蒼の箱庭

葎月壱人

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第二章

波乱

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会場では、学園長直々に“朱の大会”の説明が始まろうとしていた。
毎年非公開で行われる為、どんな事が行われているのかは誰も知らない。
大会が終わると優勝者は即学園から出てしまうし、他の参加者も他国から推薦を受けて留学したと聞く。
ひとたび“朱の大会”が始まれば最後、学園に戻る生徒はいないのだ。
そのせいか生徒達の間では“朱の大会”に出場すれば、将来を約束されたも同然という噂だけが学園に広まっている。
綾瀬の自我を取り戻した今、王李の頃より物事を見定める視野が広くなったからこそと言うべきか、そんな上手い話があるのか疑わしいと思いながら王李は配られた用紙に目を通した。

“大会内容は当日、発表する”

「………ないわー」

これじゃ単なる俺達のお披露目会だと毒づきながら、会場にいる仮面の来賓客を眺めた。
胡散臭い連中に、見世物みたいな自分達。

一体、何なんだ?

その時、ずくん、と胸に重いものが乗った感覚と同時に激しく喉が渇く衝動に襲われた。
久しぶりの感覚を制御する為に王李は自分の首元に触れ大きく息を吐く。
先程、嫌な予感がして手違いを装って真白に渡した飴玉がさっそく仕事をしたらしく体内から幾らか魔力が消えている。
万が一に備えた護身用として飴玉に移した力が役目を果たしたのを感じつつ真白が無事である事を祈っていると視界の隅で雪乃がテラスから戻る姿を捉えた。
勘づかれない様に目だけで追うが、いくら待てども会場に真白が戻ってくる気配はない。
一度、確認しに行こうとした時だった。

「王李くん、よね?」

甘ったるい声に背筋が凍る。
思い出したくもない過去がフラッシュバックしそうになるのを堪えて振り向けば、仮面の来賓を数人引き連れた白椿が立っていた。
屈託なく笑う顔を見ただけで胸から腹にかけて伸びる昔の傷口が疼くのを服の上からでもジリジリ感じる。

“返せ”

口をついて出そうになる本音を喉の奥で押し殺した。
綾瀬は生後まもない時から死を司る呪われた力を保持しており、それは綾瀬が見る、触れるだけで人が死ぬ厄介な力だった。
幼少期に両親から術を施され日常生活に支障は無かったが、成長と共に力も増し枷が外れる日が近いと危ぶまれていた頃に、その力を封じる魔力を持った娘として白羽の矢が立ったのが姫椿だった。
姫椿の双子の片割れの白椿は、自分の方が姫椿よりも相応しい事を証明する為に言葉巧みに綾瀬を連れ出し、検査と称して薬漬けにした状態で体内から取り出されたのは、真っ赤に燃える色をした南京錠の形をして白椿の手中に収まったのを朧げながら記憶している。

「今ね、可愛い可愛い私の生徒を皆様に紹介しているの。インタビューいいかしら?質問は一個だけ!ね?」
「わー、なんだろー」
「ふふっ!簡単よぉ。朱の大会に対する意気込みを聞かせてください」
「意気込み……あ、全力で頑張りまーす」
「えー?何それ、薄っぺらーい。やり直しー!!」

冷め切った笑顔の応酬。

「じゃあ、質問を変えてあげる!優勝したら、何か欲しいものとか……なぁい?」

そう言いながら、白椿は胸の間からネックレスとして使っている赤い南京錠を見せた。
王李は、短い溜息を吐く。
姫が施した変幻がバレている可能性は極めて高かった。
百歩譲って改名は理解できる。
しかし見た目だ。
綾瀬の時と異なるのは髪の長さ位で、姫椿に至っては見た目も名前も変幻する気がまったく感じられない。
白椿が綾瀬だと気づいている上で朱の大会候補に選んだ可能性すらあるのに本人は自信満々だった事を思い出して自然と口角が上がったのを、不敵な微笑みと勘違いして不満そうな白椿に王李は答えた。

「ないでーす」
「えっ?」

意外、という声が漏れていそうな声だった。
王李はキョトンとしている白椿に手を振ってその場を後にしテラスへと急いだ。






王李と白椿が接触している頃、白馬も真白が戻って来ない事に不信感を抱きながら戻ってきた雪乃に声を掛けていた。

「真白は?」

怪訝そうな顔をする白馬に、雪乃は静かに微笑み返す。

「もう少し風に当たるって」
「……そうか」
「ま、待って白馬くん!」

様子を見に行こうとする白馬の進路を塞ふさいだまま、雪乃は前方にいる学園長に向けて手を上げた。

「学園長、お話が」
「んー??なぁにー?」

人だかりからひょっこり顔だけ覗かせる白椿に雪乃の凛とした声が響く。

「真白が大会を辞退するそうです」

それまで笑顔だった白椿の顔が一瞬だけ引き攣ったのを白馬は見逃さなかった。
すぐに真白の元へ行こうとしたが、雪乃にガッチリ腕を掴まれて動けない。
会場は堰を切った様にざわめき、混乱している。
口々に事情を説明しろ、と叫ぶ声を冷静に落ち着かせようとする白椿と面食らった顔をしている白馬を他所に雪乃は小さく飛び跳ねた。

「ねぇ、白馬くん!これで優勝は私と白馬くんで決まりね!」

白馬の手を取り喜ぶ雪乃に対して目まぐるしい状況変化についていけずにされるままとなっていた白馬の耳に、白椿の声が鋭く響いた。

「白馬!!」

白椿の怒気を含む声に、すぐさま雪乃の手を解き人混みを掻き分け傍へ行くと、貼り付けた様な笑顔のまま耳打ちされた。

「捕まえて。早く。朱の大会は予定通り開催させるわ」

有無を言わさない威圧感に、白馬は小さく頷いた。
心配そうに後をついてきた雪乃をとりあえず学園長室まで連れて行く。

「白馬くん?」
「すぐ戻る」

縋る雪乃の手を解き、白馬はすぐに部屋を出ていった。
一人残された雪乃が爪を噛み、恨めしそうにしているとも知らずに。
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