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第2章
128. 始まったばかりなので
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『アルベール王国はアルベール公国に変わった。
もう国内の混乱は落ち着いていて、これから新しく設けた議会で次の国の長を決めることになる。
命を狙われる心配は無くなったから、シエルも安心して過ごしてほしい。
追伸。
結婚式の日程が決まったら、すぐに教えてください。絶対に行きます』
今日は私が伯爵位を受けることに決めてからちょうど半月。
アイリス達が強制労働の刑に処されることに決まってエイブラム邸で監視をされながら侍従として日々働くようになって、エイブラム邸には多少の変化が起きた。
それでも私達の生活は変わらなくて、今日はフィーリア様達のお茶会に参加している。
昨日お兄様から送られてきたばかりの手紙の内容はすっかり帝国にも広まっていて、今日のお茶会の話題も最初はアルベール王国改めアルベール公国の話題から始まった。
けれど、フィーリア様達は殿方と違って政治のことでは盛り上がらないから、すぐに次の話題へと変わって、今はその話題が終わったところ。
次は何の話題になるのかと話を聞いていると、覚悟していた言葉が耳に入った。
「そういえば、シエル様が半月後にご結婚されると風の噂で聞きましたの。
突然すぎて驚きましたわ」
「半月後……でして?
まだクラウスと話し合っているところですから、その噂は間違いですわ」
お兄様からの手紙のお陰で今の私は安心して過ごせていて、社交界の噂集めもしているのだけど、この噂は初めて耳にするから思わず聞き返してしまう。
いくら私とクラウスの仲が良くても、貴族だからすぐに結婚とはならないのよね。
「そうでしたのね。いつ頃にするかは決めていますの?」
「新しい家が完成してからにしようと思っていますわ。だから結婚式の準備も進めていますの」
普段のドレスとは違って、ウェディングドレスは仕立てるのに時間がかかるから、今のうちから準備をしないと間に合わない。
大抵は結婚式の半年以上前から準備をするから、ドレスと新しい家の完成は同じくらいの時期になるはずなのよね。
「お屋敷の方は半年も経たずに完成すると噂ですから、シエル様の結婚式がわたくし達の中で最初になりそうですわね」
「シエル様とクラウス様が最初だと、私の結婚式は見劣りしてしまいそうですわ」
「シエル様、私達の後にご結婚されてもよりしいのですよ?」
「あら、シエル様の幸せを奪おうとしていますの?」
私を羨む声が増えてくると、フィーリア様がそう口にして諫める。
周りから私は羨まれているみたいだけど、内心ではすごく不安なのよね。
昨日はクラウスの衣装と私のドレスの試作品を試してみたのだけど、姿見の前に並んだら彼の方が明らかに輝いて見えたのよね。
花嫁が花婿に負けるなんて悲しいことにはしたくないから、色々な方に相談して回っていたりする。
「奪うつもりはありませんわ。
シエル様もクラウス様も本当にお美しいですから、羨ましいのです」
「お気持ちは分かりますわ。
シエル様とクラウス様に勝てる気がしませんもの」
「本当にお似合いのお二人ですから、今から楽しみですわ」
……周りの評価は私とクラウスが並んでも、どちらかが見劣りするとは思われていないみたいだけど。
クラウスには「シエルにだけは勝てないよ」と嬉しそうに言われたから、私の感覚がおかしいのかしら?
