世界を越えて貴方に会いに行く。

Ruon

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#2



「入っていいぞ」

 ほのかに青白く光る砂は魔除けと称して古来から使われてきた聖なる砂だった。
 これである程度の魔物の干渉を遮断する事が出来るだろう。だが、この時代では民間人による旅行と称した長旅が流行した事により、長旅に備えて魔物除けの砂を買い込む人々が増え、売れると踏んだ業者が砂を大量に採集し売りさばく自体が長らく続いた。
 砂が取れるのは南東にある広大な砂漠。いくら砂漠とはいえ、多くの砂を採集されては環境に大きな影響を及ぼした。それを危惧したこの地上世界を束ねる王が魔物除けの砂を採集する事を禁じ、民間人の長旅も禁じられた。
 そういった経緯がある事からそう簡単に入手できるものではない。

「ガルビス、この魔物除けの砂はどこで入手されたのですか?」
「ん?ああ、 密売人から安くで買ったんだ。この魔道具もな」

 元々、物を掛け合わせて作る事が出来る生産魔法を応用して編み出されたのが建造物を造る事が出来る建築魔法。その建築魔法を会得していない人間でも使えるように改良してキューブ状の魔道具に技術を組み込んだのが建築魔道具だ。
 使い切りの物が多く、このような医療器材全てが備わっている建物となればかなりの金額がするだろう。それを常に携帯しているとなればガルビスは日頃からふらりと旅に出て野宿する事も多いという事が伺え知れる。
 それならばこのような魔物除けの砂を持ち歩いているのも納得できる……のだが、これが密売人から買ったと聞けばイズオアルは警戒心を剥き出しにする。

「ま、まさか、これは……使い切りではなくて……?」
「ああ、使い切りではない。何度か使い回しができるタイプだ、さっきも言っただろう?金に困ってるからそんな良い物買ってる余裕もないって」

 確かにそうだろう。金銭厳しければ良き物買えず、なんて言葉が似合いそうなほど昔からガルビスは倹約家だ。
 だが本来、高価な物であるはずの物がかなり安くで買えたという事は何か仕込まれていてもおかしくない。
 大丈夫だろうかとイズオアルは気にしながらガルビスの後を恐る恐る、忍び足でついて入るとかなり小綺麗な部屋に息を飲む。

(ここのどこかにカメラが仕込まれているんじゃ……)

 広々としたワンルームの片隅で薬の調合を始めたガルビスを横目にイズオアルは捜索し始めた。
 それもズバリ、隠し盗撮カメラ探し。戸棚やベッド、天井付近とありとあらゆる場所を探しているとベッド付近に置いてある観葉植物の中にキラリと光るカメラの存在に気付いた。

「見つけました!」

 カメラを掴んでグシャッと握り潰せば大きな声を出して知らせるイズオアル。
 唐突に背後から聞こえるは誇らしげに発せられた声。流石にビックリしたのか、肩を大きく跳ねらせ迷惑そうに険しい顔を見せてガルビスは振り返った。
 なんだなんだ、とイズオアルに近寄り見せられたのは原型を留め切れていないほどの損傷したカメラ。

「盗撮か?」
「そうですね、やはり格安で売った業者はこうしてカメラを忍ばせて利用者のベッドシーンを撮影してそれを悪用するつもりだったんでしょう」
「……ベッドなんか使った事ないがな」
「なっ!?もし潰していなければ今晩致す時に貴方の淫らな姿が撮影されて売られてしまうのですよ?!」
「なんで俺が巨体の男とする前提なんだ」

 相変わらずの塩対応に胸がバチンッと張り裂けてしまいそうだ。
 それほどに塩対応を続けるガルビスの好感度のなさがイズオアルに響いたようで「酷すぎます!」と泣くそぶりを見せて気を引こうとするが変わらず、面倒くさそうにガルビスは深いため息を一つ、吐き出す。

