退役した俺の恋人は元上司で

しろい えのぐ

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 アレックス・ジャクリーンは何とかエリオット中佐のお気に入りとなったことで、事なきを得たが彼の選んだ道はとてつもない苦難の道だった。なぜなら、彼女…エリオット・スタンリー中佐の行為は国軍の中でも最も重い刑罰を与えられることだからだ。つまりは、下手をすれば首をはねられることも…仲間に銃口を向けられることも覚悟しなければならないのだ。しかし、彼女の信念は揺るがなかった。その理由をアレックスは知らなかったが、彼女の情熱的な瞳と、無表情に似合わない幼顔に嘘は吐けなかった。
 アレックスは戦争が嫌いだ。軍学校では銃の使い方から人の殺し方まで教育されてきたが、本当は人間を撃ちたくはない。人を殺すということは、もし、自分が最悪の事態になった時の選択肢の中に人を殺して生きるという選択が増えるという事。つまりは、いつか自分は自分のために人を殺すようになる。それが嫌だった。

 本を読みながら暖炉に当たっている。外は朝から雪が降って、すっかり積もってしまった。この身体では雪が降ってしまえば家から出ることが出来ない。となると、買い物はできないのでエリオットに頼むことになる。が、今回は話が違う。
 アレックスは一人で椅子に背を傾けながら、本を閉じて机の上に置いた。
 愛しの恋人は昨日から明日にかけて、3日間の中央支部への出張だ。忙しい大将は、自らの意向でいまだに東方支部の副司令官という立場にいるが、実際のところ大将という階級を手に入れた彼女は、本来であれば中央支部の上層部に首を突っ込んでいてもおかしくはない。寧ろ、こんな東方支部の副司令官という枠に収まっていること自体がおかしいのだ。
 結果として、スタンリー大将は東方支部に居ながらも一か月の間に中央支部や東西南北。全ての支部に出向いては、会議をして隣国との交渉や貿易などに参加している。つまりは、引っ張りだこ状態。彼女が東方支部にいる時間は一か月のうち半分もないと言ったほうがいいだろう。しかし、こうしてアレックスが東方で待っている以上、エリオットは必ず帰ってくるのだ。
 彼女は戦場での評価も高いが、その頭の良さから今の上層部にも相当信用されている。今や、隣国との戦争が停戦し、交渉などで食い止めているのはエリオットのおかげと言っても過言ではないだろう。相手を不快にさせない佇まいや話し方、しぐさ。何もかも、彼女にとっては計算の一つだ。すべてはこの国が上手くいくために。
 しかし、エリオットの身は一つだ。やれ中央で呼ばれたと思えば次は南、次は北、また中央と何度も呼び出されるおかげで彼女の出張は半月に及ぶことだってある。そんなことをいつまでもしていたら、彼女の身が持たないだろう。ただでさえ身体の割には飯を食わない人だ、忙しさにかまけて食事もおろそかになっているに違いない。
 こういう時、自分の両足があったら。ついて行ってあげられるのに。
 アレックスは布団が掛けられた足を握り締めた。いや、命があるだけで素晴らしいと思え。生きているからこそ、今もこうしてエリオットと二人で暮らしていられる。いくら半月帰ってこなくとも、生きていれば会えるのだから。
 彼女が帰ってきたら目一杯抱きしめてあげよう。そして大好きなシチューとパンを用意して、ラザニアも作ろう。彼女は少食だが、暖かいものが大好きだ。ああでも、この前シチューは作ったばかりだからポトフでもいいな、とアレックスは本棚に近づくと料理本を手に取った。
 料理本は、彼女と一緒に暮らすようになってからちょこちょこと集めていたものだ。普通の家庭料理から少し豪華な料理の作り方まで載っている本を買い漁っていたのだ。その中で、アレックスがたまたま手に取ったのは簡単に作れるパンのレシピだった。
 パン屋が近くにあるから、パンは作ったことがない。材料ならあるだろうが、手間を考えるとどうしても手が出ないのがパンだ。しかし、アレックスが作ったパンを美味しそうに頬張るエリオットの姿を思い浮かべただけでやる気はマックスだ。
 よし、と意気込んだ瞬間に電話が鳴った。滅多にならない電話に驚きながら、アレックスは急いで電話を取る。