「あまり期待されると不安になってしまいますわ……」
「シエル様とクラウス様なら絶対に成功しますから、もっと強気になって良いと思いますの」
早くこの話題から抜け出したいのに、この後も陽が傾くまで私の話題で持ち切りになってしまった。
そうして無事にお茶会を終え、約束通りにクラウスの部屋に向かう。
お茶会でのことを思い出すと羞恥心に襲われてしまうから、天井の模様の数を数えながら足を進めた。
「お待たせ」
「お茶会お疲れ様。楽しめた?」
「今日は少し恥ずかしかったわ。
クラウスとの関係をあれこれ聞かれてしまったの。だからいつもより疲れてしまったわ」
「それは大変だったね。
俺がその場に居れば、シエルへの愛を喧伝したが……」
「私が恥ずかしさでどうにかなってしまうから、遠慮しておくわ」
「それは残念。
日が暮れる前に、そろそろ行こう」
「ええ、そうしましょう」
クラウスの言葉に頷いて、差し出された手をとる私。
いつものように私と同じ歩幅に合わせてくれている彼の隣に並んで、馬車寄せへと向かった。
「気を付けて」
「ありがとう」
今日はドレスだから、慎重に馬車へと乗り込む。
クラウスも今日は礼服に近い見た目の服を身にまとっているから、丁寧な身のこなしで私の隣に腰を下ろした。
それから間もなく馬車が動き出して、数分で目的地に到着する。
先に降りたクラウスの手を借りて私も馬車を降りると、目の前には綺麗な花々が咲き誇っている様子が目に入った。
「もうこんなに完成しているのね。驚いたわ」
「庭園は殆ど完成しているみたいだね。今日こんなに綺麗な花が見られるとは思わなかったよ」
ここは私達の新しい家の正面に広がる庭園。
クラウスの要望で私の好みに合うようにと、エイブラム家の庭師さんを中心に作られた場所だから、ずっとここに居たいくらい癒されるのよね。
エイブラム家の庭園も好きだけれど、ここの方が落ち着く気がする。
建物の方はまだ工事中だから時折何かをたたく音が響いているけれど、それすら気にならないくらい。
「夕日のお陰でお伽噺の中に来たみたいだわ。
あの芝生の上に行ってみましょう! きっと気持ち良いわ」
「あまりはしゃぐと危ないぞ」
はやる気持ちを抑えきれなくて、芝生の丘の上に小走りで向かう私。
一番高くなっているところに立つと、クラウスが少し呆れたような表情を浮かべながら近づいてくる。
そして彼の後ろからは、木材を担いだ四人の男性の姿も見えた。
「そこの二人、見ない顔だが……」
「何失礼なこと言ってるんだ! あのお二人はシエル・グレーティア様と彼氏さんだぞ!」
「ああ、シエル様とクラウス様か! 本当に綺麗な人だな……まるで聖女様と王子様だ」
「まるで、は余計だぞ。シエル様は聖女としか思えないようなことをしているらしいし、クラウス様は本当の王子様だという噂だ」
「マジかよ!? 滅茶苦茶やる気出てきたぞ!
夜通し工事とかふざけるなと思ってたけど、シエル様とクラウス様のためなら納得だ」
「そう言って油断すると怪我するぞ。張り切りすぎるな」
今日は風が吹いていないから、まだ遠くの声でもはっきりと聞こえてくる。
普通ならこの時間は工事をおやすみしているはずなのに、こんなに遅くまで頑張ってくれているなんて……申し訳ないのに嬉しいと感じてしまった。
「遅くまでありがとう!」
だから手を振りながら声をかける私。
「お疲れ様!」
クラウスも同じように声をかけると、すぐにこんな言葉が返ってきた。
「「ありがとうございます!」」
帰ってきたのはこの一言だけれど、これだけで心が満たされたような気がした。
「次はあの中に行ってみないか?」
「ええ、行ってみましょう!」
工事をしてくれている四人を見送ってから、私の膝ほどの高さに広がる花の絨毯の中に入る。
ここは細い石畳が敷かれているから、花を傷付けずに花に囲まれる場所みたい。
真ん中まで行くと四人ほどが座れそうな広さの芝生になっていたから、クラウスの手を引いてそこに腰を下ろす。
すると、クラウスは私と向かい合うようにして腰を下ろした。
「シエル、左手を借りても良いかな?」
「良いけれど……何をするの?」
いつになく真剣な眼差しを向けられて、戸惑いながらも左手を差し出す。
すると、赤い宝石……ルビーが煌めく指輪を薬指に嵌められた。
「これって……」
「渡すのが遅くなって申し訳ない。
婚約指輪だよ」
「そういえば、まだだったわね。
すごく嬉しいわ。ありがとう」
リングの部分は私の髪色に似た紫がかった銀色で、宝石はクラウスの瞳に似た色。
