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1巻
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しおりを挟むプロローグ
僕こと影山人志は、ITベンチャー企業に勤務するプログラマーで、年齢は三十五歳。結婚はしていないが、それなりのナイスミドルだ。
「土日返上で十五連勤、徹夜も結構あったな……激務とかいうレベルじゃないだろ! 疲れすぎてほとんど記憶ないけど……今日は久しぶりの休みだし、何かストレス解消して早く寝よう。また明日から仕事だからな……」
通勤ラッシュで混み合う駅のホームで電車を待ちながら、誰にも聞こえないように小さく独り言を吐いた。
その声が聞こえていたのか、近くから人が離れていくが、今の僕にはそれを気にする余裕はない。
三連続の徹夜明けだし、栄養ドリンクで体を誤魔化しているだけだから、やや情緒不安定になっている気もする。
はぁ、本当に疲れた……またラノベを一気読みでもして寝るか。漫画かアニメでも良いな。
だいたい、夢を見せてやりがい搾取するだけの会社なんて最悪だ。こんな会社、もう辞めてやる。
そんなことを考えながら、ふと反対側のホームを見ると、壁に気になるポスターが貼ってあった。
エジプト展、か。
この前インカ展に行ったけど、凄かった……装飾品とか土器とか、見ているだけでも楽しいんだよね。
エジプトといえばピラミッド。さすがにピラミッドを持ってくるのは無理だとしても、珍しい物は見られそうだ……よし、行ってみるか。
古代文明といったロマンを感じるものに目がない僕は、気持ちを切り替えて、帰宅せずにこのまま博物館に行くことにした。
博物館は平日なのに案外人が多く、混雑していた。
あまりじっくり見られないものの、やっぱり楽しい。金製の仮面など、実物を前にすると、感動して心拍数が上がった。
そんな中、僕はある物に目を奪われた。
近づいてみると、それは綺麗な装飾が施された二メートル以上はありそうな棺だった。中には布に包まれたミイラが横たわっている。
凄いな。棺も立派だけど、ミイラも現代まで姿形が残っているなんて、驚きだ……実際は死んでいるとはいえ、ファンタジー作品でアンデッドに分類されるのも頷けるな。
先程見た金製の仮面よりも感動が大きい。
そのせいか、鼓動が速まり、急激に大きくなってくる。
なんか胸のドキドキが凄い。もしかして、運命の出会い?
って、さすがにこれはドキドキしすぎのような?
……んっ? ……心臓が……苦しい……!?
これは……ヤバい……立って……いられない…………
僕はその場で膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れた。
意識も朦朧としてきた……徹夜明けで、無理しすぎたんだな……多分。
……このまま死ぬのか?
もしそうなら……過労死……か?
まだ何も……成し遂げてないのに……
ITベンチャーに就職したのは、何かを成し遂げたいという夢を見たからだ。しかし会社の実態は、ただのブラック企業だった。
そんな環境にいたとはいえ、僕自身、何かを成し遂げたいと望みながら、自分では何も始めることができなかった。
言うは易く行うは難し――確かにそうだが、それはある程度努力した者が口にするべき言葉であって、僕には言う権利がなさそうだ。
そんなことを思っていると、耳に――というよりも頭の中に直接、少々機械的だがはっきりとして聞きやすい女性の声が響いた。
《あなたは異世界に転生する権利を得ました。異世界に転生しますか?》
声が聞こえる……どういうことだ?
僕はまだ生きているのか? それで、異世界って何?
《あなたはまだ生きています。異世界とは、この世界と理を異にする無数の別世界の総称です》
絶対に口には出していないというのに、返事があった。
思考が読まれたのか?
この声の主は明らかに人間じゃない……もしかして、神様か何かだろうか?
《思考を読んだのではなく、思考を共有しています。私は神ではありません、チュートリアルです》
あまりに予想外の回答だった。
チュートリアルってあの、ゲームとかの初めに色々教えてくれるやつか。
《異世界に転生しますか?》
再びの質問。するって言ったら本当にできるのか?
僕は夢でも見ているのだろうか……などと考えてしまうが、「夢ではありません」って言われそうだな。
《夢ではありません》
ほらやっぱり。
ちなみに、異世界転生については人並みに知っている。
有名どころの作品は紳士の嗜みとして当然読んでいるし、その世界に憧れないわけがない。
僕は覚悟を決めてチュートリアルの声に呼びかける。
(もし異世界に転生しないとするとどうなりますか?)