「薬の準備が出来た。服脱いで背中見せろ」

 そう手短に一言伝える。するとイズオアルは何を勘違いしたのが身に纏う物全てを脱ぎ始めたのだった。

「違う違う!なに脱いでんだお前!」
「服脱いで、と仰ったのは貴方です!ほら、早く!」
「馬鹿なのかお前は……」

 ベッドに腰をかけて両手を広げて待ち構えるイズオアルのハイテンションぶりにガルビスは苦しそうに眉間にシワを寄せてより険しい顔をしてみせた。
 常に気持ち落ち込んだように声のトーンもテンションも低いガルビスにとってこの眩しすぎるほどの男はまるで太陽のように感じられた。イズオアルを太陽と例えるならばガルビスは地中に潜るモグラだろうか。
「背中見せろ、馬鹿」と足を踏んで言い聞かせると気落ちした様子で立ち上がり、下着を履いたイズオアルは置かれていた椅子に腰をかけて背中を見せた。

 まずは両翼の汚れを取る為に濡らしたタオルで羽根を一枚一枚優しく拭き取る。
 そして次は羽根の根本に消毒液を染み込ませた脱脂綿を押し当て、綺麗に消毒する。やはり翼とはいえ痛みを感じるのか、脱脂綿が触れる度にビクッビクッと肩が跳ね、連動して翼が逃げるように閉じる。

「旧貨幣詰め込んでたわりには痛みを感じるとは……神経がすり減ってるのか?」
「そ、そんな事ないです!も、もうっもう大丈夫です!」
「おいおい、逃げんな。医者として患者の傷を無視できるはずがないだろう。ほら、見せてみろ」
「うぅ……」

 グイッと肩を引っ張って見落としているところはないかと翼を見る。
 確かにかなり神経をすり減らせているようで羽根の内側に巡っているであろう血管内の魔力がかなり薄い事が分かる。
 所謂、酸欠状態だ。あまり宜しくない状態のまま、ずっと放置されてきたのだろう。

「……魔力の消耗が激しいな。早急に補給しなくてはならないな」

 そう言って立ち上がり、薬品をしまっていた戸棚へと近付くとゴソゴソと何かを探し始めた。

「き、基本的に人間には天属性と呼ばれる光に偏った魔力と魔属性という闇に偏った魔力があります!ガルビスは魔属性に偏っていますが私は、私は天使でして……」

 何かを探している様子のガルビスに慌てた様子で言葉を紡ぐイズオアル。
 なにか慌ててそう言葉を発しているように見えるが、ガルビスは無色透明の液体が入ったパックと拡声器を彷彿させる魔道具を手に立っていた。
 それを見たイズオアルは「あっ」と小声を漏らすと気まずそうな顔をしてそっぽを向いた。

「……天属性の奴に魔属性の魔力を注ぐ事はできない、拒絶反応が出る恐れがあるからだ。それは異なる血液型を輸血する事ができないのと同じだ」
「で、では……どうやって、補充を……?」
「天属性の魔力の入った補給パックがある。それをこのメガホンに装着して発せられる音波で直接翼に魔力を当てる」
「近未来的な発想ですね……」
「点滴とか他に方法はあるがこれが一番即効で治る。さて、試すぞ」

 ごにょごにょとイズオアルは何か言いたげにしているが聞く耳持たずガルビスは拡声器を翼に当てると低周波の音波を放つ。

「んっ……!」

 ピリッとした感覚が翼の神経から流れ込んでくる。
 魔力とは基本、大気に漂う見えない物質である。人はごく普通に過ごしているだけで体力と共に魔力を消費するが休む事によって回復する事が出来る。
 それが出来ないほど、身体が大きく疲労すれば次第に体力を大きく消費し指先を動かす事すらままならなくなる。
 力の大天使、というのが如何なるものか不明だ。だが、このまま放っておけば翼が壊死してしまう可能性は極めて高い。
 もっとも効率よく魔力を補充するーーとまで聞こえはいいものの、やはり慣れない事をされているせいか、「ぐむむ……」と小声を漏らしながら歯痒そうに身体をくねらせている。

