奪われる人生とはお別れします 婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました

水空 葵

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第2章

83. side 魔法の正体

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 シエルが国境沿いの山を越えようとしている頃のこと。
 アルベール王国の王宮には今日も多くの人が列を作っていた。

「順番を守らなければ投獄します! 必ず一列に並んでください!」

 今日は週に一度、平民でも手が届くだけの金額で聖女様からの治療を受けられる日だから、警備も厳重になっている。
 普段の貴族のみが受けられるような治療は王宮で行われているが、今日は王宮の隣にあり平民でも立ち入ることが許されている大聖堂で治療が行われている。

 この特別な日は二度目で、一度目には我先にと人々が押し寄せた結果、死者が出るような大惨事となってしまった。
 聖女であっても死者を蘇らせることは出来ない。だから、悲劇を二度と起こさないようにと、誘導係の人数も増やされていた。

 けれども、この場に居る全員、今の聖女様の魔法の正体は知らずにいた。
 それは大聖堂の奥、聖女アイリスが座っている祭壇に控えている司祭や護衛、さらにはアイリスに寄り添っている王子でさえも知らないことだ。

「では、目を閉じて下さいまし」

「はい……」

 アイリスの言葉に従って、怪我をしている人が目を閉じる。
 その直後、周りの者達の目には治癒魔法特有の淡い光が映る。

 しかし実際は治癒魔法特有の光など現れておらず、闇魔法の気配がするだけだ。

「終わりましたわ」

「ありがとうございます……!」

 今も血が滲み続けている傷口を見てからお礼を言っているのは、彼の目には跡を残さずに傷が消えているように見えているから。
 周りの者達にも同じように見えており、血がとめどなく溢れてしまうような怪我を一瞬で治したものだと信じて疑わなかった。

 だから誰もアイリスの魔法を疑うことをせず、次々と病人や怪我人に魔法がかけられていき、列が途切れる頃にはすっかり辺りは闇に包まれていた。
 
そうして、この日訪れた人の実に半分近くが、二度と姿を見せなくなったという。



 翌日、グレーティア領にある屋敷では、シエル達を見送り終えたアレンとリリアが領民達一人一人に魔法をかけようと、準備を進めていた。

「お兄様、服装はこれでも大丈夫でしょうか?」

「それでは駄目だ。農村に行けば虫が沢山いる。刺されないように、顔以外の肌が見えないように」

「分かりましたわ」

 どこかの聖女とは違い、アレン達は自ら領民達の元へと足を運ぶ算段だ。
 そもそもグレーティア領は伯爵家という家格にしては広大であり、馬車を持たない領民達を移動させるのは現実的ではない。

 どこかの聖女はそれを分かっていながら、王宮の隣で待ち構えるということしかしていなかったのだが……それは関係のないお話。

「護身のための武器は持った方が良いですわよね?」

「ああ。治安は良くなったが、襲われない確証が無いからね」

「でも、力で抑えられたら太刀打ちできる気がしませんわ。
 お兄様みたいに力がある訳でも、お姉様みたいに繊細な動きが出来る訳でもありませんから……」

「だが、先を見通す力は俺やシエルよりも優れている。不穏な気配にもすぐに気付けるというのは、身を守るうえで一番大事なことだ。だから自分が劣っていると思わない方が良い」

「そうでしたのね……。少し自信が出てきましたわ」

 言葉を交わしながら、旅に必要な道具を揃えていく二人。
 使用人達の手もあって、準備は予定していた時間よりも一時間ほど早く終わっていた。

 そうして無事に領内を巡る旅へ向かったアレン達は、この日のうちに領地で暮らす人々全員に魔法をかけ終えていた。

「いつの間にか村ごと魔法をかけられるようになったんだね」

「お姉様が教えてくれましたの。魔力も余裕がありますから、明日で終わりそうですわ」

「それは心強いな。
 リリアは魔力も多かったのだな」

「お兄様も大概だと思いますわ……。
 害虫に侵された畑を丸ごと焼き払うなんて、人とは思えませんもの」

 今日もグレーティア邸は平和だ。
 たった一つの問題を除いて。

「シエルお嬢様……毛生え薬はまだでしょうか?」

 アレン達の両親の行動によって数を減らしてしまった執事の毛髪がまだ戻っていないという問題以外は、全て順調だった。

「お兄様、あの執事さんに洗脳をかけた方が良いと思いますわ……」

 心の病は治癒魔法では治せない。けれど闇魔法があれば改善することが出来る。
 執事はまだ病には至っていないけれど、リリアの目にはすぐに治療が必要なように映っている。

「ああ、お願いしても良いか?」

「もちろんですわ」

 だから、アレンの許可が出るとすぐに、洗脳の魔法を利用して頭髪が気にならないようにした。

 こうして、唯一の問題もひとまず解決。
 グレーティア邸は今日も笑顔にあふれていた。
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