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第二章
素顔
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白馬と学園長が人身売買をしている?
にわかには信じられないけど綺羅が嘘を言わない事も知っている為、余計に真白を苦しめた。
騙していたなら完璧だ。だって優しい白馬しか思い出せない。
いつも私を気遣い、困っていたら手助けしてくれて傍に居ると安心する人。
普段から人を寄せつけない雰囲気を出して近寄りがたいけど少し勇気を出して話しかければちゃんと向き合って、心を開いてくれる。
色々な国の話を知っていて本を読むより白馬の話を聞いている方が楽しかったのに。
白馬との思い出を沢山思い出しみても、私の知ってる白馬と知らない一面を持った白馬がずっと一致しなくて見えない壁でもあるみたいだ。
混乱して感情がぐちゃぐちゃで、信じたい気持ちと騙されたんだ思う心がせめぎ合い、ついに心が泣き出した。
唇をきつく噛んで涙を押し留めようとしても、こらえ切れず溢れた涙を見られたくなくて焦っていたのを見かねた綺羅が、真白を隠す様に抱きしめて背中を優しく叩いた。
子供をあやすみたいな扱いをされてる気恥ずかしさと泣ける場所を見つけた安心から堰を切ったように涙が流れ出ていった。
真白が泣いている間、誰一人として言葉を発しようとしなかった。
その泣き声も段々小さくなっていった頃、綺羅は寄り掛かる重さを感じて腕の中を覗けば、泣き疲れたのか真白が眠ってしまった様だ。
地面に横たえるのも憚られ、そのまま抱き上げると様子を見ていた白馬と目が合う。
「……眠ったのか」
はぁ、というあからさまな溜息。
先程とは違う雰囲気に周囲の空気が一瞬で変わり、張り詰めたものになった。
「台無しだよ、お前」
低く吐き捨てられた言葉は、はたして誰に向けられた言葉なのか。
綺羅は真白が眠って良かったと思いながら、臆する事なく白馬を見据える。
こういう男だと知っているのは俺だけでいい。
「あらぁ?お取り込み中だったかしら?」
甘い声と共に茂みから姿を現した白椿は、白馬と所在無さそうに座り込んでいる男、そして最後に挑む様な鋭い眼差しで睨んできた綺羅に目を止めると大袈裟に手を叩いて喜んだ。
「きーくん!?あははっ、ウケる!何でいるのぉ?え?てか元に戻ってるじゃん!えー!?凄くない?」
興奮するあまり、白馬の腕を叩いて共感を得ようとした白椿だったが、無反応過ぎる白馬に気づいてその無愛想な顔を下から覗き込む。
「えー!?!?はーくんどうしたの?戻ってる!真っ黒バージョンに戻ってる!やめたの?純粋無垢設定。本気っぽかったじゃん!私の前でも徹底してたのにどーし……あ!そっかぁ。きーくんね?」
高らかに笑いながら、白椿に傑作だと称賛される。
「もー!空気読んでよ、きーくん酷い!はーくん凄い頑張ってたのにぃ。ねぇ?もう殺しちゃう?」
「やめろ」
「えー?でもぉ」
白馬は不貞腐れる白椿の後ろで密かに後退を始めていた男を見逃さなかった。
「おい、覚悟は出来てるんだろうな?」
「あ……あ……」
「はーくん、彼は丁重に地下へ連れて行って?お仕置きが必要だわ」
白椿の言いつけに視線を送るだけで答えると、白馬は男を連れてその場を離れていった。
その後ろ姿が見えなくなるまで手を振り見送った後、白椿は立ち尽くしている綺羅に向き直る。
「さっ!今日は疲れたでしょう?二人に部屋を用意したわ。行きましょう」
「……まだ続ける気?」
「ふふっ。なぁに?突然そんな事言って。大会はこれからよ?」
朱の大会で競売にかけられる生徒は、その優秀さから破格の値段が飛ぶ様につく為、たとえ鼠が侵入しようとも止める事はしない。
綺羅が何を企み、実行しようとも揉み消す力は十分にあると白椿は自負していた。
所詮ガキのする事だ、始まる前から勝ったも同然。
「楽しみね?」
自分の手中にわざわざ戻ってきた綺羅に対して、白椿は不敵な笑みを見せるのだった。
◇
案内されたのは、長年学園で生活していた綺羅ですら存在を知らない閑静な場所だった。