《あなたはこのまま亡くなり、この世界で輪廻します》
うわーやっぱり死ぬのかぁ……まだ死にたくなかったな。
《しかしなんと、今異世界に転生すると、あなたの記憶・知識・経験はそのままに、新しい存在へと生まれ変わることができます。異世界には未踏の地がまだまだたくさんあり、勇気のある冒険者を求めています。灼熱の火山地帯、極寒の凍土地帯、乾燥厳しい砂漠地帯。そして、そこには屈強な魔物達が、常に覇権を争いながら暮らしているのです。そんな危険極まりない未踏の地を、剣と魔法を駆使して切り拓く。そんな世界に転生してみませんか?》
突然スイッチが入ったみたいに、長文でセールストークを始めたぞ。でも異世界の雰囲気は掴めた。
正直なところ、死が確定しているこの世界にまた転生することに魅力は感じない。
突然死んでしまって、両親には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。しかしそれはもう取り返しがつかない。ならば、僕が進むべき道は決まっていた。
(異世界転生、お願いします)
《承りました。それでは初めに、転生する種族をお選びください。ミイラ、骸骨、屍人の三種類から選ぶことができます》
……人間ないんだ。生物ですらもない。
(それって、種族というか、魔物ですよね。なんで? ……なんでその三種類なんでしょうか?)
《こちらのような棺タイプの転生スポットの場合、選べるのはミイラ、骸骨、屍人の三種類になります》
……転生スポット? パワースポットみたいな言い方だけど、この棺が?
他にも色々なタイプの転生スポットがありそうなのも、ちょっと気になる。
それにしても、魔物三種類しか選べない転生スポットって、ハズレなんじゃ……?
まあ、今更そんなことを言っても仕方がないか。
この三種類の中だと、ミイラはないかな。戦い方がピンとこない。
骸骨はすぐ骨が折れそうで、打撃系の攻撃に弱いイメージがある。
(強いて選ぶなら、屍人ですね。見た目怖いけど、しぶとそうだし)
《種族は屍人を選択しました。転生地点は他に候補がないため、自動的にピラミッドが選択されました。次にスキルをお選びください。スキルは最大三つ選択できます。おすすめの共通スキルと種族スキルはこちらです》
かなりの数のスキル一覧が頭の中に流れ込んでくる。転生地点にもつっこみを入れたいが、どうせ変えられそうにないのでやめておく。
共通スキルは種族に関係なく取得可能なスキル、種族スキルは種族固有の特殊なスキルだろう。
共通スキルは【言語理解】【鑑定】【収納】【耐性】【自然回復】【料理】や【生存技術】といった便利そうな名前のものが多い。ただ、ピラミッドで役に立ちそうなものは少ない印象だ。
一方、種族スキルは、【毒息】【腐息】【悪食】など、ゾンビらしさがある単語が並んでいる。
それぞれのスキル名の後ろに「Lv1」と付いているので、スキルはおそらくレベルアップするのだろう。
(……あのー、あなたのような、チュートリアルというスキルはないのでしょうか?)
この手のスキルがあると、転生直後に生き残れる確率が全然違ってくると思う。スキルの数が多すぎて見つけられなかったから、手っ取り早く聞いてみた。
《共通スキルの一つとして存在します。転生後しばらくすると利用できなくなるので、あまりおすすめしませんが、【初期指導】を取得しますか?》
まあ、チュートリアルだしね。ただ、転生直後が一番危険だと思う。何をすればいいかも分からない気がするんだよな……
僕は迷わず返事をする。
(……【初期指導】を取得します! ……あとは【鑑定】と【悪食】でお願いします)
《承りました》
チュートリアルがそう言うと、すぐに別の声が僕の頭に響いた。
〔【初期指導Lv1】【鑑定Lv1】【悪食Lv1】を取得しました〕
チュートリアルと同様にはっきりと聞き取りやすい女性の声だが、明らかに別人の声だ。
《スキルの取得、ありがとうございます、マスター。これからよろしくお願いします》
今度はチュートリアルの声だ。
(マスターって僕のことか。よろしくお願いします)
《【初期指導】のスキルは既に起動しています。なお、転生中は【初期指導】の能力の一つ、【最適スキル自動選択】が利用可能です。種族や状況に最も適したスキルを自動的に選択して取得する、初級者支援機能です。利用しますか?》
(え、転生の最中にスキルが取得できるんですか?)
