蒼の箱庭

葎月壱人

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第二章

拷問

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カツカツ軽快な音をたてながら、地下へと続く階段を降りて颯爽と向かってくる白椿の為に白馬は鉄の扉を開ける。
白馬に一瞥すらやらず無言のまま中に入る白椿の横顔は日頃のおちゃらけたものとは違い、怒りに満ちていた。
口をへの字に曲げ、あからさまに不機嫌な空気を出している時は下手に刺激しない様に心得ている白馬は素知らぬ顔で扉を閉めた。
地下の空気は地上よりも冷たくて重く、石造りのこじんまりとした地下室だけ一気に真冬になったみたいだ。
扉を開けた事により外気が室内に充満していた鉄の香りを連れ出し、代わりに入ってきた冷たい風に触れて、連行されてきた男達も意識を取り戻し個々に呻き声を上げている。
裸電球が一つ吊るされただけの簡素な空間に、標本の蝶の様に両手両足を広げた姿勢で壁には既に2人の男が磔にされ暴行を受けた後で血塗れだった。
入ってきた白椿を見て、身体を震わせたのは二人だけではない。
部屋の隅で膝を抱き恐怖に縮こまっていた男は白椿に気づいた途端、足元に跪いてひたすら手を合わせた。

「た、助けてくれ。計画は失敗したんだ!これ以上何もしない!」

必死に懇願しながら男は床に頭を擦り付けた。

「た、頼む!後生だ!!」

捲し立てる懇願が終わった途端、重苦しい静けさが戻ってきただけだった。
男は声が掛かるまで土下座を続けたが、あまりにも白椿の反応がないので痺れを切らせて片目を開け様子を伺うと、白椿は入ってきた時とさして表情を変えておらず、虫けらでも見ている様に見下したまま直立していた。
ばっちり目があったと息を呑む男の横っ面を思いきり蹴飛ばす。
蹲る男の腹部に容赦なく蹴りを入れ続ける。
息も絶え絶えに言葉を発しようとするが、その度に足蹴にされ上手く喋れない。
まるでそれを狙っている様に執拗に蹴り続ける白椿を後ろから白馬が制した。

「もういいだろ」

咳き込む男に、白椿は忌々しそうに自分の髪を掻き上げる。

「どいつもこいつも馬鹿にして!!!」

身に覚えのない怒りが含まれているのは、先程の綺羅とのやりとりが尾を引いていたからだ。
勿論、そんな事情を知らない白馬は咳き込む男を少し哀れに思った。
地下室に捕えられている奴らは全員、世界を巡るツアーと称して雪乃や真白を騙す企画に賛同する代わりにオークションで優遇される権利を白椿から確約されていたにも関わらず、雪乃の指示に従ったふりをして、あわよくば目玉商品である真白を林檎の国から連れ出そうとした罪を犯した。
そして商品を傷物にしようとした罪も……
あとは今日のお披露目を台無しにしたりと余罪は上げきれない。
さて、どうしてくれようかと小首を傾げながら物思いにふけっていた白椿が突然閃いたと言わんばかりに手を叩き白馬を見た。

「はーくぅん。いい事思いついちゃった!」

呼ばれた白馬は嫌な気しかしない。

「雪ちゃんを誘惑して」
「……は?」
「だぁーかぁーらぁぁぁ!はぁーくんに夢中にさせといて、そのままオークションに出すの。あぁ悲劇!想像しただけでゾクゾクしちゃう」

理解に苦しむと眉間に皺を寄せる白馬に、白椿は楽しそうに続けた。

「そんな怖い顔しないでよ。私の指示なく勝手に騒ぎを起こすなんて……絶対許さないんだから。ねぇ?いいでしょう?はーくんだってまだ真白ちゃん欲しいのよね?きーくんが戻ってきた今……うかうかしてたら盗られちゃうかも」

白馬の瞳が揺らいだのを見逃さなかった。
すぐさま白馬を立たせると、決まり!とばかりにその背中を押して部屋を出ようとする。

「お、おい……」

助かったのか?と困惑した表情で去り際の二人に声を掛けた男だったが誰からの返事ももらえなかった。
白椿が鉄の扉を触ると、重厚な音を立てて扉がゆっくりと動き出す。

「ま、待て……!!」

扉の閉まる音に混ざって四方からシューっとガス漏れの様な音と白い煙、そして卵が腐った匂いが鼻を掠めた途端、男は死を覚悟した。
頭では、逃げなければと思うのに身体は強い力で上から押さえつけられたかの様に動かすことが出来ない。
充血した瞳で扉を見れば、閉じる隙間から此方に投げキスをする白椿が見えた。

