蒼の箱庭

葎月壱人

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第三章

結集

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ブツッという部屋に似つかわしくない機械音に続いて、天井に埋め込まれたスピーカーから軽快なノリでアナウンスが入る。

“ピンポンパンポーン♪はぁい、みんなー?元気ぃぃぃ?おっはようございまーす!今から“朱の大会”を始めるよーん!皆のお部屋の前にスタッフを待機させてるからぁ……はーくん、雪乃ちゃん、きーくん、真白ちゃんの4名は私のお部屋まで、き・て・ね??プププッ!!”

いつ聞いても楽しそうな学園長の声に、真白は首を傾げた。

「きーくん?きーくんって綺羅の事よね?……あれ?王李は?」

真白の口から出た知らない名前に、今度は綺羅が反応を示した。
昔から難しい問題を解いている時にだけ口を尖らせ眉を顰める真白特有の癖が出ている真白を見て懐かしく思いながら聞き返す。

「王李?」
「あ、姫とよく一緒にいる赤髪の男の子の事。うちのクラスのムードメーカーで頼れるお兄ちゃんみたいな。気さくだから綺羅も仲良くなれると思うよ!私と同じ大会出場者なんだけど今の放送で名前呼ばれてなかったから、どうしたんだろう?って……き、綺羅?」
「行かなきゃ。嫌な予感がする」

話の途中にも関わらず、いつになく真面目な顔をして黒の上着を羽織る綺羅に真白は慌ててついて行った。
急いで部屋を出ようとした綺羅が急に立ち止まったせいで、その背中に顔からぶつかってよろけた真白が尻餅をつく前に、綺羅は咄嗟に腕を掴む。

「ごめん、真白」
「ううん。大丈夫……どうしたの?」

鼻の頭を触りながら尋ねると、神妙な面持ちの綺羅に問われた。

「真白、行ける?」

真っ直ぐに問われた質問と、綺羅の背中越しに見える扉を見やる。
自分達の気配を廊下に控えているスタッフも感じたらしく控え目にコンコン、とノック音がした。放送にもあった通り、迎えが来ているのだろう。

「私は……」

怖いか怖くないかと聞かれたら、まだ怖い。
この先に進めば、知りたくなかった事を知る事になるかもしれない。
また傷つくかもしれない。
でも、後戻り出来ない事も逃げ道もないと分かっている。

「行く」

綺羅は優しい。
今も昔も、無理強いはしないで私の気持ちを尊重してくれる。
改めて見る漆黒のコートを見に纏った綺羅の姿は大人びて見えて、離れてる間に変わってしまったんだと勝手に落ち込んで、近くに居るのに離れているみたいで怖くなってた。
今も置いてかれない様に必死について行ってたけど、立ち止まって私を気にかけてくれる綺羅の中に変わらない部分がある事に気づけて嬉しいし、綺羅の優しさを覚えている自分にも安心した。
だから、大丈夫。

「行けるよ」

答えながらポケットに押し込んだままにしていた朱色のリボンを取り出して、急ぎ手櫛で髪型を整える。
ポンパドールは私のトレードマーク。お気に入りの朱色のリボンをつけた真白は大きく深呼吸をしてから綺羅の手を取った。

「行こう!」







学園長の放送を聞きながら、雪乃は目を覚ました。

あれ?私……
記憶が曖昧を通り越して、ごっそり無い。
思い出そうにも手掛かりも何もなくて、何故ベッドに横たわっているのか?とか何も身につけていない身体に当たるシーツの肌触りがやけに生々しい。
ふと、ベッドが軋む音と腰を掛けた拍子に少し沈んだマットの感覚に顔を上げる。

「は、白馬くん!?」

シーツを引き寄せ上半身を隠しながら、気遣わしげに笑みを返す白馬に、雪乃の心臓が大きく跳ねた。

「おはよう。寝起きで悪いが、呼び出しだ。行けるか?」
「あ、うん。今、支度を……」
「ゆっくりでいいよ」

優しい声音は、いつも真白にだけ向けられていたものだ。
視線も態度も今は私に向けられているなんて、これは夢?

「ね、ねぇ、白馬くん?」

確かめたい。けど怖い。
言葉が上手く続かずに途切れてしまっても白馬は気にした様子もなく言葉の続きを待ってくれている。

「私達って……」

言い淀む雪乃が無意識に白馬を見た時に、ばちっと目が合った。
自分の顔がどんどん熱くなるのを感じながら逸らすことが出来ずに見つめ合っていると、白馬が笑う。

「覚えてない?」
「あ、その……」

やっぱり、私達、結ばれたんだわ。
ようやく結論に達した雪乃は、ベッドから立ち上がろうとしている白馬の腕を掴む。

「白馬くん……!私、今、幸せよ。ありがとう。愛してる。ご、ごめんなさい。気持ちが溢れてしまって……き、着替えたいから別の部屋で待ってて?」

そっと離された腕を上げ、照れる雪乃の頬に触れると、くすぐったいのか少し身を捩った後は白馬にされるままとなった。
むしろ白馬の手に寄りかかる様に顔を傾ける雪乃に笑みを残して、そっと部屋を出る。

パタンと静かに閉められた扉を見つめながら、幸せ過ぎす余韻に自分の身体を抱きしめた。
あの子に勝った。
それだけが雪乃の気持ちを満遍なく満たしていた。

「……………はぁ」

閉めた扉に取り掛り、白馬は小さな溜息を吐いた。
勝手に勘違いしてるのは雪乃であって、そう仕向けたのは白椿だ。
商品に手を出す訳がないだろう、と言いたい気持ちを堪えたまま天を仰ぐ。

ついに始まる“朱の大会”。
再び会うだろう真白の事を考えても、先の事なんて何も想像出来なかった。

進むしかない。
今までも、これからも。
俺は自分の道を行くだけだ。
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