蒼の箱庭

葎月壱人

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第一章

過去

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姫椿は気絶している綾瀬の頭を膝の上に乗せ、その赤い髪を撫でた。
規則正しい寝息を確認する為に少し身を屈めた時に解けたピンク色の三つ編みに気がつく。
どうやら一度に大量の魔力を注いだせいで、自分の変幻も一時的に解けてしまった様だ。
なるほど、だからかと一人納得しながら先程の綾瀬の言葉を思い出して胸が痛んだ。
姉と同じ髪色、姉と同じ容姿、違うのは性格くらいだから久しぶりに見て間違えるのも仕方ない。
今も変わらず綾瀬の心を占めているのは姉なのだと思い知った。

「ごめんね」

王李として関わっていた時間が、綾瀬との距離感を狂わせてしまった。
さっきの行為も魔力を直接魔力を流し込むのが手っ取り早かったからで、姉との行為を思い出させてしまったかもしれない。

「もう少しだから。そしたら全てを返せる」

綾瀬の身体を縛る“使役”を解く為に、今渡した魔力が馴染むのを待たなければならない。施したままになっていた術を解くには膨大な魔力を消費し、しかも離れていた間に絡まった糸の様な状態になってしまった術の解除には長い時間も要していた。

「解放してあげるから」

ずっと、この時の為に尽くしてきた。
今日まで魔力を蓄積し続けたのと同時に姉の消息も見つけ出した。
綾瀬には幸せになってもらいたい。
自由に好きな人と結ばれて欲しい。
苦しめている罪悪感から自然に溢れた涙が眠る綾瀬の頬に落ち、一筋の道を描いてすぐに消えた。





昔、容姿も性格も全て瓜二つな双子がいた。
それぞれ名前を白椿、姫椿と呼んでいたが家族以外で二人を見分ける事が出来る者はそうそういなかった。
稀有な魔女の血を代々受け継ぐ家系に生まれ、成人の儀で発現する魔女の能力によって嫁ぎ先が定められる家に待望の縁談が持ち込まれた。

そこで出会ったのが綾瀬だ。
姉の白椿は、綾瀬を一目見て好きになり恋慕っていた。
妹の姫椿は、姉の気持ちを尊重し応援していたのに均衡が崩れたのは成人の儀での出来事だった。
白椿には魔女としての力がない事が判明したのだ。
逆に姫椿には魔女としての能力が二つも備わっていた。

姫椿の能力は、変幻と使役。
魔女としての資質が充分にあるとみなされ、姫椿は綾瀬と正式に婚約を結ぶ運びとなった夜に事件は起きた。
白椿と綾瀬が忽然と姿を消したのだ。
駆け落ちだと周囲が騒ぎ立てる中、姫椿だけは冷静だった。
二人が姿を眩ます前に綾瀬から告白されていたからだ。
返事は丁重に断った。
理由は単純に考えられなかったのだ。
婚約も断るつもりだと告げたのに対して、綾瀬からは時間をかけて考えて欲しいと懇願されている。だから疑いたくはなかったが姉の仕業だとすぐに解った。
姉の綾瀬に対する想いの強さは知っている。
魔女としての力が無いとわかった時の絶望した表情も焼きついている。

だから、黙認した。

姉と綾瀬を天秤にかけて姉を選び、周囲を説得し一方的に綾瀬との婚約を破棄して別の男の元に嫁ぐ決意を姫椿は固めたのだった。

二人が失踪して二年目の冬。
機密な計画が実を結ぼうとする大切な日になる筈だったのに、姫椿は綾瀬の事を一瞬思ったが故に事故が起きた。
突然、部屋中が嗅いだ事のない草木の腐り果てた匂いと血の匂いに包まれ、目の前に突然落ちてきた赤黒い塊りに戦慄する。
そこから唯一見えた赤髪は綾瀬だと確信するには充分な情報だった。