プラネタリウムを思わせる天井の高いドーム型の中央は一休みできるスペースになっており、それ以外は四方に個々の部屋がある。
本来、来賓の方々が宿泊するフロアとして開放しているのを大会の期間だけ出場者も利用出来るようにしているらしい。
聞いてもいないのに勝手に喋る白椿をそのままに、開かれた個室の扉の中に入ると豪華なホテルの一室が準備万端で客人を待ち構えているみたいだった。
まつ毛を湿らせたまま眠る真白をそっとベッドに横たわらせ、手近にあった椅子に腰を落ち着けながら綺羅は小さく溜息をつき、入り口付近にいる白椿に声を掛けた。
「……まだ何か?」
「んもぅ。きーくんってば本当冷たいんだからぁ!!やーん!本当につれないぃー!!」
えーん、と嘘泣きをしても全然相手にしてくれない綺羅に飽きて、ふくれっ面のまま部屋に入る。そして眠る真白に狙いを変えた。
綺羅の背後から遠目に見ながら、綺羅の耳元に囁く。
「可哀想な真白ちゃん。色々あった上に、知らない事たっくさん聞かされて……びっくりしたでしょうねぇ」
綺羅の金色の瞳が、白椿を捕らえた。
「でもねぇ?この大会、本当に人気があって今更中止とか出来ないし途中棄権とかも無いから大人しく、ね?逃げようだなんて絶対考えちゃだーめって伝えておいて?」
いたずら心から綺羅の頬を人差し指で軽く突いた時だった。
「無用心だね」
「なっ?!」
白椿が気づいた時には遅かった。
首筋から見えたネックレスを簡単に引きちぎられ、大切にしていた赤い南京錠が綺羅の手に渡る。
「返しなさい!!返して!!」
威嚇する猫の様に飛びかかって奪い返そうとしても綺羅は簡単に身を翻しかわした。
挑発する様に見せびらかせながら、烈火の如く顔を真っ赤にして肩を震わせる白椿に微笑む。
「見苦しいと思わない?いつまでも、こんなのに縋ってて」
一時期、学内でも流行っていた南京錠は恋人との結びつきを永遠にするものだとかで女子受けが良かった代物だ。
白椿の南京錠が何を意味しているのかは不明だが、肌身離さず持ち歩いている辺り……大切なものなのだと推測した。
「……る、さい」
「滑稽だよね」
「五月蝿い!!!」
余裕をなくした絶叫に、綺羅は動じる事なく赤い南京錠を部屋の外へ放り投げた。
「あっ」
弧を描いて落ちてゆく南京錠を追いかけてドタバタと激しい音を立てながら、床に落とす事なくギリギリの所で掴む事に成功した白椿は、勢いそのままに滑りながら倒れた。
戻ってきた南京錠を両手でそっと抱き締めた後、見下す様に部屋の前に立っている綺羅を睨む。
「っ!!綺羅ぁ!!」
「ばいばーい」
白椿の声を真似て、茶目っ気たっぷりに扉を閉め鍵をかけた途端、ドン、と扉を蹴りつける音がした。
扉の向こうから、恨みがましい罵声がするが気にせず部屋の中へ戻る。
「……きら?」
真白が物音で目を覚ましてしまったらしい。
綺羅はそっとベッドに腰を下ろすと虚な真白の瞳に手を被せて視界を暗くする。
「大丈夫。今は、休もう?」
コクリと頷く真白の唇が小さく震えている。
「そばにいてくれる?」
「うん。いるよ、大丈夫だから」
綺羅の言葉に安堵したのか、暫くすると再び寝息が聞こえてきた。
目尻に残る涙の跡を指で拭ってやりながら、綺羅は独りごちた。
「今度こそ、守るから」
そして真白の規則正しい寝息を確認してから、綺羅は動かせる家具を全て動かして広めのスペースを作っていた。
真白に掛けてある漆黒のコートを横目に、林檎の国を出てから今日まで色々あったなとつい感慨深くなってしまう。
学園を追い出されてすぐに出会った姫椿達に紹介された秘密組織“天狼”。
裏社会を監視している強者揃いの集団として世に名を轟かせ、医療や魔法など幅広い分野の技術者も多く在籍している。
漆黒のコートと胸元に着けられた白銀色に輝く狼のブローチは組織に認められた証、腕に巻かれた腕章の色は下っ端を意味する赤であっても綺羅には誇らしいものだった。
組織に拾われ治療をしてもらい自分の才能を買われ、こき使われた日々。
新参者とて容赦なく組織の歯車へと組み込むボスの手腕。
使えないなら死ね、失敗したら殺すがボスの口癖であり、“天狼”の信条だ。