「やめ……やめてく、!」

男の絶叫も虚しく、扉はぴったり閉ざされた。


その頃、雪乃は真白がどうなったのか気が気ではなかった。
白馬に連れられ学長室で待機していたら、大会関係者と名乗る人達がやってきた。
朱の大会参加者は寮室へ戻る事も禁じられ、専用の宿泊場所に案内されてからする事もなく今はずっと窓辺に座り目下に広がる森を眺めていた。
もしかしたら、木々の隙間から何か見えるかもしれないと暫く目を凝らしていたが、目が疲れる一方で大して意味は無いことに気づき止めている。
いつの間にか日が暮れようとしている空色を他人事のように眺めながら、あっという間だった一日を反芻する。
ふと、窓ガラスに写る自分の顔を眺めながら白馬の事を思った。

「白馬くん……学園長とどういう関係なの?」

普段から何かと呼び出されている姿は見かけていた。
でもそれは白馬が学園一の秀才で学園長も気に掛けているだけだと思っていたけど。
しかし先程まで参加していたパーティー会場での二人は、ただならぬ雰囲気を感じた。

親密というか恋人同士?

「……まさか」

自嘲気味に鼻で笑い飛ばしてから、膝を抱える。
何だろう、日頃から真白と一緒にいる白馬くんを見ている時と同じ位、学園長と絵になっている姿も凄く嫌な気分がする。
白馬くんは、これっぽっちも私の気持ちに気づいてくれてないのかな?
沢山の人がいる中でも白馬くんを一番に見つけられる自信がある。
姿を見かけただけで胸が苦しくなる。
話したくても話しかける勇気がどうしても出なかった日は1日後悔するし、逆に白馬くんが隣に来てくれたり話しかけてくれたりしただけでその日はドキドキが止まらない。

こんなに好きなのに……
白馬くんは真白ばかり目で追って。

「……もう!!」

苛立ちを抑えきれず、力のままガラスを叩いた。

私の方が白馬くんに相応しいのに。
見た目も性格も成績も全部!!
なのに、いつもいつもいつも邪魔をする!!!

唇を噛み締め、真白がいるであろう忌々しい森を睨みつけた。

「死ねばいいのに……」

思わずこぼれた言葉に、ハッとする。
一瞬で気持ちが軽くなったのだ。
人の死を願うだなんて最低だけど、どうしようもなかった苛々とかモヤモヤした気持ちが潮が引いたみたいに消えていくのを実感した。

私、真白が居なくなる事を本当に願っているんだわ。
この世から消えて欲しいと思う位、強く。

ある種の悟りの様な結果に行き着いた時、部屋をノックする音がしたので雪乃は恐る恐る扉を開いた。

「は、白馬くん?!」

扉を開けた先に待ち望んでいた人が目の前にいて、弾ける様に高鳴る胸を思わず押さえた。
夢みたいと穴が開くほど見つめていると思いがけず白馬と目があって途端に顔から火が出る位、頬が熱くなっていくのを抑えられず俯いた。
白馬くんに私の気持ちを気づいて欲しい、けど気づいて欲しくない矛盾した心を覗かれないように目も閉じる。
すると余計に心臓の音がうるさく響いた。

「大丈夫か?」

挙動不審な雪乃を気遣う優しい声音に胸が苦しくなる。
すぐ顔を上げ、たまらなくなった雪乃は白馬に抱きついた。
もうなりふり構っていられない。
戻ってきてくれた、真白じゃなくて私の元へ!!

「白馬くん……!!」

驚く白馬の顔を両手で包むようにそっと引き寄せ、雪乃は口づけた。
このまま私の気持ちが全部伝わっていけばいいと願いを込めて。





雪乃の好意は前から気づいていた。

(商品価値が下がることはしたくない)
(当たり前でしょう?はーくんはちょびっと誘導するだけでいいのよ)

白馬は白椿との会話を思い出しながら、雪乃の好きにさせておく。
どこで覚えたのやら見様見真似の啄む様な口づけを繰り返している健気な雪乃の腰に手を回すと、ぴくりと身体が震えたのが分かる。

(勝手に盛り上がってくだろうから、そしたらコレ。使ってね?)

あらかじめ展開を予想した上で手渡された一つのカプセル。
睡眠導入剤と称した白椿お手製の薬だ。
事前に口に忍ばせていた物を、雪乃の口へ移し込んだ。

「んっ」

突然の異物に驚いたのか雪乃から漏れる息すら煩わしい。
腰を引き寄せ、意識を逸らすべく強引に唇を合わせてやると、確認する余裕もなく雪乃はカプセルを嚥下した。
そっと離せば顔を赤らめ、蕩けた表情をしたまま何か喋ろうと口が動いたのを最後に、雪乃は倒れた。

「………はぁ」

口を手の甲で拭いながら、これからのアリバイ工作作業を考えるだけでうんざりする。
興味のない人間からの好意ほど迷惑なものは存在しないと再確認しながら、勝手に自滅してゆく雪乃を冷めた目で見下ろした。
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