奪われる人生とはお別れします 婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました

水空 葵

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第2章

105. 爵位のこと

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 昼食から二時間ほどが過ぎた頃のこと。久しぶりの平穏な時間でのんびりと読書をしていると、私宛の手紙が届けられた。
 差出人はお兄様だったから、読書の手を止めて封筒を開けようとする私。

けれども、そんな時。再び部屋の扉がノックされて、手にしていたナイフを机の上にそっと置いた。

「クラウスだ。入っても良いだろうか?」

「今開けさせるわ」

 隣で控えていた侍女に合図を出して、部屋の扉を開けてもらう。
 この部屋の扉に鍵はかけていないけれど、侍従に扉を開けさせるのは怪しい人が忍び込んだ時に備えてのことらしい。

 仕事を増やしてしまって申し訳ないと思ってしまうのだけど、侍女から見ると仕事が奪われて逆に困ってしまうみたいだから、ここに居る間は侍女にしっかり指示を出すように決めたのよね。

「何かあったかしら?」

「暇だから、ゆっくりお茶でもと思ったんだ」

「これを読んだら私も暇になるから、少し待ってもらえるかしら?」

「分かった。ここで床になっているよ」

「床じゃなくて椅子にして欲しいわ……」

 扉の前に陣取ろうとするクラウスの手をとって、ソファに促す私。
 彼がソファに座ったところを見てから、机の上に置いていた封筒を手にして、隣に腰を下ろす。

「それはお兄さんからか?」

「ええ。いつもより厚いから、時間がかかってしまうかもしれないわ」

「ゆっくりで構わない。シエルと一緒に居られるだけでも十分だからね」

 何やら甘い言葉が聞こえてきているけれど、既にナイフを封筒に触れさせているから、中身を切ってしまわないように慎重に刃を進めていく。
 いくら小さなナイフでも、力を入れすぎたら中身や手を切ってしまう。

 治癒魔法のお陰で血祭にはならなくても、痛いものは痛いのよね。

「ありがとう。私もクラウスと一緒に居られるだけで幸せだわ」

 ナイフを握っているから手を重ねることは出来ないけれど、代わりに肩を触れさせた。



 程なくして手紙を読み終えた私は、視線をクラウスの方に向けた。
 手紙の内容が嬉しい事だったから、つい頬が緩んでしまう。

「そんなに良い事だったのか?」

「ええ、すごく良い事だったわ。
お兄様が正式に爵位を譲り受けたみたいなの」

「本当……なのだな?
無事に解決しそうで良かったよ」 

 彼の口調はいつものように落ち着いている。
 でも、口角が上がっているのはすぐに分かった。

 貴族で他人の幸福を祝える人は中々居ないけれど、クラウスはいつだって私の事でも彼自身のことのように喜んでくれる。
 だから……一緒に居る時間は本当に幸せなのよね。

「……カグレシアン公爵家の問題が片付けば、アルベール王国でも安心して過ごせそうだね。シエルの家の領地のことも気になっているから、落ち着いたら案内して貰えないだろうか?」

「もちろん! 楽しんで貰えるように頑張るわ」

「ありがとう。シエルが気になっていたら、サフレア王国も案内するよ」

「本当に良いの?
 色々あったのだから、無理しないで?」

お兄様に爵位が移ると決まって安心出来ている私と違って、クラウスはサフレア王国での問題が片付いた訳では無いのよね。
けれど、サフレア王国に行ってみたい気持ちがあるから、様子を伺いながら問いかけてみる。
 
「構わない。国王である父と命を狙うような揉め方はしていないのだ。
 王位継承権も早々に放棄したお陰で、兄達の争いにも巻き込まれずに済んだ。
 そういう訳だから、カグレシアン公爵の問題が片付いたら国中を案内しよう」

「ありがとう。今から楽しみだわ」

「流石に気が早すぎると思う……」

「楽しむ目的の旅行はまだ出来ていなかったもの。楽しみで仕方がないの」

「ああ、確かにそうだったな。
 俺も楽しみだよ」

 そう口にしてから、照れ臭さを隠すようにお茶を一気の飲み干すクラウス。
 お顔が少し赤いのは……きっとお茶が熱いせいよね?

