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6-2「影守の別荘ですわ」

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 ツーゲーム遊んでボウリング場を後にした。
 それから恋さんと食事をした後。
 駐車場に連れられてきた。

「移動って、車?」
「ええ」

 返事をしながら鍵を取り出す恋さん。
 ボタンを押すと、黒い自動車が反応した。
 高級感溢れる見た目のその車体には、カゲモリ自動車のエンブレムがあしらわれている。
 
「さ、どうぞ」

 呆気にとられるおれは、促されるまま、助手席に乗り込んだ。

「すごい車だね」
「ええ、お父様のを借りてきましたの」
「へえ……。やっぱり――」訊くかどうか迷ったが、気になってしまったので疑問を口にした。「――恋さんってカゲモリグループと何か関係があるの?」
「ええ。父が代表取締役を務めております」

 あっさり回答する恋さん。
 自分で質問しておいて、どうリアクションすれば良いのかわからない。とりあえず、

「そうなんだ、すごいね」

 と、無難な返事を選んだ。

 恋さんがキーを差し込んで回す。静かなエンジン音とともに、音楽がかかる――落ち着いたピアノの音色だ。

「それでは、出発しますね」

 太陽が高く昇った頃、自動車がゆっくりと動き出した。
 音楽を聴きながら、時折他愛ない話しをする。
 そんな時間が心地良い。
 心地良過ぎて自然と瞼が下がってくる。

「お疲れでしたら、眠っていても構いませんよ」

 会話の途中、恋さんが柔らかい声でそう口にした。

「ごめん、じゃあ、少しだけ」

 と、おれは目を閉じ、眠りに落ちた。

 ガタガタとした振動が続いて目が覚めた。
 車は舗装されていない山道を走っている。
 
「よく眠れましたか?」

 運転席の恋さんが優しい笑みを浮かべている。
 
「うん」

 目を擦りながら答える。

「そうですか。もうすぐ到着しますよ」

 それから、数分後。
 立ち並ぶ木々の先に、立派な塀に囲まれた屋敷が見えてきた。

「あそこが目的地?」
「ええ」ようやく恋さんが説明してくれる。「影守の別荘ですわ」

 門の外の駐車場に車を止める。他に車は止まっていない。
 車から降りる。山間の新鮮な空気が肺を満たす。
 周囲を見渡してみるが、別荘と森以外、何もない。
 おれが目を覚ましてから家もコンビニも見なかった。
 まあ、別荘なのだから、人里離れた山奥にあっても不思議ではない。
 空を見上げると、どんよりとした灰色の雲が太陽を覆い隠していた。
 街にいたときには晴れていたけれど、いつの間にか雲が出てきたようだ。
 そう言えば、今は何時なんだろう?
 確か、正午過ぎに出発したと思うけど……どのくらい眠っていただろうか?

「悠飛さん、行きましょ」
 
 不意に恋さんがおれの手を取って、頭に浮かんだ疑問はどこかに消えてしまった。
 俺が頷くのを見て、恋さんが歩き出す。
 恋さんの手は、さっきまでハンドルを握っていたからか、温かかった。

 門を抜けると広々とした庭。
 池まであるのだから驚きだ。
 植えられた植物を見るに、誰かがしっかりと手入れをしているようだ。 
 そして、庭の先に木造三階建ての日本家屋がどっしりと構えている。
 キョロキョロしながら進んでいくおれを面白そうに眺めながら恋さんは玄関へと歩いていく。
 その屋敷を近くで見上げる。
 年季の入った荘厳な外観。圧巻だ。
 恋さんは玄関に鍵を挿し、扉をスライドさせた。
 ガラガラと音が鳴った。

「さあ、どうぞお上がり下さい」
「お邪魔します」

 広々とした玄関には、誰の靴も置かれていない。
 手入れは行き届いているようで、板張りの廊下には塵一つ落ちていない。

「誰か住んでたりするの?」

 振り返って、恋さんに尋ねる。

「いいえ。中に誰もいませんよ」

 恋さんは、答えて玄関を閉めた。鍵を掛ける音が廊下に響いた。

 靴を脱ぎ、恋さんの案内に従って廊下を進む。
 廊下の壁には絵画が複数飾られていた――社交ダンスを踊る人々の様子などが額縁の中に収められている。
 おれはこういうものには疎いのだけれど、きっとお高いのでしょう。
 キョロキョロしているうちに、客間へと辿り着いた。
 畳敷きの広い部屋。
 中央に立派なテーブルが置かれている。
 
「お茶を準備しますから、座って待っていてください」
「手伝うよ」
「いえ。お気持ちだけ受け取っておきますね」

 にこやかに微笑んで、恋さんは客間を離れた。
 
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