意識したのかは分からないけれど……ルビーには『愛情』の意味があって、幸福を招くとも言われているから、きっとお守りにもなると思う。
クラウスの左手薬指にも同じ指輪がいつの間にか嵌められているから、私の手を並べてみる。
「気に入ってもらえて良かった。
改めて……シエル、君を幸せにすると誓う」
「私も、クラウスを幸せにすると誓うわ」
クラウスを抱き締めようとしたら、彼から先に抱き締められる。
考えていることは同じみたいで、些細なことだけれど嬉しい。
そして、クラウスの手が私の頬に触れると、少しずつ顔が近付いてきた。
私は目を瞑って受け入れて……初めて唇を重ねた。
◇
「シエル様、すごくお綺麗ですわ」
「ありがとう。皆のお陰だわ」
「いいえ、おじょ……シエル様は元からお綺麗ですわ。私達は少しお手伝いをしただけですから」
初めて唇を重ねた日から半月。無事に結婚式の日を迎えた私は純白のドレスを身に纏い、そんな言葉をかけられていた。
この場に居るのは、私が雇うことになった新人の侍女たち。
……といっても、エイブラム家とグレーティア家から引き抜いた方が半数くらいだから、技術はかなりのものなのよね。
さっき「お嬢様」と言いかけている侍女が居たのは、彼女がグレーティア家で私の専属だったから。
何年もそう呼んでいたから、中々抜けないみたい。
それが微笑ましくて、つい表情が緩んでしまう。
「そろそろ新郎様のところに参りましょう」
「ええ、分かったわ」
……みっともないことは出来ないから、控室を出る前に表情は取り繕った。
「やっぱり何度見ても綺麗だよ。今すぐ抱き締めたくなる」
「ドレスが崩れるのでおやめください、クラウス様」
控室を後にして、先に準備を終えて待っていたクラウスと目が合うと、すぐにそんな言葉が飛び交う。
彼から視線を少し動かすと、お兄様やリリア、そして両親の姿が目に入った。
リリアやお父様お母様とは色々あったけれど、今は娘思いの優しい両親と姉思いの妹だから、今日の招待状を送ったのよね。
最近はお兄様が上手く立ち回れるようにと陰で支援もしているみたいで、私とは定期的に手紙のやり取りをするくらいには仲直りもした。
「シエル……絶対に幸せになるのだぞ。辛いことがあったら、いつでも帰ってきて良い。
クラウス殿。娘に辛い思いをしたらタダでは済まさない。絶対に幸せにしてやってくれ」
「ありがとうございますわ。絶対に帰らないので、安心してください!」
「……まだ怒っているのか?」
「怒ってなんていませんわよ?」
お父様は目に涙を浮かべていて、お母様は感動のあまり涙を零してしまっている。
お化粧が崩れたりしないか心配だわ……。
「家にいる時……辛い思いをさせてしまってごめんなさい。
私にはもう何も出来ないけれど……幸せになるのよ」
「もう気にしていないから、大丈夫ですわ。
必ず幸せになります」
酷い仕打ちを受けたことは、もう解決したこと。
だから、今も罪悪感を覚えているお母様には強い口調なんて使えない。
「お姉さま、結婚おめでとうございます。
本当に綺麗ですわ……少し嫉妬してしまいそうです。
でも、私はもっと幸せになって見せますから! だから……不幸になんてならないでください」
「ふふ、ありがとう。
リリアのウェディングドレス、楽しみにしているわね」
それからお兄様とレイフからもお祝いの言葉をかけられていると、あっという間に式の時間になって、私達は各々の場所へと向かった。
式が始まると、私はお父様のエスコートで赤い毛氈の上をゆっくりと歩いていく。
視線の先の祭壇の前にはクラウスが笑顔でこちらを見ていて、少し周りを見回すと帝国やアルベール王国、さらにはサフレア王国の方の姿も見えた。
祭壇の前に辿り着くと、お父様からクラウスへと私の手が渡る。
爽やかな笑みを浮かべる彼はやっぱり輝いて見える。
私も笑顔を浮かべているけれど、どちらが綺麗に見えるのかは分からない。
そうして私達は永遠の誓いをして、無事に夫婦になった。
何かが大きく変わったりはしないから実感が湧かないけれど、会場に集まった人たちから盛大に祝われたのは言うまでもない。
「こんなに幸せなことってあるのね」
「大丈夫。もっと幸せにするから」
「私も負けないように、クラウスのこと幸せにするわ」
もう何も奪わせないし、奪わない。
そう決めているから、クラウスとはお互いに幸せにしていきたい。
幸せな日々はまだ始まったばかりだもの。
Fin.