「はい、もしもし」
『アレックスか?』ずっと聞きたいと思っていた声が聞こえてきた。幼顔に似合わない落ち着いた声。しかし、どこか女性らしさが残っていて、今や愛おしく思うその声。
「…エリー、どうしたんですか。いきなり電話してきて…」
『私が電話してはいけないのか』
「いや、そうじゃないですけど。珍しいからどうしたのかなって。まさか何かありました?出張長引くとか?」出張が長引いたり、他の支部へ行かなくてはならくなってしまう時、エリオットは必ずアレックスに連絡をくれる。本来ならば、部下に伝達すれば手間もかからないというのに、わざわざ電話をくれるのだ。しかし、多忙が故に電話ができない際にはアレックスのもとに友人のベネットが来てくれるのだ。だから電話がかかってくること自体が珍しい。
『違う。今日は色々あって、出張が今日までになったんだ。それで、もう東方にはついているんだが…雪がひどくてな』
「ああ、そうですか…どうします?マリアさんなら車出してくれるんじゃないですかね」
『着込んでいるし、帰る分には問題はない。君に聞きたいことがあって連絡したんだ』
「なんですか?ああ、ご飯ならまだできてないですよ。まだこんな時間ですし」と時計を見ると、まだ5時を過ぎた頃だった。いつもなら5時半ごろから準備を始める。
『そうか。こんな天気だ、準備するのも大変だろう。何か買って帰るから、のんびりしていてくれ。雪はすごいが、店はまだ十分開いているからな』
「えっ、そんな悪いですよ。何なら今から作りますから…大将は心配しないで」
『私がそうしたいと思ったんだ。いいから言うことを聞け、雪で傷口も痛むだろう。暖炉でしっかりと身体を温めておけ』
「…分かりました。そこまで言うなら」彼女の言葉に押されて、アレックスは口をつぐんだ。
 確かにこんな天気、足の悪い自分が外の出ていったとしても車椅子が突っ掛かって動けなくなるのが関の山だ。そうなると、この寒さであれば数時間もしないうちに投資してしまうだろう。だからこそ、エリオットはアレックスのことを思って外に出るなと言ったのだ。しかし、
「エリーも疲れているでしょう。そんな大層なものは買わなくていいですから、気を付けて、まっすぐ帰ってきてくださいね」
『分かっている。私がこの雪の中、そんな失態を起こすと思うか?』
「…思いませんよ、思いませんけど。これは元部下としての心配じゃなくて、恋人として心配しているんです。まだ雪は強くなるし…」
 これだけ積もった雪は、まだまだ勢いを増すとラジオで言っていた。もう夜も更けてくる時間だ。エリオットが自宅に着くころには雪もこんこんと降っていることだろう。彼女のことだ、魔術でも使って身体を温めているとはいえ、完全に寒さを防げるわけではない。
 彼女は以前、北方支部で戦っていた。北方と言えばその名の通り、毎日雪が降り続ける都市だ。北方支部はただでさえ寒さで生き残るのが難しいと言われている都市だ。そこで数年間生き抜き、戦い続けた彼女にとって東方の雪などどうということはないのだろうが。
 軍人の一人として考えるならば、それは大して気にすることではない。しかし、アレックスにとってエリオットは大切な恋人だ。恋人が寒い雪の中、一人で歩いてくると考えるだけでじっとしていられない。それが男というものだろう。
『心配するな。十分に暖かい服を着ている。君は暖かくして待っていてくれ。恋人として心配というならば、私はこの寒さで傷口が痛むであろうアレックスのことの方が心配だ。無理は絶対にするなよ、上官命令だ』
 ガチャン、と一方的に電話が切られる。勢いがあったので少し機嫌が悪くなってしまったのかもしれないな、なんてアレックスは考えながら頭をかいた。
 これではどちらが彼氏なのか分からないな。さながら、アレックスは家で旦那の帰りを待つ新妻もいいところだ。エリオットが男勝りなのはもちろんのこと知っていたが、ここまで来ると男としてのプライドもある。ぐぬぬ、と言うも電話はすっかり切られており。アレックスは受話器を置いた。
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