまって、先へ進めない。
 いつまた航を襲うかもしれないヒートに怯え、それでも運命に抗いながら生きて行かなくてはならない不安。
 馬鹿みたいにその不安が俺を押し潰そうとする。


 その時、航が囁いた。
 穏やかな、優しい甘い声で。
 その言葉に俺は一瞬言葉を失ったけど、それも有りかな……とも思った。


「アホが、そんなこと考えてる暇があんなら……」
 航の頬を、軽く平手で叩く。
「キスしようぜ……」
 甘く囁いて、優しく柔らかく唇を奪う。


 航は俺とキスをするのが大好きだったよな。
 俺だって、お前とキスするのがめちゃくちゃ好きだ。


「俺のこと好き?」
 つい真顔で問えば、少し困った顔をしたあと大好きな笑顔を見せてくれた。
「当たり前でしょ?」
「ちゃんと言ってよ!」
 子供みたいに駄々を捏ねた。


 不安だったから……ちゃんと航の口から、航の気持ちを言って欲しかった。


「ちゃんと言ってくれ……頼むから……」


 力無く瞳を閉じれば、唇に柔らかくて温かいものが触れた。


「愛してるよ。俺は寛太だけを愛してる」


 フワッと微笑んだ。
 その笑顔に、ボロボロだった心が救われる。


「この思いだけは、何があっても変わらない」


 この言葉を信じて、前に進める気がした。
 いつの間にか涙も止まって、最後に残る感情はやっぱり航が好きだっていう思いで……。俺の心は満たされる。
 もう、どうしようもないんだな、って思う。


 本当は、今お前を抱きたいんだけど、番がいるΩは番以外と交尾をしたがらないから……止めておけと自分に言い聞かせる。
 また、傷つくだけだから。
 

「なぁ航……俺の気が済むまで『愛してる』って言ってよ」
「え~! 照れくさいじゃん」
 顔を真っ赤にして照れる姿が可愛くて、思わず笑ってしまった。
「お願いだから……」
 甘えた声を出して、顔を覗き込めば溜め息をついた。どうやら観念したようだ。


「愛してる、愛してる、愛してる………」


 馬鹿が付く程真面目なこの男は、顔を真っ赤にしながらも一生懸命俺の為に『愛してる』を繰り返してくれた。


 俺はその呪文のような愛の告白を、胸に刻み目に焼き付けようと必死になる。
 お前に本当に愛されているか不安になったときに、俺はきっとこの言葉を思い出すから。
「ね~、まだ?いい加減恥ずかしいんだけど…」
 

 あっ、メチャクチャ可愛いじゃん。
 つい顔が綻んでしまう。


「はぁ? 全然足んねぇんだけど?」


 意地悪く微笑めばプンスカ怒り始める。


 こんな当たり前の時間が、どんなに大切で奇跡の連続だったのかを思い知らされる。
「愛してる」
 想いを伝え合って……深い深い、それでいて甘いキスをした。


 何があっても離れないように……。
 発情期ヒートなんか来ないように……。


 そう、祈ることしかできなかった。





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