蒼の箱庭

葎月壱人

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序章

蔓延る悪意

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「何で!何で!何でなの!?」

真白が飛び出して行ってから、入れ違いで断りもなく入って来た姫椿に不覚にも間髪入れずに叩かれた頰の熱が引かない。
未だかつてあの子があんな風に怒る姿なんて一度だって見た事がなかった。
いつも菓子パンを食べているだけのクラスの大食い担当が!
王李の後ろに隠れて、まるで弱々しい悲劇のヒロインを気取っている感じが前々から気に食わなかったけど、朗らかで怒りの感情を持ち合わせてなさそうだったから害はないと鷹を括っていた自分が恨めしい。

怖かった……

ただただ怖くて、言い返すことも出来なかったけど今思い返してみると、あれが友人に向ける視線と態度だろうか?
上から目線で、一体何様よ!!
一方的に私を悪者にして真白の味方をするなんて……許せない。

「あぁあっ!!もう!!」

雪乃は怒りに任せて目につくありとあらゆる物をぶち撒けたが、それでもまだ気が収まらずにむしゃくしゃしていた。

真白も姫椿も全然解ってない。
私は白馬くんの為を思って言っているのに。
どうして相手に寄り添って考えることが出来ないのだろう?
相手を思いやる事が出来ないのだろう?

「白馬くん……可哀想」

感情が高ぶるあまり、涙も止まらない。
込み上げてくる悲しみは白馬を想えば想う程、強く苦しくなっていく。
私がもっと早くから真白を正しい方向へ導いてあげていれば白馬くんに恥をかかせる事なんて無かった。
笑い種にされる“特別枠”ではなく、自分の学力のみで成績優秀者として私と一緒に朱の大会へ挑む事が出来ていたのに。
皆から羨まれ祝福される完璧な二人になれたのに!!

「真白」

今はもう、その名を呼ぶだけで腹が立つ。
白馬くんからの恩を仇で返すなんて信じられない。
怒りで身を焦がす自分を落ち着かせる為に身体を抱きしめていると、ふと足元に一枚の紙が落ちている事に気づいた。
無意識に拾い上げて内容を確認すると、それは以前、城壁まで見に行った真白の事を密かに学園長に報告した時に戴いた資料だった。
国際交流を目的としたメンバー募集の用紙で費用も無く各国を巡れるらしく、外に出たいと言っていた真白にピッタリだと紹介された物。
あの時は結局、決心がつかず実行に移すことはなかったけど……

「これだわっ!!」

雪乃は急に自分の心が晴れていくのを感じた。
一陣の風が下から上に吹き上げていく位に爽快で、自分の閃きが希望に触れた様な心持ちのまま、大急ぎで部屋を後にする。

もし私の思い通りに事が運べば……
“朱の大会”で優勝するのは、私と白馬くん。
それは運命でもなく、必然。
私達に約束されている未来の邪魔は誰にもさせない。
真白なんて、一人で勝手に何処へでも行けばいいじゃない。
言ってもわかってくれない子なんて親友じゃない。

そうよ、ずっと思ってたの。
私の言うことを聞けないなら、あんなやつ消えればいいのよ。






コンコン。
控えめだが叩かれた音は力強く、硬い意志を感じさせて心地良い。
白椿は来客に検討をつけ、餌にかかった魚が釣れた時と同じ気分の良さに口角を上げた。

「はぁーい、どうぞー?」
「失礼します」

学長室に入って来たのは真面目が服を着て歩いていそうな優等生、雪乃。
一礼する際に揺れる真っ直ぐな黒髪ですら乱れる事を戒めているんじゃないかと思う程、何をするにしてもその姿勢や彼女が纏う空気すら清廉で完璧な生徒だ。

「お話があります。以前、頂いたこの募集用紙はまだ有効ですか?」

真っ直ぐに向けられた視線と突き出された手に持っている紙を一瞥した白椿は大袈裟に頷いてみせた。

「えぇ、有効よ」

すると花が咲いた様にふわっと愛らしい笑顔を雪乃は浮かべ、両手を叩いた。

「よかった!!」

心底安堵している雪乃にソファーに腰掛ける様に促しながら、白椿は彼女の為に紅茶を淹れた。

「明日、朱の大会の来賓客が学園にいらっしゃるの。その時に顔合わせできる様に頼んであげるわ」
「ありがとうございます」
「友達思いなのね、雪乃ちゃん。大会、頑張ってね」
「はい!」

