『完結』6年3組わたしのゆうしゃさま

はれはる

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20話side勇人

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 何度飲んでも、あの物体Xの味にはなれないぜ。でもあれを飲まないと夕方までぶっ倒れて、学校どころじゃないんだよなぁ。

「おはよ~」

 俺は教室にいたクラスメイトに挨拶をして自分の席に着く。

「おはようございますゆうと君。調子はどうですか?」

「おはよ。まぁぼちぼちだな」

「手、どうしたんですか?」

 たかしは机の下に隠している両手を指さしながら質問する。コイツめざといな…。

「ん~ちょっと朝は関節の動きが悪くてな。こうやってほぐしてやらないとうまく動かないんだ」

「君。一体何歳ですか?」

 確かに年寄りみたいな台詞だったな。でもこうやって少しでも関節をほぐしてやらないと、まともに鉛筆が握れなくて勉強どころじゃないんだよ。

「まぁまぁ気にすんなよ。別に怪我したわけじゃないから大丈夫だよ」

「ま、そういうことにしといてあげます」

 たかしが自分の席に戻るのを見送ると、背後に俺の背中を指でつつく感触がする。振り返るとしずかが俺の顔をじっと見ている。
 しずかは自分の口元を俺の耳元にそっと近づけ、周囲に聞こえないよう小声話しかける。そんなに近づかれるとドキドキしてしまうんだが。

「どうして本当のことを話さないの?」

 ん?ほんとうのこと?
 あ!俺は思い出す。栞は毎朝早い時間に登校し、教室で読書をしていることで有名だ。ならば俺が早朝にグランドをローラーがけしていることを知っていてもおかしくはない。

「ま、まぁ人に言いふらすことでもないからな…ははは」

「ふぅん…まぁそういうことにしとくね」

 わざわざたかしの言い方を真似て、意地悪そうにつぶやくしずか。俺また嫌われるようなことしたっけ?理不尽だ…。
 言われてみれば、確かに隠すことなんて全くないのだが、あまり知られたくないのも本当だ。だって野球部でもないただの一般小学生が、毎朝グランド怪しい大男とでローラーを引いてるなんて不気味がられて孤立するだろうが。そんな子供時代過ごすのはまっぴらごめんだ。
 
 昼休み。俺は机の上に有名私立中学校の受験対策本、いわゆる『赤本』ってやつを広げる。昨日母親に頼み込んで買ってもらったやつだ。俺が買いたいものがあるって母親に頼み込んで、この本を見せた時は「あんた熱でもあんの?」と言いやがった。しかも母親から買ってもらった訳ではない、俺の小遣いを前借りして買ったやつだ。親なら子供の勉強代くらい出してくれても罰は当たらんと思うぞ。
 俺だって勉強くらいするわ!
 いや、すいません。小学生時代を振り返ると全然やってなかったです…。少なくとも小学生時代なんて、特別勉強しなくてもテストはまあまあ良い点数が取れていて、俺は勉強ができるやつだって勘違いしていた。
 しかし、中学生になって、科目がガラッと変化し、点数が取れなくなって、俺は現実を見せつけられた。俺はただの凡人だ。点数なんて60点以上取れていれば良い。そんな考えになってしまった。その後も、それなりに勉強して、それなりの高校に入り、それなりの大学に入り、それなりの会社に就職した。
 俺は凡人だ。でも俺はただの凡人じゃない!凡人であることを理解している凡人だ!
 俺は目の前の赤本に全力で取り組む。


 15分後


 わかんねぇ!1問目すら解けねぇ!!一体どおなってんだよ中学受験!
 こんなの受ける人間は、そもそも俺たちとは遺伝子レベルで別の人種ってことなのか!理不尽だ!
 俺が頭を抱え、絶望していると誰かが右の肩を優しく叩く。

「なんだ、たかしかよ。今忙しいだけど」

「勉強順調ですか?」

 俺は恨めしそうにたかしに目線を送る。

「そう見えるか?」

「もしかしてゆうと君はその中学を受験するんですか?随分ハードルを上げましたね。僕でも難しいですよそこ」

「え?しないよ?とりあえず難しいやつをくれって本屋の店員に頼んだからな!」

「からな!じゃないですよ!何やってんですか!」

 たかしはまるで舞台俳優並みのオーバーなリアクションで頭を抱える。え?そんな悪いことなの?

「あのですね。受験問題は受ける中学ごとに全く別物と言っていいものです!各学校毎に傾向が異なっていて、きちんと対策しないと全くの無意味ですよ!」

 がーん!俺の前借りした小遣いが、全くの無駄だと。魂が抜けたかのように脱力し、床に倒れ込む。

「ちょ!ちょっと!大丈夫ですか?はぁ、まったく…わかりましたよ。とりあえず話だけでも聞いてあげましょう。ちなみにどの学校を受験希望ですか?」

 俺はその言葉を聞いた瞬間、床からバッタの如く飛び跳ね起き上がる。

「ほんとか!おお!こころのともよ!ありがとう!」

 俺はたかしの両手を掴み、ブンブンと腕が千切れるほどの激しい握手をする…おい、ちょっと後悔したような顔をするな。

「受験したい学校だったな?わかんねーけど、俺はとにかく栞と同じ中学を受験したいんだ!」

 俺の言葉にたかしは眉間に皺を寄せ不快そうな顔をする。

「…気が変わりました。やっぱりこの話は聞かなかったことにします」

「ちょ!ちょっとまて!これにはマリアナ海溝よりも深い深ーい事情があるんだよ!」

「君がしおりさんと同じ中学に行きたい動機なら前に聞きました。しかし、僕はそれを信じていません。もしそれが真実であると言うのであれば…その証拠を見せてください」




…え?証拠?
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