蒼の箱庭

葎月壱人

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第一章

覚醒

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普段、図書室を使おうとする人はいない。
情報ネットワークが普及した今、自ら足を運び時間をかけてまで本を求める労力なんて非効率だと、学園の中で図書室は古めかしい空間という認識になってしまった。
しかし、そんな止まったままの時間みたいな空間を真白は気に入っている。
体育館ばりの広さを誇る図書室にはソファーが幾つか点在し、それぞれ向かい合う様に設置されていた。
その中でも隅にある1つだけ黒革のソファーが真白のお気に入りの席だ。
見た目は硬そうなのに座ってみると意外と柔らかい所が好きで、ついつい時が経つのを忘れてしまう心地よさ。
肘掛けに頭を乗せ、窮屈そうに横たわりながら外の景色を眺める。
硝子越しに眩しい太陽が輝きを放ち、青空が広がっている。
木々が風に揺れながら太陽の光を反射させ、まるで星を降らすようにきれいだった。
逃げている私を許すでも叱るでもなくそのまま時を流してくれる。
享受された優しさみたいな日差しが心地よくて真白は目を閉じた。
雪乃と話し合う事に失敗してから今だに仲直りは出来ていない。
話しかけようものなら睨まれ、あからさまに距離を取られてしまう。
近寄ると離れる、引き合わない磁石みたいだ。
自室に帰るのも怖くて、ここで生活を始めようかと思っていたりする。
なんだか授業にも身が入らなくなって身体を動かすのも億劫なのに、グゥとなる腹の虫に呆れた時だった。

「真白」

聞き慣れた声に振り向く事なく生返事を返す。

「いつまで、そうしているつもりだ?」

白馬は淡々と言葉を紡いでいる様だが、その声の端々に少し苛立ちが滲んでいる。

「いつまでって……いつまで?」

オウム返しにしたら頭を軽く叩かれた。

「グレるな」
「グレてないよ」

ムキになって顔をあげると、目の前にいい匂いがする袋が差し出された。
お弁当だ!と受け取りながら、その温かさに破顔する。
お昼にするには幾らか早いこの時間、授業に出ないで購買で買って温めて来てくれた白馬の優しさが身に染みた。

「ずっとここにいる気か?」
「……教室。もう行きたくない」

教室に行けば否応なく雪乃に会う。
更に雪乃から避けられている真白の姿を見て、クラスの空気も一変した。
雪乃と仲の良いクラスメイト達は真白が何かする度にあからさまに中傷する様な笑いとヒソヒソ話を始める。
クラス委員を務める雪乃を怒らせた悪い奴という噂が今、軽いイジメを引き起こしていた。

「分かってる、分かってるから……逃げてるだけだって。こんなの解決しないって。でも、なんか今は無理」

自分だけがターゲットなら全然いい。
でも私といるだけで姫椿や王李にも嫌がらせの様な、とばっちりがいってしまう事が一番耐えられなかった。
私が居なければ普段通りになるなら、そんなの行かないに越したことはない。

「なら俺も行かない」

向いのソファーに腰を下ろす白馬に真白はお弁当の蓋を開ける手を止めた。

「え、やめてよ。白馬がいると余計に拗れる」
「なんでだよ」
「何でって……」
「それに授業に出なくたって勉強できる」
「でしょうね!流石です、白馬さま」

学園一の秀才は言うことに妙な説得力があるなと感心しつつ、真白は話を切り上げ行儀悪いとか気にせず歯でパキッと割り箸を割った。

「ふふっ、今、すっごい悪い事してる」

飲食厳禁の図書室で食べるお弁当は凄い背徳感があるけど空腹には変えられない。
ホカホカのお弁当が食べてと呼んでいる。
さて、どれから食べようかなーと物色していると急に視界が少し暗くなり、白馬のしなやかな手が狙っていた厚焼き卵を取り上げてパクリと食べてしまった。
声にならない悲鳴を上げる真白を見つめたまま、見せつける様に白馬は自分の指を舐めた。

「なぁ。俺が悪いやつだったら、どうする?」

質問を理解する前に、白馬は続けて唐揚げも食べた。

「な、な、、な!?!?」

これ以上邪魔されない様に急いでお弁当の蓋を閉めた。
何がしたいの!と問い詰めようと口を開きかけたが、言葉が後に続かない。
だって白馬の瞳が真剣さを物語っていたから。
意味がわからないまま、再び向かいのソファーに腰掛ける白馬からの言葉を待つ。

「……その弁当の比じゃないことを俺がしてたとしたら?」

真白は益々話の主旨がわからなくなった。
でも白馬にとっては何か重要な事なのだろう。
真白は暫く考えた後、こう答えた。

「極端な話、白馬が殺人犯だったら逮捕に協力する。裁かれて刑務所に入って出られなくなろうとも罪は罪だから」
「うん」
「けど、毎日会いに行く」
「うん?」
「白馬がどんなに私を拒絶して冷たくしても毎日会いに行く……しつこいの知ってるでしょ?」

真白の翠色の瞳に惹き寄せられそうになる前に、白馬は顔を隠した。

「なんだよ、それ」
「逆に、私が悪い奴だったらどうするの?」
「真白が?」
「そう。しかも凶悪犯よ」

全く想像がつかない……のは真白も同じなのだろう。
言ってて恥ずかしいのか俯いている。

「俺も凶悪犯になるよ」

驚く真白と真正面から目がかち合った。
自分でも驚く程の速さで答えたが気持ちに嘘はない。
長い様で短い間、言葉もなく見つめ合うと何処かでチャイムの音が聞こえた。

「そっか」

先に目を逸らしたのは真白だった。

「結局、どの選択をしようとも私達一緒って事ね」

表情が読めなくてもその横顔が全てを物語っていた。
耳まで赤いその姿を見てしまったら、もう。

「真白」
「ん?」
「俺は、お前と一緒にいたいよ」
「!?」

とんだ爆弾発言に思わず割り箸を落としそうになった。
何を考えているのか青い瞳を凝視してもわからない。
そんな、小首を傾げながら見つめられたら心臓が飛び出てしまう。

