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幕間 とある村の末路

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 ひっそりと人々が暮らす小さな村、そこでは細やかではあるが日々小さな幸せが生まれていた、あの日までは……。

「うぃ、ひっくっ、あー、ったく何が警備の強化だ、五人しか居ねぇのに、どうしろつんだよ、バカ村長がぁ」

 酒を飲みつつ、千鳥足で愚痴をこぼす兵士、この村の警備責任者である。

「だいたいよぉ、あの冒険者もよけいなことしやがってぇ、そのせいでよけい俺の立場が悪くなったじゃあねぇかよぉ」

 昼間拐われた村人を偶然通り掛かった冒険者が助けた、その事により村では、冒険者を雇い入れ、兵士には出ていってもらうべきではと意見が出始めたのだった。

「たくよぉ、何が冒険者だっつんだよぉ」

 このままでは、自分のやってきた事が明るみになるのは時間の問題、その事を忘れるためか、はたまた冒険者への怒りを忘れるためか、酒に溺れていた。

カッ、コッ、カッ、コッ。

「あぁん?」

 前から見たことのある三人が歩いてくる、確か昼間の冒険者が連れていた。

「なんだぁ、お前ら村に入ってたのかぁ?」

 村に入らずに帰れと言った自分を無視され、腹の底がむしゃくしゃするのを覚える、歩いてきたのは少女、少年、美女、無視された怒りと共に、美女に対しての征服願望が沸き上がる。

「………お前らぁ、駆け出しの冒険者だろぉ?駐在している兵士の指示を無視するとぉ、資格を剥奪されるぞぉ?」

 勿論そんな事はない、が、この兵士はそう言えば駆け出しの冒険者は言いなりになるのを経験済みだ、以前試しに言ってみたら面白いように言いなりになった、その事に味をしめたこの兵士は度々無知な冒険者を食い物にしていた。

「それが嫌ならぁ、そこの女はぁ、俺と来るんだ、そうすれば仲間も咎めないぞぉ」

ボキンッ!

 何か変な音がしたが構わずに女の腕を掴もうと手を伸ばす、しかしなかなか上手く掴めない、そこでようやく自分の腕があらぬ方向に曲がっているのに気づく。

「ひぃっ、ひいぎゃぁぁ!腕が、俺の腕がぁ!」

「汚ない手で触らないでちょうだい、穢らわしい」

 顔を上げると、まるで虫を見るような目で女が見下ろしていた。

「でもメロウいいの?」

「構わないわ、そんなルールが有ろうと無かろうと、この者も他の村人と同じようになるだけよ」

 良く見ると女の後ろからはゆらゆらと近づいて来る、村人の姿があった。

「あ、あぁ………タクト様の為にぃ……全てはタクト様の為に」

 皆一様に焦点の合わない目をして、目的の様なものを呟いているが、それが何なのかは理解できない。

「ひ、ひぃっ!バ、バケモノ!」

 逃げようと後ろを振り向き駆け出すが、目の前に炎の壁が現れる。

「逃がす、はず、ない」

 少女が残酷に告げる。

「た、頼む、金ならいくらでも払うから、命だけは」

「あら?命を奪うなんて、一言も言って無いと思うわよ?」

「そうだよ!これから君はタクト様の為に生きるんだよ?」

「とても、栄誉な事」

 そう言って、女が近づいて来る。

「ひぃっ、嫌だ、いやだぁぁ!」

 女の眼を見ていると何かが頭の中に流れ込んでくる、眼を反らしたいが反らすことができない、自分の意識が塗り替えられていく。

「あぁぁ……タクト様の為に………」

 終わった頃には、タクト様の役にたつことがどれだけ幸せな事か理解していた。

「ふふふ、さぁ、行きなさいタクト様の為に」

 こうして一つの村の夜は更ける。

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 ーーーとある村の冒険者による調査報告書ーーーー
 ギルド長に言われ、名目上は村近郊の生態調査として村を訪れた。

 まず村にたどり着いて直ぐに異常だった、この村では警備の兵士が冒険者に対して粗暴な事が知られており、理由がないと村に泊まる事が出来ない等のトラブルが良く発生していた、入り口に着いた時点で兵士から嫌な視線を受けるのも度々あった、今回もそうであろうと思い入り口に行くと歓迎を受けた。

 普段ではあり得ない兵士の歓迎の言葉を聞き、強力な魔物が現れたなど、それほどの事態が起きているのか、兵士に尋ねるも、そんな事は無く村は至って平和だと言う。

 ここまで、兵士の態度が変わるのだから、兵士長が変わったのだと推測した、あの兵士長の事だから横領がバレたのじゃないかと思う。

 村に入り調査をするが、異常な光景だった、いや、本来なら普通なのだが、この村では異常だった、この村では兵士と村人の仲が悪いのが有名で絶えずいざこざが有り、村に居ずらい空気が流れていたが、現在では村人と兵士が笑顔で挨拶をし、手の空いている村人が自警団として兵士の手伝いをしている、酒場では、非番の兵士が村人と杯を交わしている姿さえあった。

 念のため報告と偽り村長の家を尋ねた、そこには件の兵士長が居り村長と談笑していた。

 最も仲の悪い二人が談笑している姿を見て寒気がした、あそこまで仲の悪かった二人が今や談笑しながらお茶を飲んでいる、良い事なのだろうが恐怖を感じる。

 適当にでっち上げた報告を済ませ、ギルド長のもう一つの依頼であるタクトと言う冒険者について質問しようと、その名を声に出した瞬間、村長と兵士長の態度が一変した、動きが止まりただひたすらに"タクト様の為に"と呟くばかりになった、何を言っても返事をせず、ただ呟くばかり。

 しばらくすると何事も無かったように談笑をし出した、まるで人間の皮を被った人形が住む村になってしまったようだ、本来なら一泊する予定であったが身の危険を感じたため調査は切り上げる。

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 以降この村は人形村と呼ばれるようになる。
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