奪われる人生とはお別れします 婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました

水空 葵

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1巻

1-3

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 血判は本人証明に必要なこと。針で血を出さないといけないものの、チクリと痛むだけであとは残らないから、躊躇ためらわずに針を指に突き立てた。

「これで大丈夫ですか?」
「はい、問題ありません。次は試験を受けていただきます。今からお部屋までご案内します」
「お願いします」

 うなずいて受付の女性についていこうとする私に、クラウスが小声でつぶやく。

「返り血には気を付けて」
「え……?」

 そうして向かった先は、中央におりが置いてある部屋だった。
 もうすぐ試験が始まるみたいで、試験官と書かれた札を胸元につけた人が四人待っている。

(準備終わるの早すぎないかしら? 冒険者ギルド、恐ろしいわ)
「これからシエルさんには実技と筆記の試験を受けていただきます。まずは実技から。あのおりの中にいるゴブリンを倒してください」

 ゴブリンというのは様々な地域に生息している魔物で、所謂いわゆる人型モンスターに分類される。一体だけなら女性でも倒せるほど弱いが、通常は百を超える群れで行動していて、襲われた時の対処は面倒だ。
 それに血が紫色ですごく目立つ上、服につくとなかなか取れない。確かに返り血には気を付けたほうが良さそうだ。
 私は魔力で身体の表面をおおい、返り血が付かないようにした。

「分かりました。もう始めていいですか?」
おりが上がり切ってから攻撃を始めてください」

 その声に続いて、ガチャガチャと音を立てておりが持ち上がる。やがてガコンという音と共におりが止まった。
 ゴブリンが息を荒くして真っ直ぐ私に迫ってくる。動きは人の子供よりも速いけれど、これくらいの魔物は貴族なら誰でも対処できる。私も剣を一閃いっせんするだけで倒せた。

「お見事です。実技試験は合格とします」
「ありがとうございます」

 続く筆記試験。
 こちらは王国の法律についての内容で、スラスラ解ける。
 王太子妃になるはずだったのだから解けて当たり前だけれど、聖女様は覚えられないのよね……
 それを思い出すと、この国の将来が心配になった。


「――こちらが冒険者カードになります。再発行には手数料がかかりますので、なくさないようにお気を付けください」
「ありがとうございます」

 筆記試験にも合格した後、冒険者講習を修了して、私はようやく冒険者のあかしとなる冒険者カードを手に入れた。
 これ一枚で冒険者ギルドが運営する銀行の口座を使え、身分証にもなる優れもの。嵩張かさばるのが難点だと思っていたけれど、魔道具になっていて普段は指輪にしておけた。

(デザインは……微妙ね)

 指輪になっても冒険者カードの色はそのまま。最低ランクであるDランクは黒色だから、悪目立ちする。初心者の私のカードは当然のように黒色だ。
 ちなみにCランクは銅色、Bランクは青銅色、Aランクは銀色、最高ランクのSは金色になる。

「クラウス、お待たせ」
「試験お疲れさま。合格おめでとう」
「ありがとう」

 ギルドに併設されているカフェで私を待っていたクラウスの指には、金色の指輪がきらめいていた。

(まさか彼が上位の冒険者だなんて。容姿からは想像もできなかったわ……)

 冒険者ギルドの依頼は危険度に応じてランク付けがされていて、パーティーメンバーの平均以上のものは受けられない。最初は魔物の素材を売って生活していくことで話がまとまった。
 討伐や依頼の実績でランクが上がっていくので、最初は指輪のデザインが良くなるAランクを目指そうと思う。

(黒は……正直に言って嫌だもの。目立たないように手袋でもしようかしら?)