《はい。転生中に肉体と魂の再構築を進める中で、転生者は特典としてスキルを取得できます。通常、そのスキルは短時間にランダムで付与されますが、支援機能を利用すると、そのランダム性を軽減することが可能です》
(チュートリアルさん、凄すぎ。ではお願いします)
《承りました。【最適スキル自動選択】を起動します。それでは、転生を開始してもよろしいですか?》
(……はい)
《承りました。転生を開始します》
僕の意識が少しずつ薄くなっていく中、チュートリアルだけは自分の仕事を淡々とこなしていく。
《転生シーケンス開始を確認しました。特典スキル付与フェーズ開始を確認しました。【言語理解Lv5】の取得依頼を送信しました。取得に失敗しました(理由:本フェーズで取得可能なスキルはLv1のみのため)。【言語理解Lv1】の取得依頼を送信しました。取得に成功しました。次に……》
聞こえる声が次第に小さくなり、やがて僕は意識を失った。
第一章 目覚めたらゾンビでした
目を開けると、周囲は暗闇に包まれていた。長い時間寝てから起きたような、気だるい感覚が体を覆っている。
背中に伝わる感触から、硬い素材の上で寝ていることが分かる。
腕を横に動かすと壁にぶつかった。体を起こそうとしたら、すぐに額を天井にぶつけてしまう。痛みは感じなかったが、頭への衝撃は大きく波紋のように広がった。
勢いよく起きなくてよかったな。
硬い何かで上が塞がれているみたいだ。横も壁だし……この硬さや触り心地、多分石だ。
闇に慣れてきたからか、それとも今まで気づかなかっただけなのか、目の前にざらざらとした質感の石の壁が見えてきた。
これはいわゆる石棺というやつか。古墳の中とかで見つかるあれだ。
僕はその中で寝ている――いや、お墓だし、埋葬されていると言うべきかな。
普通なら取り乱しそうな状況だが、妙に冷静に思考を進めることができた。
そしてふと少し前に起きた出来事を思い出した。そういえば僕、異世界転生したんだっけ……
まずは周囲の状況を確認したいが、その前にこの蓋をなんとかしないと。
多分少しずつ横にずらして開けるのが正解だと思う。
でもせっかくだから、チュートリアルさんに聞いてみよう。
(チュートリアルさん、この蓋はどうやって開ければいいんですか?)
《マスターの筋力値の場合、両手で蓋を持ち上げることが可能です》
へえ、屍人ってそんなに力があるんだ。
腕に力を込めると……結構重い感じがするけど、なんとか持ち上げられた。
僕は蓋をそのまま横にずらして棺の外に出た。
広さは十畳程度、高さ三メートルくらいの石造りの部屋の中央に、棺は配置されていた。
部屋の奥には、二メートルを超えるサイズの石像が一体置かれている。
床に立てた幅広の大剣の柄に両手をかけ、堂々と前方を見ている男性。足元付近まであるマントを羽織っているが、鎧のようなものは着ておらず、首元からは、大剣とは不釣り合いな細い体躯が窺える。
(チュートリアルさん、この像は誰だか分かりますか?)
《残念ながら、こちらの石像に関する情報はありません》
(そうですか。では、この部屋は何か分かりますか?)
《この部屋はピラミッドの最上階にある、『支配者の墓室』です。この墓室は結界で守られており、マスター以外の者が侵入することはできません》
(そっか、安全地帯というわけですね)
《マスター》
感心しながら部屋を見回していると、チュートリアルが再び僕を呼んだ。
《マスターのスキルである【初期指導】に対して、敬語などは不要です。どうぞお気軽に話しかけてください》
ちょっと堅かったか。人との距離感の取り方が苦手で、今まで誰かと話す時はほとんど敬語だったんだよね。
(分かった……次からそうする。ありがとう)
《はい。また、【初期指導】スキルの使用に当たっては魔力を使用しませんので、いつでもお呼び出しください》
(へぇ、そうなんだ。っていうか、この世界には魔力ってやつがあるんだ。まあ、剣と魔法の世界なんだから、当たり前か。そういえば、自分のステータスって見られるの?)