「顔、真っ赤」

悪戯っ子の様に笑う白馬に、真白は目眩を覚えた。
どうしよう困った。
それにこの、鼓動は何?
止まれ、止まって。

「も、もう!からかわないで!!お、お茶!!飲む!?」

お茶を理由に目を逸らす事に成功したが席を立った途端、真白は白馬に腕を捕まれ抱き寄せられた。
白馬の体温と鼓動と匂いがすっぽりと真白を包み、耳のすぐそばで白馬の唇が動いた感覚にゾクリと変な痺れが電気の様に全身を走って思わず身を竦めると、抱きしめる腕の力がより強くなってしまった。

「行くな」
「え、えぇー??」

だから、なんなの一体!?どうしたの?!
白馬の腕から逃れるすべ無く、結局、情けない声しか出なかった。

「真白」
「な、何!?」

声が裏返ってしまった。
すると白馬が小さく笑った空気と抱かれている腕に少し力が加わる。
すがりつく子供みたいな行動を不思議に思い、優しく背中を叩いてあげると暫くして小さな声で悪かった、という呟きが返ってきた。

「……お前ら。何してんの」

丁度、白馬と真白の間の位置で床に座りあぐらをかいた王李とその隣で菓子パンを頬張る姫椿がいた。

「お、王李!?姫!?あ、いやコレはあのその!!!」

慌てて白馬から離れた真白は、わたわた手を振って誤魔化す。

「チューくらいしろよ」
「ちゅー!?!?!?」

なんで、そうなるの!!と叫びたかったが、一体何処から見られていたの?とか考えたら言葉と口が上手く噛み合わなくなり、真白は混乱した。
その反応に腹を抱えて笑う王李だったが、隣に居る姫椿が肩をつんつん突いてくるので涙目になった瞳を擦りながら視線を向けると無言で前方を指差された。
見ると、そこには満面の笑顔の白馬が立っている。

「あ……」

思わず漏れた声に、白馬は笑顔のまま続きを促してくる。
王李は静かに己の死を覚悟した。

「調子こいて、すいませんでした!!!!」

白馬は王李を無視したまま、黙々と菓子パンを食べている姫椿に視線を移した。

「何かあったのか?」
「むうう、むむ!」
「あ。僭越ながら俺が代わりに……大会出場者は学長室に来るようにってお呼びがありました」
「そうか。行こう、真白」

キャパオーバーな真白の手を勝手に取ると、白馬は歩き出す。

「ちょっと!俺は無視?待って。置いてかないで!」

叫びも虚しく完璧に無視する白馬達を王李は慌てて追いかけようとしたが、突然、横からの激しい衝撃になす術なくバランスを崩し倒れ込んだ。

「てっめぇ……」

無様に床に倒れた王李を見下すのは仁王立ちの姫椿。
白馬と真白が図書館を出たのを確認してから、ため息を漏らす姿にドキッとする。何だ?いつもと雰囲気が違う。違うけど……知ってる懐かしさがあるのに困惑していると、食べ終えた菓子パンの袋を丁寧に仕舞いながら問われた。

「わかってるの?」

なにが、と言い返そうとして出来なかった。
答える隙も与ないと言わんばかりに姫椿が大胆にも王李の膝に跨り、襟元を掴んで強引に引き寄せ、いきなり王李の耳たぶを噛んだのだ。

「っ、」

容赦ない力に耳が引きちぎられると身構えた時、今度は顔を抑えられ唇を奪われた。

「ふ、っ」

情緒も何もない場所で女みたいな喘ぎ声が出た。
けど、そんなのはどうでもいい。もっと、欲しい。
唇を合わせるとじんわりと温かい物がねっとりと身体の中に落ちていく感覚に魅せられ、貪る様に角度を変え息つく暇なく舌を捩じ込もうとしたら噛まれた挙句、姫椿に突き飛ばされた。

熱い、身体中が熱くて痛い。
痛いのは舌か。身体か。
風邪を引く前兆に似た頭痛に顔を顰め、その場にうずくまる。

「っ、は……?」

歪曲していく視界。
倒れそうになる身体に足掻きながら耐えていると、王李の姿は青年から成人男性に容姿が変わり、着ている服はちぎれて一気に伸びた赤い長髪は床に散る。
姫椿は、動悸が激しく苦しんでる王李の前に膝をつくと、その髪を一房持ち上げ指に絡めながら問うた。

「思い出した?綾瀬」

王李……ではなく綾瀬は、こくりと頷く。

「いい子。なら、もうわかってるわね?私達が何の為にここにいるか。よく思い出して行動して」
「もっと……」
「駄目。もうおしまい。さぁ、行って」

なんで、どうして。
渇望する思いに答えが欲しくて、綾瀬は姫椿を掻き抱く。
さっきのが欲しくて堪らない。
懇願する様に姫椿の耳元で囁いた。

「っ、椿……」
「!」

ハッと息を呑む姫椿に反応したのは、綾瀬の身体に這う赤い鎖だった。
姫椿の魔力で編まれた鎖は綾瀬の身体を容赦なく締め上げ、彼女の怒りを体現している。

「悪い子」

泣きそうになるのを必死に堪え下唇を噛む姫椿を見ながら、自分の失態にようやく気がついた綾瀬は弁明すら出来ずに意識を手放した。
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