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8話side勇人
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俺は青ざめた表情で首を横に振る青年の元に、ゆっくりと歩みを進める。
あと一歩
一瞬、俺の視界は闇に包まれ、身体は糸が切れた操り人形のように地面に崩れ落ちる。
完全に脱力した身体は指一本すら動かすことが出来ない。その姿を見た青年はニヤリといやらしい笑みを浮かべながら俺に近づく。
「あら?どうしたんですか先輩?俺に他人の痛みを教えてくれるんじゃなかったんですかっ!?」
そう言いながら俺の横腹を蹴り上げる。
うげぇぇ!小学生相手に容赦なさすぎだろ!?腹にうけた衝撃のせいで胃から逆流してきた内容物を無理やり飲み込むと、俺に蹴りを入れた男を睨みつける。
「とりあえず全員死んでもらえば、目撃者もいなくなるし、僕が罪に問われることは無いかな?君たちを片付けた後、僕がいた証拠を消す作業が面倒だけど…」
そう言いながら床に落ちていたレンチをハンカチ越しに拾い上げ、俺に向かい視線を送る。
「ばいばい勇者くん。残念だけど死んだとしても復活の呪文は無いよ」
血に塗れたレンチが無慈悲にも俺の頭部目掛けて振り下ろされる。俺は床に這いつくばりながら、只々それを眺めることしか出来なかった。
人は死の危険を感じた時、周囲がスローモーションになると聞いたことがある。交通事故や高所からの落下だったか?
俺は今まさにそれを経験している。俺の頭に振り下ろされたはずのレンチは、いつまで経っても俺の頭に到着しない。
…いやスローじゃない。あと数センチ動けば、俺の命を狩る事ができるという距離で凶器がピタリと止まり、微動だにしない。
「よお。大丈夫か?」
青年の背後から覗いたのは、俺が毎日の様に教室で見る顔。
「大丈夫に見えるんならお前の目は節穴だよ」
「そうか。言ってる意味はわからんが、とりあえず大丈夫そうだな」
(全然大丈夫じゃねぇよ)
俺は頭の中で文句を言いながら安堵のため息を漏らし脱力する。コイツなら誰が相手でも負けることは無いだろう。
「離せ!誰だよこのデブはよ!!」
青年は掴まれた腕を振り解こうと必死に動かすが無駄だ。万力のような握力で掴まれた腕を振り解こうにも全く動かない。
逆の手で、相手の襟を掴み、投げ飛ばそうとした彼の脳裏に浮かんだのは、大地に太い根を張る大木。全力で引こうが押そうが1ミリも動かない。
「俺の戦友を怪我させたのはお前だな?」
え?俺いつの間にあきらの戦友になったの?友達じゃなくて?
あきらは素早く相手の首に腕を回し締め上げる。あれは柔道でいう『裸締め』ってやつだな。プロレスで言うところの『チョークスリーパー』ってやつだったか。
絞技をキメられた方は懸命に相手の腕をタップするも、より強い力で締め上げられる。
…3、4、5…あ、落ちた
「言っとくがな、俺はデブじゃねぇ!ぽっちゃり系だ!!」
鬼の形相で訂正しているが、相手はすでに白目むいており返事はない。
「それくらいにしといてやれよ。ところで、何でお前がこんな所にいるんだよ『あきら』」
「おう!なんか美味そうな匂いがしたんでな!」
「なんじゃそら…」
あきらから話を聞いた話を整理すると。隣町の柔道教室で臨時講師をやっている父親についてきたところ店から出てくる俺たちを発見。車で連れ去られる静と、ソレを追いかける俺を追ってきたらしい…自分の足で。
流石に途中で俺たちを見失ったらしく到着が遅れたが、静が持っていたハンバーガーの匂いを追跡したらしい…。
お前は犬かよ…
床に転がった青年と不良を現場にあったロープで縛り上げ、しずかの元に歩み寄り手を差し伸べる。
「ほら。立てるか?」
「うぅ…無理…足に力が入らない」
「ほれ!俺が運んでやるよ!」
あきらがしずかを抱えようと近づくが、足元にできた水たまりを見て顔をしかめる。
「なんだお前?しょうべん漏らしたのか?」
パァァアン!
