英雄じゃなくて声優です!

榛名

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第58話 間抜けな奴です

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北の小国シルザ
大陸北端に程近いこの地も、いささか遅い春を迎えて活気づいている。
冬場が厳しい北方は、この時期に訪れる者が多い。
寒さの和らいだ春から夏にやって来て、冬が来る前に旅立っていくのだ・・・


旅の吟遊詩人ヴィーゲルは生まれ育った故郷のあるこの国に来ていた。
北方特有の寒さは野盗の類にも平等に襲いかかる、故に北方街道はその悪環境の割りには治安が高い。
そして土地勘があるヴィーゲルは足止めを食う事もなく、この地で気ままな一人旅を続けていた。

(この辺りは全く変わらないな・・・)

その胸中は懐かしさ半分、不満も半分といったところだ。
この厳しい土地で、生きることで精一杯な人々の暮らしの改善が行われる気配はない。
小さな国が多数乱立するこの北方では、小国同士での諍いが絶えないのだ。

『英雄の末裔』を自称する各王家は自らこそを正統と主張し、他の国と度々戦火を交えていた。
軍備を怠ることが出来ないこの緊張感の中、民の為の慈善事業に着手する王などいなかった。
彼らの考えることは英雄とは程遠い・・・私腹を肥やすことと我が身の保身ばかりだ。


だからこそヴィーゲルはこの地で歌うのだ、英雄の歌を・・・

この地で彼の英雄物語の受けがいいのは民衆の願望があるからだろう。
・・・いつか伝説にあるような本物の英雄が現れ、この地を正しく治めてくれる・・・
そんな夢想を抱かぬ者はいない。

今日も彼の歌は好評だった。
彼は謝礼を受け取って立ち去ると、別の店で静かに酒を飲む。
酒で腕が鈍るのを嫌う彼は『飲む店』というのを決めて、主にそこで飲むようにしているのだ。
古巣であるこの街だ、彼好みの酒を出す店も熟知していた。

「ヴィーゲルじゃないか、なんだ今日はもうお終いか?」
「今は懐具合が良いんでな・・・」
「それは羨ましいこって、そうだお前王国まで行ってきたんだろ?例の話は知ってるか?」
「例の話?」

王国はここいらとは比べ物にならない大きな国だ、例の話と聞いても思い当たる話は複数ある。

「何だ知らないのか、数百年ぶりに異世界の英雄が現れたって話さ」
「ほぅ・・・面白そうだな」

その話ならもちろん知っている、何しろ彼の愛弟子だ。
だが彼は知らない風を装い、話の続きを促した・・・彼の目論見通りに酒場の主人は得意げに語りだす。

「なんでも今度の英雄殿は美しい少女の姿をしているらしい」
「少女?女子供に英雄がつとまるのか?」
「それがな、既に多くの魔物を討伐したらしい・・・例の辺境伯の度肝を抜く活躍だったって話だ」
「本当か?そいつはすごいな」

(妙だな・・・)

適当に話を合わせて情報を聞き出した彼だがその内容に困惑する。
彼の知るマユミの貧弱さは英雄には程遠い・・・噂話に尾びれが付くのは常とはいえ、話が大袈裟に過ぎる。

「あの銀の騎士団でも討伐出来なかった魔物を倒したって話だからな、さすがの辺境伯も認めざるを得ないだろう」

そう語る酒場の主人の目は期待に輝いていた。

・・・王国の北方を治めるヴァルトゥーン辺境伯は、英雄に対しては否定的な人物。
まがりなりにも『英雄の末裔』を名乗る北方諸国にとっては共通の敵として認識されている。
その辺境伯が認めたとなれば、『本物の英雄』の可能性を感じさせるのに充分だが・・・

(辺境伯か・・・)