死の匂いに付き纏われる過酷な環境下は、意外にも綺羅に失った自信を取り戻させる貴重な時間になり、力に変わっていった。
学園しか知らなかった自分が外へ出てから見聞きしたものや手に入れたものは大きくて、真白に話したい事も沢山ある。
そして世界を見せてあげたい気持ちは、今も変わらない。
今回、先に潜入している“天狼”の加勢として暗夜の連中と決着をつける為に綺羅は戻ってきたのだ。
「……よし、次は意識を集中して……」
綺羅は主に隠密系魔術の才覚を発揮し、あらゆる物の転送魔法が出来るようになっていた。
床に向かって両手をかざすと、ビィンっ、と弦を弾く音に合わせて紫色の魔法陣が目一杯広がって輝き始めた。
煌々と輝く光は成功の明り。
綺羅は大きく息を吸い込んでから、呼びたい対象者の名前を叫んだ。
「姫椿」
「……はっ?、わっ、っと!?」
変な声と共にピンク色の髪の毛を逆巻かせた女子が現れ落ちた。
予期せぬ召喚に驚きつつも散らばるお菓子の残骸を集めながら、警戒する子猫の如く視線を左右に動かし綺羅に目を止めると、瞳を細めた。
「ふーん?なかなかやるじゃない」
「ご無沙汰してます、姫椿姐さん」
「や、やめて!?仮にも今は現役の学生なのに姐さんなんて歳食った呼び方、正しいけど辛いわ」
恥じらいながら絶叫する姫椿だったが、ベッドに横たわって眠る真白に気づくとその表情は一変して青白くなった。
「ま、ましろ!?」
「大丈夫、眠ってるだけ」
「そう、よかった……」
眠る真白の頭をそっと撫でて安堵する姫椿に、綺羅は頭を下げた。
「ありがとうございます」
お礼を言ってどうこうなる問題じゃない事を承知の上で、話を続けた。
あの日の約束を今も違えず守り続ける恩人の一人に向けて。
「真白を……そして、俺を元の姿に戻してくれてありがとうございます」
瞳を閉じれば薄く感じられる身体を縛る赤い鎖から滲み出ている姫椿の魔力。
「この恩は、今から全力で返します」
はっきりとした物言いに、姫椿は微笑んだ。
真白に掛けられた漆黒のコートと赤い腕章。
この短期間でここまで成長してくるとは予想してなかった。
「頼むよ、後輩」
ニカっと豪快に笑ってみせると、綺羅もつられて柔らかな笑みを浮かべた。
にわかには信じられないけど綺羅が嘘を言わない事も知っている為、余計に真白を苦しめた。
騙していたなら完璧だ。だって優しい白馬しか思い出せない。
いつも私を気遣い、困っていたら手助けしてくれて傍に居ると安心する人。
普段から人を寄せつけない雰囲気を出して近寄りがたいけど少し勇気を出して話しかければちゃんと向き合って、心を開いてくれる。
色々な国の話を知っていて本を読むより白馬の話を聞いている方が楽しかったのに。
白馬との思い出を沢山思い出しみても、私の知ってる白馬と知らない一面を持った白馬がずっと一致しなくて見えない壁でもあるみたいだ。
混乱して感情がぐちゃぐちゃで、信じたい気持ちと騙されたんだ思う心がせめぎ合い、ついに心が泣き出した。
唇をきつく噛んで涙を押し留めようとしても、こらえ切れず溢れた涙を見られたくなくて焦っていたのを見かねた綺羅が、真白を隠す様に抱きしめて背中を優しく叩いた。
子供をあやすみたいな扱いをされてる気恥ずかしさと泣ける場所を見つけた安心から堰を切ったように涙が流れ出ていった。
真白が泣いている間、誰一人として言葉を発しようとしなかった。
その泣き声も段々小さくなっていった頃、綺羅は寄り掛かる重さを感じて腕の中を覗けば、泣き疲れたのか真白が眠ってしまった様だ。
地面に横たえるのも憚られ、そのまま抱き上げると様子を見ていた白馬と目が合う。
「……眠ったのか」
はぁ、というあからさまな溜息。
先程とは違う雰囲気に周囲の空気が一瞬で変わり、張り詰めたものになった。
「台無しだよ、お前」
低く吐き捨てられた言葉は、はたして誰に向けられた言葉なのか。
綺羅は真白が眠って良かったと思いながら、臆する事なく白馬を見据える。
こういう男だと知っているのは俺だけでいい。
「あらぁ?お取り込み中だったかしら?」