褒められて雪乃の弾けた笑顔に、白椿も笑顔になった。
そして内心、嘲笑う。
紅茶のグラスに口をつける雪乃に心を操る薬を飲ませるまでもなかった。
操ろうとせずともこの子は自分の意思で真白と仲違いするだろう。
自分の正義だけに忠実な彼女なら、きっと朱の大会を面白く盛り立ててくれる。

「大会が楽しみね」

白椿の呟きに雪乃は自分に期待してくれているのだと勘違いしたまま、お茶を楽しむと意気揚々に学園長室を後にした。

「ふふっ」

一人になった白椿は、ジワジワと込み上げてくる笑みを隠す事なく口角を上げて高らかに嘲笑して消化する。

白馬に恋している雪乃。
でも白馬は違う子が好きだなんて皮肉を通り越して最早、喜劇だ。
あの痛くて悲しくて切ない感情が生々しく思い出せる位、白椿にも覚えのあるものだから余計に笑える。
首元で揺れる赤い南京錠を触りながら、愛しい人の名前を呟いて想いを馳せた。

「綾瀬」

初めて逢った瞬間から恋に落ちた。
信じられる?一目見ただけで全身が痺れて、この人だって身体が叫んでいた。
流れる赤い髪に赤い瞳。燃えるように勇ましい彼を欲しいと思った。
けれど彼が……いや、彼の一族が選んだのは私の片割れ。
魔力のある無しでふるいに掛けられ、魔力のない私は落とされた。
彼に恋をしたのは私だったのに、恋をしていない方が選ばれる現実に絶望して私は古の掟を守り続ける古臭い家を出た。
魔法なんて信じない。
魔法という未知な力に対抗する為に独学で医学の道を極めた。
体内の構造からあらゆる分野を取得し理解して、行き着いたのが薬学。
私の作った薬で、魔法という訳の分からない概念で縛られている彼を解き放つの。
そして今度こそ……二人で恋を始めるわ。

「待っててね。綾瀬、もうすぐだから」

誓いを込めて、そっと南京錠に口づけた。




夜。
寝静まった寮内で姫椿は一人自習室に篭り、とある場所に定期連絡を入れていた。
電話の向こうにいる相手に緊張するなんて事、人生で早々ない経験だと思いながら姫椿は開口一番、大きな声で叫んだ。

「留年しましたーーーー!!!!」

ごめんなさーい!という気持ちも忘れずに込めたつもりだったが、受話器の向こうにいる人は無反応だった。
彼の背後で聞き耳を立てていた仲間達が湧くように笑っている音を聞きながら返答を待つと、小さな溜息に続いて意外な言葉が届いた。

「職務放棄か」

職務放棄。
その単語を聞いた途端、片頬を叩かれた様な衝撃が走る。
目が覚めたとうか、己の未熟さを呪いながら恥じた。

「ち、違います」

反射的にそう返した姫椿は、自分の置かれている状況に戦慄した。
留年しただなんて何を言ってるの?勉強をする為に、この学園に来たんじゃない。
自分だけは大丈夫だと鷹を括り、見事に足元を掬われている現状に唇を噛んだ。
すると、電話の向こうで声の主が変わった様だ。
飄々として物腰柔らかい声音を聞いただけでそいつの顔が思い浮かぶ。
大丈夫、記憶は正常みたいだと内心安堵していると、それすら見透かした様に指摘されてしまった。

「駄目だよ、君も既に汚染されている。こうなると思って後援を送ったけど“朱の大会”の学内選考に漏れた君にはこれ以上は期待できない。そろそろ覚悟を決めた方がいい」

そして再び声の主が元に戻った。

「綾瀬は?」
「眠ってます」
「起こせ」

予想した通りの言葉に、姫椿は目を伏せた。

「………はい」

自分の力量の無さが招いた事態に後悔しながら逆らう事なく承諾した後、電話を切った。


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