「あ、すげえいい音がした」
あきらの左頬にしずかの平手が炸裂し、周囲に乾いた音が響き渡る。その跡には徐々に赤い紅葉がくっきりと浮かび上がる。
「あんたねぇ!デリカシーってもんは無いの!傷心の女の子に向かってなんてこと言うのよ!!」
俺はしずかに肩を貸し立ち上がらせる。少しふらつくが俺も満身創痍なため許してほしい。
「奥の部屋にシャワーがあるみたいだ。そこまで連れて行くから後は自分で何とかしてくれ」
しずかを脱衣所に残して行こうとすると、彼女は俺の袖を掴む。
「不良どもは俺が何とかするから安心しろ。そんな目をすんなよ。あきらにも表で見張っといてもらうから」
しずかは恨めしそうな目をして俺を見つめる。しかしいくら小学生とはいえど風呂に一緒に入るわけにはいかん。頑張って何とかしてくれ。
「あきら。こいつらを運ぶのを手伝ってくれ」
「ん?いいけど、こいつらどうすんだ?」
「これ以上悪さができないようにお仕置きが必要だろ?運び終わったら、あきらはしずかの入浴が終わるまで浴室の外で見張りをたのむ」
俺は真剣な顔であきらを睨みながら注意する」
「一応忠告するがお仕置き中、絶対部屋を覗くなよ」
「…覗いたらどうなるんだよ」
「一生美味い飯が食えなくなるぞ」
「わ、わかったよ」
あきらにはこの言葉が1番効果的だろう。
俺は荒縄で縛り上げられ、床に転がされた不良達と青年に視線を移す。ふぅ…正直気は進まないがやるしかないか…。
ちなみにお仕置きの内容は秘密だ。部屋の外で男達の悲鳴を聞いたあきらが、青ざめた顔で部屋から出てきた俺を見て、しばらく声もかけてこなかったとだけ言っておこう。
俺三人はあきらの父親が臨時講師を行っている駅前の柔道教室へ向かって歩く。多少足はふらつくが、まぁ何とかなるだろう。
…というか…
「なぁ?そろそろ自分の足で歩いてくれねぇか?」
俺の肩を借りて歩くしずかにため息混じりに訴える。
「いいじゃんちょっとくらい。減るもんじゃないし。うぅ…それにしても、すーすーして落ち着かないわね」
「ん?なんだおめぇ?ぱんつわいてねぇのか?ってうげっ!!」
今度はあきらの右頬に、しずかの綺麗な右ストレートが突き刺さった。
「てめぇ!一度ならず二度も殴りやがったな!」
「きぃーーー!あんたが失礼な事ばっかり言うからでしょーが!」
「うっせー!お前しずかって名前のくせにうるせーな!紛らわしーから、今日から『うるさか』に改名しろ!」
喧嘩する位元気があるなら自分で歩いてくれよ…頼むから。ちなみに俺は柔道教室の前に辿り着くと同時に限界を迎え、意識を失って地面に倒れこみ、そのまま寝むってしまった。
あと一歩
一瞬、俺の視界は闇に包まれ、身体は糸が切れた操り人形のように地面に崩れ落ちる。
完全に脱力した身体は指一本すら動かすことが出来ない。その姿を見た青年はニヤリといやらしい笑みを浮かべながら俺に近づく。
「あら?どうしたんですか先輩?俺に他人の痛みを教えてくれるんじゃなかったんですかっ!?」
そう言いながら俺の横腹を蹴り上げる。
うげぇぇ!小学生相手に容赦なさすぎだろ!?腹にうけた衝撃のせいで胃から逆流してきた内容物を無理やり飲み込むと、俺に蹴りを入れた男を睨みつける。
「とりあえず全員死んでもらえば、目撃者もいなくなるし、僕が罪に問われることは無いかな?君たちを片付けた後、僕がいた証拠を消す作業が面倒だけど…」
そう言いながら床に落ちていたレンチをハンカチ越しに拾い上げ、俺に向かい視線を送る。
「ばいばい勇者くん。残念だけど死んだとしても復活の呪文は無いよ」
血に塗れたレンチが無慈悲にも俺の頭部目掛けて振り下ろされる。俺は床に這いつくばりながら、只々それを眺めることしか出来なかった。
人は死の危険を感じた時、周囲がスローモーションになると聞いたことがある。交通事故や高所からの落下だったか?
俺は今まさにそれを経験している。俺の頭に振り下ろされたはずのレンチは、いつまで経っても俺の頭に到着しない。
…いやスローじゃない。あと数センチ動けば、俺の命を狩る事ができるという距離で凶器がピタリと止まり、微動だにしない。
「よお。大丈夫か?」
青年の背後から覗いたのは、俺が毎日の様に教室で見る顔。
「大丈夫に見えるんならお前の目は節穴だよ」
「そうか。言ってる意味はわからんが、とりあえず大丈夫そうだな」
(全然大丈夫じゃねぇよ)
俺は頭の中で文句を言いながら安堵のため息を漏らし脱力する。コイツなら誰が相手でも負けることは無いだろう。
「離せ!誰だよこのデブはよ!!」
青年は掴まれた腕を振り解こうと必死に動かすが無駄だ。万力のような握力で掴まれた腕を振り解こうにも全く動かない。
逆の手で、相手の襟を掴み、投げ飛ばそうとした彼の脳裏に浮かんだのは、大地に太い根を張る大木。全力で引こうが押そうが1ミリも動かない。
「俺の戦友を怪我させたのはお前だな?」
え?俺いつの間にあきらの戦友になったの?友達じゃなくて?
