英雄じゃなくて声優です!

榛名

文字の大きさ
3 / 90

第3話 最初で最後のお手紙です

しおりを挟む
お父さん、お母さん、お元気ですか?

私は・・・まぁ、それなりに元気です

東京の声優事務所に入るからってこっちに出てきてから、もうかれこれ5年ですね

ええと、今まで連絡の一つもなくて、ごめんなさい

二人の反対を押し切って、なかば家出のように出てきてしまったので・・・ちょっと気まずいというか

結局声優事務所にも正所属になれていないので・・・

怒られるんじゃないかとか、お父さんが連れ戻しに来るんじゃないかとか・・・

でもようやく、ちゃんとした声優の仕事が貰えるようになったので、一応報告しようかなって・・・

はい、この度、とあるテレビアニメのヒロイン役を担当させていただくことになりました。

どのアニメなのかは・・・まだ、聞かせるには恥ずかしいので隠させてください

自分が声優として、プロとして満足できる仕事が出来た時に、改めて報告させてください

その日がなるべく早く来るようにがんばるので・・・なんか勝手な事ばかりでごめんなさい

この仕事がひと段落着いたら、一度、帰ろうと思います

あまり先の事はわからない仕事なので確約は出来ませんが、その時は直接謝らせてください

山田真弓

・・・・・・

・・・

「・・・これでいいかな・・・」

第一話のレコーディングを翌日に控えた私は両親へ手紙を書くことにした、報告と、謝罪の・・・


アニメの話が美穂さんから漏れたのか、今日のバイトは休みになっていた。
・・・そんなに気を使わなくていいのにな・・・
普通に働いて普段通りの自分で勝負しよう、くらいに思っていたのだけど
まぁおかげで長年連絡をしていない両親へ書く気になったのだ、美穂さんには感謝しなきゃ・・・

5年前・・・地元の養成所を無事卒業した私は両親が止めるのも聞かずに一人で東京へ出てきた。
一応声優の仕事を扱う芸能事務所は地元の近くにもあったし、養成所もそちらへ所属出来るように取り計らってくれた、両親も当然私がそこに所属するものだと思っていたのだが・・・
東京の事務所じゃないとお話にならない・・・そう思っていた当時の私の眼中にはその選択肢は存在しなかったのだ。

自分で言うのもなんだが、養成所内では私は「出来る人」だった。
声質が声質なので得意不得意はあるものの、同期の中ではトップクラス
私には才能がある、東京に出さえすれば事務所の正所属になってデビュー出来る・・・そんな風に考えていた。

私が入ったのは大手とはいかないものの、名前くらいは聞いたことがある、そんな声優事務所。
正所属ではなく預かり、という形での契約をした時もあまり深く考えず、いずれ・・・遅くとも翌年には正所属になれるのだろうと思っていた。

・・・それが預かりのまま5年目である。
スタジオでのレッスンはあるものの、仕事の話はほとんどなく・・・新人声優が最初にやると聞いていたガヤの仕事すらなかった・・・オーディションの話が年一回、二回あれば良い方。
さすがの私も一年も経つ頃には預かりというものがどういうものか理解していた。

・・・このままじゃいけない。
そう思っても、どうすれば良いのかが全く見えてこない。
情報を集めた、同じような境遇の声優はたくさんいた。
その多くは事務所の許可を得て、あるいは事務所には内緒で自力で仕事を探していた。
仕事と言っても同人作品だったり、18禁作品だったり・・・
そこからアニメや吹き替えなどの声優の仕事に繋がる事はほとんどなかった。

みんながみんな自分と同じかそれ以上の、充分な実力を持っているように見えた。
誰に仕事が来ても全員うまく演じてみせるだろう・・・だがそこから先に進めないのだ。
事務所のレッスンで目立って偉い人に覚えてもらえば仕事が来る?
もう事務所の社長とも気軽に話せる程度に覚えられていたが、仕事は回ってこない。

それでもいつかチャンスは来る・・・必ず来る。
・・・数百とも数千ともという新人声優達がそう思いながら日々を生きている。
・・・その中から自分の元にチャンスが来るなど、宝くじを当てるようなものなのかも知れない・・・

・・・でも私は当てた、チャンスを引き当て、そして勝ち残った。
と言っても一つ役をもらっただけだ、この先も仕事が貰える保証はない。
この作品だけの一発屋で終わってしまうかもしれない・・・

でも・・・納得は出来る。
勝負の場は得たのだ、これで売れなかったらそれは自分の実力の問題だ。
これまでよりもずっと・・・わかりやすい。

台本はもう何度も読んだ、時間のある限り読める限り読んだ・・・おかげでだいぶ眠れない日々が続いた、台本も私もよれよれだ。
例のアドリブも自分なりにパターンは組んでみた、がアドリブはアドリブ、出たとこ勝負だろう。
自分に出来る事は全部やった、今一番怖いのは道に迷ってスタジオ入りが遅れる事だろう。
しかしこの録音スタジオというのは、なぜこんなにわかりにくい変な所にあるのだろうか・・・

予定より2時間は前倒しして目覚ましをセットする・・・それでもいつものパン屋の時間よりはだいぶ遅い、たっぷりと寝られるだろう。
必要なものは寝る前に全部用意した、忘れ物はない。
着ていく服は・・・うーん、手持ちの中から一番高い物で・・・どのみちファッションセンスには自信がない。
声だけのはずのこの業界、なぜか可愛い子が多くて・・・普通で地味目な私はとしては辛いところだけど仕方ない。

あとはとにかく寝て、少しでも身体を良い状態にするだけだ。
両親へ宛てた手紙も鞄に入れ、私は眠りについた・・・
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...