 それから、余った金貨を口座に預けて、私達は冒険者ギルドを後にした。


「今後の行動なんだけど、シエルはどこに行きたい? アルベールだと居心地が悪そうに見えるんだ」

 冒険者として必要なものを買い終えて昼食をとっている時のこと。クラウスにそんな質問をされた。

「どうして分かったの? お父様に見つかりたくないから、この国を出ようと思っていたのだけど……」

 それに王家も何をしてくるか分からない。聖女様が何かやらかしたら、私の責任にしそうなことくらい想像できる。貴族とはそういうものだ。

(どうすれば責任を負わずに済むか、そんなことばかりに気を回しているのよね)
「それなら、ブルームーン帝国に行こう。少し遠いが、あそこが一番さかえている国だからな」
「ええ、そうしましょう」

 ブルームーン帝国は、アルベール王国と国境を接している国。国境の山は危険な魔物の巣窟そうくつだから、交易は海を通して行われている。
 海も危険な魔物は多いのだけれど、山よりは安全だ。

「まずは港に向かうで良いかな?」
「ええ、大丈夫よ」

 アルベール王国内の地図なら頭に入っていて、どこを通れば安全なのかも把握している。
 港までは歩いて十日かかるけれど、馬車なら三日で着く距離だ。乗り合い馬車が頻繁に行き来しているため移動手段にも困らない。

「案内は任せてもいいか? 俺はこの国の地理にうといから」
「もちろんよ。そういうことなら、乗り合い馬車の切符を買いましょう」
「いや、馬車は使わない。魔物の素材を集められないからな」
「そうなのね」

 魔物は倒すと死体を残す。その一部が薬やポーションの材料になるため、高く売れるらしい。
 さらに、必ず手に入る魔石には魔力が詰まっていて、それを利用すれば魔力の少ない私でも攻撃魔法を扱えるようになる。魔石には属性があり、その属性に適性がなければただの石だけれど、全属性に適性がある私にとってはどんなものでもありがたい。
 徒歩は時間はかかるが、追手を向けられた時に隠れやすいこともあり、私はすぐにうなずいた。

「そうと決まれば、まずは男装だな。昼間は良いが、夜になると良からぬことを考える馬鹿が多い」
「男装? 私、護身術なら習っているわよ?」
「お守りみたいなものだ。めないほうが楽だろう?」

 男装はしたことがないけれど、トラブルを避けるためなら仕方ないわよね。
 幸いにも私は細身だから、工夫次第で体格を隠せそうだ。
 とはいえ、髪を隠すのは厳しいと思うのよね。貴族女性なら髪を伸ばすのが常識。私もそれにならって背中まで伸ばしている。
 長い髪は湯浴みや手入れ、乾かしたり整えたりするだけでも一苦労。侍女がいる時は気にならなかったけれど、今は手間だ。
 戦う時に邪魔だったので、この際切ってしまいたい。あまり短いのは嫌だから、肩くらいまで。

「髪はこれくらいまで切れば隠せるかしら?」
「それくらいなら、男でも伸ばしてる人はいるし、問題ないと思う」

 というわけで、私の男装が決まった。
 ――三万ダルもかかるとは思わなかったけれど。

「悪くないな。ちょっと……いや、かなり可愛らしすぎる点を除けば完璧かんぺきだ」
めてないわよね?」
「いや、容姿はめてるぞ?」

 普段なら嬉しい言葉でも、今は悔しい気持ちになった。


「ついでにできそうな依頼を探そう」

 いよいよ王都を発つ前、クラウスに提案された。
 実績が欲しい私はもちろん快諾して、冒険者ギルドの依頼掲示板をにらむ。
 冒険者ギルドで依頼を受けた後は、期限までに報告義務がある。場所はどの支部でもいいらしい。

「身代わり妻……? こんなのもあるのね」
「シエルは絶対にやらなそうだな」
「当然よ」

 妻の代わりになってほしいという依頼は、Dランクのものの中では一番報酬が良い。けれど、中身を見れば受けてはいけないたぐいのものだとすぐに分かる。
 報酬や待遇については良いことばかり書いてあるが、依頼を終えた後も暗殺の対象になる可能性が高い危険なもの。それにアルベールの貴族とは関わりたくないから、受けるという選択はあり得ないわ。

「これはどうかしら?」
「ゴブリン千体の討伐か。討伐のあかしになる魔石を拾うのが面倒だから、効率は良くないぞ」
「簡単に見えて大変なのね……」

 魔石は魔物の身体の中心に入っていて、取り出すためには解体しないといけないらしい。
 それを千体となると、気が遠くなりそう。

「とりあえず、これとこれだな」
「オークのつのとワイバーンの牙……? ワイバーンって厄介やっかいな相手よね?」

 ワイバーンと遭遇したら即逃げろ。幼い頃から何度も言われてきたことで、危険な魔物というのは知っている。
 依頼ランクもBだから初心者の私には難しいと思う。クラウスがどんなに強くても、私のせいで失敗する未来が想像できた。