「あと少しだからな」
「うぐぐ……っ」

 ガシッとイズオアルの肩を掴んで逃げれないようにすれば拡声器を翼の根本に押し当て、じんわりと流し込んでいく。
 目に見えて随分と回復しているのが分かる。抜けかけていた羽根も定着し、ガルビスが触れて左右に広げても痛みは感じないようで軽くくすぐったそうにする程度。
 良くなっている事を確認すれば最後の注入を終えて拡声器を下ろす。

「どうだ」

 その問いかけと共にイズオアルは恐る恐る、翼を広げる。
 バサッと広がった翼は根本から先端まで花開くように綺麗に広がり、消耗していた神経はほぼ元に戻り痛みを感じなくなっているようだった。
 それを確認すれば強張っていたガルビスの表情はみるみるうちに綻んだ。

「……大丈夫そうだな」

 落ち着いた優しい音色。無事、治療が上手くいって安心しているのだろう。

「ありがとうございます……やっぱり貴方は凄い人だ、Dr.ガルビス」
「ん……!」

 イズオアルの知る未来でもガルビスは医者として人々を助けていた。だが、誰一人として彼をドクターと呼ぶ人はいなかった。
 それは今も同じ。ドクターと呼んだ瞬間、ピクリと眉が動いたかと思えば顔を背け頭を掻いた後、腕を組んでガルビスは黙り込んでしまった。
 気恥ずかしいのだろう。それをよく知っているイズオアルは微笑ましそうに表情を緩めていると不意に翼を治してもらったお礼をしなくては、と考える。

「あの、お礼は……」
「……これほどの金銭がもらえるんだ、お礼はいらない。今日は此処に宿を建てて休むからゆっくり休んだらいい、俺は少し夕飯を作ってくる」

 その場にいる事さえ恥ずかしくなったのだろうか。
 ワンルームの部屋から出たガルビス。ベッド付近にある窓から外を見ると彼は携帯している紙巻きたばこをポケットから出せば合わせて持っていたマッチで火を点けると煙を吹かしていた。
 もくもくと暗い空へと上がっていく白く微睡む煙。
 それを見ていたイズオアルは部屋を出ればガルビスに近付いて顔を覗き込む。

「……ん、どうした」

 ぼんやりとした様子のガルビスは視界に人の顔が突如として入ってきても大して驚く事なく、小さな声で「どうした」と言えば煙草を口に含んで吸い込んだ煙をふぅっ、と吹き出す。
 ぶわっと顔一面に広がる独特な香り。それが嫌ですぐにイズオアルは顔を離せば何度か咳き込んだあと、ガルビスの顔を見る。

「私の知る貴方もそうでした。何か考え事をし始めたらすぐに一人になって煙草を吸う……」
「……お前の知る俺は、未来なのか?」
「ええ、そうです」
「そうか……未来から来た、なんて……全くもって想像もつかないな」

 言葉を濁すように、言葉を選びながらゆっくりと紡ぎ続ける。

「……、どうして……俺なんだ」

 どこか寂し気な声でそう話す彼。その言葉はいったい何度聞いただろうか。

「かつて、貴方に助けられたからです。貴方に恩を返したくて遠路はるばる長い旅を続けてきました」
「……助けた?俺が?」
「ええ、そうですよ。貴方は身を挺してでも私を助けてくれた。だから、その恩を返したくて……」

 当然、そう言われても実感が湧くわけではない。 未来でこんなドデカイ天使を助ける事があるのだろうかとどのような形で出会うのか気になるが、ボサボサと無造作に伸ばしっぱなしにされた黒い髪を無骨な手が流れに沿って梳く。
 そしてその手が髪から頬へと流れ、下へ下ろされ首筋をなぞってから再び上へ、唇へと親指が移ろいで輪郭をなぞられるとガルビスは目の前で微笑む男を見上げる。

「……随分と手慣れてるな。未来の俺はお前と交わった事があるのか?」
「ええ、ありますよ。とても素直で従順で、いい子でしたよ」 
「そうか、確かにお前に触れられていると何故か安心するな」
「私は貴方が好きですからね。どんな事をされたら喜ぶのか、どんな風に触れたら喘ぐのか……全て、知ってますよ」