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いいね・エール・お気に入り登録をしてくださり、また最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。
もう国内の混乱は落ち着いていて、これから新しく設けた議会で次の国の長を決めることになる。
命を狙われる心配は無くなったから、シエルも安心して過ごしてほしい。
追伸。
結婚式の日程が決まったら、すぐに教えてください。絶対に行きます』
今日は私が伯爵位を受けることに決めてからちょうど半月。
アイリス達が強制労働の刑に処されることに決まってエイブラム邸で監視をされながら侍従として日々働くようになって、エイブラム邸には多少の変化が起きた。
それでも私達の生活は変わらなくて、今日はフィーリア様達のお茶会に参加している。
昨日お兄様から送られてきたばかりの手紙の内容はすっかり帝国にも広まっていて、今日のお茶会の話題も最初はアルベール王国改めアルベール公国の話題から始まった。
けれど、フィーリア様達は殿方と違って政治のことでは盛り上がらないから、すぐに次の話題へと変わって、今はその話題が終わったところ。
次は何の話題になるのかと話を聞いていると、覚悟していた言葉が耳に入った。
「そういえば、シエル様が半月後にご結婚されると風の噂で聞きましたの。
突然すぎて驚きましたわ」
「半月後……でして?
まだクラウスと話し合っているところですから、その噂は間違いですわ」
お兄様からの手紙のお陰で今の私は安心して過ごせていて、社交界の噂集めもしているのだけど、この噂は初めて耳にするから思わず聞き返してしまう。
いくら私とクラウスの仲が良くても、貴族だからすぐに結婚とはならないのよね。
「そうでしたのね。いつ頃にするかは決めていますの?」
「新しい家が完成してからにしようと思っていますわ。だから結婚式の準備も進めていますの」
普段のドレスとは違って、ウェディングドレスは仕立てるのに時間がかかるから、今のうちから準備をしないと間に合わない。
大抵は結婚式の半年以上前から準備をするから、ドレスと新しい家の完成は同じくらいの時期になるはずなのよね。
「お屋敷の方は半年も経たずに完成すると噂ですから、シエル様の結婚式がわたくし達の中で最初になりそうですわね」
「シエル様とクラウス様が最初だと、私の結婚式は見劣りしてしまいそうですわ」
「シエル様、私達の後にご結婚されてもよりしいのですよ?」
「あら、シエル様の幸せを奪おうとしていますの?」
私を羨む声が増えてくると、フィーリア様がそう口にして諫める。
周りから私は羨まれているみたいだけど、内心ではすごく不安なのよね。
昨日はクラウスの衣装と私のドレスの試作品を試してみたのだけど、姿見の前に並んだら彼の方が明らかに輝いて見えたのよね。
花嫁が花婿に負けるなんて悲しいことにはしたくないから、色々な方に相談して回っていたりする。
「奪うつもりはありませんわ。
シエル様もクラウス様も本当にお美しいですから、羨ましいのです」
「お気持ちは分かりますわ。
シエル様とクラウス様に勝てる気がしませんもの」
「本当にお似合いのお二人ですから、今から楽しみですわ」
……周りの評価は私とクラウスが並んでも、どちらかが見劣りするとは思われていないみたいだけど。
クラウスには「シエルにだけは勝てないよ」と嬉しそうに言われたから、私の感覚がおかしいのかしら?
