奪われる人生とはお別れします 婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました

水空 葵

文字の大きさ
44 / 72
第2章

100. 復讐する相手

しおりを挟む
「怪我をしているのは貴方で合っていますか?」

 侍女を気絶させる機会を伺っていると、座っている私の目線に合わせるようにして、アイリス様が膝を床についた。

 私がまだ王太子殿下の婚約者だったころは、私を見かける度に睨みつけてきていたから、こんな風に視線を合わせるような配慮をされるとは思わなかった。
 正体を知ったら、どんな態度をされるか分からない。

 でも、アイリス様よりもカグレシアン公爵様の方が許せない存在なのよね。
 だからエリスと交わした約束を守るためにも、カグレシアン公爵様を地の底に突き落とすためにも、アイリス様をこの王城から助けることを諦めたくはないわ。

「はい、合っています」

「怪我のところ、見せて貰えるかな?」

「はい……」

 痛みで表情を歪めているように見せながら、ゆっくりと袖を持ち上げていく。
 その間にクラウスが一切音を立てずに立ち上がる。

 部屋の扉のところで待っている侍女は私の腕に気を取られていてクラウス
の動きには気付いていない様子。
 だから、侍女がクラウスに意識を刈り取られるまで時間はかからなかった。

 ゴンッという鈍い音が響いた直後、侍女が声を上げる間もなく私とアイリス様の方に倒れてくる。
 演劇でよく見る、首に手刀を打ち込むやり方では気絶しないから、クラウスは侍女の後頭部を拳で殴っていた。

 このままだと命に関わってしまうから、すぐに治癒魔法をかける私。
 同時に、アイリス様が悲鳴を上げても大丈夫なように、私達を囲うようにして防音の魔法を使った。

「いや……死にたくない……」

 幸いなことに、アイリス様は怯えている声を漏らしただけで済んだから、外にはこの中で起きていることは知られていないと思う。
 だから、私は彼女よりも姿勢を低くしてから口を開いた。

「貴女に危害を加えるつもりはありませんわ。
 私たちはアイリス様、貴女を助けに来たのですから。
 怪我も嘘だから、心配しなくても大丈夫です」

 そう口にしながら、正体を偽るための魔法を解く。
 けれど私に嫌悪感は抱かなかったようで、表情に変化はなかった。

「そんなの、信じられないわ。
 この国の貴族は噓をついて私と妹を引き裂いたの!」

「私達の味方をするなら妹さんとも会わせられるけれど、判断は任せますわ」

「……私を嫌っていたのに、どうしてそこまでするの?」
 
「あの浮気男から引き離してくれたお礼よ。
 このままだと、アイリス様はカグレシアン公爵家に消されることになるわ。
 妹と安全に暮らしたいなら、私達の味方をしなさい」

 嫌がらせをしている側はあまり恨まないということは噂に聞いていたけれど、アイリス様も例に漏れないらしい。
 彼女から受けた嫌がらせは王太子殿下との仲を引き裂くようなものに限らず、私の仕事を増やすようなこともあったから、思い出すと怒りを感じてしまう。

 でも、今は感情で動く時ではないから、我慢して返事を待つ。

「分かった……。具体的にどうすればいいの?」

「アイリス様は洗脳の魔法が使えるのよね?」

「そうみたい……」

「その魔法で、すれ違った人が私達を認識出来ないようにして欲しいの」

「やってみる」

 念には念を入れて、私も魔法をかけていくつもりだけれど、アイリス様にいつ裏切られるか分からないから、分かりやすいようにしておいた方が良いのよね。
 だから私達に気が向かないようにしてから、音を立てないように部屋を出た。



 部屋を出てからは、拍子抜けするほど順調に進むことが出来た。

 一番の理由は、私が妃教育を受けている頃よりも警備の人数が少ないこと。
 これは予想だけれど、怪我や病気をした人が居なくなってしまって、一気に人手が減ったのだと思う。

 仮にカグレシアン公爵様が王位を狙っているのなら、警備が薄くなるのは好都合なのよね。
 だから何も手を加えずに放置されている……。そう考えた方が納得できる。

「……思っていたよりも簡単に出られたな」

「そうね。
 アイリス様、ここからしばらく歩くことになりますけれど、大丈夫でして?」

「アイリスで大丈夫。
 もう聖女ではないから……。か弱い貴族と一緒にしないで欲しいの」

「分かったわ」

 そうして歩くこと一時間ほど、無事に王都の外に出ることが出来た私達はワイバーンの背中に乗って空へと舞った。
 ここから帝都までは三時間ほど。その間に、アイリス様から王城での出来事を聞き出していく。

 話してみて分かったのは、アノールドクズ王子がアイリスには即飽きて、今度は十二歳の侍女見習いに手を出していたこと。
 そして国王夫妻は国民が不審死していることには目もくれず、ただ豪遊していたこと。
 カグレシアン公爵は仕事をしているように見せて、全て自分よりも立場が低い人に丸投げしていたこと。