 唇に触れていた手が下へ下へとゆっくり、素肌をなぞりながら下りていく。
 そして手は衣服の上を貼ってコートの下から見えるタートルネックの中へと裾から手を忍ばせ、服を脱がせようとすればガシッと手首を掴まれて引き離される。

「悪いが俺は身売り以外ではそう簡単に股開くほど緩くはねぇ。俺がお前の事、よく知ってからにしようか」

 そう言って離れると吹かしていた煙草を地面に落として靴底で火を消せばゴミを回収して建物に入っていく。
 決して相手のペースに飲まれずにしっかりと手をひいて離れていった姿は芯が真っ直ぐと通っていて潔さを感じさせる。
 その上、また触れてもいいと暗に遠巻きに伝えている事に気付けばまだ温もり残る指先を自らの唇に押し当てて息を飲む。

(……あぁ、やはり貴方は変わらず真っ直ぐブレない方だ)

 そう思えばガルビスを追うように建物に入ればイズオアルはベッドに腰をかけて出された食事を摂る。
 食事は長期保存ができる缶詰にも似た食品が多い。パサパサとして美味しさは感じられなかったがガルビスは当たり前のように食し、1缶だけで済ませてしまうと置かれていた椅子に凭れて腕を組んで寝ようとしていた。

「一緒に寝たらどうですか?体が疲れるでしょう」

 まだ食べている途中だったが疲れてしまわないかと心配になりそう問いかけるとガルビスは薄目を開けて首を横に振れば眠り始めた。

(……私は貴方が首を痛めないか、心配ですよ)

 微かな寝息を聞きながら食べ終えた缶詰を処分すればイズオアルはガルビスの傍にゆっくりと近寄り、起こさないように抱き上げてベッドへと運ぶ。
 最初は浅い寝息だったのが少しずつ深い眠りについたのか、スゥスゥと静かな寝息が聞こえてくる。
 見知らぬ男性が傍にいるというのに安心して寝ているその姿に単純にそばに居る事に気づいていないのか、あるいはイズオアルが襲ってこないと思っているのか分からない。
 だが、もしそうだとしたらその通り、イズオアルは手を出さずに目が覚めるまでただ静かに眺めているだけだった。

「……次こそは、貴方を死なせない」

 小さな声で囁き、眠って動かないガルビスの手を取ると優しく、触れるだけの口付けを落とす。
 そして目覚めるまで、ずっと顔を眺めていた。

 時間は刻々と進み、夜の森は静まり返り寒さが部屋に立ちこめる。
 ガルビスが冷えて風邪を引いてしまわないように、ベッドから離れようとするとグイッと後ろに身体が引っ張られる。
 なんだ、と振り返ると身に纏っていたくすんだローブの袖をガルビスが掴んでいた。

「ん、ん……、どこ……行く……」

 まだ微睡む眼で動こうとするイズオアルを捉えて、離れてほしくなさそうに問いかけて引き寄せようとするガルビス。
 その姿を一目見るだけで抑え込んでいた感情がドバッと溢れそうになる。
 黒々とした、欲にまみれたおどろおどろしい穢れた獣の感情──。

「……ッ、嗚呼…貴方はなんて、愛い顔をなさるんだ……」

 腹の底から這い上がってくる穢れた感情を、必死に生唾と共に奥底へと押し込む。
 大天使であるというのにこんな感情を持ち合わせていいはずがない、という理性と今にも噴き出しそうな欲望が、腹の奥で唸り声をあげて掻き乱れている。

「……寝て、ください。私は、部屋が寒くなってきたので暖房器具を用意するだけですから……」

 そう、震える声を抑えて静かに話す。
 決して悟られてはいけないと薄目を開けるガルビスの目を閉じさして眠りへと誘わせる。

「……そうか、……おやすみ」

 願いは通じ、ガルビスは裾から手を離して今再び眠りについた。
 スゥスゥと聞こえる寝息を聞いてホッと一安心。イズオアルは早々に魔道具でもある暖房機器を取り出し、魔力を流して通電させればガルビスの寝ているベッドの方に風向きを調整してから部屋を出る。