「失敗しても罰金があるだけだから、気にしなくて良い」
「気にするわよ……」

 功績に関わらなくても、生活には関わる。

「魔法もある。絶対成功するから大丈夫だ」
「信じるわね」

 受ける依頼を決め終え、いよいよ出発することになった。
 けれど、王都から出る門で騎士団に止められる。
 ……クラウスが。

「お前、何者だ! シエル様をどうするつもりだ!」
「私はさらわれてなんかいません」

 私が婚約破棄されたことは門番にまでは伝わっていないみたいで、誘拐と勘違いされた様子。

(男装しているのに、顔を知られているから気付かれてしまったのね……)
隠密おんみつですか。失礼しました」
「気遣いありがとう。通っても良いかしら?」
「もちろんでございます」

 本来は面倒な手続きがあるのだけど、顔を知られているお陰で素通りできた。

「初めて護衛なしで町の外に出たわ……」

 しばらく歩いて、息をつく。
 まだ王都の目の前だけれど、ここはもう魔物が跋扈ばっこしている危険な場所。緊張のせいで鼓動が普段よりもうるさい。

「怖いのか?」
「ええ」
「俺がいるから大丈夫だ。これでもSランク。その辺の魔物相手なら何万といても守り切るさ」

 そう口にしながら、かばんの中から剣を取り出すクラウス。どう見てもかばんに収まる大きさではないそれに驚く。

「ありがとう。ところで、そのかばんはどうなっているの?」
「これはマジックバッグだから、馬車に積めるくらいのものは入る」
「そんなものまで持っているのね……」

 マジックバッグは空間魔法が付与されている魔道具で、希少価値がかなり高い。貴族でもなかなか手が出ず、私は触ったこともなかった。それをクラウスは平然と使っている。
 Sランク冒険者は想像以上に稼げるらしい。

(マジックバッグ、私も欲しいかも……)

 うらやましく思いながら、足を進める。
 まだ王都の城壁が近くに見える程度の場所だけれど、少し離れたところに魔物の姿が見えた。
 余計な戦闘をしないで体力を残す方針だから、襲ってこない魔物は全て無視だ。

「この辺の魔物ならシエル一人で対処できると思う。万が一、襲われた時の練習も兼ねて戦ってみて」
「分かったわ」

 そう言われると不安になり、思わず腰に下げている剣の存在を確かめる。
 けれど魔物は待ってくれない。危険な空気を感じた直後、早速、襲ってきた。

「あれはガルムといって、Cランクに指定されてる。犬に似てるけど火魔法を使うから、油断はしないように」
「ちょっと待って……私、Dランクよ?」
「大丈夫大丈夫。危なくなったら助けるから。ほら、回復ポーションもたくさんある」

 そういう問題じゃないと叫びたいけれど、魔物は空気なんて読んでくれない。
 私は覚悟を決めてガルムに向かって剣を構える。その直後、火の玉が勢い良く飛んできた。

「おぉ、流石さすが。避けるの上手いなぁ」

 後ろから呑気な声が聞こえるのを無視してガルムと距離を詰めていく。距離が近くなればなるほど、魔法を避けるのが難しくなった。

「どうやって倒すの!?」
「そのまま斬れば大丈夫!」
「無理無理! 先に私が火だるまになるわっ!?」
「当たっても大したことないから大丈夫!」

 怖いから防御魔法を使う。
 不思議なことに、火の玉には当たらず無事に倒せた。

(あれを捕まえたら料理の道具になるかしら? 攻撃魔法を使えない私にとって、火魔法は重宝ちょうほうするのよね……)

 それから数時間。
 私達は順調に旅路を進んでいた。手間取ったのは最初のガルムだけで、その後は欠片かけらも苦労していない。
 けれど、驚くこともあった。

「まさかワイバーンに乗って移動することになるとは思わなかったわ」
「このほうが早くて楽なんだ。シエルに馬術の心得があって助かったよ」

 なんと今、私達はワイバーンの背中に乗って移動している。
 ワイバーンを従えたわけじゃなく、攻撃してきたところを捕まえて背中に乗っているだけだ。
 こうすることで、ワイバーンは恐ろしい相手にずっと襲われている感覚におちいり、必死に飛ぶらしい。
 彼らは首が向いている方向にしか飛べないから、身体強化の魔法をかけた状態で首の向きを飛ばしたい方向に変える。操り方は馬術に上下の動きが加わっただけ。クラウスに言われるままに試したところ、私にもできた。