「あまり期待されると不安になってしまいますわ……」
「シエル様とクラウス様なら絶対に成功しますから、もっと強気になって良いと思いますの」
早くこの話題から抜け出したいのに、この後も陽が傾くまで私の話題で持ち切りになってしまった。
そうして無事にお茶会を終え、約束通りにクラウスの部屋に向かう。
お茶会でのことを思い出すと羞恥心に襲われてしまうから、天井の模様の数を数えながら足を進めた。
「お待たせ」
「お茶会お疲れ様。楽しめた?」
「今日は少し恥ずかしかったわ。
クラウスとの関係をあれこれ聞かれてしまったの。だからいつもより疲れてしまったわ」
「それは大変だったね。
俺がその場に居れば、シエルへの愛を喧伝したが……」
「私が恥ずかしさでどうにかなってしまうから、遠慮しておくわ」
「それは残念。
日が暮れる前に、そろそろ行こう」
「ええ、そうしましょう」
クラウスの言葉に頷いて、差し出された手をとる私。
いつものように私と同じ歩幅に合わせてくれている彼の隣に並んで、馬車寄せへと向かった。
「気を付けて」
「ありがとう」
今日はドレスだから、慎重に馬車へと乗り込む。
クラウスも今日は礼服に近い見た目の服を身にまとっているから、丁寧な身のこなしで私の隣に腰を下ろした。
それから間もなく馬車が動き出して、数分で目的地に到着する。
先に降りたクラウスの手を借りて私も馬車を降りると、目の前には綺麗な花々が咲き誇っている様子が目に入った。
「もうこんなに完成しているのね。驚いたわ」
「庭園は殆ど完成しているみたいだね。今日こんなに綺麗な花が見られるとは思わなかったよ」
ここは私達の新しい家の正面に広がる庭園。
クラウスの要望で私の好みに合うようにと、エイブラム家の庭師さんを中心に作られた場所だから、ずっとここに居たいくらい癒されるのよね。
エイブラム家の庭園も好きだけれど、ここの方が落ち着く気がする。
建物の方はまだ工事中だから時折何かをたたく音が響いているけれど、それすら気にならないくらい。
「夕日のお陰でお伽噺の中に来たみたいだわ。
あの芝生の上に行ってみましょう! きっと気持ち良いわ」
「あまりはしゃぐと危ないぞ」
はやる気持ちを抑えきれなくて、芝生の丘の上に小走りで向かう私。
一番高くなっているところに立つと、クラウスが少し呆れたような表情を浮かべながら近づいてくる。
そして彼の後ろからは、木材を担いだ四人の男性の姿も見えた。
「そこの二人、見ない顔だが……」
「何失礼なこと言ってるんだ! あのお二人はシエル・グレーティア様と彼氏さんだぞ!」
「ああ、シエル様とクラウス様か! 本当に綺麗な人だな……まるで聖女様と王子様だ」
「まるで、は余計だぞ。シエル様は聖女としか思えないようなことをしているらしいし、クラウス様は本当の王子様だという噂だ」
「マジかよ!? 滅茶苦茶やる気出てきたぞ!
夜通し工事とかふざけるなと思ってたけど、シエル様とクラウス様のためなら納得だ」
「そう言って油断すると怪我するぞ。張り切りすぎるな」
今日は風が吹いていないから、まだ遠くの声でもはっきりと聞こえてくる。
普通ならこの時間は工事をおやすみしているはずなのに、こんなに遅くまで頑張ってくれているなんて……申し訳ないのに嬉しいと感じてしまった。
「遅くまでありがとう!」
だから手を振りながら声をかける私。
「お疲れ様!」
クラウスも同じように声をかけると、すぐにこんな言葉が返ってきた。
「「ありがとうございます!」」
帰ってきたのはこの一言だけれど、これだけで心が満たされたような気がした。
「次はあの中に行ってみないか?」
「ええ、行ってみましょう!」
工事をしてくれている四人を見送ってから、私の膝ほどの高さに広がる花の絨毯の中に入る。
ここは細い石畳が敷かれているから、花を傷付けずに花に囲まれる場所みたい。
真ん中まで行くと四人ほどが座れそうな広さの芝生になっていたから、クラウスの手を引いてそこに腰を下ろす。
すると、クラウスは私と向かい合うようにして腰を下ろした。
「シエル、左手を借りても良いかな?」
「良いけれど……何をするの?」
いつになく真剣な眼差しを向けられて、戸惑いながらも左手を差し出す。
すると、赤い宝石……ルビーが煌めく指輪を薬指に嵌められた。
「これって……」
「渡すのが遅くなって申し訳ない。
婚約指輪だよ」
「そういえば、まだだったわね。
すごく嬉しいわ。ありがとう」
リングの部分は私の髪色に似た紫がかった銀色で、宝石はクラウスの瞳に似た色。
意識したのかは分からないけれど……ルビーには『愛情』の意味があって、幸福を招くとも言われているから、きっとお守りにもなると思う。