「はぁ……」

 澄んだ冷たい夜風が邪な心を洗い流してくれているような気がする。
 欠いていた冷静さを取り戻すまで、胸に手を当てて深呼吸を何度か繰り返していたがようやく全身が楽になると空を仰ぎ見る。
 木々の枝葉に遮られ隠れて見えないが隙間から溢れ落ちる月明かりからして今宵は美しい月が見れるのだと分かる。

(……もう、二度とあんな事がないように……)

 建物の外側から窓を軽く覗き込むとすやすやと穏やかに眠るガルビスの姿が視界に入る。
 その姿を見ればもう二度と失わない為にも自分の心に強く言い聞かせればイズオアルは中に戻り、ガルビスが起きるまで近くで見守る事にしていた。

 再び、時間は過ぎてゆく。静かに、ゆっくりと過ぎる時間とあまりの平穏さに感覚が狂いそうになる。
 そうこうしているうちに窓から日が差し込む。すると朝に弱いガルビスは上布団を被って光を遮れば深い眠りにつこうとしていた。
 ああ、このままでは昼まで起きないかもしれない。それを危惧したイズオアルは席を立てばなんてことない小さなキッチンで調理をし始める。
 据え置きの冷蔵庫にはガルビスの嗜好がよく表れており、ケーキやチョコレート、ホイップクリームという甘味がたくさん置かれていた。
 その中からホイップクリームと牛乳、そして戸棚から砂糖とココアを取り出すとホットココアを作る。かなり甘くするべく砂糖で甘味を調整し、仕上げにホイップクリームをかけて作ればガルビスの元に運び、近くに置かれている机の上に置いた。

「……ガルビス、Dr.ガルビス。朝ですよ。起きてください」

 布団越しに肩を掴んで揺すれば「ううむ……」と呻き声が聞こえたあと、動きが止まる。
 やはり押しが弱いようだ。マグカップを持てば布団まで近付け軽く捲れば匂いを嗅がせる。すると薄く開かれた瞳はふんだんに盛られたホイップクリームを捉えるとゆっくりと顔を起こしてマグカップの口にカブリ、とかぶりついた。

「ん……甘い、すごく……甘いな」
「お口に合いましたか?これは貴方の為だけに学び作れるようになりました」
「……そうか、すごく美味しい……ありがとう、眠気覚ましにはちょうど、良い」

 真っ赤な舌先でホイップクリームを舐め取る。その姿はグッと来るものがある。流石は長年想いを寄せている相手だけあって細やかな言動全てが色気を帯びているように見えるがガルビスにとってはごく当たり前の事のようでホイップクリームをねぶっている。
 口端にたっぷりとクリームをつけ、それを舌先で舐め取ると最後の一滴まで飲み干す。それが行儀が悪い事は言わずもがな、分かるもののイズオアルはその仕草をマジマジと見て下半身が強く、イキり勃ってしまった

「……お前って、分かりやすいな」

 クスッ、と小さく笑われると耳まで真っ赤に染まる。それを隠すように両腕を顔を覆うとガルビスはマグカップを手に、ベッドの上で胡坐を掻けば頬杖をついて恥じらうイズオアルをジッと見ていた。
 しばらく堪能した後、ようやく重い腰をあげるようにガルビスは頭を擡げていた問題を口を開く。

「なぁ、イズオアル。未来の俺はどのように死ぬんだ?」

 その問いにいつまでも顔を隠していたイズオアルは恐る恐る、と言わんばかりにゆっくり腕を下ろせばガルビスの瞳を見る。

「……自死、です」
「自死?俺が死ぬような事、あるか?」
「……ええ、私のせいで……幾度となく、貴方は耐え切れず……」

 なんとも歯切れの悪い。何かいいk宅無い事でもあるのかとイズオアルの透き通る瞳をマジマジと見つめると「うゔっ」とまるで泣いた子供が出すような、情けない声を出してイズオアルは顔を背けた。
 それほどに言いたくない事があるのか。一つ気になれば全て気になって抑えきれなくなる、そんな性分のガルビスは再度問いかける。

「イズオアル、どうしてお前のせいで俺が死ぬんだ」

 やや語気を荒げて訴えかけるとガルビスのその声に酷く驚いたのか大きく肩を震わせ、戸惑う様子を見せた。
 そして、しばし項垂れた後、観念したように歯切れの悪い口から答えが出た。