「そうね。でも、最初は怖かったのよ」
「慣れたら問題ないだろ? 振り落とされることもないからな」

 馬の五倍の速さがあるけれど、慣れれば気にならない。

「ええ、馬よりも乗り心地が良いから気に入ったわ」
「追われた時はこれで逃げれば大丈夫だ。覚えておくと良いよ」

 そんなふうに言葉を交わしながら、山を迂回うかいするためにワイバーンの首の向きを少し曲げる。その身体が傾いて、思い通りの方向に曲がってくれた。
 動かす時に少し揺れるものの、首をしっかり掴んでいれば落とされない。激しく揺れる乗馬のほうが難しいくらいだ。

「町には寄るのかしら?」
「いや、また捕まえるのが面倒だからこのまま行きたい」
「分かったわ」

 最初の計画で寄る予定だった町を通り過ぎて、先を目指す。それから数時間で目的の港町の近くに着いた。

「どうやって降りるの?」
「地面の近くまで降りたら、首を一気に上に向けるんだ。そうすると止まるから、飛び降りて。すぐに剣で斬れば素材も手に入る」
「分かった」

 ここまで運んでくれたのに殺してしまうのは申し訳ないけれど、ワイバーンは危険な魔物だ。放置していれば誰かの命が奪われる。だから……私はすぐにその首を斬った。

「よし、無事に着いたな」
「こんなに早く着くとは思わなかったわ」

 ワイバーンの牙もオークのつのも集まっている。早速、港町の冒険者ギルドに向かった。
 ここも警備が厳重で身分証を出すように求められたものの、冒険者カードを見せると手続きを飛ばして入れてくれる。

(冒険者ギルドの力はあなどれないわ……)

 ちなみに今も男装中。
 そのせいか、王都の冒険者ギルドに入った時と違って、誰からも視線を向けられない。

「こういうことね……」
「効果あるだろ?」
「ええ、驚いたわ」

 クラウスが言うには、服装による先入観で私は童顔の男にしか見えないらしい。複雑な事情で冒険者になる男の子は珍しくないから、大した注目も集めないのだとか。
 声も男の子に似せれば、よほどの目利きではない限り気付かれないと断言してくれた。

「これの確認、お願いします」

 受付で試してみると、確かに怪しまれている気配は感じない。

「確認しました。ワイバーンを討伐されたので、シエルさんはCランクに昇格となります。おめでとうございます!」

 受付との会話が聞こえていたみたいで、周りから拍手を送られる。
 昇格すると、こんなふうにお祝いするのが冒険者の習慣らしい。
 こんなに簡単に昇格できるとは思わなかったから、拍子抜けだ。
 降格は懲罰の対象にならない限りは起こらないという話だけれど、不安になる。

「ありがとうございます」
「こちら、報酬になります。ご確認ください」

 報酬はワイバーンとオーク合わせて三十八万ダル。クラウスと折半せっぱんすると十九万ダルになる。これは平民が少し贅沢ぜいたくしても一ヶ月暮らしていける額だ。
 貴族なら一食で消えていくけど……

「確認しました。ありがとうございます」

 軽く頭を下げて、受付を離れる。
 今回の報酬は、これから乗る船の切符代になるため、口座には預けないで港に向かう。
 港にはレストランもあるから、昼食はそこで済ませることになった。

「これはクラウスの分よ」
「いや、シエルのだ。今回、オークに関しては何もしていないからな」
「でも、私が危なくないように見ていてくれたよね? 半分にしないと不公平だわ」

 報酬の取り分でクラウスと軽くめたものの、少し話すと半分で納得してくれた。

(今のところ私達の旅は順調だけど、この先は何か起こりそうで少し不安だわ……)