あきらは素早く相手の首に腕を回し締め上げる。あれは柔道でいう『裸締め』ってやつだな。プロレスで言うところの『チョークスリーパー』ってやつだったか。
絞技をキメられた方は懸命に相手の腕をタップするも、より強い力で締め上げられる。
…3、4、5…あ、落ちた
「言っとくがな、俺はデブじゃねぇ!ぽっちゃり系だ!!」
鬼の形相で訂正しているが、相手はすでに白目むいており返事はない。
「それくらいにしといてやれよ。ところで、何でお前がこんな所にいるんだよ『あきら』」
「おう!なんか美味そうな匂いがしたんでな!」
「なんじゃそら…」
あきらから話を聞いた話を整理すると。隣町の柔道教室で臨時講師をやっている父親についてきたところ店から出てくる俺たちを発見。車で連れ去られる静と、ソレを追いかける俺を追ってきたらしい…自分の足で。
流石に途中で俺たちを見失ったらしく到着が遅れたが、静が持っていたハンバーガーの匂いを追跡したらしい…。
お前は犬かよ…
床に転がった青年と不良を現場にあったロープで縛り上げ、しずかの元に歩み寄り手を差し伸べる。
「ほら。立てるか?」
「うぅ…無理…足に力が入らない」
「ほれ!俺が運んでやるよ!」
あきらがしずかを抱えようと近づくが、足元にできた水たまりを見て顔をしかめる。
「なんだお前?しょうべん漏らしたのか?」
パァァアン!
「あ、すげえいい音がした」
あきらの左頬にしずかの平手が炸裂し、周囲に乾いた音が響き渡る。その跡には徐々に赤い紅葉がくっきりと浮かび上がる。
「あんたねぇ!デリカシーってもんは無いの!傷心の女の子に向かってなんてこと言うのよ!!」
俺はしずかに肩を貸し立ち上がらせる。少しふらつくが俺も満身創痍なため許してほしい。
「奥の部屋にシャワーがあるみたいだ。そこまで連れて行くから後は自分で何とかしてくれ」
しずかを脱衣所に残して行こうとすると、彼女は俺の袖を掴む。
「不良どもは俺が何とかするから安心しろ。そんな目をすんなよ。あきらにも表で見張っといてもらうから」
しずかは恨めしそうな目をして俺を見つめる。しかしいくら小学生とはいえど風呂に一緒に入るわけにはいかん。頑張って何とかしてくれ。
「あきら。こいつらを運ぶのを手伝ってくれ」
「ん?いいけど、こいつらどうすんだ?」
「これ以上悪さができないようにお仕置きが必要だろ?運び終わったら、あきらはしずかの入浴が終わるまで浴室の外で見張りをたのむ」
俺は真剣な顔であきらを睨みながら注意する」
「一応忠告するがお仕置き中、絶対部屋を覗くなよ」
「…覗いたらどうなるんだよ」
「一生美味い飯が食えなくなるぞ」
「わ、わかったよ」
あきらにはこの言葉が1番効果的だろう。
俺は荒縄で縛り上げられ、床に転がされた不良達と青年に視線を移す。ふぅ…正直気は進まないがやるしかないか…。
ちなみにお仕置きの内容は秘密だ。部屋の外で男達の悲鳴を聞いたあきらが、青ざめた顔で部屋から出てきた俺を見て、しばらく声もかけてこなかったとだけ言っておこう。
俺三人はあきらの父親が臨時講師を行っている駅前の柔道教室へ向かって歩く。多少足はふらつくが、まぁ何とかなるだろう。
…というか…
「なぁ?そろそろ自分の足で歩いてくれねぇか?」
俺の肩を借りて歩くしずかにため息混じりに訴える。
「いいじゃんちょっとくらい。減るもんじゃないし。うぅ…それにしても、すーすーして落ち着かないわね」
「ん?なんだおめぇ?ぱんつわいてねぇのか?ってうげっ!!」
今度はあきらの右頬に、しずかの綺麗な右ストレートが突き刺さった。
「てめぇ!一度ならず二度も殴りやがったな!」
「きぃーーー!あんたが失礼な事ばっかり言うからでしょーが!」
「うっせー!お前しずかって名前のくせにうるせーな!紛らわしーから、今日から『うるさか』に改名しろ!」
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