「嘘」

目は虚、口元から滴り落ちる唾液は血が混ざり生きる屍の様に痩せこけ、肌けた服から垣間見える綾瀬の身体を這う赤い鎖は生き物の様に脈打っている。
その魔力は紛れもなく姫椿の物だった。
無意識に発動した“使役”の力が綾瀬を思う気持ちに反応し主人の元に帰ってきたのだ。

「あ、綾瀬?」

声が震える。
触れようと伸ばした自分の手も冷たい自覚がある。
二人が失踪して二年、二年だ。
勝手に幸せな生活を送っているものだと思っていた浅慮な自分を呪う。
現実は、綾瀬に掛けたままになっていた“使役”が私の存在を散らつかせて忘れる事も解除すら叶わず、魔法の使えない白椿によって治療と称して薬漬けになり、人格も破壊され人形のように変わり果てた綾瀬が横たわっている。

「ごめんなさい」
「っ、……椿」
「ごめんなさい、綾瀬」

涙で歪む視界の中、壊れた綾瀬を抱きしめて姫椿は密かに誓う。
私は責任を取らなくてはいけない。
自分の能力で長年に渡り綾瀬を縛りつけていた事と向き合わなくてはいけない。

「大丈夫、大丈夫だよ。私が何とかする」

こうして姫椿は、人知れず綾瀬を連れて家を出た。
風の噂で自分に男を狂わせた零落の魔女という通り名がついていることを知った。
でも本当にその通りだと思う。
綾瀬の気持ちを蔑ろにした結果、綾瀬を壊してしまった責任は私にある。
だから時間をかけて綾瀬を元に戻すんだ。







「わかってるの?」

先程、王李に問い掛けた言葉を思い出す。
林檎の国まで姉を探しに来て変幻を使い、名前も偽って学園に潜入を果たした今、もうじき綾瀬は姉と対面するだろう。
彼が時折呼ぶ“椿”の元にようやく送り出せる。
気絶している綾瀬を王李の姿に戻しながら、姫椿も解けた三つ編みを編み直し平静を装って王李が目覚めるのを待った。

「っ、あー……」
「おはよう」

素っ気ない声に目を動かせば、菓子パンを口いっぱいに詰め込む見慣れた姫椿の姿があった。
魔力補給として常に食べ続けなくてはいけない事を思い出しながら至る所が痛む身体を起こす。

「怪しまれる前に行って」

姫椿の突き放す言い方に、綾瀬は自分の容姿が“王李”に戻っている事に気がついた。
只、今までと違うのは自分の体内に力が宿っている事。
頭痛がする頭を押さえ姫椿の問いかけを反芻しながら、おままごとみたいな日常に溺れ目的を失念していた自分が情け無い。
更には、呑気に気を失っている間に王李の姿に戻され綾瀬として接するなと暗に線引きされてしまった。
これ以上の会話は不要だと言わんばかりに突き放され、王李は後ろ髪引かれる気持ちを切り替えて立ち上がった。

「……行ってくる」

姫椿からの返事はない。
王李はそれでも振り返る事なく真白達の後を追った。





真白は、柄にも無く緊張していた。
白馬に連れられて来た学長室の扉の前で深呼吸していると、遅れて来た王李が勝手に扉をノックしようとしているのが視界に入ったので間髪入れずにその手をはたき落とした。

「痛っ……何すんだよ、ましっ!ま、真白さんてめぇ」

手の甲を抑おさえながら真白を睨みつける王李だったが、真白の背後で白馬が目を光らせているのを見て声のトーンを落とした。

「ごめん、まだ心の準備が出来てなかったから」
「はぁ?」

こほん。
白馬の咳払いに、王李は渋々と真白の手を取った。
そのまま手の平に“人”と言う字を3回書いてやる。

「ん、これ飲んではい、ぱく!緊張しなくなるおまじない、な?」
「ありがとう」

事の成り行きを見守っていた白馬は真白の肩を軽く叩くと、先に扉を開けて中へ入って行った。
まるで自室に帰るかの様な白馬の自然な動作に王李は呆気に取られる。

「え?ノック無し?ちょ、かっこいいんだけど白馬さま」

王李の声に真白も力強く頷うなずく。

「流石です、白馬さま」
「……馬鹿なこと言ってないで、来い」
「「はーい」」

二人のお陰でいつの間にか緊張が解れた真白は足を踏み入れた学長室に雪乃の姿を見つけても動じることはなかった。
雪乃も此方を一瞥しただけで、すぐに白馬の元へ駆け寄り自分の隣に座る様に促す。