 ……なんて思ったけれど、私の頬もきっと赤らんでいる気がしたから、目立たないようにと手紙に視線を落とす。
 手紙の中身は、最初に読んだときと変わらない。

お兄様が正式に伯爵になってすぐに、お父様とお母様と二人に盲目的に従っている使用人達を、領地の外れにある別荘に押し込めること。
前伯爵夫妻として相応しいくらいの生活が送れるように、最低限の援助をすることなどが書かれている。

贅沢によって財政を悪化させていた両親でも、私達兄妹をここまで育ててくれたことは事実だから、その恩を仇では返したくないということみたい。
私もそれには賛成だから、受け入れるという趣旨の返事を送ることに決めている。

しっかりと監視も付けるみたいだから、領地で厄介事は起こらないはずだわ。



 問題はカグレシアン公爵様のことなのだけど……。

「誰か来たようだ」

「えっ?」

「魔力の気配がしたからね」

 アイリス達への聞き取りを気にしたとき、クラウスがそんなことを口にする。
 来訪者に備えて淑女の仮面を張り付けると、すぐに部屋の扉がノックされた。

「グレンです。エリスとアイリスの件でお話したいことがあるので、時間を頂けませんか?」

 その言葉を聞いて私が立ち上がると、クラウスは既に部屋の扉の前に立っていた。
 視線で私の意志を確認しようとする彼に向かって頷く私。

 すぐに扉が開けられると、グレン様はこんなことを口にした。

「シエル嬢の部屋に入るのは気が引けるので、応接室でお話しましょう。
 予想していたよりも多くの情報を引き出せました」

「分かりました」

「分かりましたわ」

 アイリス達から多くの情報が引き出せた。
このことだけでも未来が明るくなったような気がして、少しだけ身体が軽くなったように思えた。



あの会話の後、私達は応接室に移動することになった。
テーブルの上には既に資料が並べられていて、分かりやすい目印も付けられている様子。

 軽く目を通しただけでも、私が欲しかった情報が目に入ったから、説明よりも先に全て読み込みたくなってしまう。
 でも、そんな行動はマナー違反だから、我慢して話の続きを待つ私。

「大事な情報ですが、ここと……ここにあります。
 まず、カグレシアン公爵の狙いについてですが、アイリスが闇魔法を用いて聞き出していたことが分かりました」

「そうでしたか。カグレシアン公爵が闇魔法の対策をしていないのは、予想出来ませんでした」

「ええ、私も言葉を疑いました。しかし、闇魔法で嘘を言えない状態にしていたので、間違いないでしょう」

 書かれている目的は、私達が可能性として考えていた王位の簒奪だった。
 けれど動機の方は、信じたくないものが書かれている。

「奴隷制の復活に、一夫多妻制の復活。そして女性から一切の権利を剥奪することも企んでいたようです。
 どれも私欲を満たすことが目的でしょう」

「酷いですわ……。
 でも、あのお方なら考えていても不思議ではありませんの」

「シエルがそう言うのなら、間違い無いでしょう。
 フレイムワイバーンの件があるので、カグレシアン公爵は野放しに出来ません」

 私の言葉に続けて、深刻そうな声色で口にするクラウス。
 魔物を呼び寄せる魔法を災厄級と呼ばれる魔物に用いられたら、今度こそ国が滅びるような事態になってしまう。

 だから、取り返しのつかないことになる前にカグレシアン公爵様の動きを止めないといけないのよね。

「シエル嬢。カグレシアン公爵を洗脳することは出来ますか?」

「人を洗脳したことが無いので、分かりませんわ。
 でも、魔物には出来ていますから、練習すれば大丈夫だと思いますの」

「分かりました。では、使用人を何人か付き合わせるので、練習する時間を作りましょう」

「分かりましたわ」

 使用人さんには申し訳ないけれど、カグレシアン公爵様を止めることの方が大事だから、やるしかないのよね。
 協力してくれる使用人さんに負担がかからないように工夫すれば、きっと大丈夫だと思う。

「練習なら、俺が実験台になっても良い」

「クラウス殿、それはいけません。
 よく知っている相手なら操るのも容易でしょうから、練習にならないのですよ」

「そうでしたか。失礼しました。
 使用人に負担がかかりますが、それは大丈夫ですか?」

「万が一に備えて、専属の魔法使いも控えさせます。
そして、使用人達はシエル嬢のことを揃って信頼しているので、文句も出ないと思います」

 クラウスの言葉にそう返すグレン様。
 この場に使用人の姿は無いけれど、しっかり屋敷の中のことにも目を通しているグレン様の言葉なら、信じられるのよね。
 一番はセフィリア様に聞くことだけれど、今はお茶会でここには居ないから、ないものねだりだわ。

 ……そんなことを考えていると、不意にグレン様が立ち上がる。

「そろそろ皇帝陛下と約束している時間になるので、一旦席を外します。
 この資料には目を通していただけると助かります」

「分かりましたわ」

「分かりました」

 私達が頷くと、大急ぎで部屋を飛び出していく。
 もしかしたら遅れそうなのかもしれない。そう思うと、少しだけ心配になってしまった。

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