  【閑話】 王宮の人々


 シエルが冒険者ギルドで登録試験を受けている頃、アルベール王国の王宮では二つの騒ぎが起きていた。

「殿下、何故なぜ、終わっていないのですか!」
「仕方ないだろ! こんな量、普通は終わらない!」
「今までと変わらない量ですよ!」

 一つ目は、アノールド王太子の執務速度があり得ない勢いで遅くなったこと。
 今までシエルの成果を全て我がものにしていた彼は、彼女との婚約を破棄すると自ら執務をこなす必要があるのを失念していた。
 ――シエルのお陰で優秀に見えていただけで実際は無能な彼には、何時間かけても書類一つ処理することさえできない。
 見事に心を折られた彼は、聖女アイリスとお楽しみの時間を持つことで現実逃避。その結果が、一向に処理されず机を埋め尽くす書類だ。
 これでは緊急の要件が入っても承認の判子すら押せないと、執事は大焦おおあせり。
 それなのに、王太子は危機感を抱かず駄々だだをこねる始末。
 厳しい現実に、ただでさえ少なくなっている執事の毛根がまた一つ命を落とした。

「シエル様に手伝わせていたのでしょうが、殿下のせいでもういないんですよ! 平民上がりの聖女様は手伝えませんから、全てご自身でこなしてください!」

 説教をしながら書類を片付ける執事は、手伝えと言わんばかりに王太子を椅子に押し付ける。不敬と取られかねない行動でも、王太子教育の一環であると言えば叱責しっせきを回避できた。
 どこかの王太子が妃教育と称してそうしていた前例があるのだから問題にならない。
 そう考えての行動だ。

「分かった、やるから怒らないでくれ」
「最初からそうしてください。本当に禿げそうなんです!」

 冗談ではない、全くの本心を告げる執事。
 彼の毛根は危機的状況なのだ。試しに聖女の治癒魔法をかけたこともあるが、改善のきざしはない。唯一、シエルが試作した毛生え薬は効果があったものの、彼女は妃教育で忙しく、追加が作られることはなかった。

「ちょっと待ってください。その判子の押し方はなんですか?」
「え、違うの?」
「多少は問題ありませんが、斜めすぎます! まさか全てシエル様に丸投げされていたんですか?」
「いや……そんなことは……」

 歯切れの悪い王太子を見て頭を抱える執事は、後悔の念にさいなまれた。
 もっと早く気付いていれば。教育を厳しくしていれば。
 しかし、後悔してもやり直しはできない。
 ガシガシとむしったせいで、たった今死滅した五つの毛根も戻らない。
 そんなわけで、今までを取り返すかのように、王太子に対する厳しい教育が始まろうとしていた。


 一方、王宮内の別の場所では騒ぎが起きていた。

「ゴブリンが逃げたぞ!」

 魔物研究所からゴブリンが脱走し、行方不明になったのだ。
 最弱と言われる魔物とはいえ、その足はとても速く、成人男性でも容易に追いつけるものではない。討伐自体は簡単でも、逃げられると厄介やっかいだ。

「ゴブリンなら大丈夫よね。気にしないで続けましょう」

 魔物が来るかもしれないのに、聖女アイリスは招待した令嬢達と中庭でお茶会を楽しんでいた。

「ええ、そうですわね。ゴブリンならわたくし達でも対処できますもの」

 ところが、実際にみにくい見た目で恐怖感をあおるゴブリンが真っ直ぐに向かってきた時、お茶会をしていた聖女は椅子から下りてうずくまった。ゴブリンはその隙を見逃さず、彼女に迫る。

「アイリス様、立ってください!」
「無理そうですわ。わたくし達で止めないと!」

 ゴブリンの攻撃は鋭い牙で噛むことだけ。立っていれば、平均的な身長の令嬢の腰の高さまでしか体高のないゴブリンから致命傷を受けることはない。
 それなのに、貴族の教育を受けていない聖女は、対処法を知らずおびえるだけだ。

「大丈夫ですか!?」
「ええ、わたくし達で倒せましたから」

 被害こそ出なかったものの、ゴブリン相手ですら自分を守れない人が聖女で良いのか、周囲の者が疑問に思う切っ掛けとなった。


 その後、王宮では別の問題が起きた。

「は、母上……何故なぜそれほどまでに怒るのですか?」
「当然です。女性の気持ちをもてあそぶ男は許せませんから」

 外交から帰ってきたばかりの王妃が王太子に向かって雷を落としたのだ。

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