「学園長はもうすぐいらっしゃるわ。それまでここで待ってるようにって」

有無を言わさず座らされている白馬を見ながら、対面する様に王李と真白が腰掛ける。

「凄いな、これ。姫が喜びそうなのばっかだ」

テーブルには色とりどりの菓子が並んでいた。
王李はその内の1つを取り上げ、慣れた手つきで隣に渡そうとした手を一旦、止める。
自然な所作に受け取る準備として両手を出したままキョトンとしている真白に気づいた途端、自分の失態に少しだけ動揺してしまった。

「……わり、餌やりのクセがでた」
「餌やりって」

押し付ける様に真白の手に飴を置くと、すぐさま飴玉を取りガリガリ音を立てて噛み砕きながらそっぽ向いてしまった王李が微笑ましくて、一部始終を見ていた白馬と小さく笑い合った。
雪乃は我関せずと静かに紅茶に口をつけた後、ふいに扉の方を見た。
つられて皆が注目するとドアノブが回り、勢い良く現れた人物に四人は姿勢を正す。

「おまたせっ!ごめんねぇ、もう揃ってたのね」

満面の笑顔で現れた学園長に、真白は思わず息を呑んだ。
姫椿が大人になって現れたと言われたら信じてしまう位、似ている。
髪の色が同じだとは聞いたことがあったけど、実際に見てみると髪の色だけでなく笑った顔も瓜二つだった。
唯一違う所を上げるとすれば、大人っぽい雰囲気だろう。
腰の辺りまで長いピンク色の髪を左側で緩く束ね、姫より若干小振りの胸が黒のタイトワンピースから深々と谷間を覗かせ妖艶さを際立たせていた。
細身の身体のラインも膝上以上の短い丈から覗く色白の太もも、スラリと長い足首に申し分ない高さの黒ヒールを颯爽さっそうと履はきこなす姿は理想の女性像、人形みたいに完璧だ。
極めつけは、扉を閉める為に背後を向いた学園長の背中が胸元同様、腰の付け根辺りまでざっくり開いていた事。

「綺麗……」

真白の口から思わず漏れた声に、学園長は両手で自分の頬を包み込み、うっとりした表情で微笑み返す。

「ありがとう、真白ちゃん!でもぉ。はーくんには下品だっていつも怒られちゃうんだ」

あ。確かに……白馬なら言う。
真白が返事に困っていると、わざとらしく咳払いをしながら雪乃が手を上げた。

「学園長、私も肌の露出が多いと思います」

きっぱり告げる雪乃に心臓が縮むかと思った。
私だけファッションセンスというか感覚がおかしいのだろうか?
“特別枠”を取る為にセーラー服を纏まとっている時点でおかしいのかもしれないが……味方が居ないみたいな空気に心細くなってしまう。
一人俯うつむく真白を余所に、学園長は毅然とした態度の雪乃の顎を指で軽く持ち上げ微笑んだ。

「うふふ。真面目ちゃんには刺激が強かった?」

答えない代わりに頬が赤らむ雪乃に満足し、手を離す。
そして話を切り替える為にパチンっと手を叩いた。

「改めまして、“朱の大会”出場おめでとうございまぁす。大会を控えた今、ざっくり説明会も兼ねて今からパーティーに参加して貰いまぁーす♪お客様も沢山来てるから学園の恥とならないように、ご挨拶はしっかりね?それじゃぁ皆、楽しんでちょうだい」

両手を広げて歓迎する学園長の背後に見えた光に、真白は目を凝をこらし期待に高鳴る胸を押さえた。
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