甘い声と共に茂みから姿を現した白椿は、白馬と所在無さそうに座り込んでいる男、そして最後に挑む様な鋭い眼差しで睨んできた綺羅に目を止めると大袈裟に手を叩いて喜んだ。
「きーくん!?あははっ、ウケる!何でいるのぉ?え?てか元に戻ってるじゃん!えー!?凄くない?」
興奮するあまり、白馬の腕を叩いて共感を得ようとした白椿だったが、無反応過ぎる白馬に気づいてその無愛想な顔を下から覗き込む。
「えー!?!?はーくんどうしたの?戻ってる!真っ黒バージョンに戻ってる!やめたの?純粋無垢設定。本気っぽかったじゃん!私の前でも徹底してたのにどーし……あ!そっかぁ。きーくんね?」
高らかに笑いながら、白椿に傑作だと称賛される。
「もー!空気読んでよ、きーくん酷い!はーくん凄い頑張ってたのにぃ。ねぇ?もう殺しちゃう?」
「やめろ」
「えー?でもぉ」
白馬は不貞腐れる白椿の後ろで密かに後退を始めていた男を見逃さなかった。
「おい、覚悟は出来てるんだろうな?」
「あ……あ……」
「はーくん、彼は丁重に地下へ連れて行って?お仕置きが必要だわ」
白椿の言いつけに視線を送るだけで答えると、白馬は男を連れてその場を離れていった。
その後ろ姿が見えなくなるまで手を振り見送った後、白椿は立ち尽くしている綺羅に向き直る。
「さっ!今日は疲れたでしょう?二人に部屋を用意したわ。行きましょう」
「……まだ続ける気?」
「ふふっ。なぁに?突然そんな事言って。大会はこれからよ?」
朱の大会で競売にかけられる生徒は、その優秀さから破格の値段が飛ぶ様につく為、たとえ鼠が侵入しようとも止める事はしない。
綺羅が何を企み、実行しようとも揉み消す力は十分にあると白椿は自負していた。
所詮ガキのする事だ、始まる前から勝ったも同然。
「楽しみね?」
自分の手中にわざわざ戻ってきた綺羅に対して、白椿は不敵な笑みを見せるのだった。
◇
案内されたのは、長年学園で生活していた綺羅ですら存在を知らない閑静な場所だった。
プラネタリウムを思わせる天井の高いドーム型の中央は一休みできるスペースになっており、それ以外は四方に個々の部屋がある。
本来、来賓の方々が宿泊するフロアとして開放しているのを大会の期間だけ出場者も利用出来るようにしているらしい。
聞いてもいないのに勝手に喋る白椿をそのままに、開かれた個室の扉の中に入ると豪華なホテルの一室が準備万端で客人を待ち構えているみたいだった。
まつ毛を湿らせたまま眠る真白をそっとベッドに横たわらせ、手近にあった椅子に腰を落ち着けながら綺羅は小さく溜息をつき、入り口付近にいる白椿に声を掛けた。
「……まだ何か?」
「んもぅ。きーくんってば本当冷たいんだからぁ!!やーん!本当につれないぃー!!」
えーん、と嘘泣きをしても全然相手にしてくれない綺羅に飽きて、ふくれっ面のまま部屋に入る。そして眠る真白に狙いを変えた。
綺羅の背後から遠目に見ながら、綺羅の耳元に囁く。
「可哀想な真白ちゃん。色々あった上に、知らない事たっくさん聞かされて……びっくりしたでしょうねぇ」
綺羅の金色の瞳が、白椿を捕らえた。
「でもねぇ?この大会、本当に人気があって今更中止とか出来ないし途中棄権とかも無いから大人しく、ね?逃げようだなんて絶対考えちゃだーめって伝えておいて?」
いたずら心から綺羅の頬を人差し指で軽く突いた時だった。
「無用心だね」
「なっ?!」
白椿が気づいた時には遅かった。
首筋から見えたネックレスを簡単に引きちぎられ、大切にしていた赤い南京錠が綺羅の手に渡る。
「返しなさい!!返して!!」
威嚇する猫の様に飛びかかって奪い返そうとしても綺羅は簡単に身を翻しかわした。
挑発する様に見せびらかせながら、烈火の如く顔を真っ赤にして肩を震わせる白椿に微笑む。
「見苦しいと思わない?いつまでも、こんなのに縋ってて」
一時期、学内でも流行っていた南京錠は恋人との結びつきを永遠にするものだとかで女子受けが良かった代物だ。
白椿の南京錠が何を意味しているのかは不明だが、肌身離さず持ち歩いている辺り……大切なものなのだと推測した。
「……る、さい」
「滑稽だよね」
「五月蝿い!!!」
