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 あれから俺はどこか上の空だ。
 ラクが何を言っても頭に入ってこない。
 どうすればいいのか分からなくなっていたのだ。

 そんな時、聞こえて来たラクに彼女ができたという噂。

 そっか……。
 やっぱりなと思った。
 そりゃそうだ。少し考えたら分かる事だ。俺みたいに怒り顔の図体ばかりでかくて可愛げのないやつ、ラクが好きになるはずないじゃないか。
 魔法なんてもの存在するわけがない。
 ラクはあんなに可愛くて恰好よくて、みんなに愛されてる。
 俺と一緒に居てくれるのだってたまたま俺らが幼馴染だったからだ。
 優しいラクは、孤立しがちな俺の事を可哀そうに思って一緒に居てくれただけなんだ。付き合おうと言ってくれたのだって俺の事が好きってわけじゃなくてラクの優しさ。
 それなのに浮かれて、どっちがどっちだなんてありもしない事考えてさ。

「ばっかみたい……」


 それから俺はラクの事を避けるようになった。
 登下校もわざと時間をずらして一緒にならないようにした。
 休み時間もチャイムが鳴るなり教室を出てラクに見つからないように隠れた。
 きっとラクの事だから今までと何も変わらない。
 だけど、彼女が出来たって事は俺たちの関係は嫌でも少しずつでも変えていかなくちゃいけないんだと思う。折角の恋人になってまで俺たちが一緒にいる理由を作ってくれたラク。だけど、本物の恋人ができたのなら、もう無理だよね。

 幼馴染みとしては笑って「おめでとう」って言わなくちゃいけないんだろうけど、そんな事言える気がしなかった。
 だけど、お祝いも言えない俺の事をラクはどう思うだろう?
 もしかしたらいよいよ愛想をつかされてしまうかもしれない。
 ――そんなのは絶対に嫌だ。
 だから臆病な俺はラクから逃げ回っている。でも、そんな事いつまでも続ける事なんてできるはずもなく。

 じゃあどうすれば――?

 俺にも彼女ができたら……この胸の痛みも少しは和らぐのかな?
 そしたらラクと彼女の事を笑って「よかったな」って言えるのかな?
 そしたらラクも安心してくれる……のかな……?

 そう考えて吐きそうなくらい気持ちが悪いのに笑う練習、と無理に口角を上げてみる。
 だけど楽しくもないのに笑うなんて事はできなくて、涙があとからあとから零れていった。

「――う……ラ……ク……ぅ」

「あれー? なになに? こんなとこでどったのよ」

 突然聞こえて来た能天気な声に顔を上げると、上級生なのか俺よりも大柄な男が俺の事を覗き込んでいるのが見えた。
 俺は泣き顔を見られないようにそっぽを向いた。

「うっせ……っ」

「おやおやまぁまぁ、なんてかわいい仔猫ちゃんなんだろうねぇー」

「はぁ? 誰が仔猫だっ?? 何言ってやがる。キモイんだけど」

「んはぁ~。本当見れば見るほど俺のタイプだぁ。ねね、俺と付き合わない? 俺アッチ・・・の方もうまいし満足させられると思うよ?」

 初対面の男に付き合おうと言われてしまった。ラクの時と違ってちっとも嬉しくない。
 でもこいつと付き合えば、彼女ではないけど俺にも恋人ができるという事だ。しかもこいつの口ぶりだとこいつはする方・・・。何の問題もない。
 ただ俺がこいつの事を好きでも嫌いでもないという事を除けば――。

「……」

 俺は返事をしようと口を開きかけた。

「――ちゆきっ!」

 突然ラクに名前を呼ばれギクリとなって、開きかけていた口を閉じた。
 俺は頭が真っ白になってただラクの事を見つめる事しかできなくて、先輩に易々と抱き込まれてしまった。

「邪魔すんなよなー。これから俺はこのかわい子ちゃんといい事するんだからさーどっか行ってくんない?」

 ラクが音がするほど奥歯を噛みしめているのが分かった。長い付き合いの中で初めて見る顔だった。

「汚い手でちゆきの事触るんじゃねー」

 いつものラクとは違う言葉遣いと空気感。少しだけ怖い……。

「あぁ? それが上級生に向って言うセリフか?」

「上級生だろうがたとえ王さまだって関係ないっ。オレの・・・ちゆきに誰の許可得て触ってやがるっ。ちゆきはオレのだっ! 今すぐ離せっ!」

 ラクの倍もあるくらい大きな先輩に一歩も引く様子を見せないラク。
 ラクはやっぱり恰好いい。なんて場違いな事を思い、胸をときめかせてしまった。『オレの』というラクの言葉が頭の中でこだまする。

 流石に先輩はキレてしまったのかラクに殴り掛かろうとした。
 呆けている場合じゃない。俺は咄嗟に先輩を引き倒していた。
 いくら図体がでかかろうが俺は強い。
 ほらね、心配なんかいらないだろう? と色んな事を忘れてドヤ顔でラクを見ると、ラクは何とも言えない表情をしていた。
 そして俺の手を掴むとそのまま走り出した。

「ばかっ逃げるぞっ」

 久しぶりに繋いだラクの手は、小さいけど見た目よりしっかりとした男の手をしていた。
 ラクにとってはたいして意味もない事だろうけど、手を繋いだだけでこんなにも嬉しい。
 本当どうしようもないくらい俺はラクの事が好き――。

 走って走って倒れる程走って、結局はラクの家まで来てしまった。
 ラクは無言のまま俺をラクの部屋まで連れて行き、ベッドに向って放り投げるようにした。


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