「……私の、あまりにも強い愛と、何よりも過去の繋がりの兼ね合いで貴方は耐え切れなくなって自死を選んでしまうんです。あとは、別の形でも……襲われて」
「襲われる?俺が?誰がこんな貧乏陰気藪医者を襲うんだ」
「……その……あの、……うん……」
「イズオアル?」

 またもや歯切れが悪くなった。なんなんだ、と眉間にシワを寄せて話しを聞いていたが今回は口を割らないようでイズオアルはただただ「すみません、話せそうにない……」と酷く落ち込んだ様子で語るのみ。
 これ以上、聞くのは可哀想だ。これ以上、質問するのはよそうと思い「分かった」とだけ返せばホッと一安心した様子で胸を撫でおろすイズオアルを見上げて一つだけ、釘を刺す。

「言っておくがお前の知る未来の俺はそんなくだらない事で死ぬような奴だが、今の俺はちょっとやそっとの事じゃ死なねぇよ。たとえ、お前の愛がいくら重かろうとも、俺も愛に飢えた獣、お前こそ覚悟しろよな?」
「が、ががっ、ガルビ……スッ……!」

 ニィッと上向く口角は不敵な笑みを作る。悪戯に満ちたその表情を見てイズオアルは抑え込んでいた劣情が理性という蓋を突き破って溢れ出てくる。
 衝動のままに肩を掴んでベッドに押し倒しそうになる。しかし、押し倒す寸前でグッと堪えると覆いかぶさるように抱きつきだけで収まった。

「~~~~はぁ……っ、そういう挑発……我慢できなくなってしまいます……」

 大きく息を吐いてイズオアルはズルズルとへたり込んでしまう。
 それほど好きだという事は十分なほどに伝わってくる。
 自分より体の大きい男が恋い焦がれているのか思えばそれはそれでまた楽しく思えた。

「あんまり意地悪するのもよくないな。控える」
「お願いします……」
「ああ。……よし、じゃあ帰るか。その羽根、隠せるか?」

 イズオアルの頭をひとしきり撫で、立ち上がったガルビスは帰るべく支度を進め始めた。
 その中でも一番気にしていた事をイズオアルに伝えると彼は少し考えてから一呼吸した後、ガルビスが瞬きするうちに翼を消し去ってしまう。
 翼が消えればごく普通の恰幅のいい高身長の人間族として認識できる。
 それを確認してから荷物を持ち出してから建物を出ると再び建物をキューブ状の魔道具に戻せば日差しが差し込む森を共に歩く。


 森から港町に戻るのはそう難しくもなかった。明るい森は比較的見通しが良く、すぐに街道に出れば西に進んで町に向かう。
 港町に入ればすぐ左手の路地へと入り突き当たりにある大きな建物に囲まれて日陰になってしまっている小さな建物への足を踏み入れる。
 玄関には"ナビア診療病院"と書かれた札と共にCLOSEと書かれた札が一緒にぶら下がっている。
 扉を開けて中に入るガルビスの後をついて入るとカランコロン、と扉に取り付けられた鈴が鳴ったことにより部屋の奥からペタペタと桃色の髪が特徴的な少女が走ってきた。

「ゲコッ!おかえりぃ、先生ぃ~!」
「ただいま。支払ってきたか?」
「もちもち!掃除もしたゲロー!先生こそ、どうだったゲ……ゲコ?」

 出迎えてくれたのはガルビスが生み出した合成獣リルティマだった。
 約束通り、家主がおよそ一晩帰ってこなかった間も掃除やらなんやらと家の事をしながら支払いも済ませた事を伝え、ガルビスはどうだったかと問いかけようと見上げた時、背後に明らかに見覚えがない上にあまりにもデカすぎる男が立っている事に気付くなり「ゲコォ~!?」と蛙の断末魔を彷彿させる声をあげて尻餅をついてしまった。