 その仕事のほとんどはアイリスに押し付けられていて、昼間は治療で夜は執務と眠る暇がなかったらしい。

 でも、それだけで終わらなかった。

 あまりにも王家が酷すぎて、見切りをつけた護衛達が次々と辞めていったこと。
 残っていた護衛はストレスが溜まって、アイリスにも手を出そうとしてきたこと。

 ……聞けば聞くほど地獄絵図が描かれていくものだから、頭を抱えたいどころの話じゃないわ。
 アイリスは聖女として権威の代わりに使われていて、しっかりと休めなかったらしい。

「ずっと休めなかったから、いつも眠くて……命令だったけれど、シエル様に嫌がらせした罰だよね……。
 ごめんなさい、シエル様。嫌がらせをしてしまって、本当にごめんなさい」

 全てを吐き出したアイリスは反省しているみたいで、涙を流していた。
 でも、人の本性は簡単には変わらないから、簡単に許していいのか分からない。

「赦すかどうかは、これからのアイリス次第よ。
 期待しているわ」

「ありがとう……ございます。
 少し寝ても良いですか?」

「ええ、構わないわ」

 疲れているという言葉は偽りではなかったみたいで、移動中に私に寄りかかってきたと思ったら、そのまま眠られてしまったのよね。
 こんな状態だから、軽い仕返しをする気分ではなくなってしまった。

「こんな状態で仕返しなんてしたら、私は悪魔になるわね」

「これが天罰と言うのだろうな
 シエルが辛い思いをしなくて済むように、神が罰してくれたんだよ」

「そう思うことにするわ。
 それに、無事にカグレシアン公爵様と王家の罪を暴けても、王都の人達には恨まれているのだから、平穏には暮らせないのよね」

「そうだな。これから生きようと思ったら、趣味の悪い貴族の欲の捌け口として雇われるくらいしか思いつかない。
 更生させるという名目で俺達の召使いにするという手もあるが、シエルは嫌だろう?」

「それでも構わないわ。
 悪趣味な貴族に売るのは気が引けるもの」

 そもそも、アイリス様が私に嫌がらせをしてきていたのは、カグレシアン公爵様の命令があってのこと。
 不本意な行動だったのだから、これ以上辛い思いをさせるのは違うと思う。

「でも、その前に……元凶をこの世から消したいわ」

「笑顔で随分と怖い事を言うな?」

「だって、元凶をなんとかしないとお兄様達が危ないもの」

「そうだな。
 アイリスとエリスにも協力させたら、多少は今後のためにもなるだろう。
エイブラム邸に戻ったら、しっかりと話し合わないといけないな」

「ええ、そうね。
 これからもっと忙しくなりそうだわ」

「俺も全力を尽くすから、一緒に頑張ろう」

「ええ、頑張りましょう」

 私がアイリスの抱き枕代わりになってしまっているから、クラウスとは手を重ねるだけで我慢した。
しおりを挟む
感想 67

あなたにおすすめの小説

結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。

山田 バルス
恋愛
 結婚三年目の春、エマは伯爵家の夫アンドレオから突然、側室を迎える話を告げられる。子をなせなかったことを理由に、彼女は僅かな補償のみで離縁された。妻として過ごした三年間は「無価値だった」と突きつけられ、エマは貴族社会から静かに切り捨てられる。  また実家の父母の墓参りに行くと、当主になっていた兄に離縁金を奪われてしまう。  大ピンチのエマには、秘密があった。なんと彼女は幼少期に前世の記憶を思い出していたのだ。  かつて観光地で石を磨き、アクセサリーを作り、人に喜ばれる仕事をしていた人生。何も持たない今だからこそ、もう一度「自分の手で生きる」ことを選び、あの人が住む商業国家スペイラ帝国へ向かう決意をする。  国境への道中、盗賊に襲われるが、護衛兵ロドリゲスの活躍で難を逃れる。彼の誠実な態度に、エマは「守られる価値のある存在」として扱われたことに胸を打たれた。  スペイラ帝国では身分に縛られず働ける。エマは前世の技術を活かし、石を磨いてアクセサリーを作る小さな露店を始める。石に意味を込めた腕輪やペンダントは人々の心を掴み、体験教室も開かれるようになる。伯爵夫人だった頃よりも、今の方がずっと「生きている」と実感していた。  ある朝、ロドリゲスが市場を訪れ、エマの作ったタイガーアイの腕輪を購入する。ところがその夜、彼は驚いた様子で戻り、腕輪が力を一・五倍に高める魔道具だと判明したと告げる。エマ自身は無意識だったが、彼女の作るアクセサリーには確かな力が宿っていた。  後日二人は食事に出かけ、エマは自分が貴族の妻として離縁された過去を打ち明ける。ロドリゲスは強く憤り、「最悪な貴族だ」と彼女と一緒になって怒ってくれた。その気持ちが、エマにとって何よりの救いだった。彼は次に防御力を高める腕輪を依頼し、冒険者ギルドで正式な鑑定を受けるよう勧める。  翌日、冒険者ギルドで鑑定を行った結果、エマの腕輪は高い防御効果を持つことが判明。さらに彼女自身を鑑定すると、なんと「付与特化型聖女」であることが明らかになる。聖女が付与した魔道具は現実の力として強く発現するのだ。  価値がないと切り捨てられた人生は、ここでは確かな力となった。スペイラ帝国で、聖女エマの新しい人生が、静かに、そして輝かしく始まる。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。