どうもきな臭い・・・これは一度確かめに戻った方が良さそうだ。
ヴィーゲルは代金をテーブルに置いて席を立つ。

「良い情報だった、俺もその英雄に会ってみたくなったよ」
「おう、良い英雄譚を期待してるぜ」

向かうは辺境伯領・・・そこで彼はとんでもないものを目にする事になる。

・・・・・・

・・・


「風よ~運べ~この歌を~♪」
「水よ~届けて~この想い~♪」

屋敷の庭に歌声が響く・・・
マユミとミーアは早朝から練習をしていた。
歌詞もだいぶ頭に入ってきたので、そろそろ芝居に組み込んだ本番仕様の練習になっている。

例の件で今後に不安を感じるマユミではあったが、今はしっかりと練習に集中していた。
しかし・・・

「いや~捗る!捗るよミーアちゃん!」

二人が練習する傍らで、パンプルが絵を描いていた。
今回のターゲットはミーアのようで、しきりに彼女を凝視しては素描を描き進めている。

「うう、やりにくい・・・」
「お、お客さんの前だと思ってがんばって・・・ミーアちゃん」

さすがのミーアもパンプルのような変人の視線に晒されての演技は堪えるようだ。
たびたび集中が途切れていた・・・

「もう、パンプルさんも、もう少しおとなしく出来ないんですか?声とか掛けられるのはちょっと・・・」
「ああ、それはすまない・・・ミーアちゃんがあまりに愛らしいのでつい、ね・・・」
「それはわかりますけど・・・」

そう言われると弱いマユミだ。
何しろ、ミーアを絵のモデルにすることを許可したのはマユミなのである。
もちろん最初は反対していた・・・のだが・・・

『こんなに可愛いミーアちゃんの肖像画だ、君だって欲しいだろう?』
『う・・・ほしい・・・かも・・・』
『なんなら君達3人一緒に描いてあげようじゃないか、美しき三姉妹として』
『くぅぅ・・・な、なら仕方ないわね』
『よし決まりだ、とびきりの名画を期待したまえ』

・・・パンプルのこの提案で、マユミ達はあっさり籠絡されたのであった。

以来パンプルはミーアにつきまとっていた。
朝の練習から夕食の時間まで・・・ミーアの心労を思うとつらい。

(今夜は一緒に寝てあげよう・・・)

マユミはそう決心する・・・暑くて寝苦しくなるが、今の彼女には癒しが必要だ。
パンプルはそのうち絵の方に専念するはず・・・今しばらくの辛抱だった。

「あんまりしつこいからミーアちゃんが怖がってるじゃないですか!」
「うーん・・・怖がってるのはボクだけのせいかな?」
「?何を言って・・・」
『石よ・・・槍となれ・・・』
「!!」

突如放たれるパンプルの魔法・・・庭の向こうの茂みの方へ、石の槍が飛ぶ。

「チッ・・・外したか」
「なにが『チッ・・・外したか』ですか!ごまかさないでください」
「いや、本当に何者かがそこにね・・・」
「そんなわけないでしょう、そんな気軽に攻撃魔法を撃たないでください」

パンプルの声真似をしながら怒るマユミ・・・そっくりだった。

(マユミはものまねもうまい・・・私も・・・)

『石よ・・・槍となれ・・・』

パンプルの真似をしたミーアの手元で石が小さな槍と化す・・・そして槍はパンプルの方へ・・・

「うわあ!」

しかし魔術は不安定だったようで、彼女に当たる前に四散した・・・小さな石の粒が降り注ぐ・・・

「ほらミーアちゃんが真似しちゃったじゃないですか!・・・ってミーアちゃん?!今の・・・」
「?」
「ああ、確かに今のはボクが悪かった・・・魔術は使わないようにするよ」

(見よう見まねで魔術が発動しかかるなんて・・・妖精族の血がなせる力か・・・)

ミーアの秘めたる魔力はかなりのものだろう・・・先程までのノリを忘れて背筋が寒くなるパンプルだった。


そして、茂みの向こうでは・・・

(危なかった・・・)

マインツが息をひそめて彼女達の様子を伺っていたのだった。
パンプルの言う通り、ミーアが不快に感じる視線の半分は彼からのものであった。

(だが、これではっきりした・・・)

気配を殺した自分に気付けるような者はそう多くはない。
あれ程の魔術師が常に傍で護衛についている彼女こそ、異世界の英雄その人なのだろう。
そうとわかれば長居は無用だ、彼女に『敵』として認識されるのはよろしくない。

街に戻った彼の耳に人々の噂話が聞こえてくる・・・

「異世界からきた美少女が侯爵様の屋敷にいるらしいな」
「それ知ってる、黒髪のマユミって子だろ?」

(偽の情報に踊らされやがって・・・間抜けな奴らだ・・・)

マインツはそんな彼らを鼻で笑った。
英雄の噂は次第にマユミ個人に集約していくのだが・・・彼には本物の正体を隠すための誘導にしか思えなかった・・・

(俺だけが、俺だけが正体に気付いている・・・)

そんな優越感に浸るマインツだった。
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