「な、なんですぅ、その男は!新しい合成獣ですか!」

 どうやら混乱しているようで人の姿をしているであろうイズオアルを合成獣か何かと勘違いしたようだ。
 人ならざる者であるという事からして、その答えはあながち間違ってはいない。

「あー、そうだな……助手だ、新しい助手」
「ゲコッ!?じょ、助手となるとリルリルの立場は!どーなるのですぅ?!」
「お前は家事代行サービスみたいなものだろう。ほら、家事の続きしてこい」

 慌てるリルティマに仕事を命じればイズオアルを連れて二階へと上がる。
 部屋全体が暗いというのに階段には明かりの一つもなく、足元がよく見えない。そんな階段をイズオアルは慣れた足取りゆっくりと上がりつつ「リルティマちゃん、可愛いですね」とガルビスに話しかけて他愛もない会話をしながら二階の突き当たりにある部屋へと向かう。
 その部屋はガルビスが一日の大半を過ごす為にある私室である。その部屋の前にガルビスは立つと振り返り、ひょこひょことついてくるイズオアルに問いかけた。

「どうする、部屋は」

 その手短な問いかけにイズオアルは「貴方の部屋で構いません」とだけ微笑み返せば、そのような言葉は望んでいなかったのか、小さなため息を吐くなり扉を開けて中に入っていく。
 ガルビスのとっては私室はもっともデリケートな場所である為、他人が入る事は土足で踏み荒らすのと同じ意味を持つ。ただ、イズオアルはどうすればガルビスが機嫌を損ねる事なく同じ部屋で過ごせるか知っている。
 部屋に入るなり、目にも止まらなぬ勢いで埃で汚れた部屋をサササッと掃除すればガルビスの部屋の隣にある物置からベッドを拝借し、勝手に改造すればガルビスのベッドと組み合わせてダブルベッドを作り上げる。

「……何が起きた?」

 ものの数分で部屋が大幅に変わった事にガルビスは驚きを隠せなかったがあたかも当たり前のように部屋の掃除を終えたイズオアルは用意しておいた自分用の椅子に腰をかけてガルビスに微笑みかける。

「どうです?私の日曜大工技術は」
「……素直にすごいと思うが人の部屋を勝手に改造しないでくれ」
「フッフッフッ、気に入っていただけたうえにお褒め頂きありがとうございます」
「最初は褒めたが改造してくれとは言ってないはずだが」

 顔に手を添え、不敵に微笑むイズオアルは若干、いやそれ以上の過剰なほどに自画自賛が激しく感じられる。
 ツッコミを入れるだけで脳が疲れてくる。休もうと向かいに置かれた椅子に腰をかけるといつの間にか開かれていた窓から心地よい風が吹き込み、温かい日差しを浴びては眠気に襲われる。
 机に肘を置いて、手の甲で頭を支えながら目を瞑ってうつらうつらとし始めると向かいに座ってガルビスを静かに見ていたイズオアルは立ち上がれば今にも眠ってしまいそうなガルビスの背に腕を回せば優しく抱える。
 固かったベッドが以前よりもふわっと柔らかくなっており、そこに寝かせるとガルビスは枕に顔を埋めて静かに寝息を立てる。その姿を見ながら額に優しく口付ければ毛布をかけてあげる。
 今回はすぐに寝てくれたおかげで袖を掴んだりといった事はなかった。ゆっくりと足を立てないように部屋を出るとイズオアルは一階で忙しなくするリルティマを見つければ軽く手を振ってから近付く。

「やぁ、リルティマちゃん」
「はひっ?!あ、えっとぉ……ど、どうして名前を……」

 ついうっかり、ガルビスの飲み込みのよさから忘れかけそうになっていたがリルティマにとってイズオアルとこうして話すのは初めてだった。

「ああ、ガルビスから聞いたんです。私の名前はイズオアル、その手にある手紙はなんでしょう?」

 適当な理由をつけて挨拶をすれば深く考えず納得した様子で「よろしくです!」と挨拶を返してくれた。
 続けて問いかけたのは忙しなくするわりに大事そうに手に持っている封筒。封が切られている事から中身は見たうえでまだ提出していない事から、言い出しづらいなにかがあるのだろうかと気になった。
 するとその問いかけにリルティマは慌てるようにペタペタと足音を立てて両手を動かし、バタバタした後、イズオアルの澄んだ青い瞳を見てようやく白状する。

