英雄じゃなくて声優です!

榛名

文字の大きさ
10 / 90

第10話 結構ちょろいんです

しおりを挟む
エレスナーデは母親というものをよく知らない。

彼女が幼いころに亡くなっているからだ。
幼かったので記憶にも残らず、それ故の心の傷というものもない。
本人にしてみたら『気付いたらいなかった』程度のことである。

だが侯爵家という環境は、そんな彼女を放置してはくれなかった。

「可哀想に」「おいたわしい」・・・耳にするのはそんな言葉、そして腫れ物に触れるかのような扱い。
物心がついた頃には、彼女は『可哀想な子』になっていた。

もちろん父親である侯爵はそんな彼女にしっかり愛情を注いでいた。
領主の仕事を信頼できる部下と跡継ぎたる長男に割り振って自らの仕事量を減らし、出来る限り彼女と一緒に過ごすようにしたのだ。
侯爵様は末娘に甘過ぎるのではないか?・・・そう思う人間もいた事だろう。
だが近しい者達からはそんな声が上がる事もない。
欲しがるものは全て買い与えられ、彼女は不自由なく育っていった。


「お嬢様には母親が必要ではないでしょうか?」

・・・やがて、そんな声が聞こえてくるようになるのは必然であった。
再婚・・・もなにも権力者の一夫多妻はこの世界では珍しい事ではないのだが、亡き妻への愛情か、それともエレスナーデの心象を気にしていたのか・・・侯爵は新たな妻を娶る事はなかった。

「お嬢様も母親に甘えたい年頃でしょう」
「寂しい思いをしてお嬢様がかわいそうです」

そんな言葉と共に持ち掛けられる縁談・・・
もちろんただの口実だ、エレスナーデの事など誰も見ていないのは明白だった。
幸いなことに侯爵はそれらの縁談話を受けることはなかった。
だが・・・


「ええー、旦那様と?」

使用人達が自由に使える休憩室・・・と言ってもこのお屋敷の一室だ、貴族の談話室とそう変わらない。
特に防音設計ということもなく、仕事を離れた休憩中のメイド達の話声が漏れ聞こえていた。
エレスナーデがたまたまこのタイミングで通りかかったのが彼女たちの不運である。

「せっかくここで働いているんだからこう・・・玉の輿の一つも期待しない?」
「でも旦那様は無理でしょ・・・縁談の話も全部断ってるらしいし」
「でもお嬢様と仲良くなればチャンスあるんじゃない?」
「ああ・・・確かに」
「でしょう?私、最近お嬢様とちょっと打ち解けてきたのよね~」
「ずる~い、私もお嬢様と仲良くなりたい!」

・・・その会話が聞こえた時、エレスナーデは全身が冷たくなったかのように感じた。
たしかにそのメイドとは最近仲良くなった。
よく気が回るし、会話もうまい・・・面白い話をいっぱい聞かせてもらった・・・その声だ。

その声が・・・

「ねぇねぇ、どうやってあのお嬢様と仲良くなったの?」
「ちょっとこっちから色々お話ししてあげただけ・・・あの子、結構ちょろいわよ」

どんな人間にも裏がある・・・金や権力を巡る騙し合い、駆け引き・・・
そんなものは物語の中だけの話だと思っていた・・・
こんな者達を信用して心を許していた・・・確かに自分はちょろかったんだろう・・・


それから数年が経った今・・・この屋敷で働くメイドは、もう一人もいなかった。
全てエレスナーデが追い出したのだ、あんな者達を傍には置けない。

だが、今度は『英雄殿』が現れたのである。
侯爵の趣味に付け込んだ詐欺師・・・油断は出来ない・・・
自室へと戻ったエレスナーデは気を引き締めた。
・・・もう自分はちょろくない・・・ちょろくはないのだ。

コンコン・・・洗練されたノックの音だけでわかる、執事のジーブスだ。
古くから侯爵家に仕える彼は、エレスナーデが信頼出来る数少ない人物の一人である。

「大丈夫よ、入りなさい」

先程からの客人への非礼について、説教でもしにきたのだろうか・・・
そんな事を考えるエレスナーデだったが、部屋に入ってきたのは意外な人物だった。

_________



(あの子に必要なのは、友達だ)

侯爵からエレスナーデの生い立ちを聞いたマユミはそう思った。
侯爵の娘だからではなく、貴族だとかそんなものに関係なく、彼女を見てあげられる存在・・・
その点で自分が適任なのはすぐにわかった、問題はそれ以外の部分。

(第一印象からして私、すごく嫌われてそうなんだよなぁ・・・)

無理もない、さしずめ今のマユミは侯爵を誑かす悪女、といった所だろうか。
その誤解を解く事が出来なければ、話し合いどころか本当に屋敷からつまみ出されてしまうだろう。
だが逃げるわけにはいかない・・・
家族を失い、誰も信用できなくなっている彼女を救うことが、家族を残して死んでしまった自分の罪滅ぼしになる・・・
そこまで大それた事は考えていないが、この巡り合わせには何かを感じてしまうのだ。

コンコン・・・部屋までマユミ案内してくれた執事のジーブスがドアをノックする。

「大丈夫よ、入りなさい」

部屋の中からエレスナーデの声が聞こえる。
マユミが通りやすいように身を引いてドアを開けるジーブス。
・・・マユミは覚悟を決め、エレスナーデ部屋に踏み込んだ。

「なんであなたがここに・・・」

部屋に入ってきたマユミの姿を見てエレスナーデが息を飲む・・・
やはり警戒しているのだろう・・・鋭い視線で油断なくマユミを見ている。
・・・マユミは気圧される事なくしっかりとその視線を受け止める。

「エレスナーデお嬢様、私と・・・」

・・・マユミは、その口を開いた。
先程までエレスナーデに怯えていた小娘の姿はない・・・
お互い一人の人間・・・対等の存在としてマユミはここにいるのだ・・・


「私と・・・お友達になってくれないかな」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

処理中です...