お前の好きは軽すぎる

ハリネズミ

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番外 -愛すべき男-

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たすくさん、好きです」

 つい最近ただの先輩後輩から恋人に昇格した相模だ。

 想いを伝えあい恋人になったあの日の『俺だけに好きって言えよ』を毎日実行している。
 何度も言われたら普通慣れるって言うけど、俺は全く慣れる気配がない。
 日に何十回、何百回も囁かれる相模の「好き」に毎回赤面してときめいてしまっている。

 やっと想いが通じ合えて本心を言える事が嬉しいのだそうだ。付き合う前はどれだけ我慢していたのかが分かる。

 重いの軽いのとこだわっていたのがばからしくなるくらい今、とても幸せだった。


*****

 今日はふたりで買い物デートだ。
 相模の誕生日が近いのでこっそり相模の好みをチェックするのだ。

「あ、悪ぃ、さっきの店にスマホ忘れたみたいだ。とってくるからお前はここで待ってて」

「俺も行きますよ?」

「いや、すぐだからここにいて」


 無事スマホを回収し相模の待つ場所へ戻ると、誰かと話しているのが目に入った。

 誰だ? 知り合い?

 しばらく見ていると相模と話していた男が相模に抱き着いたではないか。
 俺はびっくりしてスマホを落としてしまった。

 カツンという音がしてスマホの画面にヒビが入ってしまった。
 振り向いた相模と目が合う。
 相模の驚き焦る顔。

「――!」

 恋人になった相模はプライベートでは俺の事を『佑さん』と呼んでいた。
 なのに『先輩』? 名前呼びしてるのを知られるとまずい相手なのか?
 今更『先輩』だなんて呼ばれてくっそおもしろくないんだが?

 まだ抱き合ったままのふたりを睨む。

 まぁ、俺もね。成長したんですよ。
 以前の俺だったら作り笑顔でも貼り付けてさっさと帰ってやったさ。
 だけど、相模は俺のだからさ、だから他のヤツが来てもさ、逃げたりしないんだよ。

 無言のままふたりをべりっと剥がした。
 そして相模の前に立ち、後ろから抱きしめさせる。
 相模は「うわー」「佑さんがデレた」「うわー恰好いい!」「焼きもちやいてくれた!」と小声で呟きながら俺の肩にぐりぐりと額を擦りつけている。

 まぁ、『佑さん』と呼んだからさっきの先輩呼びは忘れてやろう。
 ちょっとだけ気分がよくなる。

 だけど、目の前の男は許さない。
 睨みあう俺と知らない男。

「――で? こいつ誰? 俺のものに手を出していいと思ってる?」

「な……!? 理央君、こんなやつより僕の方が可愛いでしょう? 僕とよりを戻して?あれから誰と付き合ってもキミほど優しくて誠実な人はいなかった。キミの事が今でも好きなんだ! だから……!」

 必死に言い募る目の前の男。大きな瞳に涙をいっぱいに溜めて小さく震える身体。なるほどこれに高校時代の相模はやられたのか。
 若い時にはこのあざとさは分からないだろう。

 だけど今は大の大人で、俺の恋人であざとさなんかに騙されない。
 背後からは、はっきりと拒絶の言葉が発せられた。

「悪いけど、無理だよ。俺は今佑さんと付き合ってる。佑さん以上に好きになる人はいないんだ。これまでも今もこれから先も」

 相模の言葉に目の前の男は可愛い? 顔を歪め泣きながら走って行った。
 時々立ち止まってはこちらを伺いながら。

 あれって相模が追いかけてきてくれるの待ち?
 あれが相模に「重い」って言って別れてトラウマ植え付けたやつなんだよなー。

「おーい。相模の『重さ』は心地いいんだぜ? 俺には丁度いい。今更惜しい事したって思っても遅い。手を離した時点であんたと相模の『縁』は切れたんだ。まぁあんたにはあんたに丁度いい『重さ』がいつか見つかるさ。じゃ、二度と会いませんようにー」

 大きな声で叫んで思いっきりあっかんべーとしてやる。
 男は今度はこちらを振り向く事なくその場から去った。
 ひと仕事やり終えた感に鼻息を荒くする。

「ふんす」


「あの……先ぱ……佑さん……」

「言い訳くらいは聞いてやらなくもない」

さかきと久しぶりに会って思った事がありました」

「ん」

 短い言葉でその先を促す。勿論まだ後ろから抱きしめられたままだ。

「榊の姿を見ても、声を聴いても、抱き着かれても、何とも思わなかったんです。俺どこかで見かけたら何かしらの感情が沸いてくるって思っていました。だけど、本当になーんにも湧かなくて、それでそんな自分にびっくりして固まってたんです。それで振り払う事も忘れてしまって……。誓って浮気じゃないです。信じてください!」

「必死だなぁー」

「そりゃあ必死にもなります! 俺には佑さんしかいないんだから、変な誤解を受けたままでいたくありません!」

「誤解なんて、最初からしてないさ。まぁ色々とむかついたけど、お前俺の事大好きじゃん? それ知ってるから、大丈夫」

「佑さん……!」

「いつまで後ろから? ちゃんと顔見て……キス……しろよ」

「はい!」

 俺の言葉通りに正面から抱きしめ直しキスをされた。
 何度もしているキスだったけど、柔らかい唇が自分の唇に触れるのが気持ちよくて大好きだ。
 こんな風にキスしたり――――――。



「――――あ!」

「ん? もっとしましょう……?」

「バカ!」

 俺たちは買い物に来ていた事を思い出した。
 ここはそこそこ大きなショッピングモールで沢山の人がごったがえしていた。

 周りを見る事ができず俯いたまま相模の手を取り走り出した。

 うわ―――ん!
 俺は決して露出狂ではない。
 相模とのキスは好きだけど大勢の前でやりたくはない。

 もう、もう、もうもうもう――!
 自分から言い出したキスだったのに、理不尽にも相模にその後一週間キス禁止令を出した。

 不満そうにしていた相模だったが「好きです」攻撃は止める事がなくて、キス禁止後一日もしないうちに懐柔されてしまった。

 あぁ、愛しちゃったんだからしょうがない。
 俺はこいつには弱いんだ。

 相模の首に腕を回し、そっとキスをした。




-終-
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