クラウスの左手薬指にも同じ指輪がいつの間にか嵌められているから、私の手を並べてみる。
「気に入ってもらえて良かった。
改めて……シエル、君を幸せにすると誓う」
「私も、クラウスを幸せにすると誓うわ」
クラウスを抱き締めようとしたら、彼から先に抱き締められる。
考えていることは同じみたいで、些細なことだけれど嬉しい。
そして、クラウスの手が私の頬に触れると、少しずつ顔が近付いてきた。
私は目を瞑って受け入れて……初めて唇を重ねた。
◇
「シエル様、すごくお綺麗ですわ」
「ありがとう。皆のお陰だわ」
「いいえ、おじょ……シエル様は元からお綺麗ですわ。私達は少しお手伝いをしただけですから」
初めて唇を重ねた日から半月。無事に結婚式の日を迎えた私は純白のドレスを身に纏い、そんな言葉をかけられていた。
この場に居るのは、私が雇うことになった新人の侍女たち。
……といっても、エイブラム家とグレーティア家から引き抜いた方が半数くらいだから、技術はかなりのものなのよね。
さっき「お嬢様」と言いかけている侍女が居たのは、彼女がグレーティア家で私の専属だったから。
何年もそう呼んでいたから、中々抜けないみたい。
それが微笑ましくて、つい表情が緩んでしまう。
「そろそろ新郎様のところに参りましょう」
「ええ、分かったわ」
……みっともないことは出来ないから、控室を出る前に表情は取り繕った。
「やっぱり何度見ても綺麗だよ。今すぐ抱き締めたくなる」
「ドレスが崩れるのでおやめください、クラウス様」
控室を後にして、先に準備を終えて待っていたクラウスと目が合うと、すぐにそんな言葉が飛び交う。
彼から視線を少し動かすと、お兄様やリリア、そして両親の姿が目に入った。
リリアやお父様お母様とは色々あったけれど、今は娘思いの優しい両親と姉思いの妹だから、今日の招待状を送ったのよね。
最近はお兄様が上手く立ち回れるようにと陰で支援もしているみたいで、私とは定期的に手紙のやり取りをするくらいには仲直りもした。
「シエル……絶対に幸せになるのだぞ。辛いことがあったら、いつでも帰ってきて良い。
クラウス殿。娘に辛い思いをしたらタダでは済まさない。絶対に幸せにしてやってくれ」
「ありがとうございますわ。絶対に帰らないので、安心してください!」
「……まだ怒っているのか?」
「怒ってなんていませんわよ?」
お父様は目に涙を浮かべていて、お母様は感動のあまり涙を零してしまっている。
お化粧が崩れたりしないか心配だわ……。
「家にいる時……辛い思いをさせてしまってごめんなさい。
私にはもう何も出来ないけれど……幸せになるのよ」
「もう気にしていないから、大丈夫ですわ。
必ず幸せになります」
酷い仕打ちを受けたことは、もう解決したこと。
だから、今も罪悪感を覚えているお母様には強い口調なんて使えない。
「お姉さま、結婚おめでとうございます。
本当に綺麗ですわ……少し嫉妬してしまいそうです。
でも、私はもっと幸せになって見せますから! だから……不幸になんてならないでください」
「ふふ、ありがとう。
リリアのウェディングドレス、楽しみにしているわね」
それからお兄様とレイフからもお祝いの言葉をかけられていると、あっという間に式の時間になって、私達は各々の場所へと向かった。
式が始まると、私はお父様のエスコートで赤い毛氈の上をゆっくりと歩いていく。
視線の先の祭壇の前にはクラウスが笑顔でこちらを見ていて、少し周りを見回すと帝国やアルベール王国、さらにはサフレア王国の方の姿も見えた。
祭壇の前に辿り着くと、お父様からクラウスへと私の手が渡る。
爽やかな笑みを浮かべる彼はやっぱり輝いて見える。
私も笑顔を浮かべているけれど、どちらが綺麗に見えるのかは分からない。
そうして私達は永遠の誓いをして、無事に夫婦になった。
何かが大きく変わったりはしないから実感が湧かないけれど、会場に集まった人たちから盛大に祝われたのは言うまでもない。
「こんなに幸せなことってあるのね」
「大丈夫。もっと幸せにするから」
「私も負けないように、クラウスのこと幸せにするわ」
もう何も奪わせないし、奪わない。
そう決めているから、クラウスとはお互いに幸せにしていきたい。
幸せな日々はまだ始まったばかりだもの。
Fin.
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ご指摘ありがとうございます。
確認して修正します
ずっと気になってて、やっと最期までこれました。ドキドキしながら、どうなるのか心配で読んでました。
とりあえず始めから、もう1度じっくりと読みたいと思います。