「……その、先生宛にお呼び出しがかかってましてぇ……」
「呼び出し?どこから?」
「オストウェル学園都市の南西にある砂の都からですぅ……」

 オストウェル学園都市ーーーー地上世界でもっとも大きいとされる大規模都市で地上世界を制する王がいる場所でもある。
 学園という名はオストウェルの敷地内でも北端に位置するところにある商業施設区画をそう呼ぶのであって、正確にはオストウェル王国と呼ぶ。
 オストウェル王国は誇り高き城壁で守られており、オストウェル学園都市を中心としたオストウェル国以外にも春の都、砂の都、雪の都の三つの国が同じ敷地内に存在する。
 その中でもオストウェルに続いて権力があるのが砂の都。
 およそ二十年前に国王の跡取りであった王子が通学していたオストウェル学園にて不慮の事故に見舞われ、失意の底に落ちた都。
 今になってこのような手紙が来るという事は……即ち、ガルビスの死に直結する事象に違いない。

(私が貴方に近付くと死の香りが早くも舞い込んできてしまいますね……)

 遠路はるばる未来から現在へ、幾度となく想い人の死を見てイズオアルはその連鎖から抜け出す為に繰り返し過去へと戻り、ガルビスを助けようとした。
 だが、死の運命は遠のくどころか近付くばかりで、避けようのない現実へと変わっていく。

 今度こそは。

 そう強く願いながら目を瞑り、己の胸に強く訴えかけるよう思いを強く実らせていると事情を知らないリルティマは不安そうな顔でイズオアルを見上げていた。

「だ、大丈夫ですぅ……?」

 その問いを聞いてハッと我に返ればイズオアルはいつものように優しく微笑み返す。

「ええ、大丈夫です。その手紙の内容を読む限り、必ず赴かなくてはならないのですか?」
「い、いえっ、それが分からなくてぇ……よ、よければ読んでくれません……?」
「いいですよ」

 渡された手紙を受け取ると中身を見る。確かにどこにも必ずとは書かれていない。これならば捨てても構わないだろうとグシャッと丸めてゴミ箱に放り投げると突然丸められた事に怖がって今にも泣きそうになっているリルティマの頭をわしゃわしゃと撫で回す。
 安心して頬を緩め、ニマニマと笑うようになったのを確認してからイズオアルは家を出ようと玄関に歩いていく。

「ど、どこ行くんです?」

 と問いかけながら後を追いかけてくるリルティマにイズオアルは一言だけ帰す。「夜までに帰りますよ」とだけ言葉を残し再び頭を撫でれば家を出た。
 邪魔な者を消すために、イズオアルは隠した光輪を時折光らせながら微笑みの内側に帯びた殺気を、ただひた隠しては港町を歩く。
 
 
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卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

偽りの聖者と泥の国

篠雨
BL
「感謝すら忘れた者たちに、明日を語る資格はない」 自らの都合で聖王セシルを追放し、異世界から新たな「勇者」を召喚したアドレアン聖王国。 しかし、その身勝手な選択が、国を、大地を、そして人々の心を根底から腐らせていく。 壊れゆく少年勇者と、彼を歪に愛した騎士。 二人の執着が交わったとき、聖王国は二度と再生不能な終焉へと突き進む。 裏切り者たちには、因果応報という名の、容赦なき報いが下る。 これは、傲慢な国が崩壊するまでの、無慈悲な記録。 ----------------------------------------- 『嘘つき王と影の騎士』から引き続き読んでくださる皆様へ この物語は、セシルを虐げた者たちが、ただただ因果応報の末路を辿るだけの物語です。 本編に救いはありません。 セシルたちのその後が気になるという方は、本編は飛ばして、最終話の後に掲載する「閑話」のみをお読みいただくことをお勧めいたします。 本作は『嘘つき王と影の騎士』の続編となりますが、前作をお読みでない方でも一つの物語としてお楽しみいただけます。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。