余裕をなくした絶叫に、綺羅は動じる事なく赤い南京錠を部屋の外へ放り投げた。
「あっ」
弧を描いて落ちてゆく南京錠を追いかけてドタバタと激しい音を立てながら、床に落とす事なくギリギリの所で掴む事に成功した白椿は、勢いそのままに滑りながら倒れた。
戻ってきた南京錠を両手でそっと抱き締めた後、見下す様に部屋の前に立っている綺羅を睨む。
「っ!!綺羅ぁ!!」
「ばいばーい」
白椿の声を真似て、茶目っ気たっぷりに扉を閉め鍵をかけた途端、ドン、と扉を蹴りつける音がした。
扉の向こうから、恨みがましい罵声がするが気にせず部屋の中へ戻る。
「……きら?」
真白が物音で目を覚ましてしまったらしい。
綺羅はそっとベッドに腰を下ろすと虚な真白の瞳に手を被せて視界を暗くする。
「大丈夫。今は、休もう?」
コクリと頷く真白の唇が小さく震えている。
「そばにいてくれる?」
「うん。いるよ、大丈夫だから」
綺羅の言葉に安堵したのか、暫くすると再び寝息が聞こえてきた。
目尻に残る涙の跡を指で拭ってやりながら、綺羅は独りごちた。
「今度こそ、守るから」
そして真白の規則正しい寝息を確認してから、綺羅は動かせる家具を全て動かして広めのスペースを作っていた。
真白に掛けてある漆黒のコートを横目に、林檎の国を出てから今日まで色々あったなとつい感慨深くなってしまう。
学園を追い出されてすぐに出会った姫椿達に紹介された秘密組織“天狼”。
裏社会を監視している強者揃いの集団として世に名を轟かせ、医療や魔法など幅広い分野の技術者も多く在籍している。
漆黒のコートと胸元に着けられた白銀色に輝く狼のブローチは組織に認められた証、腕に巻かれた腕章の色は下っ端を意味する赤であっても綺羅には誇らしいものだった。
組織に拾われ治療をしてもらい自分の才能を買われ、こき使われた日々。
新参者とて容赦なく組織の歯車へと組み込むボスの手腕。
使えないなら死ね、失敗したら殺すがボスの口癖であり、“天狼”の信条だ。
死の匂いに付き纏われる過酷な環境下は、意外にも綺羅に失った自信を取り戻させる貴重な時間になり、力に変わっていった。
学園しか知らなかった自分が外へ出てから見聞きしたものや手に入れたものは大きくて、真白に話したい事も沢山ある。
そして世界を見せてあげたい気持ちは、今も変わらない。
今回、先に潜入している“天狼”の加勢として暗夜の連中と決着をつける為に綺羅は戻ってきたのだ。
「……よし、次は意識を集中して……」
綺羅は主に隠密系魔術の才覚を発揮し、あらゆる物の転送魔法が出来るようになっていた。
床に向かって両手をかざすと、ビィンっ、と弦を弾く音に合わせて紫色の魔法陣が目一杯広がって輝き始めた。
煌々と輝く光は成功の明り。
綺羅は大きく息を吸い込んでから、呼びたい対象者の名前を叫んだ。
「姫椿」
「……はっ?、わっ、っと!?」
変な声と共にピンク色の髪の毛を逆巻かせた女子が現れ落ちた。
予期せぬ召喚に驚きつつも散らばるお菓子の残骸を集めながら、警戒する子猫の如く視線を左右に動かし綺羅に目を止めると、瞳を細めた。
「ふーん?なかなかやるじゃない」
「ご無沙汰してます、姫椿姐さん」
「や、やめて!?仮にも今は現役の学生なのに姐さんなんて歳食った呼び方、正しいけど辛いわ」
恥じらいながら絶叫する姫椿だったが、ベッドに横たわって眠る真白に気づくとその表情は一変して青白くなった。
「ま、ましろ!?」
「大丈夫、眠ってるだけ」
「そう、よかった……」
眠る真白の頭をそっと撫でて安堵する姫椿に、綺羅は頭を下げた。
「ありがとうございます」
お礼を言ってどうこうなる問題じゃない事を承知の上で、話を続けた。
あの日の約束を今も違えず守り続ける恩人の一人に向けて。
「真白を……そして、俺を元の姿に戻してくれてありがとうございます」
瞳を閉じれば薄く感じられる身体を縛る赤い鎖から滲み出ている姫椿の魔力。
「この恩は、今から全力で返します」
はっきりとした物言いに、姫椿は微笑んだ。
真白に掛けられた漆黒のコートと赤い腕章。
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