《はい。こちらになります》
そう言って、チュートリアルは頭の中に僕のステータスを表示してくれた。
名前:なし(転生者) 種族:屍人 総合評価値:280
体力:13 魔力:12 筋力:11 知力:13
素早さ:3 器用さ:5 運:7
共通スキル:初期指導Lv1 言語理解Lv1 鑑定Lv2 収納Lv1 罠検知Lv1 全属性耐性Lv1 痛痒耐性Lv1 精神耐性Lv1
種族スキル:不死Lv1 悪食Lv2 毒息Lv1 腐息Lv1 痺息Lv1 再生Lv1 毒耐性Lv1 腐耐性Lv1 痺耐性Lv1
加護:不死の兵卒
(ありがとう。しかし、ステータスがパッとしないな。一桁の項目もあって、いかにも弱そうだ。きっと殴られたら即死するぞ、これ。足は遅いだろうから逃げられないし……屍人だから、仕方ないか。それにしても、スキルが凄く増えているな。一部のスキルはLv2になっている)
《ピラミッドの攻略に必要と思われるスキルを優先的に取得しました。重複して取得したスキルは統合して強化しました。残念ながら時間が足りず、全てを取りきることはできませんでした》
いやいや、チュートリアルさん、仕事しすぎでしょ。
(全然大丈夫。全て取りきったら、スキルを選ぶ意味がなくなっちゃうしね。そういえばチュートリアルって名前が少し長いんだけど、違う名前を付けたりできるの?)
《スキルに別名をつけることは可能です。スキルを使う際、呼び出しやすい名前をつけておくと、発動する速度を上げられる可能性があります》
(ほうほう。じゃあチュートリアルの名前は……古代エジプトの知恵を司る神、トト神から取って、トトでどうかな?)
《トトですね。承りました》
(これからよろしく。ところでトト、共通スキルは大体名前で分かるんだけど、種族スキルにいくつか分からないやつがある。【不死】と【悪食】について教えてくれる?)
《【不死】はその名の通り、死にません。正確には、敵に倒された場合、その場で消滅しますが、しばらくしてまた復活するというものです。復活地点はここ、支配者の墓室になります。【悪食】は、消化できるものならなんでも食べることができ、口にしたものに応じて、体力や魔力を回復したり、エネルギーを得たりすることができます》
(【悪食】もなかなか良さげだけど、【不死】が強すぎないか!? 死なないって、無敵じゃないの?)
驚いて思わず聞き返す僕に、トトが答える。
《【不死】にはデメリットがあります。消滅の際、魔物にとってのエネルギーである魔素が消費され、その最大値が半減します。魔素が死を肩代わりするイメージです。魔素が半減することは、その者の強さが半減することを意味します。また、消滅は精神に多大な負荷をかけるため、何度も続くと精神が耐えきれなくなる可能性があります。危機的な状況であっても、ほとんどの場合、消滅を選ぶのは避けるべきでしょう。なお魔素は、それに類するエネルギーを持つ者を倒すことで得られます。また、【悪食】でそうした者を喰らえば、微量ですが魔素を吸収できます》
なるほど。せっかくレベル上げしても、死ぬたびに半分になる感じか。それも精神に大ダメージ込みでだ。
実際に消滅してみないとなんとも言えないけど、怖すぎる……
(できるだけ死なないようにしよう。あっ、あと加護の欄にある【不死の兵卒】って何?)
《異世界へ転生中、ランダムで加護を付与される場合があります。マスターは運良く加護を手に入れられたのでしょう。残念ながら、加護に関する情報は【初期指導】にございません。なお【不死】のスキルは、【不死の兵卒】に関連して得られたものと思われます》
(なるほど、そうなのか。じゃあトト、早速ピラミッドの攻略を始めようか)
《承知しました。それではまず、ピラミッド内部の探索から始めましょう。ピラミッドはこの世界に数あるダンジョンのうちの一つです。ダンジョンでは、敵や宝箱が自動的に生成されます。【罠検知】を常時発動し、罠を回避しながら進んでください。罠がある場合、そこが赤く光ります。もし敵が現れたら、【鑑定】でステータスを確認してみてください。簡単な道のりではありませんが、頑張りましょう》
(了解。じゃあ行くよ、【罠検知】発動!)
部屋の入り口で【罠検知】を発動してみる。
思いの外あっさりとスキルが使えてホッとしたのも束の間、通路の壁も床も、いたるところが赤く光っていた。
かなりたくさんの罠が仕掛けられているようだ。
応援ありがとうございます!
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